夜の戦い・延長戦
「背骨を折られるかと思った」
朝になりベッドの上で、タモンはそう言って笑う。
「申し訳ありません。兄上、つい興奮してしまって……」
「あはは、まあ、よかったのなら何より」
タモンは気にしていない様子だったが、さすがに恥ずかしくて普段は感情をあまり表に出さないカンナの顔が赤くなる。
「はっ。素晴らしかったです。正直、よくわからないことも多いですが……深い仲になり忠義の気持ちが増すという昔の人の気持ちも分かる気はいたしました」
そう言われると、タモンとしてももちろん嬉しくなってしまう。
(戦国大名が、小姓の時に深い仲になった武将を可愛がる気持ちが今なら分かる)
一生、分からなくてもいい気持ちが分かってしまったのはちょっと複雑ではあるけれど、どちらにしてももともと特別な存在だったカンナと絆が深まったのなら良いことだった。
「これからもよろしく頼みます」
軽い挨拶のように、タモンが言うとカンナも応じていた。
「これからも兄上に忠義を! ともに戦いましょう」
ベッドの上でカンナの太ももに乗せられているのでなければ、もっと素敵な場面なんだろうなと思いながらタモンはもう一度、カンナと唇を重ねて笑顔で見つめ合っていた。
「兄者! 姉者! た、助けて!」
そんないい雰囲気を台無しにするかのように、ミハトは扉を蹴飛ばして部屋の中に入ってきた。
「あ。ああ、朝からお楽しみ中だった? 邪魔しちゃってそれは悪かったね」
入ってくるなり余計なことを大笑いしながら言って、カンナに枕をぶつけられていた。
「おや、可愛らしい格好をしているね」
枕が床に落ちた後のミハトは普段見慣れない格好をしているので、タモンは目を丸くしながらじっと観察する。
ミハトは、マジョリーがよく着ているような綺麗な装飾がついたドレスを着ていた。マジョリーが綺麗な脚を見せるために裾も短く肩も出した露出の多いドレスを愛用しているのに比べれば、今はめくりながら走ってきたらしいが足元までスカートは覆っているけれど、肩もなにやら綺麗な装飾があるけれどあまり露出は多くない。『ちょっとごつい舞踏会でのシンデレラみたい』と言うのがタモンの感想だった。
「可愛いね」
タモンは割と本気で、ミハトの姿を見てそう言ったのけれど、後ろでカンナは同じ言葉を言いながら一生懸命に笑いをこらえていた。
「う、うん。か、可愛いなミハト」
冷静なカンナが、思わず途中で吹き出していた。
「朝から、部屋にマルサさんがやってきてなんかいきなり着替えさせられてこのざまだよ」
ミハトは綺麗なドレスの胸元や裾を自分で引っ張りながら、自分の服装を確認していた。
「まだ、姉者みたいに格好良い綺麗な格好かと思ったら、こんなひらひらした服で……似合わないだろー」
「それで、逃げ出してきたのか?」
「だって、あのおばちゃんって、怖いだろ」
ミハトとカンナは、そう言いながらお互いにうなずいていた。
(何故か、この武闘派二人はマルサさんに弱いんだな……。おかんに頭の上がらないガキ大将みたいな感じだろうか)
謎の力関係を、タモンはちょっと微笑ましくなりながら見ていた。
「あら……途中で逃げ出したと思ったら、陛下のお部屋に……」
「ひっ」
振り返れば、ドアにはマルサさんが立っていた。
背後に朝日がまぶしく輝いていて表情があまり読み取れなかったけれど、怒っているように見えて、ミハトは可愛らしい悲鳴を上げる。
(血のついた鎌とか持っていそう……)
そんなことはもちろん無いのだけれど、ぶらりと両手をぶらさげたままでこちらの様子をじっと見ているマルサさんの姿はちょっとホラー映画のワンシーンのようにタモンには思えた。
「困りますねえ。陛下のお相手をするために準備をしているのに、途中で逃げ出したと思ったら、よりにもよって、その陛下のお部屋に行ってしまうなんて……」
頬に手をあてながら、マルサさんは一歩部屋の中に踏み込んで、ミハトを見据えた。
「ご、ごめんなさい」
天敵に睨まれた小動物のように縮こまり怯えた表情で、ミハトは素直に謝っていた。
(弱いなあ)
でも、こんな弱い立場のミハトも中々見られないので、タモンとしては楽しくて仕方がなかった。
