実習 2
森は手入れがされていて、細い道もある。恐らく木こりや地元の人たちが森の恵みを獲っているのだろう。つまり魔力がない人でも入れる程度に安全な森ということだ。
ローマイア領でも雪がない時期は森に入って木の実や食べられる草花を獲っていた。何だか懐かしい。
「何もいないね。もう少し奥に行こう」
「そうですね」
ギディングス様は慣れた様子で歩いている。こういう場所に来ることがあるのだろうか。
私は前を歩く彼を見る。黒いモヤは、まだ消えていない。薄くはなったが、ある一定以上は薄くならないのだ。ギディングス様はそれでも、眠れるようになったし気怠さもマシになったと言ってくれている。
(消したいなぁ)
毎日頑張っているのに、なんで消えないのか分からない。デニス様は一体どんな魔法を使ったのだろうか。
「ティナはさ、何も聞かないね」
「え?」
「気にならないの?さっきの、俺とフロレンシア嬢の会話」
ギディングス様はこちらも見ずに言った。先ほどの二人の会話は確かに意味深だった。私が何も言わないのが逆に気にかかるようだ。
「気にはなります! でも、私が聞いてもきっと困りますよね?」
「……そう、かもね」
ギディングス様の声がいつもよりも弱く響く。私は彼をそんな風に困らせたくないのだ。
「じゃあ聞きません。お二人とも、私をのけ者にしようとか、そういう意図はないと分かっていますから」
それに、フロレンシア様は実習が終わったら私に何か伝えてくれるつもりのようだった。内容は分からないが、まずはそれを待ちたいと思う。
「ティナ、俺は」
ギディングス様が何か話そうとしたとき、彼の右奥に魔物がいるのを発見した。授業で学んだウサギのような外見の魔物だ。ウサギとは違ってツノがあり、気性が激しいらしい。
「ギディングス様!後ろ、魔物です!」
「出たか」
ギディングス様は魔物を視認すると、素早く水玉を出して魔物の首部分にぶつけた。魔物は成す術もなく静かに溺れて動かなくなった。
「は、はや……!」
あまりの早技に私は目を見張った。
ギディングス様はやりおおせたことを特に喜ぶわけでもなく、淡々と魔物の足を掴んで持ち上げると、ナイフで心臓部分を切った。魔石を取るのだろう。魔石は心臓の奥にあるのだ。血や内臓と共に、小さな魔石がコロンと出てきた。
「魔石!出ましたね」
「そうだね。これで俺かティナのどっちかは合格できるよ」
「当然、これはギディングス様のものです」
私は魔物がいると告げただけで、勝利に一切貢献していないのだ。この魔石を使って合格するなどできない。
「そっか。じゃあ次魔物を見つけたらティナがやってね」
「はい!」
迷いなく確実に仕留める彼の魔法を見ると、やる気が出てきた。魔物を見つけたら自分はどうやって倒そうか。やっぱり風魔法がいいだろうか。いや、土で固めるのもアリかもしれない。なんて脳内でシミュレーションしてみる。
また歩きだすと、木々の間にさっと影が見えた。授業で見たことがあるシルエットだった。きっと魔物だ。
「ギディングス様!あっちに魔物がいました!」
「本当?気が付かなかったな」
「私、追いかけてみます!」
「一緒に行くよ」
私は魔物が消えた方向へ向かう。道なき道のため、歩きづらいが張り切って歩く。ようやく先ほど魔物が消えたらしき場所にきたが、周辺には何も見当たらなかった。
「いません……」
「逃げたんだろうね。まぁまだまだ時間はあるし、地道に探そう」
実習は始まったばかりだ。ギディングス様がさらっと魔物を倒してしまったので少し気が急いてしまったが、確かに焦る段階ではない。筒を見ると、まだまだ色は変わっていなかった。
「大丈夫だよ。ティナならすぐ仕留められる」
「魔物って、逃げるんですね。向かってくるものだと思ってました!」
「まぁ、あいつらだって死にたくないからね」
魔物は本能で相手との実力差が分かるのだという。ギディングス様や私のような複数属性の魔術師は魔力量が多いので、このエリアにいる魔物はそうそう私たちに寄ってこないらしい。
「じゃあ、どうすれば!」
「見つけたら即やるしかない」
「なるほど……!」
だから先ほどは息もつけないほどの急展開だったのだ。私は納得した。
休憩を挟みながら森を歩きまわるが、魔物は見つからない。何度か黄色いリボンが結ばれた木を発見した。これを越えれば魔物がいるのでは?と思うが、ギディングス様が「さすがに駄目だよ」と良い笑顔で言ったので諦めた。何度か魔物らしき影は発見したが、すぐに見失ってしまう。
歩きながら川を発見したり、初めて見る花を摘んでみたり。もはやただのハイキングである。
(楽しいけど……!)
何度目かの休憩で筒を確認すると、とうとう薄っすらと色が変わってきていた。
「ギディングス様、どうしましょう!このままでは追試です」
「まぁアイマー先生なら分かってくれると思うけど。先生も複数属性だし」
「でも公正な先生ですから、魔石がなければ合格は無理だと思います」
「それはそうかもね」
ははっ、とギディングス様が笑う。私は涙目だ。
「ティナ。あのさ」
「はい」
何かを言いかけたギディングス様は黙り込んだ。不思議に思っていると、彼は人差し指を口元に運び、静かにするように私に示した。
私は彼の目線の方を見ると、十数メートル先に大きな熊のような魔物が立っている。
(大きい!……あの魔物は、この辺で生息している種ではないはず。どうして?)
