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兄の来訪



 放課後、毎日ギディングス様に連れられて空き教室に向かい、魔法をかけるということを繰り返していると、周囲は私と彼が普通以上に親しい仲だと認識するようになった。それは無理もないことだ。毎日放課後になると二人きりで空き教室へ向かい、密会しているのだから。しかもギディングス様は私を親し気に愛称で呼んでいる。周囲が私たちを恋愛関係にあると考えるのも、無理からぬことなのだ。


 実際は私がギディングス様に光魔法をかけているだけなのだが、彼の体調を周囲に知られるのは好ましくない。

 

 私は正直、この状況を複雑な思いで受け止めていた。


「セレスティナ。あなた達、一体どうなっているの」

「そうですわ!もう具体的な話が出ておられるのでは?」

「四属性と三属性の魔術師が結ばれるだなんてすごいことですわ!」


 フロレンシア様を皮切りに、令嬢たちが私に詰め寄った。私は彼女たちの勢いに硬直してしまう。


「ですから、ギディングス様とは何もないのです……!」


 私は真実を口にするが、彼女たちは全く納得しない。


「そんな筈ないわ。オリバー・ギディングスがこんなに女性に構うことなどなかったもの。あの男は女性に対しては誰にでも同じように接するのよ」

「そうですわ。あの方が女性を愛称で呼ぶなんて初めてでは?」

「ふぇえ……」


 フロレンシア様も、ロミルダ様も私の言葉を一蹴するので私は涙目になる。


「セレスティナ。あなたがオリバー・ギディングスのこと本当に慕っているのなら……」


「ティナを虐めてるの?」

「ギディングス様!」


 いつの間にかギディングス様が私の隣に立っていた。令嬢たちは一層色めき立つ。フロレンシアは席から立つと、彼に向き直った。


「あなた、セレスティナと随分仲良くしているわね」

「そうだね。悪い?」

「自分の行動の意味を分かっているの?」

「俺がティナと親しくしたら駄目だったかな」

「セレスティナを本当に特別に扱うつもりなら、順序ってものがあるでしょう」

「君には言われたくないなぁ」

「あぁ……お二人とも……っ」


 ギディングス様とフロレンシア様は間に火花が見えそうなほど険悪な空気で言葉を交わす。私はただみっともなく狼狽えるしかできない。


「まぁ、ティナと俺は特別な関係というわけではない。俺は彼女に助けて貰ってるだけだ」

「セレスティナに助けてもらう?あなたが?」

「そうだよ。さぁおいで、ティナ」

「は、はい!」


 ギディングス様に促され、私は立ち上がる。


「フロレンシア様。ご心配ありがとうございます。本当に、嬉しいです」

「セレスティナ」

「本当に、フロレンシア様が危惧されるようなことはありませんから」

「……えぇ、分かったわ」


 ギディングス様の事情を織り交ぜずに今の状況を説明することは難しい。時期を見て、彼女に伝えられればいい。

 フロレンシア様は少し落ち着いた様子で頷いた。


「では、さようなら。また明日」

「えぇ、セレスティナ様。また明日」


 令嬢たちにも挨拶をして、私はギディングス様とまた空き教室に歩き出した。




「本当にフロレンシア嬢は君を気に入ってるんだね」

「そう思われますか?嬉しいです!」


 今日も空き教室で光魔法をかけた後、ぽつりとギディングス様がつぶやいた。私もフロレンシア様が大好きだ。そう言われると素直に嬉しい。


「彼女が俺に詰め寄るのは今日だけじゃないからね。俺が君を弄んでると思ってるみたい」

「も、もてあそ……」


 なんてパワーワードなんだろう。ギディングス様が私を。また私は赤面する。


「ティナはすぐ真っ赤になるな。面白い」


 ギディングス様はおもむろに私の髪を一房とった。私はぎょっとしてしまい硬直する。

 伏し目がちになると、彼の睫毛の長さが強調される。本当にきれいな顔だ。


「ここ、色が変わっているね。ここだけ黒い」

「は、はいっ」

「はは。顔が林檎みたい」


 彼の隈は薄くなり、肌の艶もでてきた。元々美男なのに、更に輝きが増しているのだ。そんな彼にこんなことをされて、私の心臓はうるさくなる。


「ギディングス様っ、行きましょう!!」


 耐えきれなくなった私は立ち上がった。彼は驚いたように少し目をみはった。


「そうだね。行こうか」


 私たちは連れ立って教室を出る。教室を出てしばらく歩いても、私の心臓は元通りにはならなかった。





 校舎を出て、ギディングス様と魔法の話をしながら歩いていると、言い争っているような声が聞こえた。聞き覚えのある声だ。

 声の方を見ると、校門に男性が二人。二人共、私が良く知っている人物だった。

 一人はアロイス。もう一人は、ずっと私が会いたいと思っていた人。

 アロイスが、もう一人の人物に詰め寄られていた。


