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田舎の城からの生き残りハーレム増築戦略  作者: 風親
第1章 幕間 北ヒイロ国の日常

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エトラ家執事の日常

「ちょっと考えが甘いのではないでしょうか」


 今やこの城の第一夫人と呼ばれるようになったエレナは、自室で書類に目を通しながら、少し不機嫌そうにぼそりとつぶやいた。


「どうかなさいましたか?」


 エレナに仕えるフミは、今までの癖で『お嬢様』とつけそうになって、踏みとどまった。キト家のように侍女が可愛らしいメイド服を着るような決まりはないため、それなりに清潔で機能的なスーツに身を包んでいる姿はすらりとした外見と相まって、執事のようだった。


「マジェルナの丘に、ウリルを連れてきて牧場を作るという話ね」


「はい。お館様……いえ、陛下よりお話は伺いました。ライヒ様にも許可はもらっているとのことです」


 手続きは問題なく行なわれたし、特に不義理なこともないとフミは説明する。


「わざわざ、ウリルを買って、こんな近くで放牧しなくてもと思うのよね。確かにマジェルナは土地は余っていますけど……」


「ウリルの何頭かは、この間、ヨム家が北方での紛争を解決した際に、遊牧民から献上されたものらしいですよ。他も安く売ってもらうとか」


「貴重な財産の家畜をこんなに譲ってくれるというの?」


 驚くエレナを見て、フミはどうやら何かに怒っているわけではないということを理解した。


「それだけ、遊牧民の方も感謝しているのと同時にこの新しい国との関係に期待しているのでしょう」


「そう。でも、毛を刈ったとしてどこに売るつもりなのかしら。キト家にはもう商人たちのルートが出来上がっているし」


 懸念があるとか怒っているとかいうわけではなく、『もっと自分に相談していいのでは?』という気持ちなのだと、フミは主人の気持ちを察してニコリと笑いながら提案する。


「エレナ様から、ご紹介してあげてはどうですか? 北ヒイロの商人で知らない人はいないでしょう?」


「そうだけど……。さっきも言ったけれど、ビャグンにキト家に売り込むのはかなり大変よ。でも……そうね……マジョリー様に頼めば……いえ、もしかしてもう頼んでいるから……」


 勝手に想像して負けた気分になってしまい、悲しそうなトーンでしゃべる主人に、フミはそっと耳元で囁いてあげた。


「どうやら、マジェルナの丘から、こちらに向かって道を整備しているらしいですよ」


 マジェルナの丘は、ビャグンの都に近い場所だけれど、距離で言えば、このモントの城にも近かった。


「あら? こちらで売るつもりかしら。もしかして……港町から他の地方に? うーん。あまり、儲かりそうもないですけどね」


 すっかり商売人の思考で考え込んでしまっているエレナのことを安心したように見守っていたフミだったが、いきなりの来客に驚いてしまった。


「へ、陛下」


「ごめんね。ちょっと相談ごとがあるんだけどいいかな?」


 ドアを開けると、お供も連れずにふらりと軽いノリで訪ねてきたらしいタモンの姿があった。


「エレナ様。陛下がお見えです」


「え?」


 書類や地図を眺めながら、ぶつぶつ言っていたエレナは、まだ来客の存在に気がついていなかった。顔を上げると半開きのドアから顔だけを出して笑顔で覗き込んでいるタモンと目が合ったので、大慌てで出迎えるために立ち上がった。


「へ、陛下。ど、どうかなさいましたか」


 最近、忙しそうなので決められた曜日以外に来てもらえることは全く期待していなかった。それだけに少し油断した少しだらしない部屋着のままだったけれど、そんなことを気にしている場合ではないので嬉しそうに駆け寄った。


「二人の時は陛下はやめてって……ちょっと相談があってね」


 タモンは相変わらずその呼び方には抵抗があるようで嫌がっていた。ただ、もう最近は公の場で呼ばれるのは諦めたようで、どこかむず痒そうにしながら受け入れている姿がエレナからすれば愛らしくも見える。


「はい。旦那様。マジェルナの牧場の件ですか?」


「お、すごい。話が早い。よく分かるね」


 タモンは、喜びながら部屋に入ってきた。色々と意見を聞きたいとタモンに言われて、エレナの方も少し困ったような素振りを見せながら内心ではすごく喜んでいるのがフミにも伝わってきた。


(うちの主人が喜ぶつぼを分かっておられる)


 フミはそう思いながら、知り合いの商人を喜々として紹介するエレナの背中を見守っていた。おそらく、もうエレナの力を借りなくても準備は万端に整っている。エトラ家とのやり取りを全て取り次いでいるフミは、そう確信していた。


 でも、最後にエレナを頼ってアドバイスを聞く……という形にしてエレナを満足させる。


(ありがたいことです)


 フミは素直にタモンに感謝していた。頼りなさそうに見えて、こういうところの気遣いがあるからこそ生き残ってきたのだと感心するばかりだった。


「……なるほど、生地とかではなくて、完成した服を売りたいということなのですね」


「そう。マルサさん作で、モントのブランドの服を作って売りたいと思っている」


 マルサさんとは、この城で陛下の身の回りの世話を取り仕切っている人だったかな。

 フミは、お茶を用意するために少しその場から離れて二人の漏れ聞く会話を聞きながら、その人物のことを思い出していた。

 確かに、綺麗な服を作っていたような気がするというのが、あまりお洒落に興味がないフミの精一杯の認識だった。


(以前に見かけたのは何だったでしょう……そう、エリシア宰相様の綺麗な服を作っていたいましたね)


