コトヨとコトヒの反撃
「そういえば、エミリエンヌ殿は、トキワナには行ったことはあるのですか?」
タモンは、焼き魚をつまみながら顔をあげるとそう聞いた。
今晩も、囚われてのエミリエンヌの部屋を気軽に訪ねていっては、食事を一緒にしているところだった。
「ええ、帝都マツリナにも何度も行ったことがあります。大きな都市ですよ」
エミリエンヌもすっかりと慣れた様子で食事をしながら自然と答えていた。
朝も昼タモンが自ら食事を運んできては、テーブルに並べて一緒に食事をしては帰っていく。そんな食事風景にエミリエンヌも慣れてしまっていた。
(あ、もしかして……。トキワナの情勢を探ろうとしているのでしょうか……)
エミリエンヌは囚われの敵将とは思えない優しい待遇に完全に緩みきっている自分に気がついて反省していた。
ニビーロが不利になる情報は流さないように注意しようと引き締めた。
「なるほど、すごい栄えているのでしょうね。行ってみたいですね」
しかし、タモンはそれ以上は当たり障りのないというか、常識的な質問をするくらいだったのでエミリエンヌは緊張はほぐれつつも疑問を感じていた。
「タモン殿は、マツリナをあまり知らないのですか? 北ヒイロの出身なのに」
南ヒイロ帝国に比べれば密接な関係ではないにしても、近隣の大都市を知らないのは不自然に思えた。
「うーん。北ヒイロの出身というわけではないのですよね。数年前にこの地に降り立ったというだけで……」
タモンはいつの間にか、もう食事を終えて紅茶に口をつけていた。なんと説明していいか分からないという感じでわずかに額にシワを作りながら考えていた。
「降り立った? 空から落ちてきたとかでしょうか?」
初代『男王』のそんな伝説を聞いたことがあった気がするとエミリエンヌは思う。
「いえ、どちらかと言えば……地下で寝ていたのを起こされたみたいな感じです……ね。過去の『男王』も実際にはそんな感じだと思いますよ」
「そうなのですね……ちょっと残念です」
ちょっと墓に埋めた死体が蘇るシーンを想像してしまい。過去の神話めいた男王へも冷めた気持ちになってしまうエミリエンヌだった。
(いや、こんな朗らかに日常会話を楽しんでいる場合ではない……。部下のためにも、タモン殿を誘惑しなくては……)
何も起きないので、自分から積極的に動こうと思ったエミリエンヌだったが、どうすればいいのか分からないまま固まってしまう。しかし、紅茶も飲み終わったタモンの方がふと思い出したように後ろを振り返った。
「そういえば、新しい部屋着を持ってきましたよ」
大きな袋を椅子の下から取り出すタモンだった。
「え、ありがとうございます」
「ふんわりとした服がいいとのことだったので、持ってこさせました。普段身の回りの世話をしてくれている人がこの城に戻ってきたばかりなので、時間がかかってしまい申し訳ありません」
「ありがとうございます」
昨晩、お願いして、すぐに届くのは素直にすごいと思っていた。特に自分のような長身だとすぐには難しいだろうと思っていた。
「そうですね。普段は、この様にふんわりとした服が好きなのです」
袋から取り出して、嬉しそうに広げて見せるエミリエンヌだった。
「公務が続くと鎧やきっちりした服ばかりになってしまいますからね」
タモンは、自分もちょっとばかり窮屈な公務での服装が嫌なのか大きく頷いていた。
(実際には生まれてこの方、スカートなんて履いたことがないのですけれどね……)
エミリエンヌは笑顔を浮かべながらも頬が強張っていた。この様な服が似合うのか、そもそも入るのだろうかと思っていた。
「さっそく着させてもらってもよろしいですか?」
「ええ、どうぞ」
それも含めて、誘惑の好機なのだとエミリエンヌは思いながら、服を抱えながらベッドがある奥の部屋へと移動した。
(よし、この辺で……)
仕切りはあるけれど、少しタモンが横にずれれば見えそうな場所で着替えを始める。振り返ったら、気になって欲しいと思いながらしばらく下着姿のままでいた。
(サイズはぴったりなのでは……素晴らしい)
背が高いエミリエンヌに、ぴたりと合う服に驚いていた。
(い、意外と私、可愛いのでは……いや、まあ、でかいですけれど……)
鏡を見ながら自分の姿を確認して、思わず笑顔になる。お洒落なドレス姿などではなく、町娘が普段着ているような地味な服ではあるけれどふんわりと広がって覆ってくれるように見えるシャツやスカートには上品さを感じる。
(ですが、誘惑するなら、もっとセクシーな服だったでしょうか……。いや、でも、しかし……当の本人に露出の高い服をお願いしますというのも……)