「まあまあ、マルサさん。こうして可愛らしい格好で、お部屋に来てくれたからもういいよ。怒らないで」
「まあ、陛下がそうおっしゃるのでしたら……。私としては中途半端な状態で陛下にお届けするのはとても不本意なのですが……」
職人みたいなマルサが主君の懇願で、何とか渋々ながら引き下がっていく。そんな様子をミハトはカンナの後ろに隠れつつタモンを応援していた。
「では、失礼いたします。陛下はごゆっくり」
マルサが、部屋を出ていこうするのをミハトは声には出さずに大喜びしながら見送っていた。
「ミハト様」
「は、はい」
マルサは半分閉まったドアの向こうから、不意に視線をミハトに向けた。もう安心だと思っていたところだったので、ミハトは飛び上がりそうなくらい驚いてしまった。
「ちゃんと陛下のお相手をしてくださいましね」
「は、はい」
この後、すぐに逃げ出したりしたら承知しないという圧力が感じられた。
「あと……次は、ありませんからね」
そう言いながらゆっくりとドアを閉じた。ミハトは戦場でもあまりない背筋が凍るような感覚に襲われてしばらく動けなくなっていた。
「あの人、昔、暗殺者とかだったとかじゃないの?」
ミハトの言葉にカンナはうなずいていたけれど、タモンにとってはとても面倒見のいいお母さんのような印象しかないので、あまり共感はできなかった。
「まあ、じゃあ、せっかく、可愛い格好できてもらったんだし、ミハトを可愛がってあげようか」
静かになった部屋で、タモンは力が抜けているミハトにゆっくりと近づいた。
「え。あ、ああ、ま、また夜にでも」
「逃げたら、またマルサさんに説教されるよ。まあまあ」
シーツをまとっているだけで、ほとんど裸のカンナが後ろから近寄るとミハトを羽交い締めにしていた。
「ちょ、ちょっと俺の時だけ扱いが雑じゃないか?」
「逃げ出して、マルサさんを怒らせちゃうミハトが悪いんだよ」
こちらもシーツだけをまとっていたタモンがシーツを脱ぎ捨てながら、ミハトに密着しようとしていた。
「ぎゃー。助けて」
ミハトがか弱いお嬢様なら、完全に犯罪でしかない絵面だったけれど、ミハトも抵抗しながらも顔は笑っていた。
結局、その日は朝から太陽が沈むまで三人で楽しく過ごした。
(これが乱痴気騒ぎというやつか……)
タモンは我ながら遠いところに来てしまったと、ベッドに裸で横たわる綺麗で可愛いらしいけれどいい筋肉がついた二人の妹分の姿を見ながらしみじみ思った。
「すごい。兄者のはすごい」
途中で酒も飲んでいるミハトは変なテンションで、タモンに絡んでいた。
「なるほど、これは世の中の権力者が『男』を付け狙うのは分かる」
少し痛かったけれど、楽しかったと膝を叩いて笑っていた。
「ミハトはまだ酔っぱらっているのか」
「もう酔っていません。ちなみに、奥方様たちにもいつもあんなことしてるのですか」
「え、夫人たちは華奢なので、もっとそっと優しく触れているよ」
「おー」
カンナまでミハトと一緒にその話を聞いて、目を輝かせていた。
「羨ましい」
ぼそりとカンナは漏らしていた。
「逆にいえば、ご夫人たちが普段体験できない激しいプレイを俺たちは体験したってことだな」
ミハトは豪快に笑いながら、カンナに絡んでいた。やっぱりまだ酒は抜けていないようにしか見えない。
「これで、姉者とも竿姉妹。伝説のミランダ将軍とプリシラ将軍のような関係になれたということで、めでたいめでたい!」
「ミランダ様を下品な例え話にするな!」
伝説のミランダ将軍に憧れているらしいカンナは、本気で怒ってまたミハトに恐ろしく早い手刀でツッコミをいれていた。ミハトもさすがにその攻撃は察知して、かわそうとしたけれどわずかに衝撃をゆるくするのが精一杯で見事に食らっていた。
「まあ、でも、こんな昔のような馬鹿騒ぎができるのはいいですね」
カンナは、ミハトを叩いた手を振りながら、穏やかな表情でしみじみとそう言っていた。
「そうだろう? やっぱり、洞窟での宴会は楽しかっただろ?」
また痛む頭を抑えながら、ミハトは以前からの主張を繰り返した。
「いや、洞窟はもう思い出したくないかな……」
「お前臭かったし」
