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田舎の城からの生き残りハーレム増築戦略  作者: 風親
第2章 幼女と軍神編

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決着

「うむ。聞いていたのよりも兵が多いではないか」


 ドミクルは輿に担がれて乗りながら、ともに戦いたいというランダの軍を観察していた。

 まだ距離があり、装備などはよく分からなかったが一万近い軍勢というのは嘘ではなさそうだと満足気に数えていた。


「しかし、騎馬隊は煙くてかなわぬな」


「西の遊牧民が主力らしいのでやむを得ないでありましょう」


 馬車は兵糧の輸送につかっているので、ドミクルは屋根もない輿の上で寒さに震えながら行軍についていっている。


 騎馬の割合が高いランダの軍勢の後ろについていくと土煙の中に巻き込まれてしまい嫌そうな顔をするが臆病なドミクルはあくまでも慎重に部下の文官に命令する。


「まあ、それでも先にいかせよ。裏切りそうなら後ろから射殺す用意をさせておけ」


「はっ」


 自国の兵力をなるべく減らさないようにして、勝ちが見えた最後の最後だけ総攻撃に参加すればいい。ドミクルはそんな計算だった。


(とは言え、もう勝ったようなものではないのか)


 ドミクルは余裕の表情でニヤリと笑っていた。

 モントの城を守っている部隊は、エミリエンヌに対抗するために外にでているので城はがら空きだという報告も受けたところだった。


 このまま進軍していけば、何事もなく城を奪還できるだろうという計算がドミクル軍の行軍を速くさせた。


「むっ」


「何か、この軍は……変ではないか?」


 ドミクルの配下たちが近づいて見ると、ランダの軍に違和感を抱いていた。


「人が少ないか?」


 率いている兵の後ろに、何頭もの人を乗せていないただの馬がついてきていた。


「まあ、遊牧民の部隊とはそう言ったものなのであろう」


 ドミクル本人はそんな悠長なことを思いながら見ていた。

 臆病な彼女ではあったが、ここまでくれば無意識のうちに信じたいという気持ちになっていたのだろう。


「あれは……ウリルか?」


 更に先の方を見れば、馬どころではなく、羊に似たかわいらしいウリルも混ざっていた。


 乳も飲めるし、肉を焼いてもうまいウリルは兵糧として連れてくるということはあることだったが、今、攻めかかろうとしている部隊に多数いるのは不自然だった。


「ドミクル様! この部隊は何か変です」


 ドミクルもその部下たちも、戦場での経験が少ないのでこれが罠だとはすぐには気がつけず判断が遅れた。


「後ろに兵が!」


 本物のヨム家と遊牧民からなる騎兵隊が、背後に現れたのを見てドミクルは顔を青ざめさせていた。


「いや、わ、私を討つなら先の城を奇襲した時にでもそうしたはず……。き、きっと味方であろう……もしくは何かの間違いであろう……」


 殺意に溢れた敵軍の登場もまだ信じられない様子で、目を背けていたが、横からも一斉に矢が放たれてドミクルの側にも矢が突き刺さっていた。


「敵襲! 敵襲です!」


 混乱した叫び声が、ドミクルの周囲で沸き起こった。


「逃げろ。逃げるのじゃ。早く! 早うせい!」


 ドミクルは輿の上で、喚いていた。


 真っ先に逃げ出した彼女は、『何で? 何でじゃ?』と震えながら何度もつぶやいていた。




「大将は逃げましたな。追いますか?」


 後方から襲いかかった本物のランダは、元主君の娘のコトヒに尋ねた。


「もちろん。追うよ!」


 コトヒは勇ましく応じると馬に乗った。