それくらいの演技はできると思っていたけれど、想像するととてもできそうにないと諦めた。
「いかがでしょうか?」
テーブルに戻るとスカートを少し広げて、タモンに見せた。
どことなく着ているものに影響されてしまったか、エミリエンヌは地味な町娘であるかのような態度で遠慮がちにタモンの反応を確かめていた。
「すごい。可愛くて、綺麗です」
真っ直ぐに照れもせず、そういう言葉を伝えてくるタモンに、エミリエンヌの方がうろたえてしまっていた。
(誘惑はうまくいっている……。もうひと押し……冷静になるのです。エミリエンヌ)
このまま一気に間合いを詰めるか、一度座り直して会話を楽しみながら誘うか。エミリエンヌはしばらく悩んだ後に一気に間合いを詰めることを選んだ。
「本当ですか。ふふ、こういうのが、タモン様の好みなのですね」
タモンが座る椅子の横に立って、肩にそっと触れる。
高身長であるがゆえに、とても見下ろしてしまう形になってしまったので、すぐに片膝をついて視線をあわせるようにして感謝を伝えた。
「ありがとうございます」
(ふふ、これは、なかなかいい体勢なのでは……)
タモンの視線から、胸元がある程度見えて、スカートから膝から下の片足が見えているのを確認して、エミリエンヌは勝ちを確信する。
(このままいくのです。ひるまず、勇気を出してエミリエンヌ……)
このままとりあえずタモンの腕をそっと掴む。できればそのまま体を押し付けるところまでと戦略を練っていた。
「あ、そういえば、エミリエンヌ殿の部下ですが……今日から解放を開始しました」
「え?」
裾を掴んだところでエミリエンヌは動きが止まる。
どんな屈辱を受けてでもと思っていた目的は、あっさり達成されてしまったのだった。
「モントの港から、北方の海を船で通ってそこからは陸路でニビーロに戻ってもらおうと思います。遠回りですが、海峡から南は帝国同士の戦争に巻き込まれる可能性が高いですしね」
「え、あ、そうですね」
配慮に感謝しながらも、エミリエンヌは困惑していた。
「ありがたいのですが……。いいのですか?」
「何がですか?」
タモンの方は何も気にしていないかのようだった。
「私の部下を解放してしまうと、私がここで大人しくしている理由もなくなりますが……」
『また余計なことを言ってしまった』と、エミリエンヌは自分で言っておきながら眉をひそめる。
「部下たちを解放するのは、約束ですからね」
タモンは涼しい顔をしていた。
(約束などしただろうか……)
エミリエンヌは、ここ数日の言葉を思い出そうとする。どちらにしても囚われの敵将の約束など聞いてもらえるとは思っていなかったので、あまりはっきりと記憶にも残っていない。
「妻になるならということですか?」
唯一はっきりと覚えている会話を思い出していた。
「それは、僕の希望ですね。ですから、部下の皆さんが全員帰国の途につくまでに、僕がエミリエンヌ殿を口説き落とせるかどうかの勝負です」
片目をつぶりながら、爽やかな声でタモンはそう言った。
エミリエンヌとの食事のあとも公務に追われてすっかり深夜になって自室に戻ってきたタモンは、誰かが自分のベッドに腰掛けて談笑しているのを見つけてしまった。
しかも二人だ。少し警戒しながらも、護衛のマキたちが通しているので知らない人ではないのだろうと思いながら部屋の中に入っていった。
「二人揃ってどうしたの?」
見ればタモンの予想通り、コトヨとコトヒの二人だった。薄い寝間着というか、下着の上に一枚羽織っただけのような格好で二人とも綺麗な脚をのぞかせている。
二人は同じタイミングでタモンの方を向いて見上げた。コトヒは真っ直ぐにタモンの目を射抜くように見つめてきたけれど、コトヨは少し恥ずかしそうに目を伏せた。
「ボクたちの部屋がニビーロの兵に荒らされて、住める環境じゃないから修復されるまでこの部屋に住まわせてもらおうと思って」
コトヒは、当然でしょという態度で遠慮することなくそう胸を張った。
「え? そんなことはなかったと……思うんだけど」
荒らされていたのは事実だが、城の奪還に参加してくれた二人のために元の後宮は住めるようにはしたはずだった。
「一見、掃除されているけれど、色々なところから隙間風が入ってきて寒いのなんのって」
コトヒは、ちょっと大げさに寒がるような仕草をしてみせた。
元々、二人の姉妹の住んでいる後宮は、木と布で作られた大きな天幕のような建物だった。
冬はまあ、元々寒いだろうとはタモンは思っていたけれど、特に言わずに黙っておいた。
(お姉さま! 今更何を照れているんですか! エレナやマジョリーたちのいないうちにと言ったのはお姉さまじゃないですか!)
