美しい魔法
よろしくお願いします。
その日私が見たのは世にも美しい魔法だった。
突然現れた水の塊はくるくると形を変え、それは霧散し、また場所を変えて現れる。一直線に、そして丸くなり、蕾となって花となる。見たこともない魔法に、私は目を奪われた。
水の花々は横に広く高くなり、また茎のように形を変えると、勢いよく渦巻いて霧散した。
「ふぁあっ……すごいっ」
私は思わず感嘆の声を漏らす。術師は観客である生徒たちに向き合うと、ほれぼれするような美しい所作で礼をした。その術師は艶のある黒髪で、聡明な印象の美青年だった。
「新入生代表、オリバー・ギディングス君による魔法実演でした!ではギディングス君、一言どうぞ」
入学式の司会の教師が術師を紹介した。
彼は、私と同じ魔法学園の新入生らしい。入学式で魔法の実演をするのが新入生とは驚きだが、ギディングス家は私でも知っている魔術師の名門である。彼はよっぽど優秀なのだろう。
挨拶は予定になかったのか、彼は一瞬驚いたような顔をしてから話し出した。
「……オリバー・ギディングスです。僕が今実演した魔法は、水魔法の基礎をしっかりと修めていれば誰でもできるものです。つまり、魔法は使い方次第だと思っています。僕はこの魔法学園で魔法の可能性を追求したいと考えています」
彼はふんわりと笑うと、新入生の列へ戻っていった。私は彼の黒髪が見えなくなるまでじっと見つめ、視界から消えると、はぁっとため息をついた。
「素敵!なんて素敵な人なの」
「おい、セレスティナ。静かにしろ」
隣にいる幼馴染のアロイスが少々苛ついた様子で私をたしなめた。そんなに大きな声でもないのに何で怒られるのだろう。
「あんな格好良くて素敵な人見た事ないわ。あの魔法もとっても綺麗だった。私、あの方と仲良くなりたい!」
「何言ってんだ。あの人は侯爵家の子息だぞ。お前みたいな田舎の子爵令嬢がお近づきになれる訳ないだろ」
「なぜなの?さっき、校長先生も言ってたじゃない。学園は身分関係なく交流する場所だって」
入学式の最初の挨拶で、校長が言っていた。学園の中では身分は関係ない。身分を超えた人間関係を通して良い魔術師となって欲しいと。
「そんなの建前に決まってんだろ。いいかセレスティナ。くれぐれも、ギディングス様に馴れ馴れしくするんじゃないぞ」
アロイスが強く釘を刺したので、私は頷いた。私は世間知らずで貴族の事情に疎い。両親や兄姉から、アロイスの言うことを聞くようにと言い含められているのだ。
どうやら学園内の平等とは言葉だけのものらしい。あの素敵な同級生とお友達になれたら嬉しいと思ったのに、残念だ。
「ねぇアロイス。じゃあ、挨拶も駄目?あの魔法に感動したと伝えるのも?」
少しがっかりしながらアロイスに聞くと、彼は私から顔を背けた。
「……それぐらいなら、いいんじゃないか。でも、ちゃんと令嬢らしく、失礼のないようにな」
挨拶なら良いらしい。私は嬉しくなり、ギディングス様に会えたら絶対に挨拶しようと心を弾ませた。
◆
わが国の北の果てにローマイア家という田舎の子爵家がある。その4番目の子、セレスティナ・ローマイア。それが私だ。
我が家には後継となる兄が一人、姉が二人。四人の子のうち、女が三人もいる。
ローマイア家の領地は海に面していて、漁業や海運関係の収入がそれなりにあるものの、三人目の娘に十分な持参金を持たせられるほどではなかった。
長女のユリアーナ姉様は隣領の子爵家嫡男と、次女のクリスタ姉様は親戚でかつ家臣に当たる男爵家嫡男との婚約が早くからまとまっていたが、私は持参金のいらない平民と結婚する予定だったため、婚約者はいなかった。
私は幼いころから、いつか自分が貴族ではなくなることをごく自然に受け入れていた。
貧乏貴族にはその辺に転がっている話だ。一般的に貴族が読まないとされる恋愛小説が大好きな私は、むしろ自分が恋愛結婚できる可能性があることは嬉しかった。