「ただ、捕まえる必要も討つ必要もありません。むしろ無能な指揮官は生かしておいた方がいいと思います。将軍たちと合流させず脅して逃がすのが狙いです」


 そう、付け加えて説明したのはショウエだった。


「へいへい。分かっておりますよ。軍師殿」


 ランダは適当に応じていた。

 ランダから見れば、ショウエは子どもであり、召し使いも同然の頃から知っているだけになおさら軍師ですと言われてもどうしても軽んじてしまう。

 ただ、ここまで見事な手腕を見せられれば納得せざるを得なかった。


「みんな。ウリルだと思って海峡に追い立てろ!」


 三人は見事な見事な騎乗技術で、先頭に立ちドミクルの部隊を追うと、ヨム家の部隊も後に続いた。





「はあ、はあ」


「お見事ですね」


 地上でのエミリエンヌとミハトの一騎打ちは長く続いていた。


 どちらも引かずに文字通りに火花を散らす戦いは、両軍の兵たちを熱狂させていた。


 さすがに疲れたのか、両雄は距離をとるとしばらく息を整えながら睨み合う。


 わずかな時間であっても、間ができると両軍ともに一瞬で静まり返った。自らの主人が苦戦しているのを固唾を呑んで見守っているのと同時に冷静に戦局を考える時間ができていた。


(この一騎打ちは、長引くとこちらは有利なのか不利なのか……)


 両軍ともにその疑問が浮かび徐々に不安になっていた。


 特にエミリエンヌの副官のケンザは気が気でなかった。

 近くにいるドミクルの兵が来てくれれば勝てるというのに、本当に任せっきりにするつもりなのかと内心では憤っている。


 それどころか、周囲になにやら不穏な気配を感じていた。


 城の向こうに土煙が見える。


 地響きも考えれば、かなり多くの兵がこちらに向かってきているのだと感じていた。


 戦っていたエミリエンヌとミハト。その二人を囲んでいる兵たちも異変に気がついた。


「増援か」


「敵か……? 味方か……?」


 両軍ともに緊張しながら、迫ってくる軍勢を見極めようとしていた。


「……ウリル?」


 目のいいエミリエンヌとミハトは真っ先にその正体に気がついた。武器を相手に向けながらも、お互いに首を傾けて困った顔で見ていた。


「なんだこりゃ」


 土煙をあげる馬とウリルの大軍に、両軍ともに呆気にとられていた。


「いや、だが敵だな」


 ケンザは馬とウリルを追い立てているのが、ヨム家の兵であることに気がついて舌打ちした。兵の数こそ少ないが、ここまで侵入しているからにはドミクルが抱えている兵はこちらに来ていないということが明らかになった。


「ケンザ様! ドミクル様が襲われているので至急援軍に来られたしとのことです」


 加えて余計な伝令だけは速く到着したので、ケンザは天を仰ぎつつどうするかの決断を迫られていた。


「エミリエンヌ様を助けろ! そのまま海岸沿いまで撤退する!」


 ケンザはそう叫ぶと自らもエミリエンヌに向かって騎馬を走らせる。


「ケンザ! 何をする!」


「申し訳ありません!」


 一騎打ちに水を差した形になって、エミリエンヌは明らかに怒っていたが、ケンザは必死の形相で彼女を守ろうとする。


「どうか。ここの兵を率いてドミクル様の軍と合流を」


 ケンザの必死なその言葉に、エミリエンヌも渋々頷いた。


 すでに乱戦になってしまっている状況を見ながら冷静になる。一騎打ちでさっさと敵将を仕留められなかった時点で今回の作戦は失敗なのだ。


「待て! 逃がすか!」


 ミハトは馬から下りた状態でも全く不利を感じさせなかった。むしろ、自分の足で動いた方が巨大な戦斧は振るいやすそうにさえ見えて、襲いかかる騎兵を馬ごとなぎ倒していた。


