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〇婚約者



「何を言っているの。あなたは男でしょ。私が付き添うわ」

「君こそ何を言っているんだ。ローマイアさんと言葉を交わしたこともないくせに」


 アイマー先生が魔力切れを起こしたセレスティナを救護所まで運び、誰か彼女に付き添うようにと言った。俺が付き添うと言うと、フロレンシアがそれを阻んだ。セレスティナとたまに言葉を交わしているロミルダ・ディンガーも最初おずおずと手を挙げていたが、フロレンシアに譲るらしい。


「お前ら落ち着け。まぁ今回は……ラングハイム、頼む」

「先生!」

「起きてお前がいたらローマイアも落ち着かんだろうが」


 アイマー先生の言葉に、フロレンシアは勝ち誇ったように俺を見たのだった。




 家に帰ると、久しぶりに何かを食べたいと思った。兄の魔法に巣食われて以来、食事は生きるために胃に何かを入れる作業だったが、空腹を感じるのは久しぶりである。


(原因は考えるまでもない。光魔法だ)


 兄の魔法の正体が何かは分からないが、光魔法は兄の魔法に対抗できるのだ。


(凄い。何て幸運なんだろう)


 純粋に光魔法に興味もあるが、自分の健康のために何とかしてまたあの光を浴びたい。今の回復だって、どうせ明け方にはまたあの痛みが襲い掛かり、元の木阿弥になるのは明らかだ。

 セレスティナに近付かなければならない。親しくなって、定期的に光魔法をかけてもらうのだ。周囲から仲を勘繰られるようになっても構わない。彼女は三属性の魔術師だし、俺にとって申し分ない女性だ。


(フロレンシア嬢はカイとの結婚を目指すらしいし、俺が彼女に近付いても問題ないだろう)


 夜ベッドに横たわると、すぐに眠りにつけた。明け方痛みがやってくるまで、泥のように眠る。眠るということが生きる上でどれだけ重要かを、今の俺ほど実感している者はいないだろう。




 はやる気持ちを抑え、彼女に週末家に来てもらうよう頼むと、彼女は不審に思う様子もなくなぜか背筋を伸ばして快諾してくれた。

 彼女の挙動を見ていると、不思議と笑みが出る。彼女の纏う空気はいつも清浄で、清廉だ。

 何となくフロレンシアと話すセレスティナを眺めていると、カイが言った。


「お前、めちゃくちゃローマイア嬢を気に入ったんだな」

「そう見える?」

「そう見えない奴はいないだろ。まぁ気持ちは分かる。可愛いし、良い子だし。三属性だし」


 俺はカイの言葉を否定も肯定もしない。セレスティナの存在が今の俺にとって特別なのは確かだ。でもカイが彼女を褒めるのはちょっと気に入らない。


「週末はフロレンシア嬢も来るらしい。良かったな」

「……心配しなくても、俺はローマイア嬢に粉かけたりしねぇよ」


 呆れたようにカイはつぶやいた。




 週末、セレスティナが家に来て、また光魔法をかけてもらうことができた。彼女の光は本当に心地いい。体内に溜まった膿のようなものが浄化されるような感じがする。


「あれ?ギディングス様、黒いのまた薄くなりましたね!」


 彼女は俺にはじけるような笑顔で言った。

 黒いの、とは何だろう。疑問に思った俺が問いかけると、彼女は言いよどんでしまった。

 光魔法を受けて薄くなった黒いもの。思い当たるのは兄の魔法だけだ。


(兄の魔法を視覚的に捉えることができるのか?)


 セレスティナが兄の魔法のことなど知るはずがない。光属性の人間だけが感知できる何かがあるのかもしれない。

 非常に気になったものの、カイとフロレンシアがいる場で追及することができない。俺はどうせ眠れないからと夜中に研究して作成した通信用の魔石を彼女に渡すことを決める。


「彼が私を馬鹿だとか、貧乏子爵家だとか、面倒くさいとか……そう言っているところを聞いてしまいまして……」


 以前彼女と二人でいた男。バーンスタインの話を聞くと、珍しく俺は腹が立った。


(婚約者だと?バーンスタイン家は彼女を取り込みたいんだろうが……。周囲への牽制のつもりか?彼女を貶めることで自分が一番親しい間柄だと主張したいのか?)


