〇君への思い
オリバー視点はこれで終わりです。
次回からまたセレスティナに戻ります。
父上に直談判する。どうにかラングハイム家との縁談を白紙にできないかと。父上はこの話に一切取り合わない。
「オリバー、何が不満だ。フロレンシア嬢は眉目秀麗で優秀な魔術師だ。妻とできることを喜びこそすれ、解消とは!」
「彼女が不満という訳ではありません。俺のクラスメイトに、三属性の魔術師がいます。より優秀な女性を妻とできるなら、俺はその方が良いと思ってます」
「その令嬢の話は知っている。まぁ確かにラングハイム家の話がなければ一考の余地もあったがな。まさかオリバー。その令嬢と既に男女の関係になっているのか」
「なっ……違います!」
父上がぎろりと俺を睨んだ。思わぬ勘繰りに、俺は若干の怒りを覚える。
「そもそも、父上はこれまで縁談について俺に明言されていなかった。俺に一言もなく勝手に話を進めるのはおかしいではないですか!」
「しかしお前も分かっていただろう。フロレンシア嬢は昔から頻繁に我が家に訪れ、デニスとお前に会っていた。他の令嬢とは違うと」
そうだ。俺は分かっていた。いずれ、俺か兄がフロレンシアと結婚するのだろうということを。
「しかし……」
「いいか、オリバー。この縁談は、お前が生まれる前に決まっていたことだ。絶対に覆すことはできない。分かったか。これ以上この件について話すことはない」
父上は話を終わらせて俺を執務室から追い出した。
父上の態度を疑問に思い調べると、ギディングス家とラングハイム家は十数年前、魔法誓約までかけて縁談をまとめていた。『次のギディングス家の当主とラングハイム家の子を縁づかせる』と。
(なぜ、こんなことを!)
魔法誓約とは、国の公証機関で行う正式な誓約だ。遥か昔に作られた魔道具を使い、絶対に破れない誓約を交わす。
魔法誓約を破ると、大きなペナルティがある。家門の魔力に障りが出ると言われている。次代に魔力が引き継がれなくなるのだ。
それはできない。ギディングス家に生まれた以上、家門を廃する道など選ぶことはできない。
(なんてことだ)
魔法誓約に至った経緯が何であれ、正式な手続きで誓約が成されている事実は覆しようがない。
そして、兄があんな体たらくでは俺が嫡子となることは避けられそうにない。
つまり、俺はフロレンシアと結婚するほかない。
その事実を理解すると、急に、俺は自分の望みが明確に見えるようになった。
いつまでセレスティナと共に過ごせるだろう。
俺も、フロレンシアも、唯一の解決方法を知っている。
セレスティナをラングハイム家の養女とすることだ。
そうすれば、「ラングハイム家とギディングス家の縁談」という体裁は保ったまま、セレスティナと結婚することができる。
俺は彼女と家族になることができる。
セレスティナは三属性の魔術師。ラングハイム家は諸手を挙げて受け入れるだろう。
セレスティナと将来を約束できると考えると、感じたことのない感情に支配される。
強引にでも、彼女をその道へ導きたいと考えてしまう。
でもそれは、セレスティナの望みを絶つことだ。
彼女が家族に報いたいという想いを諦めろということだ。
ラングハイム家の養女となるということは、そういうことだ。
頻繁に王都に滞在するトビアスと会い、それを嬉しそうに話すセレスティナ。
いつかローマイア領で役に立ちたいと話すセレスティナ。
(言えない)
俺のために何もかも捨ててくれなどと、言える訳がない。
実習の前日、四人で過ごしていると、突然兄が現れた。
(くそ。なぜ日中に起きている)
しかも兄はセレスティナに興味を持っている。兄は気が付いているのだろう。毎日魔力切れを起こしてまで害しているのに、当の俺はピンピンしているのだ。俺が魔法を無力化する何かをおこなっていると。
兄が強くセレスティナの腕を掴んだので、俺は怒りに震えた。そんな俺を見て、兄は一層確信を持ってしまう。
「へぇ。……こいつか。そうか。おかしいと思ったんだ」
セレスティナが帰ると、あっさりと兄は部屋に戻った。俺は嫌な予感がした。
良い機会だと俺は思った。
もうこれ以上彼女に負担をかける訳にはいかない。兄が何かをしでかす前に、彼女から離れなければならない。
そもそも兄のことは、俺だけで対処すべきだったのだ。兄を手にかけてでも。
隣にいるだけで心が浄化されるようなセレスティナといると、あまりに心地良かったから、そんな当たり前のことにも思い当たらなかった。
一時だけでも癒してもらったことを、幸運に思うべきだ。
「私のために、傍にいてください!!」
セレスティナの言葉は、俺の決心を揺るがせた。
彼女は俺とフロレンシアの状況を知らないから、そう言ってくれているのだ。それは分かっている。
それでも心が温かくなり、抑えようもなく喜びが染み渡る。
(もう少し、だけ)
セレスティナが不安を持っている実習に付き添って、それで終わりにしよう。
(実習が終われば、打ち明ける)
そうして俺はまた、その日を先延ばしにした。
実習で、いるはずのない大きな熊の魔物が出た。
(なぜだ?なぜティナを狙う!!)
