〇四属性の魔術師
オリバー視点です。しばらく続きます。
他視点にはタイトルに〇をつけることにします。
自分の家がちょっと人と違うと気が付いた日を、良く覚えている。
「それをどうするの?」
「おかあさまにさしあげるのよ! よろこんでくださるから」
「ただの石じゃないか」
「えぇ。きれいな石だから、うれしいわ」
家に来ていたラングハイム家のフロレンシアがそう言ったので、俺も美しい石を一緒に探すことにした。彼女は時折こうして自分の母に石を贈るのだという。
確かに俺の母上も宝石や魔石を集めている。綺麗な石も喜んでくれるかもしれない。
俺は母に触れられた記憶がない。褒められた記憶もない。喜んでもらえたら、あの綺麗な手で俺を撫でてくれるかもしれない。それなら、どれだけ嬉しいだろう。
よくよく探してみると、表面がつるりと滑らかで綺麗な形の石や、透き通ったガラスのような石を見つけることができた。
見慣れた庭が、にわかに宝の山のように見えた。
土まみれになって懸命に探した一等綺麗な石。そのささやかな贈り物は触れられることもなく、一瞥されたのみで、捨て置かれることになった。
「汚いわね」
母はただ一言、そう言った。
俺の母は自分の子に一切関心がなかった。そういう人だった。
それだけのことだ。
◆
わが国において、ギディングス家は誰もが認める名門魔術師の家系だ。俺はその次男として生を受けた。
ギディングス家は一番優秀な子どもが嫡子となる。何番目の子だろうが関係ない。わが国において魔術師の価値は高い。魔術師の名門として名を馳せるギディングス家では、魔法の才能は何よりも優先されるべきことなのだ。
一つ上の兄デニスには、火と土の二属性に適性があった。その判定を受け、特に当主である父上の喜びようはすさまじかった。
「複数属性!素晴らしい!ここ数年は出現しなかった複数属性の魔術師がギディングス家から輩出されるとは!」
普通、魔力を持っていても、適性があるのは一つの属性であるが、稀に複数の属性に適性がある魔術師が出現する。複数属性の魔術師は例外なく魔力が高く、魔術の発動やその正確性に優れている。
複数属性の魔術師というだけで、将来の成功が確約されたといっても過言ではないのだ。
「オリバー。俺が嫡子となることはもう決まったようなものだ」
「はい、デニス兄様」
「くれぐれも俺に逆らわないようにな」
兄は元々俺のことが気に入らないようだったが、自身に複数属性の適性があると分かってからはそれを隠そうともしなくなった。
「生意気な目をしやがって。俺が当主になった暁には、お前には一銭たりとも恵んでやらん。この家にも居られないと思えよ」
「心得ております」
兄にとって俺は目障りな存在である。同じギディングス家の子どもである限り、彼にとっては排除すべき対象なのだ。
(馬鹿馬鹿しい。我が兄ながら残念な奴だ)
俺たちは昔からお世辞にも仲が良いとは言えない兄弟だった。それは兄に限ったことではない。父も母も、血は繋がっているが、ただそれだけ。同じ家に住む他人のような関係なのだ。
元より俺はギディングス家の当主の座に執着はない。
魔力はあればいいとは思っている。魔術という不可思議な力を、探求できれば楽しそうだ。
(具体的な想像をすることで実際にその事象が発生する。一体どういう原理が魔力にあるのだろう。魔法にはどこまで実現可能性があるのだろう)
魔法のことを学ぶ度に、疑問ばかりが増えていく。当主にはなれないようだし、将来は魔法について研究しても良いかもしれない。俺はそのように考えるようになった。
「で?デニス様のなさることに何も言わないの?」
家に来たフロレンシアは俺を責めるように言った。彼女はもう幼馴染と言ってもいい間柄だ。
「俺が言っても火に油だよ。何せ次期当主様だ」
彼女と俺は同い年であるし、ラングハイム家も魔術師の家系。まだはっきりと告げられた訳ではないが、彼女は兄か俺の妻候補なのだ。俺たちは親の思惑を理解していた。
兄は既に自分が当主に決まったと吹聴し、傍若無人な振る舞いをしているらしい。無垢な令嬢を弄んだり、魔術を道中で披露して危険な状態になったこともあるという。兄を窘めるのは両親の仕事だ。俺はいつかこの家を出るのだから、兄がいかに愚かだろうがどうでも良いことだ。
「私、デニス様とは結婚したくないわ。まだあなたの方がマシよ」
「君に魔力がなければその望みは叶うね。魔力がない女性はギディングス家に嫁げないから」
俺は魔術体系についての本を読みながら彼女に相槌を打つ。興味深い内容だ。フロレンシアの話もちゃんと聞いているのだが、彼女は不満そうに俺の本を取った。