 幼馴染だか何だか知らないが、そんな男にセレスティナが傷つけられたと思うと腹立たしい。彼女がバーンスタインを名前で呼んでいるのも気に入らない。

 俺をオリバーと呼ぶように言ったものの、彼女は拒否した。それならば俺が勝手に彼女を愛称で呼ぶことにする。



 セレスティナは善良な人間だ。帰宅後、魔石を使って彼女に声を届け、兄の魔法について話すと、彼女の方から毎日俺に魔法をかけると言ってくれた。

 普通、魔術師は自分の魔力に価値を置き、むやみに人のために魔法を使わない。魔力は限られた人間のみに発現する力であり、自分が特別であることの裏付けのようなものだ。魔力を宿した魔石は高価で取引されるし、依頼を受け魔法を使うだけで報酬が出る。

 元々彼女は平民になる予定だったと言っていた。きっと、この国においての魔力の価値を、自分の価値を正しく理解していない。俺はそこに付け込んだようなものなのだ。



 学園で毎日セレスティナから光魔法をかけてもらうようになると、劇的に体調が回復した。それと共に、周囲は俺と彼女の仲を恋人同士だと認識するようになった。堂々と彼女に声をかけ、隠れることなく空き教室まで二人で連れ立って行くのだから、そのようにとらえられるのも当然のことだ。


 フロレンシアは度々、俺に対してセレスティナのことをどう考えているのかと問い詰めるようになった。やりすぎだと詰ることもあった。


 フロレンシアとの縁談は保留になっているだけで、なくなった訳ではない。


 フロレンシアはカイとどうなっているんだろう。もうラングハイム侯爵に許しは得たのだろうか。

 俺だって今の状態が褒められたものではないのは分かっている。


 でも、セレスティナの隣は心地が良い。セレスティナの事を知れば知るほど、彼女と共にいたいと思うし、彼女の時間を俺に使ってもらいたいと思ってしまう。

 彼女が他の男と過ごすのは、嫌だと思ってしまう。




 トビアスとセレスティナの再会の時、駆け寄ってトビアスに飛びついた彼女を見て、兄妹なのだから何らおかしなことではないのに、少し嫌な気持ちになった。


(似てない兄妹だな)


 トビアスは金髪で雪のように肌が白いが、セレスティナの髪は鳶色で肌はトビアスほど白くない。顔立ちだって違う。とても兄妹とは思えない。


(やはり、ティナは……)


 ローマイア子爵令嬢のセレスティナが三属性。それは普通起こりえない事だ。

 つまり、セレスティナは子爵夫妻の子ではない。きっと彼女は子爵が他の貴族に産ませた子か、夫人が別の男と作った子だろう。だから、トビアスと似ていないのだ。俺はそう推測した。


(魔力がなければ平民になる予定だった。きちんと令嬢教育も受けていない。他の兄妹とはあまりに違う処遇にも納得がいく)


 ローマイア家の面々が本当にセレスティナを娘として迎えていたのかも怪しいものだ。

 魔力もちの子ならば家のために利用し、魔力がなければ平民となる。いかにもありそうなことだ。

 

 しかし二人が仲良く語らう姿を見ていると、心からお互いを大切に思っていることが伝わってくる。そして、セレスティナ自身がローマイア家を愛し、故郷を大切に思っていることも。少なくとも、トビアスはセレスティナを大事にしているらしい。


