『僕が後宮に入るってことですね』
「これが、我が陛下に落としていただく女性たちです!」
エリシアは、多数の紙を机に広げながらタモンとマリエッタに対して力強く言った。
一週間後、タモンとエリシアは、マリエッタに同行して帝都カーレットにいた。
道中、ビャグンの街では、マリエッタと並んでキト家からは前回訪れた時と違い誠実で盛大な歓迎を受けたりといったこともあったが、護衛の兵と合流してからは、何事もなく順調な道中だった。
そして、あくまでも秘密の旅だったので、夜にこっそりと馬車だけ地下の入り口から侵入に成功してマリエッタが住む王城へとたどり着いた。
巨大な街カーレットの中心にそびえ立つ巨大な王城。その中の皇帝マリエッタの部屋。
こっそりと招かれる形で、タモンとエリシアはプライベートなマリエッタの部屋に忍び込み、三人での極秘攻略対象会議が始まった。
(それにしても何か……年頃の女の子……いや、子どもの部屋ではないよな)
マリエッタの私室に、入り込んだタモンは部屋の中を見回しながら、そんなことを思っていた。
巨大な部屋、ベッドやソファ、机も大きく高級なものなのだということはタモンにも分かるけれど、ここにこの小さな女の子が生活しているというのは想像ができないくらいに他のものがなかった。
ほぼ寝るだけで、たまにこのソファで本棚の難しい本を読んで勉強するのだろうか。誰からの愛情も感じないので不安になってしまう部屋だった。
「可愛らしいものは、妹の部屋に預けてあるから、遊びに行った時に眺めているよ」
マリエッタは、タモンの考えていることを悟ったのか『心配しなくていいよ』と微笑みながらそんな説明をした。
タモンも少しだけ安心して微笑み返したけれど、その話だけを聞いても、やはり普段から妹以外には弱みを見せられないマリエッタのことが不安にはなってしまう。
「それで……落とすとは……どういったことだろうか?」
そんな心配を他所にマリエッタ皇帝陛下は、とても真剣な眼差しで大きなソファーに腰掛けながらエリシアを見つめていた。
「我が陛下の虜になってもらうということです。精神的にでも性的な意味でも何でも構いません」
「せ、性的……」
マリエッタは、明らかに興奮した息を吐きながら前のめりになっていた。
(普段は、あんなに大人びていて冷静なのに……)
(恋愛とか性について教える人がいなくて、周囲に話す友人もいないのでしょうね……)
タモンとエリシアは、目だけでそんな会話をしていた。
ただ、あまりこの件で時間を取られたくもなかったので、エリシアは作戦の説明を続けることにした。
「とりあえずこちらが、中央政権におけるライバルたちですね。家臣たちはいったん、置いておいていいかと思います。やはり、問題は先帝の妹たち、つまりマリエッタ陛下の叔母たちですね」
別の大きい紙を取り出して机に並べた。帝国の家系図らしく人名が書いてあるのと人名の横にはマークがそれぞれついていた。
「十五人いた姉妹も、先帝含めて四人がなくなっておりますので、他は十一人。年長の方たちは、比較的現政権を支える側で、若い人ほど対抗している傾向があります。十三女エフゲーニヤはもう明確に敵対していますが、他に九女エレーナ、十四女アリョーナ、十五女リュボフと言った人たちが敵対的勢力ですね」
エリシアの説明に、マリエッタはソファに深く座りながら軽く一度頷いた。
「我が陛下には、この三人を落としてもらいます」
「え? 敵対している人を狙うの? そんな人たちに近づいたら、僕は殺され……ることはないかもしれないけれど捕まったりしない?」
エリシアの説明に、タモンの方は、ちょっと大げさに情けなく怖じ気づいた演技をして返した。
「マリエッタ陛下は、我が主人をパーティなどでお披露目していただきます。幼いながらも現皇帝に男性の恋人ができるというのは、マリエッタ陛下の正当性を強めるのにも有効なはずです」
「そうだな。余に男の恋人ができて、将来的に男の子を産むようなことになれば、少々、個人の能力が優秀だったとしても反対派を押す声はなくなるであろう」
マリエッタとしても、自分の計画を理解してくれたことが嬉しそうだった。
(皇帝陛下が自ら産むこともあるのか……)
タモンは、自分の常識ではよく分からなくなってきたのと、目の前の小さな皇帝陛下が子どもを産むなんてことはまだ想像もできなかったので、腕を組んで考えこんでいたけれど、そんな主人の様子は気にせずにエリシアはマリエッタと話を続けていた。
「それは、いいと思います。ただ、この際なので、わざと隙を作って罠をしかけましょう」
「ほう、隙を作る?」
「パーティでも、終わりの方は一人にしたり、王城の中でも忍び込みやすい部屋に住まわせたりということです。もちろん、攫われたりしないように警備は万全である必要はありますが」
「ふむむ」
マリエッタは納得はしながらも何故か唸っていた。
「敵対している叔母たちも、焦ることでしょう。その場合に、我が陛下を寝取ってしまうのが将来のマリエッタ陛下の影響力を下げて、自分の価値をあげる一番、簡単な方法だと思うはずです」
「ね、寝取る……」
マリエッタはまた過激な言葉に、想像を膨らませて興奮していた。
「でも、そんな近づいてきたからって僕なんかに夢中になってくれるかなあ」
タモンは、謙遜するつもりもなく本気でそう思っているのだが、エリシアもマリエッタも何を言っているんだという顔でタモンを見ていた。
「ご夫人たちにあんなに溺愛されていて、何を言っていらっしゃるのですか」
「そうよな。馬車に乗り込んだ時にキスマークがいっぱいで一体何事かと思ったぞ」
