「無理矢理に手篭めにする感じで、よろしくお願いします」
部屋に戻った後、夜にはまたタモンが食事を持って訪ねてきていた。
少しだけ緊張した空気が部屋の中に漂っている気はするが、大きくはない机を挟んで二人はここ数日間と同じ様に食事と他愛のない会話を楽しんでいる。
ずいぶんとタモンのことに詳しくなった気がするし、自分のこともこんなに話したことはない気がするとエミリエンヌはしみじみと思う。
謎の多い『男王』に比べてしまうと自分の人生は平凡だなと思うのだが様々な地方に派兵された時の話などは、タモンも興味深そうに聞いてくれていた。
(悪くない……もっとこの時間を過ごしてみたいとも思う)
副官のケンザや部下たちにもこんなに自分の話をしたことはないのではないかと思うけれど、自然と笑顔になりながらタモンには語りたくなってしまうのが自分でも不思議だった。
(だが……やはり……それでも……)
エミリエンヌは、食後のお茶を飲んだあとで静かに目をつぶり一度、呼吸を整えるとタモンに告げた。
「タモン殿……やはり、私は妻になるのはお断りさせていただこうと思います」
頭を下げる。
そもそも、どれくらい本気で言っていたのかはエミリエンヌには分からないが、丁重に扱ってくれているのに悪いという気持ちがあった。
「タモン殿は、何とか私たちに対して寛大な処遇をと考えてそのようなことを仰っているのだと思いますが……申し訳ありません。やはり、私にはニビーロを裏切って他に仕えるように見えることはできません」
エミリエンヌは顔をあげると、何も言わないタモンに対して話を続けた。
「そうですね」
そう答えたタモンに対して、怒っているのだろうかとエミリエンヌは顔色を窺ったけれど特に普段と変わった様子も感じられなかった。
「捕虜の処遇に対して、なんとか穏便に済ませたいと思っていたのはその通りです」
タモンが落ち着いているのが逆に怖いと思いながら、頷いていた。
「でも、エミリエンヌ殿に妻になって欲しいとも本気で思っていますよ」
タモンはにこやかな笑顔でそう言いながら、エミリエンヌの手に自分の両手を重ねた。
権力者からのこんな申し出は、嫌悪感しかないと思っていたけれど、ここ最近の積み重ねの結果なのか、エミリエンヌは不思議とそう言われて嬉しかった。
「ふふ。それは戦力としてですか?」
「そうですね。軍の指揮を執れる人物は少ないので、いざとなったらお願いしたいなと」
二人はそう言ったあとで大きな声で笑っていた。
「もちろん……ニビーロは、帝国に従わざるを得なかったでしょうし、エミリエンヌ殿たちも命令で攻め込んできただけだというのは分かっています。僕も民衆も……」
タモンのそう言いながら目を閉じてしばらく考え込んでいた。
(ニビーロの国王陛下は、この機に乗じて『男王』を自分のものにしようとかなり前のめりでしたが……)
そのことは黙っていることにしたエミリエンヌだった。
「大きな虐殺も略奪もなかった。ただ、そうは言っても、兵にも民にも仲間や家族が死んだものもいます」
悲しそうにいうタモンだったが、エミリエンヌにはどこか他国の話でもしているかのように感じられた。今の地位も権力も含めて、あまりなにかに執着することが無いみたいだった。
「何事もなく返すわけにはいかないのです……ですが、まあ、そうですね。うちの妻たちのようにはいきませんよね」
元々手を組むかどうするかを天秤にかけていた勢力との政略結婚と、今回の件は訳が違う。タモンにもそれは最初から分かっていたことだった。
「私にもニビーロでの責任があり、部下がいて、先祖代々の領地があり領民がおります」
だから、裏切ったと思われるようなことはできないのだとエミリエンヌは言う。
「そうですよね……」
「ですので、私を処刑してください」
エミリエンヌは真っ直ぐにタモンの目を見ながらそう言った。自棄になったわけでは無くて家族や部下、領民のことを思えば、その方がまだ問題が小さくて済むという判断だった。
「部下たちを助け、解放していただき感謝いたします」
深々と頭を下げるエミリエンヌだったが、タモンは少し困ったように目を背けていた。
「あなたを処刑したくはありません」
そう言ったタモンは、拗ねた子どものようにも見えてしまう。