タモンとカンナはやっぱり良い思い出にはできないようで、冷たい視線をミハトに向けていた。
「臭くない。えっ、臭くなかったよね?」
そう確認して、二人には苦い顔をされてしまっていた。
「ありがとうね。こんな僕についてきてくれて」
あの頃を思い出しながら、タモンは感謝の言葉を述べた。
「感謝するのは、こちらの方です。居場所のなかった私たちに居場所を与えていただいて、しかも家族同然だと言っていただいた」
「そうそう。こんな色々楽しいこと体験できてこっちこそ感謝しているって。なあ」
丁寧に感謝するカンナに対して、素っ裸で腰に手を当てながらミハトは大声で笑っていた。あまりにも見苦しいと思ったのか、カンナはまたミハトの頭を軽く叩いていた。
「そう言えば、カンナは、あの時……『追われてきた』と言っていたけれど……」
「はい」
「この地方ではないんだね」
タモンはずっとこの地方の有力な三家での話かと思っていて、密かに探っていたのだけれどどうもその痕跡は何もなかった。
「そうです。私は、ずっと南の……帝国で育ちました。色々あって、人を殺して……逃げてまいりました」
カンナは、まだちょっと辛そうにそう告白する。
「南ヒイロ帝国から流れてきたのか。そうなんだ」
タモンはちょっと意外そうにうなずいていた。
「まあ、気に食わないやつの一人や二人殺したからってそんな気にすることはないだろ」
戦場で何人も殺しているんだしと、ミハトは怖い笑いをしながらそう言ったのをまたカンナに頭を叩かれていた。
「帝国にまだ許せないというような人はいるの?」
「兄上が何を企んでいるのかは分かりませんが、私はロラン殿のような武官の名門というわけではありません。本当にただの一市民ですので、お気になさらず」
カンナはそう言って涼し気な表情で笑っていた。
(確かに気にすることはなさそうだけれど……でも、ちょっと帝国でのカンナのことは探っておいた方がいいかもしれないな……)
タモンはそんなことを考えながら、二人とは別れて自室へと戻ろうと渡り廊下を渡り終わったところだった。
「あら、陛下。今、お戻りですか?」
「え? ああ、エリシアか。ただいま」
タモンは完全に油断していた。
今日の仕事をすべてほっぽりだしたことを忘れていた。顔を上げれば、書類を持ちながら静かに怒りを抑えているエリシアの姿があった。
「今から、ご出勤ですが、いい御身分ですね。ええ、実際、いい御身分なのですけど……」
「ひっ」
「カンナやミハトと楽しい時間だったようで何よりです。ええ、大丈夫です、今日の仕事は私が終わらせておきましたから」
引きつった顔で顔をぴくぴくさせている人を、タモンは実際には初めて見たと思う。
「ご、ごめん。こ、今度何か美味しいものでも……」
タモンは自分でももう少しましな宥め方はないものかと思うけれど、何も思い浮かばずにそんな言葉でいまやこの地方の政治を一手に担うエリシアの怒りを静めようとしていた。
「大丈夫ですよ。今日は大した出来事はありませんでしたから。……そうですね。悪いとお思いでしたら、今日のミハトの様子でも聞かせていただきたいですね」
エリシアは途中から悪いこと思いついたという表情になってタモンに迫っていた。
「エリシアって、ミハトのこと好きだよね」
タモンはそれを聞いて、ぼそりとつぶやいた。昔は、喧嘩ばかりしていた二人のことを思い出していたら、つい口から出てしまっていた。
「いえ、あの……そういう感情じゃないですけれど、お馬鹿なのが可愛いと思いませんか」
「……ああ、うん。今日ならその可愛いっていうのは分かる」
その返事に、エリシアは最初少し驚きながらもすぐに目をぱっと輝かせて『同士を得た』とでもいうように喜んでいた。
「では、このまま、たっぷりと今日のミハトの様子をお聞かせいただきましょうか」
「疲れているんじゃないの?」
「全然、疲れてなんていません。さあ、お部屋に行きましょう。さあ」
勝手に、タモンの部屋にタモンを押し込みながら入り込んでくるエリシアだった。
(やっぱり、ミハトのこと大好きなんじゃないかなあ)
ちょっと歪んだ愛情かもしれないけれどとタモンは思っていた。