「あれは、バーンスタインと、誰だ?」

「トビアス兄様……!」

「君の兄?」


 なぜ兄様がここにいるのだろう。私は思わず兄様の元へ駆け寄った。


「おにいさまー!!」


 私の声に気が付いた兄様は、アロイスに掴みかかっていた手をパッと離し、私に向き直ると、こちらへ駆け出した。


「セレス!!」


 私は兄様に抱き着くと、兄様は私をしっかりと抱き返してくれた。


「なぜ?なぜトビアス兄様がここに?嬉しい!ずっと会いたかったわ!!」

「セレス。お前に会いに来るのに理由はいるかい?元気だったか?」

「元気よ!お父様とお母様は?ユリアーナお姉様とクリスタお姉様は?みんな元気なの?」

「変わらないよ。相変わらず元気だ。お前に会いに来る役目を俺が勝ち取るのにどれだけ苦労したと思う?皆セレスを思っているよ」


 私はトビアス兄様の言葉を聞きながら、目が潤みそうになる。トビアス兄様は優しく私を抱き寄せてくれるので、私は久しぶりの家族の温かさに嬉しくなり更に強く兄様に抱き着いた。


「ティナ。俺をお兄様に紹介してくれないの?」


 兄様との再会を噛みしめていて、ギディングス様の存在がすっかり抜け落ちていた。私ははっとして兄様の腕をとくと、ギディングス様の隣に戻った。兄様は私との再会に水を差されたことに不満げな様子でギディングス様を見据えている。


「トビアス兄様。同じクラスの、オリバー・ギディングス様です」

「オリバー・ギディングスといいます。ローマイア子爵子息とは初めてお会いしますね」

「ギ、ギディングス、様……!?これは失礼しました。私はトビアス・ローマイア。セレスの兄です」


 まさか私と連れ立っている相手がギディングス家の方だとは思わなかったのだろう。兄様は面食らった様子で礼をした。

 兄様は私の手をぐいっと引き寄せると小声で問い掛けた。


「セレス、どういうことだ?なぜギディングス様と、親し気に二人で歩いている」

「色々あったの……!」


 こそこそと兄様と話していると、私の体はまたギディングス様の隣に引き戻された。ギディングス様が表情も変えずに私を引き寄せたらしい。兄様はムッとした顔をする。


「大変仲のいいご兄妹のようだ」

「はい。どこをどう見ても可愛いうちの妹ですから」


 二人とも笑顔なのに、明らかに空気が悪い。なぜ初対面でこんなに険悪な雰囲気なのだろう。私は事態についていけず狼狽えた。


「セレスティナ!」


 唐突に聞こえたその声に、私はビクリと体を震わせた。

 アロイスの姿を見るのは、あの日以来だ。私は努めて平静に彼に向き合った。


「なに、アロイス」

「久しぶり、だな……お前、もしかして何か誤解してないか?」


 アロイスはどこか気まずそうに言った。さすがに私が彼を避けているのに気が付いているのだろう。


「お前も懲りない奴だな、アロイス!もうセレスに近寄るな!」


 トビアス兄様がアロイスと私の間に立ちふさがった。


「トビアスには関係ないだろう。俺はセレスティナと話してるんだ」


 アロイスは不快そうに眉をひそめる。一見するとアロイスの様子はいつも通りだ。裏であんな風に私を評価しているとはとても思えない。私は腕を組んで彼を見据えた。


「アロイスは面倒くさいんでしょ、私の事。貧乏子爵家の三女で馬鹿だっけ?」


 私がアロイスに向けて言うと、彼は顔色をさっと悪くした。


「腹の底で馬鹿にしているのに、無理に構ってもらわなくても結構よ。私たちは幼馴染というだけなんだし」

「だ、誰から何を聞いた。俺はそんな事言ってない!」

「他でもないあなたが話しているところを私が聞いたの。一緒にフロレンシア様——ラングハイム様もいたわ」


 私がそう返すと、アロイスは絶句した。また聞きで私が間違った噂を聞いたということにしたかったようだが、フロレンシア様という第三者までいれば否定できない。


「俺を置いてきぼりにしないでよ、ティナ」


 ギディングス様がふわりとほほ笑んで話に割り込んだ。アロイスははっとしたようにギディングス様へ礼をする。


「初めまして、か?俺はオリバー・ギディングスという。お前が、バーンスタイン?」

「はい。アロイス・バーンスタインといいます」


「ティナには俺がいるから、お前が彼女を気に掛ける必要はないよ」


 突き放すようにギディングス様が言ったので、アロイスと兄様が目を見開いた。


(言い方……!!)


 それはもう、私が彼の女だと宣言したも同義ではないか。トビアス兄様は説明しろと言わんばかりに私に目で語り掛けている。


「行こう、ティナ。良ければお兄さんも一緒にどうぞ」


(どこ行くの!?寮に帰るんじゃないの?)


 疑問が口をつくのをぐっと我慢して、ギディングス様についていく。兄様がそんな私の後に続いたのだった。




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