領主ラリーサの攻略(前編)
日の当たる王城の中庭。
現皇帝の叔母であるリュポフは、もう今日の仕事はお終いと決め込んで芝生に腰を下ろしてのんびりとしていた。
「リュボフ様。会議を再開するとのことです。どうか、会議室までお戻りください」
「戻らないわ。マリエッタ皇帝陛下は私の言うことなんて聞く気もないでしょう?」
駆け寄ってきた伝令も冷たくあしらって、今日はもう別の目的のために動こうとしていた。
「ん? もしかして君は、昨日、後宮にきたという『男』か?」
違和感を覚えて振り返ると、そこには小さな皇帝陛下が連れてきたという『男』が立っていた。確かタモンという名前だったなとリュボフは思い出していた。
目的が自分から目の前に現れてくれて、リュポフは喜びつつも訝しんでいた。
「もの珍しい『男』様がわざわざ伝令をするのかな?」
リュポフは立ち上がると、タモンに向かい合った。リュポフは後ろも前も長い髪で、いつも片目が隠れているような髪型が特徴的だった。今日は、東方騎士団の代表としてきているので、特に軍服に身を包みスラリとした印象だった。
「陛下は、『餌』だと言っておりました」
「ほう」
「興味を持って、食いついて話を聞いてくれるだろうと」
リュポフは、その言葉を聞いて笑っていた。まさに、その通りの行動をしてしまっている。
普段なら、生意気な姪を腹立たしく思うところだが、今日は不思議と腹も立たずに笑っていた。
「君に興味はあるが、会議に出るかはまた別の問題だな」
意地悪な笑顔を浮かべながら、タモンに近づくと困らせていた。
「戻っていただかないと、僕が怒られてしまいます」
「ふう。そんな悲しそうな顔をしないでくれたまえ。行くさ。行くけれども、条件がある。会議のあとでゆっくり話ができるかな?」
「さすがは我がご主人。十五女リュボフ様も、無事に籠絡ですね」
馬車の中で、メイド服姿のエリシアは紙を広げて印をつけていた。
「籠絡って……いや、今度ゆっくり会う約束をしただけだから」
「ターゲットである三人と逢瀬を重ねている時点でさすがです。ねえ、陛下」
エリシアは笑顔で隣に座っているマリエッタ陛下に、そう話しかけた。
「うむ。本当にすごいものだな」
叔母たちの名前にメモが書き込まれた紙を覗き込みながら、改めてマリエッタは感心している。
「他愛のない話をしているだけですから」
「『今のところは』ですよね」
エリシアは、楽しそうに笑っていた。
「まあ、向こうも色々企んでいるから、近寄りやすいとかあると思いますが……さすがです」
「そうよな。本当に何もなかったとしても、現時点で密会しているところを捕らえてもいいであろう」
エリシアとマリエッタは、お互いの考えていることが通じ合っているかのように視線を重ねると余裕の表情を浮かべていた。
「それで? 今日は、どちらにいかれるのですか?」
あまり面白くはなさそうに、タモンは小窓から外の景色を見ていた。いつの間にか、帝都の綺麗な町並みは遠くなり木々が生い茂る風景に変わってきていた。
「刺激に飢えている地方領主を、タモン殿に誘惑してもらって、こちら側に引き込んでもらうという話をしたであろう」
小さな女の子が、怪しい笑みを浮かべながらそんなことをいうのでタモンも反応に困ってしまった。
「タモン殿が興味あると言っていた場所だ。適当に観光して、楽しくおしゃべりしていたら、あとは勝手に落ちるであろう」
「そんな簡単にいくわけないじゃないですか……」
タモンの引きつった笑みでの抗議は、二人には全く届かなかった。やはり、こちらの二人が元々の主従で、タモンの方がおまけのような感じがしてきてしまってタモンの胸には少しもやっとしたものが浮かんできてしまう。
「まあ、マリエッタ陛下。わたくしどもの領地まで足を運んでいただき恐縮でございます」