何やら、二人はこそこそ話していたけれど、コトヒのよく通るので、タモンにはバッチリ聞こえていて苦笑いするしかなかった。
「じゃあ、すぐに修理させますね」
「大丈夫よタモン君。もう修理させているから、でも、もうしばらくかかるから、それまでは……ここに二人住まわせてもらえないかしら?」
タモンの言葉に、慌てたように顔を上げてしっかりとそう言ったのは姉のコトヨの方だった。
物腰柔らかな彼女なのはいつも通りで変わらないけれど、強い圧力をタモンは感じて思わず頷いていた。
「よかった」
「やったー。それじゃ、今日から三人で寝ようね」
(え?)
喜ぶコトヨとコトヒを、タモンは微妙な表情で見ていた。
決して、二人と一緒に寝るのが嫌なわけではないけれど、三人となるとベッドも窮屈だ。仕事で疲れている体を休ませることができるのか、タモンはそんな心配をしてしまう。
「妻ですからね」
何か言いたげなタモンに釘を刺すかのようにコトヒは、片目をつぶりながらそう言った。
「タモン君の身の回りのお世話もさせていただきます」
コトヨも控えめながら、だから一緒に住みましょうと強くアピールしていた。
エレナやマジョリーとは一日中ずっと一緒に過ごしたこともないし、身の回りのお世話などもされたことがなかった。それは、お互いにお世話をする侍女たちがいたこともあるのだけれど、この世界では結婚自体が珍しく家と家との結びつきのためだけにすると聞いていたのでタモンとしてもそれほど不自然なことだとも思ったことはなかった。
(まあ、でもちょっと憧れるよね)
大きくはない部屋で、一緒にゆっくりと甘い時間を過ごしてみたいという願望はあった。
戦争での混乱から元の生活に戻り始めてはいるけれど、城の人も少ない今が絶好の機会だと思う。
「分かった。細かいことは置いておいて、とりあえず今日のところは寝ようか」
「はい」
そう言ってベッドに倒れ込んだタモンに、左右から抑え込むように姉妹は寄り添ってきた。
両方の手に、美人な姉と元気で可愛らしい妹を載せながらタモンは天井を見上げていた。
「ふふ」
美人姉妹がそれぞれ左右から頬に顔を近づけていた。腕や太ももには二人の柔らかい胸や下半身が押し付けられていて、何とも言えない幸せな感触だと思った。
(こんな素晴らしい眺めだというのに……)
昔の自分が妄想していた楽園みたいな状況だというのに、一瞬、エミリエンヌの顔が浮かんでしまった。
「どうかなさいましたか? タモン君?」
多分、変な顔をしたのでコトヨは心配してくれただけだと思うのだけれど、タモンは心の中を読まれてしまったのかと動揺してしまったのを何とか冷静なふりをして乗り切った。
「うーんと」
ごまかすようにタモンはコトヨの肩を引き寄せた。
自分でも気持ちが盛り上がらないのではないかと思っていたけれど、そんな心配は全く無用だった。コトヨの綺麗な頬に何度も口づけると、不意に唇同士も重ねて柔らかい感触を味わった。
「た、タモン君」
コトヨも自分から舌を絡ませて、唇が離れると甘い吐息を漏らしながら体を密着させようとする。
(あれだな。ショウエちゃんの作戦のせいだな……)
ずっとコトヨを高嶺の花として、触れるのもなかなか許されなかった。
タモンも納得した上でのお遊びだったのだけれど、ずっと焦らされたあとだと今、こうして腕の中にコトヨがいて触れることができると思うと逃してはいけない気がしてしまう。