私にとって貴族令嬢とは姉二人のことで、自分を指す名称ではなかったのである。
私は淑女教育を受けなかった。身支度や料理、洗濯など身の回りのことができるように教えられ、座学についても算術や、歴史、地理などのより実践的な教育だった。いうなれば上流階級の平民向けの内容であり、令嬢が当たり前に身に付ける教養は一切学ばなかった。
ドレスを着ることは嫌いではないし、お姉様に髪を綺麗に結わえて貰うことも好きだ。でも、刺繍は苦手だし、芸術も良く分からない。社交界で駆け引きをしながら優雅にダンスをして、お淑やかに振る舞うことが自分にできるとも思えなかった。
いつか素敵な人と結婚して、それなりに楽しい生活ができればいいな、なんて夢見ていたのだ。
まさかそんな私に魔力があって、しかも王都の魔法学園に通うことになるなんて、誰にも想像できないことだった。
魔法という力を持つ者は、ごく少数だ。
不思議なことにその力を発現するのは貴族ばかり。それも上位貴族に多い。血筋が関係するのだろうと学者は言っているらしい。
希少な魔術師は、国にとって大きな価値がある。魔術師の魔力は生活を支える大きなインフラとなっていて、彼らの作る便利な道具は王都では広く普及しているらしい。また、彼らの軍事力は大きな国力の担保となっているという。
ローマイア家は辺境にあるため、そこまで彼らの力に依存している訳ではないが、魔術師の力でかつて整備された街道や水道設備などがあり、それらには今も大いに恩恵を受けている。
ローマイア家にも昔魔術師がいたらしいが、ここ数代は一人も出ていない。
魔力は血縁で継承されると言われている。もう我が家に嫁ぐ魔力もちの女性などいないだろう。
もはや私たちにとって魔法という力は物語の中のものと言っていい状態となっていた。
貴族の子は、十五歳で魔力判定をする。
兄も姉も判定をおこない、出た結果は“魔力なし”だった。その結果は「まぁそうだよね」といったものだ。誰もローマイア家から魔法使いが出ることなど想定していない。
私も十五歳で魔力判定をすることになった。はるばる王都から判定員はやってくる。彼らはガラス玉のような球体を持ち、私に説明をしてくれた。魔力があれば何らかの現象が起こり、なければ何も起きないという。
自分に魔力などあるはずがないのだ。そう信じている私がなんの心構えも躊躇もなく手をかざした瞬間、その球体からはまばゆい光が放たれ、風が巻き起こった上に、地面が音を立てひびが入りだした。
「えっ?なに?なにこれ!」
「セレス!大丈夫かぁ!」
その場はパニックになった。私と家族は何が起こったか理解できずに騒ぎ立てる。
「お静かに!大丈夫です!落ち着いてください!」
判定員が光と風を消したので、私たちは我に返って静かになった。それまでいかにも事務的だった判定員は、あからさまに態度を変えた。
「セレスティナ・ローマイア様。あなたには光属性の魔力があるようです。素晴らしい。そして、恐らく風、土も……複数属性をお持ちのようだ」
「は……?ま、魔力?」
「はい。何と言っても光属性は珍しい。しかも、三つもの属性に適性ありとは……!」
判定員は興奮した様子で説明するが、事態に付いていけない私は呆けた顔で「はぁ」と返すことしかできなかった。
判定員は今後の話を軽く両親とかわし、また追って案内を送ると言い残して王都へ帰っていった。
なんだか良く分からないうちに、平民となって楽しく暮らす私の未来はなくなったらしい。魔術師であるというだけで結婚せずとも貴族同等の身分保障がある上に、貴族からの縁談も山のようにくるという。例え持参金がないとしても。
(何で魔力があるんだろう。私が貴族と結婚するなんて無理だと思うけど……でも、魔法が使えるなんて!嬉しい!)
