帰郷
トビアス兄様と共に二週間近くをかけてローマイア領に戻ると、家族は熱烈に歓迎してくれた。
「セレス!」
「セレス!会いたかったわ!」
「ユリアーナ姉様、クリスタ姉様!」
姉様二人が私に駆け寄って抱きしめてくれた。たった数か月離れていただけなのに、何年も会っていなかったような気になる。
「セレス、良く帰って来た」
「疲れたでしょう。休んだらいいわ」
お父様とお母様も優しく私を迎えてくれる。
屋敷の周辺は相変わらずのどかで、何も変わらない。とても安心して、心地いい。
「帰ってきたなぁ……」
私が伸びをすると、トビアス兄様が隣にきた。
「おかえり、セレス」
「ふふ!はい、ただいま帰りました!」
ローマイア家で暮らす日々は以前と殆ど変わらないものの、少し違うことがある。私に魔力があるので、手伝えることが増えた。
「助かるよ、セレス。転送機は便利なんだが、ただ受け取るだけでこちらから送ることができなかった」
「これぐらい全然負担じゃありません。空の魔石があれば魔力をためておきましょうか?そうすれば私がいなくても送れますもんね」
「それは、本当に助かる……」
お父様の執務室にある転送機の発動を主に、領主の畑を土魔法で雑草を取ったり、土を耕したりもしてる。
(ギディングス様が、土魔法で土壌を変えてみてもいいかもって言ってたな)
ふとしたときに、ギディングス様のことを思い出す。でも、それは仕方のないことだ。あんなに素敵な人、きっともう出会えることはないから。自然と思い出さないようになるまで、無理に忘れようと思わないことにした。
姉様二人とは、ドレスを着てお茶会をしたり、令嬢のマナーを教えて貰ったりしている。二人とも、数年の間に婚礼がある。こうやって姉妹として過ごせるのは限られた時間だ。
「セレスは本当に卒業後もローマイア領にいられるのかしら?だって魔術師様でしょう」
「あなたにきてる婚約の打診の数、凄いらしいわよ。どうするの?」
「そうなんですか」
今日は庭で三人のお茶会だ。
縁談についてはお父様が何も言わないので知らなかった。私は正直、ギディングス様以上に好きになれる人がいるとも思えないし、結婚しなくても魔術師である限り身分保障があるらしいので、ずっとここで暮らしていく心づもりでいた。
「その……、許されるなら結婚せずにローマイア領にいたいです」
私がそう呟くと、姉様たちは私を抱き寄せた。
「可愛いセレス。私たちが許さないとでも思って?」
「そうよ。アロイスみたいな屑野郎と結婚するぐらいなら、ずっとここにいればいいわ」
そんな話をしているとき、にわかに門の方が騒がしくなった。誰かお客様が来たようだ。
「あら?誰か来る予定だったかしら?」
「聞いてないわね」
しばらくすると家令が門まで走っていく。誰だろう。何やら問答しているようだ。
「まぁ……あの紋。バーンスタイン家よ」
ユリアーナ姉様が馬車の紋を確認して眉をひそめた。バーンスタイン家。つまりアロイスか、アロイスの家族だ。
「どの面下げてきたのかしらね。出禁にしてやりたい」
「でも家令では止められないわ。相手は伯爵家だし」
屋敷からトビアス兄様が出てきた。兄様が対応するようだ。
兄様が向こうの従者と話していると、馬車の中からアロイスが出てきた。
「アロイス……」
「しつこい男ね。王都で兄様がガツンと言ってくれたんでしょ?」
「はい」
アロイスにガツンと言ったのは正確に言えばギディングス様である。気を使ってくれているのか、姉様たちはあまりギディングス様について言及しない。
彼がここに来るということは、もう学園は夏季休暇に入ったようだ。
しばらく兄様とアロイスが話した後、アロイスは中に入ってきた。そして、ぐるぐると辺りを見回すと、私を見つけてこちらに足を向けた。
「まぁ、あいつが来るわ」
ユリアーナ姉様が立ち上がる。
「アロイス。何の用なの?今は見ての通り姉妹でお茶会の途中よ」
「セレスティナに会いに来た。悪いが借りる」
「何言ってるのかしら。約束もせずに来るなんて。さぁセレス。あなたは屋敷に戻りなさい」
クリスタ姉様が私に促す。私が立ち上がると、アロイスは私の手を取った。
「離して、アロイス」
「お前とちゃんと話したい。時間をくれ」
「私には話すことはないわ」
「……すまなかった、セレスティナ」
私は驚いて彼を見る。アロイスが謝るのはとても珍しいことだ。彼はプライドが高く、自分の過ちを認めることはなかった。
「一体何に対して謝ってるの」
「事実と違うことを、周囲に話していたことだ」
「……もういいわ。謝ってもらったところで、私はもうアロイスと元通りなんて無理よ」
アロイスは私を掴む手を離すと、私の正面に立った。
「昔からずっと、お前が好きだった。今も、好きだ」
私は彼の告白を、どう受け止めればいいか分からなかった。アロイスの気持ちは、あの陰口を聞いた時から、何となく気が付いていた。でも、同時に私はあの時から、彼に親愛の気持ちも持てなくなってしまった。
「お前は平民になると、魔力はないと思っていたから……諦めるつもりだった。でも、お前に魔力があると聞いて俺は、お前を手に入れられるかもしれないと嬉しくなった」
アロイスはじっと私を見る。ギディングス様に見つめられたときのような感情は、一切湧いてこない。
「お前が俺のことを何とも思っていないことは、知ってる。だから……学園では俺だけを頼って貰えるようにしたかった。でもまさか、お前が三属性で……Aクラスになって……ギディングス様と親しくなるなんて思わなかった」
ギディングス様の名前が出て私はアロイスを見上げる。
「俺と、結婚してほしい。お前がギディングス様を慕っているのは知っている。でも、俺はそれも受け入れるから。セレスティナ。俺の妻になって欲しい」
アロイスの瞳は私をじっと捉えている。
ギディングス様を好きなままでいい。それは私にとって少し魅力的な提案かもしれない。今はとても、彼に対する想いを整理できると思えないから。
でも、私はアロイスの妻にはなることはできない。
「無理よ。私、アロイスと家族にはなれない。信頼がなくなったから」
アロイスが私の言葉に瞳を揺らした。
「あんなことせずに、最初からちゃんと私に気持ちを話してくれていたら違ったかもしれないけど。……ううん、どうだろう。やっぱり駄目かな。ギディングス様に出会ったら、他の人と結婚したいとは思わないもの」
「セレスティナ。あの人は、もう」
「分かってる。でも私、気持ちを切り替えられないの。アロイス、私はあなたとは結婚できない。あなたの言葉を聞いた時、本当に傷ついた。アロイスと何でもない話をして笑い合うことも難しいわ」
あの時隣にフロレンシア様がいなければ、きっと私はしばらく立ち直れなかっただろう。いつも、常に私の味方でいてくれたフロレンシア様を思い出す。
アロイスはしばらく茫然としたあと、顔を歪ませた。
「俺は、愚かだな……」
「本当にな。もう気が済んだか?気持ちを伝えるだけだという話だっただろう。さぁ、帰れ」
いつの間にか私の横にトビアス兄様が立っていた。アロイスは兄様を見ると、肩を落とした。
「あぁ、分かった。……セレスティナ。ありがとう」
歩き出したアロイスは何度か私を振り返った。
私は彼が馬車に乗り込むのを見ていた。
幼馴染を永遠に失ったことに、少しの悲しみを感じながら。
 




