知りたい
「セレス!どこに行って……どうした、泣いていたのか!?」
「トビアス兄様。もう隠さないで。私が寝ている間、何があったのか全部教えてください」
ひとしきり泣いて、部屋に帰ると、トビアス兄様が待っていた。私の言葉に、兄様は声を詰まらせる。
「さっきのギディングス様とのお話を、聞いていました」
「セレス……」
「教えて、ください」
トビアス兄様は痛ましそうに私を見ると、椅子に座るようにと私に促した。
私が座るのを見ると、兄様は目線を下に向けた。
「……お前がいなくなったと学園から連絡があった夜、俺は急いで森のふもとへ行った。教師たちが森の中を探索していたが、俺は魔力がないし武術の心得もない。ただ待つしかなかった」
トビアス兄様は両手を組んでぐっと握った。
「真夜中だった。森の奥から眩い光が空まで見えて。それを見たお前の担任が、あれはセレスの魔法だと。教師たちが光の元へ行くと、ギディングス様とお前がいたそうだ」
ここまでは私にも分かっている話だ。私は頷いた。
「意識があったギディングス様に、事の経緯を聞いた。大きな魔物が出て、セレスと共に戦闘して、最終的に討伐したと。安全なはずの実習で危険な魔物が現れ、セレスは重度の魔力切れ。俺は学園に不信感を持ち、セレスは宿に連れて帰ることにした」
はぁ、とトビアス兄様はため息をつく。
「次の日だったか……ギディングス家は長男デニスの排斥・次男オリバーの嫡子決定を公表した。そして、ラングハイム侯爵家との婚約も」
「……」
「社交界は大騒ぎだ。有数の名家同士の縁談だからな。それに、長男をわざわざ排斥することに、きな臭いものも感じる。まぁ、元々オリバー氏は俺からすれば雲の上の人だ。お前が目を覚ましたときにどう慰めようかと頭を悩ませたし、オリバー氏に多少腹も立ったが、こんな結末もあるだろうと思った。……その頃からあの人は毎日お前に会いたいとここに来るようになった」
トビアス兄様は言葉を止めた。
ギディングス様は毎日、どんな思いでここに来ていたのだろう。私も自然と手をぎゅっと握りしめる。
「数日前のことだ。突然、俺の前にデニス氏が現れた。あの人は、俺に言った。お前の妹のせいで、自分は嫡子になれなかった。危ない橋を渡り魔物に襲わせたのに、なぜ死ななかったのだ。今までの苦労が何もかも台無しだ……そう言って俺を火の魔法で焼こうとした」
兄様がそんな目に遭っていたとは思わず、私は恐ろしさに血の気が引いた。
「デニス様が!兄様、ご無事でしたか」
「あぁ。デニス氏はその場ですぐ取り押さえられたから、実際に危害を与えられた訳ではない。しかし俺は、どうもデニス氏の言った言葉が気になった。そこまでセレスが敵視される理由が分からない。なぜデニス氏が嫡子になれなかったのがセレスのせいになる?魔術師の事情には明るくないが、オリバー氏は稀有な四属性だと聞く。次男だろうが彼が嫡子になることは別に不思議なことではない」
兄様が疑問に思うのは当然のことだ。ギディングス様が嫡子になることと、私が結びつくはずもない。
「俺はオリバー氏に聞いた。セレスがあなた方に何か関係していたのかと。なぜデニス氏はセレスの命を狙わなければならなかったのか、と」
トビアス兄様は私をじっと見た。どこか咎めるように。
「オリバー氏は言った。禁止魔法と思われる魔法をデニス氏よりかけられ、自分は死にかけていた。光魔法がデニス氏の魔法に対抗できると分かり、毎日お前から魔法をかけて貰っていたと。そしてあの実習の日、デニス氏の魔法が完全に解けたのだと」
禁止魔法というのが何なのか分からないが、トビアス兄様は私がギディングス様に光魔法をかけていたこと自体が気に入らないようだ。私は慌てて弁明する。
