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田舎の城からの生き残りハーレム増築戦略  作者: 風親
第3章 最後のお妃編

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遠征の開始

「無事にお戻りになる日をお待ちしています」


 王城の中庭にある後宮の入り口で、出陣するタモンを見送りにきたエレナは、静かにそう言いながら頭をさげる。


 皇帝マリエッタと一緒に見送ったイリーナが、何とか涙をこらえて見送ろうとした……けれど最後はこらえきれず感情的に見送ったのとは対照的に淡々とした見送りだった。


 周囲が慌ただしく出兵の準備をしている中で、この後宮だけは取り残されたかのように静かな空間だった。


「もし、戻ってこなければ北ヒイロは乗っ取らせていただきますから」


 エレナは静かにでもきっぱりとそう宣言した。

 

 絶対に戻ってこいという意味で言っているのだけれど、子どもがいるわけでもないタモンからすれば、エレナが跡を引き継いでくれるなら嬉しいと思い。頼もしく感じてしまっていた。


「留守のモントは任せたと言いたいところなんだけれど、魔法塔の調査を頼む」


「はい。探索は続けています。あの魔法使いが逃げる際、地下が色々崩れてしまったので時間がかかっていますが……」


 モントの城はコトヨたちに任せて、エレナに秘密の任務を与え続けている。


「トキワナ帝国まで繋がっているかもというのは、本当かもしれませんね。あれはまるで地下の道などというものではなく……」


「しっ。悪い魔法使いが聞いているか分からないからね」


 現状を報告しようとしたエレナの唇にタモンは人差し指を当てて静止した。


 エレナには、それが大袈裟なのかどうかもよく分からなかったけれどにんまりと笑って言った。


「黙っていた欲しいのでしたら、唇で塞いでいただきませんと」


「面倒なお嫁さんだなあ」


 そう言いながらもタモンは満更でもない笑みで、静かに待っているエレナと口づけを交わしていた。


「あ」


 顔が離れた時に、面倒なことに巻き込まないようにと遠ざけていたマジョリーの姿が視界の片隅に入ってしまった。


『なんでですか? お二人だけなんてずるいではないですか』

 何もしゃべっていないのに、タモンとエレナにはそんな声が聞こえてきていた。


 タモンは遠征に出かける前にもう一人口封じをしないといけなくなったと笑っていた。




 

 

 南北ヒイロ連合軍は、トキワナ帝国に攻め入った。


 侵略してきたトキワナ帝国を撃退した南ヒイロ帝国は、反撃のために十万を超える兵を揃え、トキワナ帝国へとなだれ込む。


 これだけの規模の軍がトキワナ帝国に侵入したことは過去にも一度きりだった。


 帝国同士の歴史的な戦いを迎えようとしていていた。




「のどかなものだな」


 それにも関わらず北ヒイロ軍の先頭に立つミハトは地べたに座り、つまらなそうに周囲の様子を見回していた。


 穏やかに流れる河川沿いの道からは、段丘になっていていくつかの段々畑が見える。


 残念ながらこの付近で取れるのはお茶の類らしいので、畑から奪ってきたところであまり腹が膨れたりはしないとカンナから聞いたばかりだった。


「でも、やっぱりヒイロとは景色が違うね」


 タモンも地べたに座りながら、景色を見回していた。平原が多いヒイロ地方に比べると、街道沿いもかなり土や岩が多くて茶色い印象が目に入ってくる。


 もうかなり日が暮れ始めていた。


 地面が赤茶色になるのは少し不気味ではあるけれど、畑しかないのどかな風景なのは変わらなかった。


 敵国内での野営に向けて兵たちは忙しそうに天幕を張り篝火の準備をしていたが、北ヒイロの将軍たちはまるでピクニックでもしているかのように集まり、地面に座ってくつろいでいた。


「だが、兄者。帝国同士の大決戦じゃなかったのかよ」


 今回も先陣を切るつもりだったミハトは、少し退屈そうに愚痴っていた。


 