「見事です。また戦場で会いましょうぞ。ミハト殿」


「ちっ」


 またしても攻撃を曲刀で防がれてしまったミハトが体勢を立て直している間に、エミリエンヌは愛馬にまたがってしまっていた。


 痛んだ愛馬は普段のような速さでは跳んでいってはくれなかったが、それでもケンザたちが戦ってくれている間に戦線を離脱することができた。


「不甲斐ない」


 海に向かう林道に入ったところで、エミリエンヌは少し行軍を遅くしながら一人手綱を握りしめて悔しがっていた。


 城を守っているミハトは深く追ってはこなかったが、それでも追撃の際にエミリエンヌを守ろうとした兵たちはかなりの損害を受けていた。


「ケンザ。無事だったか」


 ケンザが無事に合流した時には、心から嬉しそうな笑顔をみせていた。


 ケンザにしても、この様に無事を喜んでもらえるのはとても嬉しく命をかけてもお守りした甲斐があると感激していた。


「申し訳ございません。差し出がましい真似をいたしました」


「いや、あのままだったらこの軍も敵に囲まれて全滅してしまっただろう。助かった」


 勝手に一騎打ちを止めて逃げ出したケンザの謝罪を、エミリエンヌは冷静に受け止めていた。


「やはり正規の軍を返してもらわなくては、駄目ですね」


 ケンザはエミリエンヌに並ぶと神妙な顔つきでそう言った。


「そうだね……」


 エミリエンヌはぼそりとそう答えた。


(ドミクル殿には多少強引な真似をしてでも、軍の指揮からは外れてもらわなくては……)


 王族であるドミクルに不満を持たれた後のことが、心配で踏み切れなかったが、このままではこの戦いに負けてしまう。その先には、誇張ではなくニビーロ国自体の危機なのだ。ニビーロの王族たちにはそれがあまり理解できていない。


 エミリエンヌは、あくまでもニビーロのためだと決意を固めていた。


「左手の山に、すでに敵軍が布陣しはじめているそうです。急いで突っ切りますか?」


 ケンザも同じく決意を固めたのか、力強くエミリエンヌに尋ねた。


「あんなところに布陣?」


 エミリエンヌは、目を凝らして確認する。確かに人の動きが見える。


 しかし、ドミクルを襲うわけではなく、モントの城を守るわけでもないのは不自然に見えた。


「マジェルナの丘の部隊の様です。ヨライネ将軍の軍を追ってきたのでしょうか」


「マジェルナ……噂の……ルナ殿だったか」


「ヨライネ将軍を牽制しているのでしょう。積極的に攻撃しないのは、やはり噂通り『男王』とは仲が悪いのでしょうか」


「……いや、あの噂の名将殿だ。おそらくこれは罠がある。迂回していこう」


 エミリエンヌは、そう判断した。先程のウリルによる混乱も彼女が仕掛けたのかもしれないと思うと慎重にならざるを得ない。


 ケンザには、どうもエミリエンヌは敵将を買いかぶり過ぎなのではないかと思うのだが、この主人がいうことであれば大人しく従うしかなかった。


 実際、ショウエの仕掛けた伏兵がいたので、結果的にはエミリエンヌの部隊が大損害を受けることを避けることができた。


 ただ、合流までにはかなりの時間を費やしてしまうことになった。





「いいのかしら。後方で布陣しているだけで」


 ルナは、馬からも降りて高台から海岸沿いで小競り合いしている両軍を見つめていた。


 自分が最前線で活躍できるとは思っていないのだが、侵略してきた敵に対して祖国を守るためにもっと役に立ちたいという気概はあった。


「ショウエ様からの指示ですし、間違っていないと思いますよ」


 フミは、隣に立ちながら同じ様に周囲の戦局を見回していた。


「私たちの旗を見て、あちらの軍もこちらの軍も逃げていっておりますし」


「あはは。まるで私たちがカンナ様みたいに強いと思われているみたいじゃない」


 ルナは可愛らしく笑っていた。


「はい。無敗の名将ルナ様の名前は、敵軍にもカンナ様、ミハト様と同じかそれ以上に恐れられているそうですよ」


 フミは、真面目な顔でそう言った。何も冗談などではなく、事実を言っただけだった。


「そんなわけないじゃない」


 ルナは、フミにからかわれているのだと思いまた笑っていた。


 南ヒイロの内戦は、幸運なだけだったし、今回の防衛戦もひたすら丘に引きこもって守っているだけだというのがルナの自己評価だった。


「まあ、エミリエンヌを逃さないことが一番の目的らしいですので」


 フミはそれ以上言っても、信じてもらえなさそうだと思って説明は諦めた。 


 見下ろせば、ヨライネ将軍の軍勢はショウエの予想通りに迂回しながら進んでいる。振り返って反対側を見てみればエミリエンヌの部隊は、予想以上に迂回しながら海岸沿いの道を選んでいる。