将来の展望は読めなくなったものの、魔法使い自体に憧れはある。
(魔法が使えれば、きっと私、ローマイア領の役に立てるよね)
平民になる予定だった私は、兄や姉たちのようにローマイア家のために役立つことはできないと思っていた。でも魔術師になれば、きっと大好きなローマイア領のためにできることが沢山あるはずだ。
(頑張ろう!頑張って、私にできることを見つけるんだ)
その日の夜、我が家は家族会議となった。お父様が判定員から聞いた話を家族に告げる。
「セレスティナは魔法学園に入学することになった。魔術師には入学が義務づけられているらしいんだ」
「王都の学園ですか」
「うん。魔法学園に入学して、一年間魔法の扱い方を学ぶらしい。それから、卒業後は魔法を生かした進路につくと言っていた」
なぜか私の進路は魔法学園とやらを卒業した後のことまで決まっているらしい。ローマイア領に戻ることはできないのだろうか。分からないことが多い。
「お父様、それはセレスが王都へ一人で行くという意味ですか?しかも高位貴族ばかりの学園に通うと?」
トビアス兄様が口を開いた。その表情は渋面だ。
「可愛いセレスがそんな恐ろしい場所に一人で行くなんて無茶ですわ!セレスは令嬢教育を受けていないのですよ!」
長女のユリアーナ姉様が言った。
「こんなに可愛いセレスですもの。きっと高位貴族のご令嬢から虐められてしまうわ!しかもそのまま魔法を使って仕事ですって?あぁセレス……あなたはずっとローマイア領にいてくれると思ってたのに」
次女のクリスタ姉様が私をぎゅっと抱きしめながら言った。
「あなたたち、お黙りなさい。セレスに魔法の適性があると分かった以上、それ以外の道はないのです」
お母様がお兄様お姉様たちをたしなめた。皆黙り込む。家族は私を心配しているのだ。
「私は大丈夫です!確かにこれまでの想定とは大きく変わってしまいましたが、魔法が使えること自体は嬉しいもの!きっとローマイア領のためになれるわ!」
私がそう言うと、家族はぽかんと私を見た。
「でも、ローマイア家に害が及ばないためにも、付け焼刃でも令嬢教育を受けたいと思います。きっと高貴なお嬢様方ばかりですものね。頑張ります!」
私は割合のんきな性質なのだ。まぁ何とかなるだろうと胸を張った。
「……良い教師を探そう。セレスティナが苦労しないように、皆で協力するぞ」
お父様がそう言うと、家族は決意したように頷いた。
それから私は貴族令嬢として必要な教養を詰め込むことになった。家庭教師がやってきて、みっちりと授業を受け、お姉様たち相手に復習する。特に言葉遣いや作法について私は課題が多かった。お兄様に相手になってもらいダンスの練習もした。
そんな中、王都に滞在している幼馴染のアロイスも魔力があると知らせを受けた。アロイスはバーンスタイン伯爵家の次男。領地が近く、母親同士が友人関係だったことから、昔から交流があった。
「セレス。アロイス君も魔法学園に入学するらしいから、彼と行動するといい」
「彼は伯爵家の子息としてきちんと教育を受けているし、あなたが行き届かないところもきっと気付いてくれるわ」
両親は心底ほっとしたような顔をしていた。王都で私が一人で奮闘するよりよほど安心できるのだろう。
「分かりました。でもアロイスに迷惑がかからないように、私も努力しますね」
王都へ出立する日まで、私の詰め込み教育は続いた。恋愛小説も我慢して取り組んだ。そうして、いよいよ魔法学園に入学したのだ。
今日は三話投稿して、明日から一日一話で投稿します。
しばらくお付き合いいただければ嬉しいです!