「うん。じゃあ、もう上に乗っちゃって」
「え、上、こ、こう?」
タモンはさらに強引に肩を引き寄せると、寝ている自分の上にコトヨを促した。コトヨは、恐る恐る片足を妹が寝ている方に置くとタモンにまたがるように重なった。
「あ、あの。ボク……。お邪魔だったら、外でしばらくうろついているけど……」
姉の足と腕が間近に置かれたコトヒは、少し悔しい気持ちもありながら姉を応援したいという気持ちになっていた。
「ううん。大丈夫。そこにいて欲しい。でも、順番ね」
タモンはコトヒに優しい声でささやくと、コトヒの下からそっと手を抜いた。そのまま乗っかっているコトヨのお尻から胸へと手を這わせていった。
「あん。大丈夫って……」
「じゅ、順番? うん、順番ね」
それぞれ困惑する姉妹を気にせずに、タモンは両手でコトヨに触れていく。服を脱がせて、柔らかい胸を包み込んでいた。
「倒れ込んじゃ駄目だよ。そのまま、僕の腰の上にまたがっていてね」
「え、あの。はい……。あっ、ああ」
胸に頭をつけて抱きつきたいコトヨを、わざと突き放すように立たせながらタモンは腰を掴みながら揺らしていく。コトヒは憧れの姉が乱れていく姿を食い入るようにじっと枕を抱きかかえながら見つめていた。
「おはよう。タモン君」
「ご飯できてるよ」
翌朝、目が覚めるとエプロン姿のコトヒとコトヨが部屋の中に朝食を用意していた。簡単な卵料理とパンだけの料理だったけれど、タモンはこれで十分だと思った。
(これくらいでいいんだよね。ほんと極端で困る)
エレナやマジョリーといる時の朝食は、何人もが準備した豪華なので美味しいのだけれどかなり気をつかってしまう。とは言え、それ以前は朝食を食べるのにも苦労した。最近の戦場ぐらしは少しましだったけれど、それでも殺伐とした雰囲気で冷えた食べ物ばかりだった。
部屋の中に三人だと少し狭い感じがするけれど、タモンからすればこれくらいでも十分な広さだった。
「マルサさんはまだ旅の疲れがあるみたいだから、私たちで作ったの」
「ありがとう。いただきます」
温かい卵料理やスープを食べられるだけで幸せだった。その上に反応を期待している美人姉妹の顔が見えれば幸せな気持ちになってしまう。
「うん。美味しいよ」
タモンは満面の笑みを浮かべると、コトヨとコトヒも満足そうな笑みを浮かべていた。
(これが理想のハーレムものだよ。なんだよもう『陛下』とかって)
改めて随分と遠い世界にきてしまったと思いながらも、こんな幸せな続けばいいとと願うのだった。
「それじゃあ、僕は仕事に行ってくるね」
落ち着いてきたとはいえ、やることは山積みだった。そもそも、北ヒイロは落ち着いてきたけれど戦争自体はまだ終わってもいない。
「頑張ってきてね。ボクたちもヨム家の兵の様子を見てくる」
テーブルを片付けるコトヒは優しく手を振っていた。コトヨの方はにこりと笑いながら、一歩近づいてきた。
「いってらっしゃいませ。お帰りをお待ちしておりますね」
「あ、うん」
少し戸惑いながらもタモンは、これこそがハーレムだと思いながら笑顔だった。
「他の女のところに泊まったりしないですよね」
コトヨは、手をタモンの胸に這わせながらじっとタモンの目を見上げていた。
(あれ? 本当に心を読まれてない?)
コトヨの手が首の方に上がってくるのを、タモンは内心では冷や汗を流しながら見ていた。