馬車を降りると、二十代後半くらいの穏やかそうな女性が出迎えてくれた。体型が隠せるようなふんわりとしたワンピース姿であるのにも関わらず胸やお尻がすごいボリュームでタモンの目はつい胸に釘付けになってしまう。
周りを見回せば、小高い丘の上に開けた場所で、真っ白な壁が印象に残る大きなお屋敷がぽつんとあるだけの場所だった。お屋敷には灯りが多くついていて、それなりに人はいそうではあるけれど、それ以外の場所は全く人がいそうな気配すらなかった。
「こちらが、このキリレン領の領主ラリーサ殿だ」
「どうも、はじめまして」
タモンは周囲をキョロキョロと見回していたところで、目の前の迫力あるボディの女性をいきなり
紹介されて焦ってしまう。
「噂の男の方……ですわね」
見れば分かりはするのだけれど、念の為と言った感じでラリーサはマリエッタ皇帝に確認をする。
「さようだ。こちらの魔法塔に興味があるとのことなので連れてきた」
マリエッタは、タモンとどういった関係なのかは明確には答えずに突然来訪した目的だけを教えた。
「まあ、もう魔法塔は何も見るようなものはありませんが……。まあ、まずは屋敷でくつろいでください」
謙虚で明るい態度のまま、ラリーサは皇帝一行を自分の屋敷へと招いた。
「すまないが、火急の用事が入った!」
皇帝マリエッタは、昼食会の席でそう告げた。
元々の予定通りで、つい先程、エリシアがわざとらしく大げさな様子で走ってきて何やらマリエッタにひそひそと耳打ちをした直後だった。
「まあ、帝都で何か問題でも?」
せっかく楽しい昼食会にできたと満足そうだったラリーサは、心配そうにマリエッタを覗き込んでいた。
(そんな本気で心配しなくてもいいですよ……)
タモンは、そんな優しいラリーサの様子を見て、そう心の中でつぶやいていた。マリエッタの様子を見れば、ちゃんと出されたお洒落で美味しい昼食を平らげて、お茶も飲み終わっていた。そこからの小芝居だと知っているのでちょっと罪悪感を抱いてしまう。
「うむ。余はいったん帝都に帰らなくてはならなくなった。タモン殿は、魔法塔を見たいということなので案内してあげてもらえるか?」
「は、はい。かしこまりました」
「明後日に迎えにくるから、すまぬが世話をしてやってくれたまえ」
マリエッタは、ラリーサの手を握りお願いをした。小さな幼女皇帝はちょっと早口な小芝居を終えると足早に部屋から出ていってまた馬車へと向かっていった。
「行ってしまいましたね」
慌ただしく玄関までお見送りをしたラリーサは、少し困ったように頬に手を当てていたけれど安心できる笑顔でタモンに話しかけていた。
「申し訳ありません。ご迷惑を」
タモンも元々の予定通りとはいえ、独り取り残されてしまい不安だったが、ラリーサの笑顔を見てタモンは安心した笑みを浮かべていた。変なおばさんに一日中、嫌らしい相手をさせられる悪夢もまた頭をよぎっていただけに、この人ならいいかなと余計にほっとしていた。
「いえいえ、では、タモン様は魔法塔に案内いたしますね」
準備をしてきますと言って、慌ただしくラリーサは奥へと行くとすぐに玄関でタモンと合流した。小さな鞄の他は白い帽子だけをかぶり、そのまま一人だけでタモンと歩きはじめた。
「あの? 家臣の方とかはおられないのですか?」
二人で屋敷の庭を抜けて、林へと通じる道を歩きながらタモンは疑問に思った。領主が自ら、護衛も連れずに案内しなくてもいいのではないかと。
「ああ、領地の経営はこの山の麓の街で行っています。家臣たちはみんなそこで働いていますので……みんな優秀なので私は本当にやることがなくって週に一度顔を出すくらいです」
タモンにはずっと謙虚な態度に見えるこの領主の言葉をそのまま受け取ることはできないと思いながらも、少なくとも今はこの山の中でのんびりしていてもあまり困らないようになっているのだろうとは感じていた。