——力になりたい。俺を助けてくれた君を助けたい。


 ローマイア領で役立つ魔法を一緒に考えることをセレスティナに提案する。それはとてもいい考えに思えた。

 そうして俺はまた、セレスティナと共にいる口実を作ったのだ。




 フロレンシアが突然家にやってきたのは、セレスティナを寮まで送って帰宅した後だった。


「どうしたんだ、急に」

「今日もセレスティナと密会していたんでしょ」


 彼女は咎めるように言う。フロレンシアの用件はセレスティナのことだったらしい。


「別に不埒なことはしていない」

「そういう問題じゃないわ。あなた、侯爵から聞いてないの?」

「何をだよ」

「私とあなたの婚約よ」


 フロレンシアとの縁談は遥か昔からあがっていた話だ。それが今さら何だというのだ。


「……保留になってるんだろ。君はカイとの婚約を目指すと」

「えぇ、そのつもりだった。だから私、お父様に聞いたの。保留じゃなく白紙にできないかと。私には他に慕っている人がいるとまで言ったわ。でも、駄目だと……ギディングス家とラングハイム家の縁談は、ずっと前から決まっていて、もう覆すことはできないと」


 フロレンシアはどこか暗い顔で言った。


「デニス様は今、部屋から出てこないらしいわね。ギディングス侯爵はあなたを後継とすると言っていて、婚約は私とあなたで進めることで決まったらしいわ。学園を卒業すれば婚約式、数か月あけて結婚式よ」


 俺は彼女の話をどこか現実的なものとは思えなかった。フロレンシアもいつもの勝気な態度ではない。


「だから、あなたがセレスティナに近付くのは……いずれ二人とも、辛いことになるし、好ましいことじゃないの」

「彼女とはそういう関係じゃない」

「何を言ってるのよ、今さら。あなた、明らかにセレスティナに懸想してるじゃない!」


 俺が、セレスティナに懸想している?

 よく分からない。彼女には自分の健康上の理由で近付いた。でも、彼女と共に過ごしたいし、彼女の望みを叶えたいとは思う。これが恋情かは分からないが、俺にとってセレスティナが特別な人であることは確かかもしれない。


「……今は、ティナと過ごしたいだけだ」


「今は?セレスティナが可哀想でしょう。あなたみたいな男が横にいたら、まとまる話もまとまらないわ。あんなに独占欲むき出しにして、あなたを怖がって他の男は誰もセレスティナに近寄れない」

「何の話だよ」

「まさか無自覚なの?始末に負えないわね」


 はぁ、とフロレンシアがため息をついた。しばらくその場に沈黙が落ちる。


 元々俺はフロレンシアと結婚することが最適解だと考えていた。不快な相手ではないし、聡明な女性。魔力もあり、名門家系の令嬢だ。妻としてこれ以上の女性は中々いないだろう。

 脳裏に俺を見つけて輝くような笑みを浮かべるセレスティナの顔が浮かぶ。きっと彼女は、俺がいずれフロレンシアと結婚すると知れば、今のように接してくれなくなるだろう。魔法はかけてくれるだろうけど。


(……それは、ちょっと嫌だな)


「私も狡い女だわ。セレスティナと友人関係を続けたいから、このことをとてもあの子に打ち明けられない……」

「……」

「セレスティナは周囲からどれだけあなたとの仲を問い詰められても、否定しているわ。でもきっと、あの子はあなたを慕ってる。これ以上、あの子にちょっかいをかけるのは止めてあげて」


 フロレンシアが言っていることは、正論だ。俺はこれ以上、セレスティナ・ローマイアに近付くべきではない。

 セレスティナにもフロレンシアにも誠実であるために。


 俺の言動で赤面するセレスティナがまた脳裏によぎる。

 このまま、何もせずにセレスティナと距離を取っていいのだろうか。いずれ後悔する日がくる気がした。


「俺から父上に、話してみる」

「え?」

「三属性の魔術師と縁を結んだ方が、家門のために良いと」


 フロレンシアは目を丸くして俺を見ている。俺が自発的に動くと思わなかったのだろう。


「君だって、カイに何も言えてないんだろ?まぁそれは俺も同じだけど。カイに君との婚約話なんて言ってない。もちろんティナにも」

「そうね……」


 俺たちは似た者同士だ。二人に伝えるべきなのに先送りしている。

 二人を失うのが、怖いから。


「何とかして家が勝手に決めた話に振り回されないように悪あがきしよう」


 フロレンシアは眉を八の字に曲げると、少し笑った。








思ったよりもオリバー視点が長引いております。

あと1話で終わりです。

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