表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
田舎の城からの生き残りハーレム増築戦略  作者: 風親
第1章 幕間 北ヒイロ国の日常

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

53/129

タモンのお忍び視察 後編

 タモンはせっかくの綺麗な服を濡らしてしまい意気消沈していた。


(マルサさんに、静かに怒られてしまう……)


 マルサは、タモンに対して怒鳴ったりはしない。謙虚すぎるくらい謙虚なところがあって自分の主君であるタモンに怒ることは滅多にない。ただ、静かに注意する時には妙な圧迫感があってその日、ずっと背筋が寒いまま過ごさなくてはいけなかった。


「申し訳ありません。マイお嬢様」


 隣でマキはずっと申し訳なさそうに、謝っていた。タモンからすれば、置いてきぼりで突っ走ってしまったのでそんなに海の中に落ちてしまったことを申し訳なさそうにしないで欲しいと思う。


「これはこれは……お嬢様とそのお付の騎士様。こんなに濡れてしまって大変です。乾かす部屋をご用意いたしましょう。……ちょっとお話もございますし」


 港でタモンたちが、盛大に濡れた服をしぼって地面に水滴を落としていると、一人のちょっと調子良さそうな中年女性がそんな声をかけながら近寄ってきた。その人の態度は、とても友好的で提案もありがたかったのだけれど、背後にはさきほどの漁師がさらに数名増えて十人ほどで威圧していた。


「せっかくの申し出ですが、お断りいたします」


 マキは、かばうように片手をタモンの前に広げて漁師たちの間に立ちふさがった。


「いや、いいよ。休憩できる部屋も用意してもらえるようだし、お世話になろう」


「お嬢様。ですが!」


「向こうも穏便に済ませたいのだろうし」


 反対するマキに、小声でタモンは囁いた。殺したり監禁したりする気なら、すでにそうしているだろう。タモンのことをどこかの貴族の跡取りだと思っているから、問題にはせずに無難に返したいという目論見だとタモンは読んでいた。マキにもそれは理解できるのだけれど、交渉が不調に終わった時には、屋内で十人程度からお嬢様を守りつつ逃げ出せる気はしなかった。


「それはよかった。そこの宿屋にお部屋を用意させます。その間に服を乾かせていただきますのでごゆるりとお過ごしください」


 にこやかに、手もみでもしそうな低姿勢で中年女性は接してきていた。


(これなら大丈夫そう……だろうか)


 マキは、心配しながらもお嬢様が中年女性に案内されてついていくので、仕方なく後に続いていく。どうにもこの調子良さそうな中年女性のことは信用できないと思い、後ろからにらみつけていた。


「あ、今、お部屋をご用意させます。申し遅れました。私はこの町の漁業のお手伝いをさせていただいております。キヌエと申します」


 タモンは実はこのキヌエとは町の有力者の一人として何度も顔を合わせているのだけれど、今は何も言わずに黙ってうなずいていた。


「お風呂もご用意させております。ご心配なく、ここは私の経営する宿屋ですので、お代などは結構ですので遠慮なさらず」


 キヌエがにこやか笑いながらそういうと旅館の女将さんのようだと、タモンは思いながらみていた。


「何やらお互いに誤解があって、揉めごとがあったようですが、これで水に流していただきたいですな」


 にこやかな表情でそう言った後で、大きな笑い声をあげた。友好的に見える態度だが、背後に立つ手下たちも含めて、少し威圧的な言葉だとタモンは感じていた。


「勘違いではない。私があの石を見間違うはずがない」


 タモンは、まだお嬢様の演技を続けるか少し悩んだあとで、ちょっと面倒くさくなりぶっきらぼうにそう言った。結果的にはそのギャップのある態度に、キヌエたちも一気に緊迫感のある表情になり、マキも何事だろうかと身構えた。


「いえ、あれは、特に価値のない石です。あくまでも私たちの漁業権のある海の中で少し移動させるだけのこと……」


 キヌエは、真剣な表情でそう言い訳をした。


 この小娘は一体、何者なのかを探り、推測しながら無難にやり過ごすことだけをキヌエは考えて慎重に様子を見極めていた。


「あの石には確かに何の使いみちもない。単に……そう、何の価値もない。だが、古から持ってくることは許されていない。ましてや外国に渡すなどは」


 タモンの言葉に、キヌエは手下を叱責するように横目で鋭い眼光を送った。あんな箱に隠していたら、それは誰でも売ると思うだろう。


 軽く頭を下げながら、キヌエは焦っていた。『おそらく宗教関係の視察か何か』と目の前のお嬢様のことを推測して、なんとかごまかしつつ、証拠を隠滅する時間を稼ぎたいと思っていた。


「売ったりなどはいたしません。たまたま網に掛かってしまったものとのことで、綺麗に洗ってお戻しする予定でした……」


「あの海で底引き網の漁をすること自体を禁止している。この町でも昔からそうだな?」


「大規模であればです。この港の船くらいの規模であれば問題ありません……あのラナン島付近の漁業権を持つエトラ家にも了承はいただいていることです」


 キヌエは穏やかに、にこやかにはぐらかすように答えるつもりが、詳しい指摘につい苦しい弁明になってしまっているのを感じていた。宗教ではなく、漁業関連の人間だろうかと正体が摑めないのでうまくなだめすかすことができなかった。