(何事にも執着していなさそうなのに……)
自分には随分とこだわっていると感じて、エミリエンヌは嬉しい気持ちにもなる。だがそう言っても、これ以上、祖国にもタモンにも迷惑はかけられないとも思ってしまう。
「まあ、エミリエンヌ殿を処刑しても……あまりみんなの溜飲も下がらないということもあります。我が国の民衆にも、ニビーロに見捨てられた将軍だということは知れ渡っていますし」
「ぐっ」
エミリエンヌもそのことは自覚していているのだが、改めて民衆にもそう思われているのだと聞かされると恥ずかしい気持ちにもなってしまう。数々の戦いで他国にも軍神などと言われて恐れられていたのはすっかり過去の栄光だったかのようだ。
「それでしたら……お願いがあるのですが」
「はい」
エミリエンヌは少し言いづらそうにはタモンに向けた視線をわずかに伏せていた。
「無理やり手篭めにしていただくというのはいかがでしょうか?」
エミリエンヌのその言葉の後、二人の間にはしばらくの間、沈黙があった。
『無理矢理をお願いする』というのは変な話だと二人とも思う。
「まあ、言いたいことは分かります……そういうことにしておけば、我が領民にもニビーロに対しても罪を負っている。なんだったら、同情さえしてもらえるかもしれません」
理解の早いタモンに、エミリエンヌは大きく一度頷いた。
「ですが……」
タモンは変な顔をして考えこんでいた。
「それは……つまり僕が悪者になって、評判が落ちるのではないですか?」
「大丈夫でしょう。『男王』ってそういうものだと皆、思っておりますので……」
「そういうものですか、信じられているなあ」
タモンは呆れ返っていた。今までの『男王』様たちを恨んでいいのか、感謝していいのかも良く分からない。
ただ、ちょっと強引な性行為に関してタモンの常識とはちょっと違うのだということはここ数年でよく理解していた。
「そうですね。罪を背負わせて処刑したくもないですし、かといって何事もなくニビーロに返すわけにはいかないですし……この辺が落とし所かなとは思います」
タモンはちょっと納得がいかないが、諦めたかのように大きく息を吐いた。
タモンの評判が落ちないわけではない。それは今後の痛手になるかもしれないとは思いつつエミリエンヌを救ってあげたいという気持ちの方が勝った。
「では、そうしましょう」
二人は頷いた。
(これは、戦略にもかこつけたうまい誘惑だったのでは……)
エミリエンヌは色気で惑わすなどという作戦からは程遠かったけれど、結果的にはうまくいったような気がして、わずかにほっとした笑みを浮かべていた。
「仕方ありませんね。では、これを」
「え?」
タモンは、エミリエンヌの両手に降伏した時と同じ拘束具をつけた。完全に油断していたエミリエンヌは机に座りながらあっというまに両手の自由を奪われてしまった。
「あの? これは?」
「はい。立ってください」
困惑しているエミリエンヌに対して、タモンは立ち上がるとそのまま椅子に座っているエミリエンヌの後ろに回り込んだ。肩を掴み、立ち上がらせるとそのまま扉の側まで押すようにして歩かせた。
「扉……いえ、近くの窓の方がいいですかね。窓ももうちょっと開けておいて……うん、ここの格子に繋いでおきましょうか」
「え? 何をされているのですか?」
格子窓の格子と拘束具を鎖でつなぎ合わせるとタモンは力強く引っ張った。
「わっ」
両手を引っ張られたエミリエンヌは、自分らしくもないみっともない声が出てしまったと驚いていた。
長身のエミリエンヌの目線と同じくらいの高さの窓に拘束されたままの両手をつけるような形になってしまい、倒れ込んだりはしないエミリエンヌは足をしっかりと広げて立ち少し斜めになっていた。
マルサ作のワンピースドレスは斜面になった背中を美しく見せるとともに、膝上までだった丈はお尻を突き出すような体勢だと太ももの上の方までをあらわにしていた。
「いい眺めですね」
すぐ後ろから綺麗な足を堪能しているらしいタモンは、思わず感嘆の声を漏らしていた。
「柔らかそうな貴婦人の足とはまた違う。鍛え上げられて無駄のない美しい足です」
「あ、あの……?」