俺が攻撃をしても執拗にセレスティナだけを喰らおうとする魔物に、違和感を覚える。
(まさか、デニス兄様?しかし魔物を操るなど、できるはずが)
魔法耐性が強いらしい魔物は、俺の猛攻を受けても死なない。セレスティナは今のところ上手く逃げている。
それでも魔物はかなり弱ってきている。俺の魔力残量も怪しくなってきた。それでも必ずこいつは俺が仕留める。
(ティナ、このまま逃げきってくれ)
突然、セレスティナが見通しの良い崖の前に立つと、こっちに来いとでも言うように魔物に魔法を連発した。
(何を……!!)
魔物はセレスティナに襲い掛かる。
死ぬ。死んでしまう。セレスティナが。
「やめろ、ティナ!ティナーー!!!」
セレスティナは光魔法を使った後、突風を出して魔物を崖に落とした。
魔力切れを起こしたセレスティナを抱き寄せると、二人一緒に崖から転落してしまった。
空は夕暮れだった。腕の中のセレスティナの顔が夕日に照らされている。密着した体から、彼女がゆっくりと息をして胸を上下させているのが分かった。急いで彼女の全身を確認する。怪我もなさそうだ。
「ティナ……良かった、生きてる……」
彼女が死んでしまうかもしれないという大きな恐怖が去ると、安堵感で涙が滲んだ。
(君は健やかに生きてほしい。幸せになってほしい。笑顔でいてほしい)
他人に対してこんな風に思うのは初めてだ。
本当はその隣に自分がいたい。屈託なく笑い、素直に俺を褒めてくれる君と過ごせたら、とても幸せだろうから。
——でもそれは、俺がオリバー・ギディングスである限り叶えられない。
彼女の温もりを感じながら、幸せな時間を過ごす。空に満月が上り、星が煌めきだす。
(きっとこの夜を俺は忘れないだろうな)
雲がなくて、風もなくて。ここにあるのは、彼女の吐息と、心音だけ。この時間がずっと続けばいい。
でもちゃんと分かっている。朝になれば、彼女を諦めなければならないことを。
目を覚ましたセレスティナと、色々な話をする。
彼女の出生について話を聞いて、俺は彼女の家族を疑っていた自分を恥じた。
(君たちはどこまでも俺とは違う。真っすぐな人たちだ)
ローマイア領のための魔法について話し合うのも最後かもしれない。彼女と関わりが持てなくなっても、一人で考えようと思う。俺を救ってくれたセレスティナのために。
セレスティナと言葉を交わしている途中で突然、いつもの痛みが俺に襲い掛かった。今は明け方にまだ遠い夜中のはずだ。
(くそっ、何で)
苦しむ俺を見てセレスティナが魔法を発動させようとしている。危険だ。彼女はついさっき魔力切れを起こしたばかりだ。更に大きな魔法を使えば、普通の魔力切れ以上の反動が来るかもしれない。
俺が止めるのを構わず彼女は光魔法を発動させた。
彼女の光に包まれ、みるみるうちに痛みは去っていく。心地いい光が、あらゆる膿を消し去っていくのが分かる。毎日、一人で耐えていた痛みが、嘘のようになくなっている。
「ギディングス様。黒いの、消えましたね……」
セレスティナが心底嬉しそうに言うので、彼女への思いが溢れ、胸がふさがる。そのまま意識を失った彼女を、俺は強く抱きしめた。