「エトラ家が持っていたこの近海の漁業権は、娘のエレナに譲渡されています」


 タモンは、にやりと笑っていた。キヌエがつい苦し紛れに余計なことを言ってしまったのを聞き逃さなかった。


「え。ああ、まあ、そうですが」


「そして、エレナは許可していない」


「なぜ、そんなことが分かる……」


 キヌエは、自分でも割と口からでまかせであるとは思っていたが、こうもきっぱりと否定されてしまうと驚くしかなかった。エレナはここから目と鼻の距離の城にいるとはいえ、確認したとしても半日はかかるだろう。その間に、適当に手回ししてなんとでもごまかせる自信があったからだった。


「キヌエ」


 タモンは、これ以上追い詰めるのも可愛そうだと思って、静かにキヌエに近づいた。怪しい微笑みは、町の有力者の中年女性にどこかの国の貴族令嬢が口づけをしようとしているように見えてマキを含めて周囲の人間はあらぬ妄想をしながら何をするのかと見守っていた。


「キヌエ。僕だ」


 タモンは耳元で低い声で囁いた。


 これで、すぐに『男』だと分かってもらえるだろうとタモンは思っていた。しかし、キヌエはわずかに首をかしげながらタモンの顔をじっと見ていた。


(え? なんで海に落ちて、化粧も落ちているのにこんな近くで僕の顔を見て、声を聞いて分からないの?)


 ついこの間、港町モントの有力者たちとの会議でも顔を合わせたばかりだというのに、何故分からないのかタモンには不思議で仕方がない。


(しかも、いい歳をして、何を少し顔を赤らめてぼーっとして見ているんだ)


 余計なことをしてしまったという反省はしながらも、これで分かってくれないのはあまり普段から人のことを見ていないなと憤った。その結果、そっとキヌエの手首を握ると自らの下半身へと導いた。


「え?」


 キヌエは何をされるのかと、一瞬はびくりと手をはねのけようとしたけれど、タモンのスカートご

しに感じる感触に何かが思い当たったようだった。


「まさか」


 キヌエは、確認するように何度かタモンの下半身を弄った。予想が確信に変わっていくと、さっきは少し赤かった顔が急激に青ざめていった。


(我ながら、もう少しましな証明の仕方はなかったものだろうか……)


 タモンはそう後悔した後で考え込んでいたら、キヌエはいきなり手を離すと後方へと飛び退いた。


「タ、タモン様」


 見事な土下座を決めて、小刻みに震えていた。


 キヌエのワンテンポ遅れた反応をタモンは予測できずに止めることができなかった。


「バラさないで欲しかったのだが……」


 マキの顔を横目でちらりと見たあとでそう言って、ため息をついた。わざわざ耳元で話しかけて、恥ずかしいところを触らせたりしたのが無駄になってしまい謎の変態行動にしか見えなくなってしまったことに頭を抱える。


「はっ、ああ、そうですよね。も、申し訳ありません」 


 手下たちも状況を理解して、みんな真似をして平伏して額を地面にこすりつけていた。


(これは……過去の『男王』の悪行のせいだ)


 ここまで怖がられているのは、タモンとしては心外だった。確かに戦っている時には、多少は野蛮な行為もあっただろうけれど、モントの城に来てからは港町とも友好的でいい関係を築いていると思っていただけに傷ついてしまう。


「そんなに怯えなくていい。別に捕まえたり、拷問したりはしない」


 タモンは優しい声で、キヌエたちを落ち着かせる。


 キヌエたちは、恐る恐る顔を上げて『本当でございますか』というすがるような目でタモンを見ていた。


「さっきも言ったけれど、あの石には特に価値はないから」


 その言葉に、キヌエたちは安堵した表情になっていた。


「でも、それを売ろうとしたということは、買おうとした誰かがいるということだよね。それは聞かせてもらおうか」


 まだ、遠目からは良いところのお嬢様の姿をしたタモンのちょっと鋭い視線に、大の大人たちは再び緊迫した空気が走った。


「はっ、ははー」


 一同は、揃ってまた床に額を擦りつけていた。

 大げさなその態度に、宿屋の外からも何事かと覗き込む通行人が多くて、タモンとしては困り果ててしまう。




「うーん。いいお風呂だった。個室に風呂がついているなんて、ここは割とすごい宿屋なんだな」


 タモンは用意された部屋についている風呂からでてきたところだった。お忍び用のお嬢様の服は乾かしているので、ローブ姿で化粧もなくウィッグもつけていない。部屋では直立不動でマキが待っていたのだが、その姿を見て驚いていた。


「マキはお風呂に入らなくて大丈夫?」


「はっ、私は、ちょっと濡れただけですので」


 マキは、問題ないと言いながら、緊張した面持ちでタモンの姿を上から下までしっかりと観察していた。ローブだけを着た男の姿はやはりマキのような普通の兵隊には珍しく貴重なものだった。