「この辺の抵抗は薄いのは想定通りであります」


 軍師であるショウエは、タモンの後ろに控えて立ったままでそう言った。


 国境付近ではわずかに戦いがあったものの、大した抵抗もなくトキワナの軍は逃走している。


「トキワナ帝国も疲弊していますし、一度再編成してもっと奥で、ヒイロ連合軍の戦線が伸び、疲弊したところで、迎え撃つ気なのでしょう」


「そうか。じゃあ、まだ余裕だな。よし、ショウエ、酒を持ってこい!」


 ミハトは、笑いながらまるでショウエに対して召し使いみたいに命令していた。


「まだです。とりあえず明日からの作戦について聞いてからにしてください」


 ショウエはそうミハトを窘めていた。


 タモンの周りに集まっている将軍たちと比べれば、ショウエは見た目も実際の年齢も若い。


 エミリエンヌ、カンナ、ミハト、ロランの他、ルナ、フミたちも少し離れて座っている。


 外見は子供のようなショウエが、ミハトを始め歴戦の将軍たちを並ばせているのは少し奇妙な光景だと、特に新参者のエミリエンヌにはそう見えた。


 ミハトは少し不服そうな顔を見せていたが、どうやら作戦説明の後は酒宴でも構わないという口ぶりだったので、大人しく言われた通りに座っていた。


「さて、北と南ヒイロ連合軍がまず目指すのは、この街道沿いの先にある関所です」


 ショウエは地図を広げながら、年上の将軍たちに解説を続ける。


「関所と呼んでいますが、北ヒイロと南ヒイロにあるような木の門ではありません。要塞です。果てしなく続く巨大な城門だと思ってください。そして、山が多い敵の本拠地マツリナに大軍が向かうには北か南の関を通る必要があります」


 ここまでは軍人であれば常識的なことだと思うのだが、北ヒイロから出たことのないミハトやロランたちには何となく聞いたことがあるくらいの話なので詳しく解説されて素直に感心しながらうなずいていた。


「おそらく関所が一大決戦の場所になります。南ヒイロ帝国のリュポフ様の軍と足並みを揃えて、こちらも魔法の防御陣などを展開して戦に備えます……ですが、私たちは同時にすることがあります」


 ショウエは、じっとエミリエンヌに視線を向けた。新参者という意識があるのかエミリエンヌは少し遠慮がちに座っていたが、長身で綺麗な顔立ちとどうしても目立つ容姿であるので、カンナとともに並ぶとどうしても主役という感じが溢れ出ていた。


「エミリエンヌ殿と共に北に向かい、ニビーロ内のエミリエンヌ殿の領地を確保します」


「はっ」


 エミリエンヌは仰々しく年若い軍師にうなずいていた。


「エミリエンヌ領まで行ったあとは、ニビーロとの交渉があるでしょうから、タモン陛下と私と……うーん」


 ショウエも周囲を見回していた。ただ、エミリエンヌと違って周囲の兵隊をというわけではなく、指揮官の中から誰を同行させるかを改めて見極めていた。


「あとは、ルナ殿の部隊ですね。お願いします」


「え、あ、私? あまり戦いの役には立たないと思うけれど……いいのかしら」


 ルナはこちら側に残って、ミハトやカンナの後詰めで備えると思っていたので少し戸惑っていた。


「大丈夫です」


 ショウエはにこりと笑って答えていた。


 ショウエとしても本当はロランを連れていきたいのだが、関所の攻略にカンナとミハトは欠かせない。トキワナから打って出てきた場合も考えないといけない。


 だからと言って二人だけを残してしまうと準備もできていないうちに全軍突撃してしまいそうで、怖くてたまらなかった。


 仕方なくこちらの軍のお目付役としてロランを残す決断をした。


「戦いになったらエミリエンヌ様がおりますし」


 ショウエは、自分自身も納得させる理由としてそう説明した。


(エミリエンヌ殿に領民を説得してもらいつつ、ニビーロと戦うことになったら困るのですが……)


