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〇光の魔術師




 正体不明の魔法を受けてから、俺の体は何かに侵食されている。


 まず、食欲がなくなった。体力がなくなるのは魔術師として致命的だ。俺は無理やり食事をとることにした。しかし味を感じない。食事が欲しいと思わない。

 そして、夜眠れなくなった。気絶するように数分眠るだけで、すぐに目が覚めてしまう。眠れないというのは想像以上のダメージを精神面に与える。しかも寝不足のせいか頭痛が頻繁に起こるようになった。

 何よりも俺にとって耐え難かったのは、明け方に毎日襲ってくる体中の痛みだった。内臓をぐちゃぐちゃに絞られるような、脳内を無造作に掴まれるような不快な痛みが一定時間続く。


 痛みに耐えながら、兄の言葉が脳裏に浮かぶ。憎悪に身を任せ、俺の死を願った兄。


(具体的な事象を思い浮かべ、魔力を乗せれば、魔法は発動する)


 兄の属性は火と土だったはず。確かに兄はあの時、何らかの魔法を発動したが、火も土も、どちらの特徴も現れていなかった。


(自分の属性でなくとも、魔法は発動可能だ。きっとデニス兄上はあの時、四大属性以外の魔法を使って俺を害した)


 自分の属性以外の魔法を発動しようとは普通思わない。魔力の消費が激しく、すぐに魔力切れを起こすからだ。


 分からない。自分に一体何が起こっているのか。


 兄から死を願われるほどに、自分は罪深い存在なのか。




 魔法学園に入学する日が近づいてきた。兄はめっきり部屋から出てこなくなった。使用人の噂では、ずっと寝ているらしい。

 きっと、明け方俺に魔法をかけ、毎回魔力切れを起こしているのだ。恐るべき執念である。


 俺はどれほど不調であっても、意識して何でもない風を装っている。もがき苦しんだところで、兄を喜ばせるだけだから。

 でもこのままだと、俺は本当に死ぬかもしれない。かといって、打開策は見つからない。いくら本を読んでも、こんな魔法は見つからないのだ。


(まさか……禁止魔法を使っているのか)


 発動を禁じられている魔法があると聞いたことがある。その魔法について記された本は国に没収され、使えば罰せられる。禁止魔法であれば俺がいくら調べても見つからないことも納得がいく。


 魔法の正体が禁止魔法であればより絶望的だ。対処の方法が見つかる訳がない。


 今俺が死んでも、原因不明の病としか見られないだろう。親も、気付いたところで禁止魔法の使用を表沙汰にするはずがない。


(死ぬ?俺、死ぬのか?嫌だ。何でこんなことに)


 親も信用できない。頼れる大人も思い当たらない。これではただ体力がなくなっていくだけだ。


(俺はいつまで持つだろう。できれば学園には入学したい)


 光魔法を見てみたい。それまでは死にたくない。その後も死にたくないけど。


(闇を、払う……)


 それはどういう意味なのだろう。その意味を知りたい。




 学園の入学式、俺は水魔法の実演をおこなった。

 俺はあえて自分が今できる限界の技巧を凝らした繊細な魔法をやった。彼らは感心したようではあったが、拍子抜けしたようにも見えた。


(ご期待に沿えなくて悪かったね)


 きっと、大規模でもっと派手な魔法を出してほしかったのだろう。何せ四属性なのだから、俺に大いに期待していたはずだ。

 分かっていても俺は、自分のやりたいようにすることにしたのだ。俺は近いうちに死ぬかもしれない。必要以上に周囲におもねる必要はない。



 会いたかった光属性の魔術師は、“可愛らしい”という表現がぴったりの普通の少女だった。

 鳶色の髪に、大きな瑠璃色の目。顔立ちは整っているが、どこか所作がおぼつかない。想像と違う彼女に、理不尽とは分かっていても少し落胆した。俺は無意識に聖女のような偶像を彼女に当てはめていたらしい。


(何となく、清楚でおしとやかな子だと思ってたな)


 そんな失礼なことを考えていたときに、彼女当人から話しかけられたので、俺はどこか気まずく思って冷淡な対応をしてしまう。


「私、セレスティナ・ローマイアです。入学式での魔法の実演、とても綺麗で感動しました。水の花がどんどん広がって、しゅーっと一つになって消えるとこなんて、鳥肌が立ちました。本当に!」


 彼女が俺に向ける顔は、貴族令嬢とは思えないような屈託のないものだ。輝く笑顔とはこのことを言うのだろう。それに、きらきらとその場が浄化されるような、清々しい空気。


(何だ、これ)


