実習 4
本日2話目です
今日は満月だ。月明かりがあって、周囲の状況もそれなりに見える。
私たちは隣り合って座り、魔力の回復を待つ。ギディングス様がかろうじて持っていた軽食を分け合って食べ、ギディングス様が出してくれた水を飲んだ。
ギディングス様が寝てもいいよと言ってくれたが、先ほどまで眠っていたのでそんなに眠くない。
「トビアス兄様が心配しているだろうな」
私がポツリとつぶやくと、ギディングス様は首をかしげた。
「トビアスが?」
「はい。明日……もう今日ですかね。夕食を一緒にとる予定だったんです。それにきっと、私がいなくなったことは学園からトビアス兄様に連絡がいっているだろうし」
「確かに彼は大慌てで君を心配しているだろうね。ティナは他の兄弟……姉君とも仲が良いの?」
「ふふ。はい。とっても!私に魔力があると分かったとき、貴族令嬢についてお姉様二人から色々教えていただきました」
「君だけ、平民になる予定だったんだよね」
ギディングス様はどこか憤っているように見える。兄妹で一人だけ平民になる。それは彼から見ると不遇な扱いを受けているように思えるのだろうか。
「はい。ローマイア家は姉二人の持参金を用意して兄の体面を整えると経済的に厳しくなります。負担をかけたくありませんでした。私も、平民になりたかったですから」
ギディングス様は不思議そうな顔をした。私の言っていることが良く分からないのだろう。
「私自身、貴族であることに執着はありませんでしたし、何より家族に迷惑をかけたくなかったのです」
「迷惑ってどういう意味?君だって、ローマイア家の令嬢だろう。親に身分の保証を願うのは当然のことだ」
「……血が繋がってないんです」
これは、初めて人に明かす、家族だけの秘密だ。
「私は、お父様とお母様の子ではありません……つまり、私はローマイア家の血を一滴も受け継いでいません」
ギディングス様は目を見開いている。言葉もないようだ。
「そもそもローマイア子爵令嬢として貴族に嫁いで良い身ではないのです。ですからずっと、自分は平民になると思って生きてきました。でも、思いがけず魔力があると分かって……」
平民になって、家族に負担をかけずに平凡に暮らす。それが私を育ててくれた家族と領地にできる恩返しだと思っていた。でも、魔術師としてなら、もっと役に立てるかもしれないと嬉しかった。
「両親も、兄も姉も、本当の家族として私に接してくれています。だからこそ私も、家族のために……家族が守ってきた家門のために、努力したいのです」
「君の、本当のご両親は?」
「両親が言うには、ぼろぼろの旅人だったと。冬目前のローマイア領に二人で来て、しかも女性は妊婦だったので領主館で保護したらしいです。しかし私を産んで実の母はそのまま……。実の父は元々病気だったようで、その冬を越せなかったと」
「そうなんだ……」
「両親は私の実の親のことを平民だと思ったようです。でも私に魔力があるのですから、もしかすると貴族だったのかもしれません。でも、もう分かりません。実の親は名も告げず、何も私に残さず死にました。私にとっては、ただ産んでくれただけの親です」
本来なら、親が死に、そのまま捨て置かれ、寒々しい道端で死んでしまうはずだった赤子。私はそういう存在だった。
「産まれた私を見て、兄は私から離れなかったらしいです。姉二人も、幼いながらにお世話をしようとしてくれたと……そんな兄と姉たちの様子を見て、両親は私を実の子として迎え入れることにしてくれたのです」
赤の他人の子を貴族である両親の子として届け出るのは本来なら許されない行為だ。しかしローマイア領は辺境であり、私が生まれたのは冬が明けるころ。お母様が妊娠した姿を誰からも見られていなくても不思議ではない。事実、雪解け後に私の出生を届け出ても、怪しまれることはなかったそうだ。
リスクを承知で私を娘として迎えてくれた両親。どこの誰とも分からない旅人の子である私を妹として慈しんでくれた兄様と姉様たち。他の家族と変わらない態度で私を敬ってくれた使用人たち。彼らのおかげで、私は今生きてここにいる。
「私は、大好きな家族に恩返しをしたいんです」