 人材の少なさは北ヒイロの泣き所ではある。あからさまに表情には出せないがショウエも頭が痛かった。


「私もルナ殿のような名将と共に戦えて光栄であります」


「え?」


 ただエミリエンヌは、その話を聞いてやや離れた後方に座っているルナの方を振り向くと嬉しそうにそう言った。


 外部の人間だけに先輩を立ててくれているのかと思っていたが、どうもエミリエンヌは本気で憧れているような視線をルナに向けて送っているので、当のルナは困ってしまう。


「あ、いえ、私たちはあくまでも予備の兵みたいなものなので……エミリエンヌ様のようなお方にはお邪魔にならないようにするだけで精一杯ですので……あはは」


 あまりにも高名なエミリエンヌに眩しい視線を向けられてしまい。乾いた笑いでなんとか誤魔化すしかないルナだった。


「いえいえ、南ヒイロの内戦の際の活躍、そして、私やニビーロの軍への対応は素晴らしいと感服しておりました」


 エミリエンヌの眼差しは、本気だった。


 本気で北ヒイロが誇る名将だと未だに思っている。ある意味では軍神エミリエンヌを倒したのは、ルナであると当の本人が思っているようなのであった。


「私は、ただの後方で支援や補給の護衛の兵をまとめているだけなんですよ。ねえ、タモン陛下? カンナ様やロランも……」


「いえ、ご推察の通り。ルナは戦場での派手さはありませんが、北ヒイロが誇る名将です」


「ヘ、陛下!」


 ロランとタモンが、否定せずにルナのことを持ち上げるようなことをいうのでルナはますます慌てていた。


「え? これは……どういう……?」


 エミリエンヌには、予想もしていない反応だったので何かいけないことをしてしまっただろうかと困惑していた。


 照れて慌てるルナを見て、ミハトたちは楽しそうに笑っていた。


「何も不味いことはありませんよ」


 隣に座っているカンナは冷静にエミリエンヌに微笑んでいた。


「ただ、ニビーロ軍との戦いで全体の作戦を計画したのはあのショウエです」


 カンナはまっすぐに軍師を見据えて座ったままだった。


「あんな年若い子が……」


 エミリエンヌもまたまっすぐ前へと向かい直す。


 人生で初めての大敗北は全てこの若い軍師によるものなのだ。


 改めて、そのことを噛みしめる。


 それは、尊敬と悔しさの入り混じった感情になっていた。今は味方であることを頼もしくも思いながらも、どうしても戦場で育ってきた人間としては決して負けたくないという想いとも切り離せなかった。


「でも、本当にルナもすごいと思うんだよね」


 騒がしくなった後ろの喧騒を避けるように、カンナとエミリエンヌが座っているすぐ後ろにいつの間にかタモンが座っていた。


「あ、タモン……様……」


 何でこっちがわで座っているのだろうと二人は思う。


 エミリエンヌはショウエに厳しい視線を向けていたような気がしてしまいタモンの声で我に返った。


「敵味方とも損害を出さずに、勝てるならそれにこしたことはないからね」


「確かに、兄者の言う通り不思議と損害も少なく勝っているんですよな」


 タモンの言葉に、カンナは不可解そうな顔をしながらもうなずいていた。そういう二人を見るとエミリエンヌは、自分が知らないことを知っている深い結び付きに見えてしまう。


(いや……タモン様とカンナ様の間に割って入りたいわけでは……)


 少なくとも今は、客将なのだ。


 エミリエンヌは自分にそう言い聞かせる。


 しかし、もやもやする気持ちははっきりと自覚していて、切り離すことはできなかった。


 タモンと親しい夫人たちに嫉妬し、将軍たちにも嫉妬する。


(我ながら、面倒くさいな……)


 エミリエンヌは、自虐的に笑いながら首を振った。


「まあ、いいから飲もう!」


 エミリエンヌが悩んでいることや、ルナが照れているのなどは気にもかけずにミハトはもう説明が終わっただろうと酒に手を伸ばしていた。


「ええ、まあ、もういいですよ」


 ショウエは、もう軍議は終わったので酒宴の許可をだしていた。もうミハトは何を言っても無駄だろうという諦めた気持ちもあったのかもしれない。


「さあ、現代のミランダ様も乾杯!」


 ミハトは新しいおもちゃとしてエミリエンヌに絡んでいた。


「いえ、いえ、ミランダ様などと申し訳ない。それはカンナ様の方なのでは……」


 ミランダとは、古の『男王』ミド王の夫人兼将軍として活躍して東の帝国を造った英雄のことだった。


 エミリエンヌは酒盃を無理やり持たされて、ミハトにからかわれている。ただ、言葉の端々に武人として尊敬しているという気持ちは伝わってきていた。 


「いえ、私はせいぜい副官だったプリシラ様のようなものでしょう」


 カンナは謙遜して、そう言った。


(でも、ちょっと悔しそうですね……)