マリエッタにとっては、タモンはものすごい夜のテクニックを使う魅力的な男性なのだという妄想で溢れかえっていたので大きくうなずいていた。
「嫁いできた人と、利用しようとしている人では違うと思うんだけれどなあ」
タモンの小さな抗議は相手にされずに流された。
「まあ、完全に籠絡できなくても、忍び込んできたところを捕まえてもよろしいでしょう。法的には問題ないかもしれませんが、マリエッタ陛下の恋人に対して、やましいことをしている負い目も周囲の評価もあるでしょう」
「恋人……ふふ」
その言葉の響きに、マリエッタ皇帝は満足そうに微笑んでいた。
「あとは地方の領主たちですね。こちらは、特に敵でも味方でもない領主を籠絡して、こちらの陣営に引き込みましょう」
「ほう?」
そちらはちょっと意外だったのか、マリエッタは首を傾けた。
「親から引き継いだ領地で、別に皇帝が誰であっても従うだけという刺激の無い領主でも、実際にはロマンスは求めているものです」
エリシアは笑いながらそう言った。ちょっと邪悪な笑みだとタモンとマリエッタは思った。
「そこで、我が陛下に、足を運んでいただき『男』という珍しくて刺激的な存在に触れていただければ、簡単に籠絡できることでしょう。ですので、マリエッタ陛下には、地方領地に足を運ぶ最初の旅を手伝っていただければと思います」
「……うむ。それは構わぬが……」
「自分の主人の使い方が荒いよね。まあ、できる限りやってみるけれど」
ちょっと不満そうなタモンをマリエッタはじっと見ていたが、どうやらいつものことのようなので安心していた。
「大丈夫ですよ。タモン陛下は、地方領に言ったらいつも通りに穏やかに過ごしつつ、領主にたまに優しい言葉で笑っていただければそれでいいのですよ」
「まあ、エリシア殿が敵でなくてよかったとは思う」
まだちょっと自信なさげなことをいうタモンと、楽観的な読みのエリシアが軽く言い争っているのを見ながら、マリエッタはぼそりとつぶやいた。マリエッタの気持ちとしては、完全にエリシアと同じだった。
「しかし……素晴らしい狙いだと思うが……」
「……が?」
ぼそりとつぶやいたことに、何か問題があるのかタモンとエリシアに大きく反応されてしまいマリエッタはちょっと戸惑いながら答えた。
「タモン殿が叔母上たちを抱くのだなと思うと……」
「大丈夫ですよ。陛下にいただいた避妊の魔法薬を使っていただくので」
「それは! もちろん、大事なのだが……余より先だと思うと、ちょっと悔しい気がしてしまって……」
話している内容はともかく、子どもっぽい拗ね方にエリシアもタモンもちょっと優しく見守るような目でこの幼い皇帝陛下を見つめていた。
「タモン殿!」
「はい!」
気合いを入れた目と声で、マリエッタはタモンに向き合った。
「約束して欲しい、将来、余のことも抱いてくれると」
凛々しい美幼女からの、熱烈なお願いにタモンは一瞬、くらっとよろめいた。
ちらりと横を見ると、エリシアは『いいんじゃないですか、大人になったら気も変わるかもしれませんし』と言いたそうな顔で横を向いていた。
「分かりました。お約束します」
「そ、そうか。よかった。では、二年後くらいでよいな?」
良い返事に嬉しさがあふれる笑顔でそう言われたので、思わずタモンは『いいですよ』とうなずいてしまうところだったが……。
(今、十一歳だから、二を足すと……)
とても簡単な算数を頭の中で何度もやり直していた。
「いえ、七年後くらいですね」
「な、七年?」
タモンの常識としては妥当な線だったが、マリエッタはもうこの世の終わりのように悲しい顔をしていた。
「と、遠いですかね。じゃ、じゃあ」
十一歳の少女にとって七年というのはとても遠い未来というのはタモンにも想像できる。そして、なによりも、今、皇帝陛下の機嫌を損ねるわけにもいかないのでたじろぎながら考えていた。
「三年でどうだ?」
「五年でどうですか?」
二人が同時に提案した年数にはまだ二年の開きがあった。お互いに譲らないやり取りのなかで、三年後にまた検討というとりあえずの結論に落ち着いた。
(さ、三年後に押し切られてしまいそう……)
三年後の力関係に早くも思い悩むタモンだった。
「よし。では、叔母上たちを罠に嵌めるのに最適な場所があるのだが、どうだ?」
興奮状態から落ち着いたらしいマリエッタは、また威厳のある態度に戻ってソファーに深く腰掛けながらタモンたちに提案した。
「どうだと言われましても……」
困っているタモンに、『分かっている』と言いたげな笑みを浮かべてマリエッタは立ち上がり部屋の窓際まで歩いていってカーテンを開けると、タモンたちを手招きでよびよせた。
「中庭みたいな中に……建物が」
もう周囲は暗いのでタモンの目には周囲の様子ははっきりと見えなかったが、王城には中庭があり、その一角に建っている建物には灯りが多く灯っていて周囲の頑丈そうな城とは少し違う木造の洗練された姿がはっきりと見えた。
「王城の真ん中にあって、人の交流は妨げられることはなく可能だ。ただ、逃げ出したり、外から武装した集団に攫われたりしてしまうことは難しい場所にある」
「……なるほど、僕が後宮に入るってことですね」
「初代皇帝陛下や、先々帝が使われていた後宮だ。先々帝の夫人が何人かまだ暮らしているが、部屋は空いている」
マリエッタは、凛々しい皇帝の威厳を出しながら笑っていた。
「分かりました。僕は陛下の後宮に入りましょう」
タモンは窓際でプロポーズをするかのように片膝をついて、小さな皇帝陛下の手の甲に口づけをした。