格子窓に額をつけそうな近さになっているエミリエンヌは、目だけを後ろに向けてタモンの様子を確認しようとする。息がかかりそうな距離でじっくりと観察しているらしいタモンのことが今は少し怖いと感じていた。
「もしかして……とても怒っていらっしゃいますか?」
完全に身動きがとれなくなるとエミリエンヌも若干弱気になりながら、恐る恐るタモンの様子を窺う。
「いいえ。エミリエンヌ殿の要望にお答えしようとしているだけですが」
否定はしながらもどこかやはり静かに怒っているような声に聞こえてしまう。
「むりやり手篭めにして欲しいとのことでしたので、そのようにさせていただこうかと」
「あ、まあ、そのようなお話はしましたが……」
あまり夜の生活に詳しいわけでもないので、今の状況があまり理解できないエミリエンヌだった。
「無理やりされたことを広めてもらうためにも、とりあえず警備の兵には聞こえるような場所でしようかなと」
エミリエンヌは、やっと、タモンのしようとしていることを理解する。
確かに扉の外には、いつも警備の兵が立っているとエミリエンヌは思い出していた。今も篝火の音とともにそれらしい気配がする。
扉の前は他の後宮の関係者も通る機会はこの数日でかなり増えていた。
「あの……。実際には聞かせたり見せたりしなくても、噂を広めるだけでもいいのではないですか?」
幾多の戦場で全く怯むことないエミリエンヌが、恥ずかしい格好のまま怯えるかのようにタモンに懇願といってもいいような提案をしていた。
「それだと、僕はただ悪い評判だけが流れてしまって損じゃないですか」
はっきりと視線を合わすことはできなかったけれど、とても冷たい目線で見られている気がして怯えてしまう。
「まあ、それは……確かに……」
「妻にはなってもらえなくても、僕はエミリエンヌ殿が欲しいです」
やはり静かに怒っているような情熱的な言葉を言いながら、タモンの両手はエミリエンヌの腰を乱暴に掴んだ。
「ひっ」
服を着たままではあるけれど、下半身同士が密着するような体勢になる。そのままタモンの片手は胸の方に一度伸びていったかと思えば、すぐに今度は脚を撫でるために下げていく。
「ん。んん」
「そんな嬉しそうな声をあげられると困ってしまいます。嫌がってもらわなくては、世間の同情は買えませんよ」」
「別に嬉しそう……など……では……んっ」
「仕方がないので、最初はちょっと痛いことしますね」
もう一度、タモンは腕をエミリエンヌの胸に伸ばすときつくつまむように引っ張った。
「あっ、な、何を。あああ」
胸にばかりに気を取られて、下半身の方は想像もしていなかった場所にタモンが侵入してこようとしていることに気がつくのが遅れた。驚きの声とともに体を震わせていた。
タモンが上機嫌で渡り廊下を歩き、自室に戻ったのはもう朝日が顔をのぞかせている時間だった。
「ふう。まあ、少し仮眠してから昼頃から公務をさせてもらおうかな」
一晩中楽しんだタモンは、さすがに眠そうに大きなあくびをして、エリシアに無理やり起こされないようにするにはどうするのが一番良いだろうかと考えていた。
「張り紙でもしていればいいかな」
お昼には文句を言いながら無理やり起こされてるだろうが、何だかんだで優しい宰相様は許される限りは寝かせてくれるだろうと信頼していた。
(あっ)
そんなことを考えながら扉を開けた瞬間に、今はエリシア宰相どころではない問題があることをやっと思い出した。
「お早いお帰りですね」
今は、自室にコトヨとコトヒが泊まっているのだった。
ベッドの上に座ってこちらをじっと見ている姉妹の姿があった。
「どうぞ、こちらに、タモン君のお部屋ですから遠慮なさらず」
思わず一歩だけ後ずさりしたタモンに対して、コトヨは突き刺すような視線でタモンに呼びかけた。タモンからすれば、制止を命じられたという受け止め方だった。
「あはは」
命じられるままに部屋に入って、ベッドに腰掛ける。すぐに姉妹に挟まれて座る形になった。
「ボクたち三人だと狭かったかな? ごめんね」
右からささやくコトヒの言葉に、タモンは『いや、そんなことは』と言おうと思ったけれど左からささやくコトヨの言葉に何も言えずに固まってしまっていた。
「それで? 昨晩はどこの将軍様のお部屋にお泊まりになったのですか?」