 カンナも武人としてエミリエンヌを尊敬しながらも、やはりタモンの特別な第一の将ではなくなってしまうかもしれないという不安と不満があるようだった。


「いえ、皆、陛下にとってのミランダ将軍ですとも。ささ、今夜は飲みましょう」


 特に酒が好きなわけでもないが、エミリエンヌは若干の後ろめたさからミハトやカンナに酒を注いで酒宴を盛り上げようとする。


 日が傾き敵国の赤黒い荒野の真ん中で、タモンたちは酒を酌み交わしていた。






「タモン陛下。野営用の天幕ができております」


 ショウエは、自分でもまだ酒は無理だと思っているので素面のままだった。


 夜の涼しい風が吹いてきた中でタモンに近づき声をかける。


 兵たちも巻き込んだ酒宴になっていたが、気がつけば深夜になり、自然と解散になろうとしていた。


「ん。ショウエ。ありがとう」


 タモンは普段よりも顔が赤く、少しぼーっとしている印象を受けた。それは近くにいるエミリエンヌやカンナたちも同じなのだが、決して酔いつぶれたりはしないところはさすがだとショウエは思う。


「そ、それで、今夜のお相手はわ、我でよろしいでしょうか?」


 ややふらつくタモンの手を取りながら、ショウエはそう言った。


 タモンは思わず頭を上げて真正面からショウエの顔を見た。全く酒は飲んでいないはずなのに、今は顔が真っ赤だった。


「え? なんて?」


 タモンは、聞き返す。涼しい風に当たるよりも早く酔いが覚めた気がした。


「あ、あの。遠征軍で陛下の夜のお相手をするのは、軍師の役目だと聞いたのですが……違うのでしょうか?」


「……うーん。エリシアが言ったの?」


 タモンも『全く心当たりがない』というわけではないので、返事に困ってしまう。


「はい。お師匠もです」


「まあ、エリシアが相手してたのは事実だしな。ははは」


 ミハトが余計な口を出してきたので、思わずタモンとカンナは首根っこを掴み後ろに下がらせた。


「エリシア以外にも誰か?」


「は、はい。ご夫人たちが、そう言っておりました」


 ショウエの報告に、タモンは怪訝そうな顔をしたけれど、すぐに全てを察したようだった。


「……つまり、よその国の女にうつつを抜かさないように、ショウエが見張っていなさいということだな」


 この場合の、よその国の女は『エミリエンヌ』のことも入っているのだとタモンは思う。


「ショウエはそんなことはしなくてもいいんだよ」


 タモンは、優しく諭していた。


「で、ですが、それでは我が困ります。コトヨ様にも怒られてしまいます」


 ショウエは、なおも食い下がっていた。


(どういう派閥争いになっているんだ……)


 タモンの理解を超えてしまっていた。


 話を聞くうちにとどうやら北ヒイロの三家が協力して、ショウエに頼んでいる構図が見えてきた。


 エレナたちが、ショウエを利用して釘を刺しておこうというのも理解はできるのだけれど、タモンから見ればやはりショウエはまだ子供っぽい体型であった。


 率直に言えば、あまりそそられない。少し罪悪感のようなものさえ覚えてしまうので、ショウエは遠慮したいという気分だった。


「そ、それではいかがでしょうか? 戦いで一番、戦功を立てたものが陛下のお相手をするというのは!」


 ショウエは、そんな提案をしてきた。もちろん、希望するものの中でということを付け足していた。


 そんな提案をしてくるということは、戦功を立てる自信があるのだとは伺える。


「え……。うん、まあ、それでいいよ」


 タモンは、ちょっと考えた後に了承していた。


「本当ですか。見ていてください。我の力を見せてあげますとも」


 ショウエは、喜んでいた。この条件があると、そもそも新しい現地の女性などには手を出しにくい。


 ただ、タモンの考えではやはり前線に立つ方が、戦功は目立ちやすい。エミリエンヌやカンナたちに勝てることはないだろうと思っていた。




 ショウエの提案に応じたタモンの言葉を、カンナやエミリエンヌたちはぼーっとしながらもしっかりと聞き耳を立てていた。


 彼女たち将軍だけではなく、下士官にもその話は瞬く間に広がっていた。


 一度、『男王』に直に触れてみたいという層も多く、北ヒイロ軍の士気はタモンのよく知らないところで非常に高いものになっていた。

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