「わ、私から言ったのです。ギディングス様へ魔法をかけると」
「あぁそうだろうな。しかしセレス。俺はそれを聞いて怒りが出てきた。なぜ然るべき手段でデニス氏を糾弾しない?なぜ親や魔術師、騎士に相談する前にお前を巻き込む?何よりも、なぜ婚約目前の令嬢がいることをお前に言わなかった?」
私は言葉が出ずに黙り込んだ。トビアス兄様は怒りを滲ませる。
「あの人は、あたかもお前と恋人同士のように振る舞い、お前が特別であるとアロイスに宣言していただろう。その裏で名家の令嬢との婚約を進めていた。きっと全部、お前の好意でもって光魔法をかけさせ、秘密裡にデニス氏を出し抜くための作戦だったんだ」
「……やめてください」
トビアス兄様の推論に、目の奥が熱くなる。ギディングス様がそういった思惑のみで私に接していたとは、どうしても思えない。
兄様はそんな私を見て、一つ息をついた。
「兄様、禁止魔法とは、何ですか」
「俺にも詳細はよく分からんが、発動自体が禁止されている魔法のことらしい。使ったことが発覚すると罰せられるとオリバー氏は言っていた」
そんな魔法があるとは知らなかった。私は本当に無知だ。
兄様は足を組みなおして話を続ける。
「デニス氏は元々、裏社会の集団と繋がりがあった。お前がオリバー氏に協力していると確信を持ったデニス氏はその人脈を利用してお前を始末しようとしたらしい」
「それが、あの魔物だったのですか」
兄様は頷いて肯定した。
「どうやら魔物の裏取引をしている連中だったらしい。ギディングス家は長男がそういう連中と繋がりがあることが表沙汰になることを恐れて排斥したみたいだな。結局デニス氏が俺を襲ったことで勾留され、芋づる式に連中も捕縛されたことで、社交界には知れ渡っているが」
魔物の取引は禁止されている。しかし中には魔物を飼いたいと思う奇特な人や、魔物同士を戦わせて賭けをするような人がいるらしい。魔物を売買することは厳に禁じられているため、もし露見すれば大貴族であっても非難は免れないだろう。
「デニス様が私を魔物に襲わせたことも知れ渡ってるのですか?」
トビアス兄様に問いかけると、兄様はどこか気まずそうな顔をした。
「そうだな。ただ事実とは違う話が広まってる。オリバー氏がお前との真実の愛に目覚め、それによりラングハイム嬢が意気消沈し……デニス氏がラングハイム嬢の為に裏社会の繋がりを使ってお前を始末しようとした、という話になっている」
「え、えぇ!」
どこの小説の筋書きだろう。真実の愛とは一体何のことだ。私はうろたえてしまう。
「禁止魔法のことは当然デニス氏は吐いてないから、判明している事実から周囲が推測した結果だろう。セレス。お前は王都では時の人だ。誰もがギディングス家の醜聞と、オリバー氏とお前の恋について面白おかしく囁き合っている。頼む、セレス。ローマイア領に帰ろう。俺はお前をここに置いておきたくないんだ」
トビアス兄様は頭を下げた。
私が眠っている間に、兄様はデニス様に襲われた上に、周囲の好奇の目に晒されていたのだ。
兄様の心労を思い私は心が痛んだ。
「……分かりました」
「セレス!」
兄様はぱっと表情を明るくした。よっぽど嬉しいらしい。それほど帰りたかったのだ。
「でも、一つだけ。最後にギディングス様と話したいです」
「……!セレス、それは」
「私、ちゃんとギディングス様と話をしないと、前に進めない気がするんです」
兄様は渋面を作ったが、しばらく沈黙した後、頷いた。
「二人きりにはさせない。それが条件だ」
私もまた、それを受け入れた。
 