「このお屋敷は、魔法塔の管理をしているだけで、お掃除してくれている侍女たちを連れていくほどでもありませんし……」
「ご家族などは……?」
そんなことを聞く必要もなかったかなと、タモンは少し後悔したけれど、ラリーサはあくまでも穏やかに応じてくれる。
「姉妹はおりません。ヒイロの血筋では珍しく一人っ子です」
その続きは、ちょっと視線を落として寂しそうな表情が混ざっていたようにみえた。
「発情期があって、若くて可愛らしいお嬢さんをあてがわれたのですが……わたくしはどうしても可愛らしい女性に興味が持てず……結局、お暇を出してしまいました。すごく良い娘だったんですけどね。わたくしなんかにはもったいないくらい」
「領主も大変なのですね」
この世界だと何故か跡継ぎになると、他の女性に子どもを産ませようとする習慣があるようだと感じていた。タモンからすれば、こんな女性でも羨むような女性らしい体つきをした人にまでそうしなくてもいいのではないかと思う。
そもそも、自分で産んだ子どもの方が本当に自分の子どもだとはっきりしていいのではと男性なタモンは、常々思っているのだけれど、それはそれできっとこの世界でもうまくいかなかったから、こうなっているのだろうなと推測していた。
「ああ、すいません。よ、余計なことを……」
ラリーサは、顔を赤くして照れていた。そんな恥ずかしがることを言っただろうかとタモンは首を捻ったけれど、男の自分に向かって、抱くよりも抱かれる方が好きだと誘っているようなものだと気がついてしまったのだ。
(つい、さっきまでは男ということを意識していなかったということだよね……)
誘惑しようとして二人だけで向かっているのかもしれないと思っていたけれど、このラリーサの赤くなった横顔をタモンは穏やかな気持ちで見ていた。
「こちらが、ヒイロ帝国建国に尽力いただいた魔法使いコソヴァレ様がしばらく住んでいらっしゃった塔です」
木々が無くなりわずかに開けた場所から、白い塔が見えた。
あまり頑丈でもなさそうな塀に囲まれたくらいで、塔もフカヒにあったような古くて雰囲気のあるものではなかった。
(その辺の岬にありそうな灯台って感じだな)
壁も含めて綺麗に掃除されていると言えるけれど、あまり何かの手がかりがあるようには思えなくてタモンは内心ではがっかりしていた。
「ご覧になりますよね。どうぞ」
そんなタモンの雰囲気を察したラリーサは、申し訳無さそうに鍵を開けて塔の中へと案内した。
「これは、コソヴァレ様でしょうか?」
一階は普通の部屋のように見えた。キッチンや風呂まであって生活には何も困らなさそうだった。机やソファーもおそらく昔のままに綺麗に手入れがされておいてある。そして壁には大きな一枚の肖像画があった。
「そうですね。コソヴァレ様とカド王様と伝え聞いています」
額縁の中では男性が座っている横で、いかにも魔法使いらしいローブ姿の女性が立っていた。妙に大きなリボンをつけているコソヴァレ様は、まだ少女のように見えて仲良さそうに笑顔でカド王の横に立っている姿は、親子か年の離れた夫婦のようだった。
「なるほど、この人がカド王……」
椅子に座った軍服姿の中年男性は、口ひげを蓄えていかにもたくましそうな皇帝という印象だった。
略奪王と呼ばれている彼の生前の行いによって、タモンも大きな影響を受けている。ただ、基本的には悪評なのだけれど、それが必ずしも困ることばかりではなかった。とりあえず『男王』には娘を差し出しておけば、攻められることはないという雰囲気のおかげで今の自分は助かっているのは間違いがない。複雑な心境だけれど、一応、肖像画に感謝の礼をしておいた。
その様子を不思議そうな目で見ながら、ラリーサは上の階も案内しようとしてくれる。
「この塔に鍵があるとは聞いたことがないですか?」
「鍵ですか?」