「ごめんね。マキには騙すような形になっちゃって、あれはお忍びで町を歩くための変装だったんだ」


 タモンは、完全に男の姿になって驚かせてしまったのだろうと思いながら、ベッドに腰掛けた。


「い、いえ。護衛の任務には何ら変わりませんから」


 そう言いながらも、護衛の相手が自分の主君だったことに緊張は隠せない様子だった。


「まあ、あとは大人しく帰るから安心してよ」


 護衛の対象からそんな言葉をかけられてしまって、マキはやっと少し落ち着いたように笑顔を見せていた。


「それで、私はあまり詳しくないのですが、あの石はなんなのでしょう?」


 マキは、どう上官に報告すべきか少し思い悩んでいる様子だった。


「あれは……昔、人だったものだよ」


「……え?」


 マキは、タモンが心がここに無いように答えた言葉の意味が理解できずに聞き返していた。


「え、ああ、何か言ったかな? トキワナ帝国が興味を持って調べたいから、漁師たちを買収したと言っていた。それだけだよ」


「トキワナ帝国が……」


 当面の脅威であるトキワナ帝国が、我が領地で何かを調べているのならやはり何かがあるのではないだろうかとマキは思うのだけれど、タモンがそのことは一番理解しているのだろうと思い、それ以上の詮索はやめておいた。


「ごめんね。貴族の可愛いお嬢様とのデートじゃなくって」


 タモンはもう仕事が終わったように飲み物を片手にくつろいでいた。


「いえ……その……今も可愛いと思います」


「え?」


 ローブだけをまとったタモンの鎖骨部分を上から凝視しながら、マキはついそう言ってしまいタモンを慌てさせた。


「な、何でもありません。陛下。わ、私は今、発情期でして」


 マキは、余計なことを言ってしまったと否定しようとして、両手を大きく振りながら後退りして顔を隠していた。


「ふむ。発情期と……なるほど、こうなるのか」


 マキが顔を隠している間に、タモンはマキの下半身に顔を近づけていた。


「え? へ、陛下。どうしました。もしかして、この飲んでいるの……お酒じゃないですか!」


「大丈夫。僕はもう大人ですから」


 タモンはそう言うが、マキから見ると目がとろんとしているように見えた。


「実際、どうなるのか。興味あったんだよね。ねえ、直に見てもいいかな?」


「い、いけません。そ、そんなことをしたら私が我慢できなくなります!」


 ズボンに手をかけようとするタモンの手を摑んで、マキは必死に自分の理性がどこかに飛んでいってしまわないように戦っていた。







 タモンはまだ酒が抜けないまま城に戻った。


「町に潜入させている密偵からの報告では……何やら大変だったご様子ですが……楽しそうですね」


 まだ頭はぼーっとしつつも仕事部屋で今日処理するはずだった書類と向き合っているとエリシアが、微笑を浮かべながらそう聞いてきた。特に嫌味が混ざっているとかそういうわけでもない。本当に楽しそうと思っているようだった。


「そうだね。なかなか貴重な体験だった」


 タモンには、何をエリシアが楽しそうと言っているのかははっきりとは分からないけれど、普段はできない経験ができたのは間違いがない。その点はエリシアにも感謝していた。


「マキはいかがでしたか? 問題なければ。このまま普段も陛下の護衛として働いてもらおうかと思っているのですが……」


「うん……。いいんじゃない。真面目だし、たくましいし」


 タモンはちょっと目を伏せながらそう答えた。戻る前の宿屋のことを思い出してしまっていた。


「はい。かしこまりました」


 エリシアは、そう了承しながらタモンのそんな態度に気がついていた。


「それで……マキとはどうだったのですか?」


 そっと片膝をついて、顔を座っているタモンの側に近づける。


「どうとは?」


「密偵からの報告では、宿屋のお部屋でしばらく出てこられなかったよう……あの、そのつまり」


(うちの密偵は優秀だなあ)


 エリシアはまるで国家の機密に関する事件で、お耳に入れたい時にするような態度だった。それなのにどうでもいい質問だったので、タモンは苦笑する。


「……押し倒されてしまったのですか?」


 目を輝かせてエリシアは、そう聞いてきた。もっと色々、遠回しな聞き方を考えていたのだと思われるが、最終的にはそんな真っ直ぐな質問になっていた。


「うん。いちゃいちゃしていたら最後は押し倒された。すごかったよ」


「すご……かった」


 その言葉に、エリシアは興奮しすぎて倒れそうになっていた。大げさではなく倒れそうなのでタモンは背中に手を回して支えてあげた。


「はあはあ。そのお話は、今度、またゆっくりとお聞かせください……」


 興奮しすぎて呼吸もできなさそうなエリシアは、そう言った。


(エリシアは、僕にどうなって欲しいのか……)


 ちょっと呆れながらも、頼れる相棒と言っていいお姉さんの将来が心配になるタモンだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