それがきっと、私が魔力を持って生まれ、ローマイア子爵令嬢として育てられた意味なのだ。
ギディングス様はしばらく沈黙した。自分のことを喋りすぎたかもしれない。ギディングス様の顔を見上げると、彼は私を優しく見つめていた。
「それが君の望むことなんだね」
「はい」
「じゃあ俺も、君のために一緒に考えたい。どうすれば、彼らの助けになるのか」
彼の優しい言葉に、目頭が熱くなる。貴族の子と偽って育てられたまがい物と知っても、ギディングス様は変わらずにいてくれることが、とても嬉しい。
「実はね。ちょっと予想してた。ティナが、本当はローマイア子爵夫妻の子ではないかもしれないと」
「えっ……」
「でも、全然違った。俺の考えてたことと」
彼の言いたいことが良く分からず、私は首をかしげる。
「君の家族が凄いってことだよ。俺の考えが浅かった」
「そ、そんな!」
慌てて否定した私に、ギディングス様はただ笑みを深めた。
「君は以前、ローマイア領で作物が実れば良いと言っていたよね」
「そうですね。それが一番の悲願といいますか……領民の食糧を他領に頼るというのは不安があります」
「何らかの魔道具で解決できればいいよね。考えられる方策としては雪がない時期の収穫量を増やすか、雪が積もっている時期でも作物を収穫できるような方法を模索するかだね」
「はい……雪が降ると作物は育ちません。やはり寒さと日照時間が減るのと、そもそも農民が外出できなくなりますから」
私たちはそれからも、どんな方法が一番現実的で理想的かを話し合った。ギディングス様がいくつかの案を出し、私がそれについて実現できそうかを考える。
「まず土魔法で土壌について色々試してみたらいいかもしれないね。そして他の……う、くっ……!」
「ギディングス様!?」
急にギディングス様が胸を押さえて苦しみ始めたので私はうろたえる。彼を見ると、黒いモヤがその黒さを濃くしていた。私は彼の背を撫でる。
「ギディングス様……!」
「だい、じょうぶ……いつもの、ことだから……」
「いつもの……!?」
頷く彼の額には汗がにじんでいる。眉間の皺は深く刻まれ、あまりの苦しみに声が抑えられないようだ。
黒いモヤは彼の体を侵食するように、ぐるぐると動いていた。きっと今、デニス様が何かの魔法をかけている。ギディングス様を害するために。毎日光魔法をかけても、モヤが消えないのはこういうことだったのだ。デニス様が毎晩、魔法を重ねていたのだ。
いつものことだとギディングス様は言った。彼はいつも、こんな風に耐えていたのだろうか。たった一人で。
今、私が彼のためにできることは一つだけだ。
「ティナっ……だめ、だ。君は、今、魔力が」
「魔力なら、回復してますから大丈夫です!」
私は手をかざすと、魔力に集中する。魔力切れが何だというのだ。好きな人のために、惜しむものなど何もない。
憎らしい黒いモヤを睨みつける。私はそのモヤに対して光魔法を発動した。
「……光れ!」
ぱぁっと周辺が昼間のように明るくなる。私はまるで生きているかのように蠢くモヤが消し飛ぶようにイメージした。
私は今まで、あまり人を憎らしいと思ったことはない。私を取り巻く周囲の人たちはみんな温かい人たちだし、理不尽な仕打ちを受けたことがないからだ。
アロイスには腹が立ったし悲しかった。でも憎いとは思わない。もう関わらなければいいのだから。
実の両親に対しても、思う所がない訳ではない。でもきっと何か事情があったのだろうし、産んでくれたこと自体には感謝している。
でもデニス様は憎いと思った。ギディングス様のお兄さんなのに。彼を守って、支えていくべき人なのに。
(私の大切な人に、何てことをするの)
これ以上ギディングス様を傷つけないで欲しい。苦しめないで欲しい。
「ティナ……!」
ギディングス様の声は切羽詰まったような響きがした。
もう駄目だ。また魔力が切れてしまう。力が抜けてきた私を、ギディングス様は抱きとめてくれた。
常に彼にまとわりついていたモヤは、もう見えない。
「ギディングス様。黒いの、消えましたね……」
心底安心してそう言うと、ギディングス様は泣きだしそうな顔になった。
「本当に、君って人は……」
そこから私はまた、意識を失ってしまったのだった。