階段を一歩登ったところで、ラリーサは振り返ってしばらく考え込んでこの塔に入るときの塀と入り口の扉を開けるのに使った鍵の束を見せた。
「いえ、そういうのではなく……カード、いや、そうですね。板みたいな形のものだと思うんですが」
「うーん。それは存じ上げないですね」
ちょっとだけ思い当たることがありそうではあったけれど、皇帝陛下に紹介されたというだけでそこまで教えていいものか悩んだというようにも見えた。
(まあ、今は、仕方がないか)
壁に沿った螺旋階段を上っていくとたどり着いたのは、もう最上階の部屋だった。一階ほどではないけれど、思っていたよりも普通の部屋だった。少なくとも魔法使いの研究用の部屋という雰囲気はあまり感じられなかった。もちろん、貴重な魔法な道具などは今、実際に研究している魔法使いに預かってもらっているのかもしれないが、わずかに棚が豪華なことくらいしか魔法使いがいた痕跡は感じられなかった。
それ以外はベッドがあって、窓からの眺めが良いくらいの場所だった。山の一番上の塔なので、かなり遠くの帝都まで見える。お姫様を幽閉している塔というのはこんな場所かもしれないという感想を持つくらいだった。
「ここは寝室だったのでしょうか?」
タモンは、特に何もなさそうで、これからどうしようかと思いながらベッドに腰掛けた。
「そうですね。帝国が建国してしばらくの間は、こちらに住んでいらしたそうですから」
「もしかして、カド王を見守っていたのかな……」
窓から見える帝都を見るとそんな気がしてしまう。何らかの事情でそばにいることはできないけれど、何かあった時はすぐに力になれるようにとここに居をかまえたのではないだろうか。
「え?」
タモンがその声に反応して視線を戻すと、ラリーサが固まっていた。ラリーサが見ている先までまた視線を動かすと少女の姿があった。
階段がある方向だった。明らかに階段から浮いた正面にその姿があった。
ホラー映画で一瞬だけ白い服の少女が映るシーンを想像してしまい、タモンも背筋がぞっとしたけれど、その浮いている少女は特に怖い顔などではなくにこりと笑うと浮いたまま階段を下りていった。
「罠かもしれません」
追いかけていこうとしたラリーサの手首を握り、タモンは制止しようとした。
「ですが、あれは、コソヴァレ様です」
必死な表情でそう言ったラリーサは、タモンの手を振り払って走っていった。
「そう言われれば、肖像画と似ているな」
妙に大きなリボンまでそのままだった気がすると思いながら、タモンも階段を下りていった。
階段の真ん中あたりで、少女の姿は消えて、慌ててラリーサも壁の中に隠れていたドアを開けた。
「隠し部屋?」
「申し訳ありません。秘密のままにするかは悩んでおりました」
二人とも部屋に入ってから、ラリーサは侘びた。
窓もなく薄暗い部屋は、今度はいかにも魔法使いの研究場所という感じの棚と本棚が並んでいた。ただ、棚にはもう研究に使っていた素材は何も残ってはおらずちょっと古いだけの魔導書があるくらいに見えた。
「コソヴァレ様?」
一瞬、部屋の奥で何かが光った気がしたが、二人ともよく分からなかった。
ラリーサは灯りをつけると部屋の中へと進みながら、呼びかけていた。
タモンからすれば、どう見ても幽霊なのだから怖くないのだろうかと思うのだけれど、ラリーサにはずっと会いたくても会えなかった人に会える機会なのかもしれない。必死な様子で探していた。
「あー、もう、時間がないから体を借りるね」
ラリーサから、変な少女の声がした。
「え?」
続けてラリーサが驚く声がした。タモンは似たようなケースを見たことがあるので、何があったのかすぐに理解した。
(魔法使いは人の体を借りるのが好きだな……)
「待ってみるものね……。出会えて嬉しいわ。お父様!」
ラリーサの姿をした大魔法使いコソヴァレは、タモンに向かってそう言った。