(さすがはエミリエンヌ殿……なのでしょうか)


 フミはショウエの思惑通りに動いていることに感心するとともに、それを察して回避したエミリエンヌにも感嘆していた。しかし、結局のところエミリエンヌはこちらの総攻撃には間に合わないだろう。


「ふーん。この戦いに勝つことだけじゃなく、その先まで色々考えているのね。大変ね。エリシア様もショウエちゃんも」


 ルナは他人事のように、地面に腰掛けて戦局を見回していた。


「わっ、結構な大軍が来たわ」


「ヨム家の軍ですね。北西の遊牧民の部族を回って騎兵を集めて、コトヒ様が自ら率いているとか……」


 すぐに気がつくルナの目の良さにいつも驚きつつも、フミは解説する。


 ニビーロはもちろん、モントの正規兵と比べても重装備というわけではないが、林の中からあの数の騎兵がいきなり出てきて弓を射れば敵軍はかなり驚くのは間違いがなかった。


「役に立つお嫁さんね。マジョリー様も頑張らないと」


「ふふ、マジョリー様もエレナ様も自領で頑張っておられますよ。お二人のニビーロへのこまめな工作があってこそのこの結果です」


 二人ともに、今は離れているが自分の主人のことをしばらく語らっていた。


 


「敵軍が迫っている。急ぐぞ」


 エミリエンヌは、海岸沿いの向こうに見える敵軍を見て行軍を速めた。もう、今日はかなりの距離を行軍しているので、あまり無理をさせられないと思いながらも速く合流しなければ危ないと思っていた。


 しかし、林道を抜けて海岸沿いの砦がある場所まで来て見えたのは、信じられない光景だった。


「いない……」


 エミリエンヌの部下たちもざわついていた。


 砦には誰もいない。周囲を見回しても味方の兵は一人も見つからない。


 そして……。


「橋がなくなっている!」


 海峡沿いにあった氷の橋は、途中で分断されてなくなっていた。


「これは……」


「敵軍がしたことではないね」


 エミリエンヌは、橋が壊された場所と壊し方を見て確信する。


「敵軍に襲われたドミクルは、戦わずしてすぐに逃げ出した」


「そして、追撃を恐れて橋を壊したのだろう」


 ケンザとともにエミリエンヌは、あまりの出来事に変な笑みさえ浮かべていた。


「これだけの橋を壊すのは危ないだろうに……大丈夫だったのだろうか……」


 海の怖さを知るものが少ないニビーロの兵たちのことを心配するエミリエンヌだった。


 今は何も見えないが、落ちて流された兵もかなりいるのではないかと想像できた。


「さて、我々はどうしようか」


 人の心配をしている状況ではなかった。


 逃げ場はなく、振り返れば一軍がゆっくりと行軍してきていた。


「降伏されよ。エミリエンヌ殿」


 先頭に立っている威風堂々とした将が声を発する。


「カンナ殿か」


 これは、個人の武勇で突破することも叶わなそうだとため息をつく。さらには後方にはルナの軍が見える。


「完璧な布陣ですね」


 エミリエンヌも目を閉じた。


 ただ、このまま突撃して死ぬかを考えていた。


「連れてきた部下まで犠牲にすることはなかろう」


 カンナに痛いところを付かれたと思った。特に今従っている兵の大半は、本当なら自領で平和に農作業しているような人たちなのだ。


「降伏しよう」


 エミリエンヌはそう答えると、馬を降り曲刀を地面に置いた。


「エミリエンヌ様!」


 ケンザをはじめ、部下たちは驚きはしたが、この状況を見て自分たちのためにしてくれているのだと思い涙を流した。


「よろしい。部下たちの命は保証しよう」


 カンナは馬上から大きな声で宣言した。


 後ろの北ヒイロの軍からは歓喜の大歓声があがった。


 ニビーロによる北ヒイロの攻略戦は終わったのだった。

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