 俺は自分から沸き上がる感情に、戸惑った。

 それに彼女は俺の魔法を本気で褒めている。誰もがどこか、俺に期待外れだという顔をしていたのに。


「良かったぁ。では、また明日!」


 俺と親しくなりたいのかと思いきや、彼女は拍子抜けするほどあっさりと帰っていった。


 また話してみたい、かもしれない。失礼な第一印象のことなどすっかり忘れ、俺はそう考えていた。




 セレスティナ・ローマイアは、俺に深入りしようとしない。

 どうせ眠れない俺は、痛みが治まった早朝、学園に登校する。セレスティナは単に早起きらしく、毎朝早い時間に登校してくる。そして俺を見ると物凄く嬉しそうに挨拶してくる。


(犬みたいだな)


 かといって、それ以上会話を続けようという気はないらしい。誰もいないのだから、雑談ぐらい応じるのに。彼女は挨拶すると、自席に座って黙々と自習をしている。


(この子俺の事、何だと思ってるんだろう。挨拶したら幸せになれる像とか?)


 単に俺に興味がないのかもしれない。まぁ俺だって、彼女の魔法が見たいだけなのだ。



 セレスティナが男といる場面を見た時は、不思議な気分になった。しかし、俺を見つけた彼女がまた犬みたいに挨拶してきたものだから、また別の感情が沸いてきた。


「オリバー。お前、どうしたの。めっちゃ笑ってるけど」

「え、そうかな」


 カイがそう指摘したので、俺は一応口元を手で隠した。


「ローマイア嬢、可愛いよなぁ。なんか見たことないタイプだ。お前にしか挨拶しねぇのかよ。俺も隣にいたのに」

「……お前はフロレンシア嬢と仲良くしてろよ」

「は、はぁ?」


 カイはセレスティナを可愛いと言った。さっきも男といたし、彼女は男から人気が出るタイプなのかもしれない。セレスティナがカイにも犬みたいに挨拶するところを想像する。何だかそれは嫌だなと思った。




 日に日に、体調が悪くなる。

 笑えることに、誰も俺の状態に気が付かない。

 近くで俺の世話をする使用人。クラスメイト。親。教師。誰もだ。

 毎朝死にそうな苦しみに耐えて登校している。俺も意地になって、常に笑顔を崩さないようにはしている。といっても、ここまで気付かれないとは予想外だ。それだけ上手く隠しおおせていることを誇ればいいのか、本当の意味では誰からも関心を持たれていないことに傷つけばいいのか。


 そのような詮無い事をぐだぐだと思いあぐねている俺に、セレスティナは言った。


「あの……ギディングス様。体調は大丈夫ですか」


 瑠璃色の瞳が心配そうに、俺をじっと見つめている。


(君が、何で気付くんだ)


 何でこんなに心が乱れているのか分からない。彼女がいなくなった後も、しばらく動くことができなかった。




 魔法演習の時間、ついに念願の光魔法が見れるとあって、俺は待ちきれずにセレスティナの隣に移動する。あれだけ気合を入れていたのに魔法が発動しなかったのは笑ってしまった。


(面白いな。なんであんなにころころ表情が変わるんだろう)


 きっと出会ったことのないタイプの女性だから、気になってしまうのだ。光属性だし。

 アイマー先生の指導により、ようやく彼女は光魔法を発動した。


(うわ、まぶしい)


 突然周囲を包む眩い光。演習場はその光にパニック状態になった。悲鳴がそこかしこにあがっている。俺はぼんやりとその声を聞いていた。


(気持ちいい)


 セレスティナの光は、兄の魔法で満身創痍の俺を優しく包んだ。熱を持たないはずの光が、じんわりと暖かい気さえする。

 こんなに心地いい光なのに、クラスメイトたちは眩しいとしか思わないようだ。俺は、いつまでも浴びていたいぐらいだけど。


(これが、光魔法)


 闇を払うという意味を少し理解できた気がした。体の不調と共に俺の心に巣食い始めていた闇が、きれいになくなっている。

 なぜだかじわりと目頭が熱くなる。


「分かりませんー!」


 セレスティナが涙声になっている。パニックになっているのはクラスメイトだけではなかった。俺は声の方へ足を向けた。


「ローマイアさん、魔力を止めれば光は消える。落ち着いて」


 細い肩に手を当てて、セレスティナに声をかけた。俺を癒した光は消え、彼女は魔力切れを起こした。








あらすじで10万字程度とか書いてましたが10万字では収まらないかもしれません……

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