あの熊は魔物の中でもかなり上位の種で、出現情報があれば討伐隊が組まれるような魔物だ。なぜここにいるのかは分からないが、遭遇してしまったからには倒すしかない。私は魔力に意識を傾ける。
熊はこちらを見ている。逃げる素振りはない。首の後ろから、じんわりと嫌な汗が滲んできた。熊は悠然とこちらへ歩みだしている。私たちを捕食することにしたらしい。
「ティナ、まず太陽の魔法を奴に当ててくれ。それからは俺が何とかする」
「はい」
ギディングス様が小声で私に指示を出す。
熊が近付く度にびりびりとひりつくような何かが飛んできている気がする。今すぐ逃げてしまいたい。しかし逃げた途端に熊は私の喉元に食らいつくだろうし、ギディングス様もどうなるか分からない。私は自分を奮起させる。
(今!)
機を見極めて私は魔法を発動した。強烈な閃光に熊がひるんだと同時に、ギディングス様は熊の足元を土で固め、風の真空刃を出した。風の刃は勢いよく熊に直撃する。
「グゥゥ……!」
熊の皮膚からは血が出ているものの、深手ではなさそうだ。私はその事実に驚いてしまう。彼の魔法は分厚い木を粉々にするほどの威力があるはずだ。
「そんなっ」
「やっぱり強いな」
ギディングス様は先ほどのウサギと同じように水玉を熊の頭にぶつけるが、熊は鬱陶しそうに体を振り、水玉を潰した。土で固められていた足元も力任せに解いて自由になると、怒り心頭というように私の方へ向かってきた。
「ひぃっ!」
私は岩の塊を熊にぶつけて、ぱっと横によける。熊は一応ダメージを受けたようだが、そんなに効いていない。
「お前の相手は俺だ!」
ギディングス様が次は火の玉を勢いよく熊にぶつける。
「グアァァ!!」
熊は一層怒り狂い、大きく腕をふると、ギディングス様ではなく私に爪を下す。私は咄嗟にしゃがんで攻撃をかわすと、もう一度光魔法を熊に当てて目をくらませた。
「ティナ、逃げろ!なぜかこいつ、君を狙ってる!」
「ギ、ギディングス様は!」
「俺はとりあえず攻撃を続けて君から気を逸らす!君は走りながら筒に魔力を通せ!」
「はいっ……!!」
私は立ち上がり走り出した。後ろから熊が追いかけてきている。ギディングス様が熊に追撃しているのも分かる。
走りながら筒を探す。手で探り当てると、無我夢中で魔力を通した。
(できた!?先生来てくれる?)
熊がすぐ後ろに来ている。次は竜巻で周囲の木を切って熊の進路をふさぐと、小道ではなく木々の間の方へ方向転換した。
「グォォ!」
熊は私が倒した木々も乗り越えると、まっすぐ私の方へ向かってくる。ギディングス様が後ろから一番ダメージを与えられると思われる風魔法で熊に攻撃している。さすがの熊も、かなり血まみれになっている。
「はぁ、はぁ、はぁっ……」
山道を走り続けて息が苦しい。
きっとあの熊は魔法攻撃に耐性があるのだ。恐らく物理攻撃でないと討伐は難しいだろう。しかし剣を持っていない非力な私に、あの熊を一刀両断できる手段などない。
ひたすら走って、木を切って、また走って。もう自分がどこをどう走っているのかも分からない。
周囲を見ると、十メートル程度の落差の崖があった。下に小川が流れている。
(もう、これしかない)
私は覚悟を決めて崖に沿って走り出した。
「ティナ!何をして……!」
私は見晴らしのいい場所に立つ。ギディングス様の猛攻撃を受けた熊は満身創痍だが、まだ戦えるらしい。
私は挑発するように風魔法を連発すると、熊は苛ついたように私に向かって走り出した。
「やめろ、ティナ!ティナーー!!!」
十分に引き寄せて、私は魔力を放出する。ギディングス様がこんなに大きな声を出すなんて珍しい。もうここまで来てやめることなんてできない。
「光れー!」
激しい閃光が出る。熊が目を潰され、私がどこにいるか分からなくなったところで、私は再度魔力に集中する。
「強く吹けぇ!!」
家が吹き飛ぶような強い突風をイメージして風を出す。熊は耐えきれず崖から転がり落ちた。
熊は激しく崖に何回かガン、ガッと当たりながら小川に頭から落ちる。頭部から流れ出る大量の血が川を深紅に染めだした。
「や、やった……!?」
私が身を乗り出して熊の末路を確認していると、息を切らせたギディングス様がやってきた。その顔は蒼白で、彼にしては珍しく焦った様子だった。私はギディングス様の顔を見て安堵する。
「怪我は?」
「あ、だいじ……」
大丈夫と答えようとしたところで、くらり、と覚えのある感覚が襲ってきた。これはまずい。
「ティナ!!!」
ギディングス様の叫び声が遠く聞こえ、意識が暗転した。
明日は2話投稿しようと思います!