「真剣に聞きなさいよ。分かっているの、あなたのことでもあるのよ!」
「君に魔力があれば残念ながらうちの次期当主と結婚して君は俺のお義姉様だ。まあ君に魔力がないってことはないんじゃない。ほら、この辺なんかちょっと色が変わってるし」
俺は彼女の白銀の髪を一房取った。魔力がある者は、髪の一部が変色することが多い。フロレンシアの白銀は一部金に変色している。俺も前髪が少し茶色になっているので、恐らく魔力があるのだろう。
「急に髪を触るんじゃないわよ!本当に距離感の分かってない男ね!」
フロレンシアは俺と話しているといつも怒りだしてしまう。今日も俺の何かが勘に障ったようだ。
「君は俺となら結婚できるの?じゃあ俺と恋仲という事にでもする?」
「恋仲?そんな顔でする提案ではないことは確かね」
そんな顔とはどういう顔だろう。彼女だって俺に可愛げのある表情などしたことはないではないか。
「ラングハイム侯爵に真実の愛に目覚めた俺たちを引き裂かないようにと懇願したらいい。俺に魔力があれば、まぁ許してもらえるかもね」
俺はにっこりと笑いながら彼女の手にある本を取り返し、また読み始めた。
ギディングス家も、ラングハイム家も、魔力がない人間との結婚は認めない。逆に言えば、相手に魔力さえあれば及第点のはずだ。
「確かに相手に魔力があって愛があれば許してもらえる……かもしれないわね。とりあえずデニス様だけは嫌よ。なんであんな人に複数属性があるのかしら」
ぶつぶつと文句を言いながら我が家の用意したパイを食べる彼女を尻目に、俺は本の世界へ没入していった。
いつか俺も結婚して子を成さねばならないだろう。相手は魔力がある女性であれば誰でも良い。フロレンシアならまぁ美人だし、気心も知れているのでそんなに嫌ではない。
どうせ結婚したところで、子どもさえできれば両親のように他人同然で暮らしていくのだ。誰が相手であっても大差はないのである。
魔力判定は年が明けてから始まる。王都から、十五歳の子がいる全国すべての貴族家を判定員が回るのだ。とはいっても、一刻も早く判定を受けたいと思うのが普通であるので、魔術師を輩出するクラスの家はこの時期子どもを王都に滞在させる。つまり魔力判定は王都でほとんど終わると言っても過言ではない。
俺の判定の日、当主である父上と兄が同席した。期待をされていないことはその態度から一目瞭然だ。兄が複数属性である以上、俺は魔力の有無を確認できればそれで良いということだろう。
魔力さえあれば、魔法学園に入り、魔術師としてそれなりに生きていくことができる。しかし俺に魔力がないと判定されれば、目も当てられない事態となる。ギディングス家の名を名乗ることも許されず、適当な学園に入れられ、どこかの家に婿入りさせられるか、酷ければ何の道も付けられず放り出されるだろう。
(それは正直嫌だ。魔力があったらいいな。水の適性があればいいけど)
水の魔法は興味深いものが多いのだ。俺はそんなことを思いながら判定の玉に手をかざした。
その瞬間、信じがたい事象が起こった。風と火が巻き起こり、水玉がきらきらと辺りを潤した上に、地面には亀裂が入りだした。
「こ、これは……」
判定員は驚愕に目を見開いてそれ以上言葉を紡げない様子だった。
(風と、火と、水と、土?俺は四つも属性がある……?)
四属性の例は本で見た記憶がある。あり得ないことではない。しかし現在複数属性の魔術師は二十人程度。彼らは殆どが二属性で、唯一の三属性の魔術師は王宮魔術師団の団長だ。
「オリバー・ギディングス様。あなた様は四属性に適性があるようです」
「そうですか」
どこか恭しい態度で判定員は言った。俺がいつか自分の上司になるかもしれないと考えたのかもしれない。
「何と言うことだ!オリバー!お前は四属性の魔術師なのか」
父上が喜色満面で言った。長男に続いて次男が複数属性であるとは、彼にとっては大変な僥倖だろう。隣の兄は茫然とした様子で立ちすくんでいる。
「ご子息は魔法学園に入学することになります。後日正式な判定結果をお送りいたします」
父と判定員が話をしているところを、どこか現実感のない気分で眺めていた。
(面倒なことになりそうだ)
兄の顔が見られない。きっと彼は今、見当違いな思いを俺に持っているに違いない。当主の座は兄に任せたいと思っている。やる気と能力がある者が継げばいいのだ。
正直四属性も適性があるとは思わなかったが、それ自体は俺にとっては幸運だ。魔法の研究を進めるにはうってつけである。
何とか兄に当主を任せる方向で動きたい。俺はそれ以上の思考を放棄した。