 フミにはブランドという概念が分からなかった。エレナも、何となく分かるけれど少し首をかしげている。エレナ家に出入りしている腕のいい職人さんを集めたみたいなものという理解でどうやら落ち着いたようだった。


(確かにあれは、見違えるようにエリシア宰相様が綺麗に見えました……)


 仕事の内容は比べ物にならないだろうけれど、自分と同じように仕事一筋のように見えるエリシア宰相の変身ぶりに感動を覚えたことを思い出す。


(確かに、あの方の服であれば、高く買う富豪もいるでしょう)


 そう思いながらも、自分には関係のないことだとお茶とお菓子を用意してタモンとエレナの机まで運んでいった。


「なるほど……。工房を作って、あくまでもモントの町で貿易商も含めて売るのですね」


「そう。一部の金持ちではなくて、ちょっと余裕のある町の人に売っていきたい」


「……それでしたら、モントの町のこのお店を抑えさせましょう。エトラ家とも親しい間柄です。お任せください」


「まあ、最初はそんなにきっちりやらなくてもいいと思うよ。あとは、そう……エレナやマジョリーには手伝ってもらうとして……」


(エレナ様。楽しそうですね)


 すっかり、契約を詰めている商人同士であるかのような二人の会話を聞きながら、フミは満足そうに自分の主人を眺めた。


(ここに来てよかったです)


 送り出す時には、フミをはじめエトラ家の人たちにも不安はあった。

 過去の『男王』の最初の妻は、あまり良い扱いはではないケースの方が多かった。あくまでも『男』を抑えておくためと、とにかく子どもを産んで欲しいという家の都合と、当面の後ろ盾が欲しい『男王』の都合が合わさった結果の結婚で、数年後には用済みとなってしまい妻として見向きもされないエピソードがいくつかあった。


 今回も、動機はまさに同じなのだけれど、エレナは『商機です』と言い切って自ら縁談を進めてこのモントの城に来ていた。


(何となく今後も大丈夫そうです。……色気の無い会話なのが少し残念ですけれど)


 もちろん、数年後にタモンも絶大な権力を手に入れて、もっと綺麗な女性たちを侍らかせている可能性もないわけではないけれど、そんなことにはならなさそうとフミはエレナの生き生きと商売の話しをする姿を見て今更ながらに胸をなでおろしていた。


「それでしたら、うちだとフミがいますわ」


 いきなり、そんな言葉とともにエレナは後ろを振り返りフミの方を笑顔で見ていた。


「……なるほど、確かにフミさんなら適任かも。お願いできるかな?」


「え? な、何をですか?」


 いきなり陛下からも、頼み事をされてしまいフミは戸惑っていた。


「ファッションモデルになってもらいたいんだ」


「へ?」


 普段から真面目で受け答えもしっかりとしているフミが、意外すぎる言葉にタモンに対して間抜けな声で答えてしまった。


 何となく言いたいことは分かるけれど、ファッションモデルという言葉が、少なくともこの大陸では馴染みがなかった。タモンも反応を見て、職業としては確立されていないだろうということは察したので、説明をしてくれた。


「難しく考えなくていいよ。新しく作った服を着て、モントの町を歩いてくれればそれでいいんだ」

 それくらいなら、いいかもしれないと少しほだされかかったがフミは改めて確認する。


「……ですが、もっと綺麗な人の方がいいのではないでしょうか? 例えば、マジョリー様とかコトヨ様とか」


「そこで、自分の主人の名前をあげないところが正直よね」


 思わずエレナの機嫌を損ねてしまったが、これくらいで揺らぐ主従関係でもないことはフミも分かっている。


「もちろん、エレナも含めて綺麗な妻たちにも協力してもらうけれど、ちょっと違う毛色の服も着てもらいたくって」


「はあ」


「フミさんみたいに、仕事ができる人にとって機能的で格好良い服を見せたいんだ」


「なるほど、綺麗ないかにもお嬢様が着る服ではなくて、このようなスーツ姿とかで少しお洒落な服を売りたいと……そういうことですね」


 フミは今の自分の姿を確認するかのように、体をくるりと半回転させる。ひらひらのスカートが舞ったりしない機能的な服ではあるけれど、地味であることはフミとしても再確認してしまう。


「武官たちだとちょっと体格が良すぎるからね。フミさんみたいに、実際に仕事ができて、格好良いけれど可愛らしいところもある人がいてくれると助かります」


 いつの間にか手を握りしめられて、そんな懇願をされてしまっていた。フミは、自分の顔が赤くなっていることを自覚してしまっていた。


(分かっていたけれど、この人は……無意識なのだけれど、すごい人たらしだわ)


 今まで自分の主人や他の夫人が、あっという間に心の壁を取り払って親しくなっていく様子を眺めていたが、いざ自分が標的になってみるとその凄さが身を持って分かってしまった。


「わ、分かりました。私でよければ……服を着て、ちょっと町を歩くくらいでよろしければ……」


 フミが照れながらも承諾する姿を、エレナは横でニヤニヤ笑いながら見ていた。


 この数ヶ月には、フミはものすごい大人気のファッションモデルになるのだが、そのことを本人はもちろんまだ想像もしていなかった。

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