姉妹そろってお世話になります
「タモン君じゃなかった。タモン様、ちょっと元気ないみたいだったけれど、何かあったのかしら?」
姉のコトヨにそう聞かれてコトヒは困ってしまった。祖母であるヒナモリに呼び出されて、部屋へと向かう途中でのことだった。
「形式張った場所でなければ、今まで通りの呼び方でいいと思うけど……。うーん、そうね。ちょっと複雑だから、お姉さまから直接タモン君に聞いてもらった方がいいかも……」
「そうなの? 分かったわ」
素直に笑顔で応じるその姿は天使のようだと、コトヒは自分の姉ながら眩しく感じていた。とても空元気で頑張っているタモンの様子に気がつくというのが、コトヒからすればすごいこと感心していた。逆の立場だったら、自分は全然気が付かないだろうという自信がある。それくらい見た目はタモンは何もなかったかのように、ツーキの街の人と接している。
「あー。うん、やっぱり、直接は聞かない方がいいかも……」
塔での出来事の後に見た傷心のタモンの姿が頭に思い浮かんで、コトヨからの真っ直ぐな質問に答えなくていくうちに無理して傷をえぐられていく気がしてしまった。
「えーと。まずタモン君の初恋の人みたいな人が現れてね」
「えっ。……そ、それで?」
「その人は古のすごい魔法使いだったんだ」
「初恋の人が古の……魔法使い?」
素直に聞きながらも、コトヒの方はすでに頭が追いついていない様子だった。
「でも、その人はお化けみたいな状態だった」
「お化けみたい?」
「そして、そのお化けの魔法使いの体を取り戻そうとしたんだけど」
「お化けの……体?」
「でも帝国の大魔法使いが現れて、塔の地下ごと持っていかれちゃったんだ」
「帝国の大魔法使い……?」
コトヒは手振りを交えて説明しようとしてくれたけれど、コトヨには一つ一つの言葉が謎すぎて理解をするのに時間がかかっていた。
「つまり……タモン君が憧れている魔法使いさんを封印か眠りから覚まそうとしたら、目の前で連れ去られてしまったということかしら」
「そう。そんな感じ! すごい。さすがお姉さま。よく分かるね」
コトヒは、自分でも説明が下手だと思っていただけに、姉の理解力の高さに感激していた。
「姉妹ですからね」
上品ににっこりと笑う姿に、コトヒは自分と同じような姿かたちながらまばゆい光がでているような気がして目を細めてみつめていた。
「お祖母様。コトヨとコトヒ、参りました」
気がつけば、ヒナモリの部屋まで歩いてきていた。領主としての仕事部屋ではなく、プライベートな部屋なのでノックの返事もそこそこに孫が遊びにきたくらいの感じでドアを開けて中の様子を窺っていた。
「よく来たね。まあ、座りなさい」
ヒナモリは座りながら、穏やかな笑顔のおばあちゃんとして二人の孫を手招きする。ただ、その後ろにはタモンが立っているのを、コトヒは見つけてしまい少し驚いてしまった。
(さっきの会話が聞こえてしまっていたりしないかしら……)
二人はそんな心配をしながら、タモンの様子を窺っていたけれど、タモンは気まずい雰囲気などは何も感じさせずに少し部屋の奥へと歩いていったのでほっとしていた。
「お茶とお菓子は、これでよろしいですか?」
姉妹が椅子に座ると、タモンはお盆にお茶の入った湯吞みと焼き菓子を載せて運んできた。まるで、ヒナモリの孫はタモンの方みたいに感じる自然さでヒナモリたちも受け入れていた。
「すまないね。この娘たちは、そのお菓子が大好きでね」
「あ、タモン君。ありがとう。うん、ボク、このお菓子好きなんだ」
笑顔でお盆を受け取って、お菓子に手を付けようとする祖母と妹の姿を見て、コトヨとしては焦ってしまう。
「ちょっとお祖母様、お客様になんでそんなことをさせているのですか」
「大丈夫ですよ。僕にとっても大恩人ですし」
コトヨに指摘されるまで本当に気にしていなかったという顔で、タモンは微笑んでいた。
もう完全に用意もされてしまっているので、コトヨとしても今更自分がやることもないのでちょっと怒りながらも大人しくお茶をいただくことにした。
(そう言えば、他に誰もいないのですね……)
コトヨは部屋を見回して、この四人しかいないことにちょっと違和感を覚えていた。元々、贅沢は嫌いで自分の身の回りのことは極力自分でする祖母ではあったけれど、今回の事件を受けて少し体が弱っていたし、護衛も兼ねて最近は誰かが必ず側にいるようにしていた。
「それで? ヒナモリ様、ご相談とは何でしょう?」
タモンも椅子に座って、自分の湯吞みを手に取りながらそう尋ねた。
コトヨは、すでに祖母とタモンは相談済みの話があるのかと思っていたけれど、その予想は違ったようだった。そうなると、三人を集めてする話が全く想像できなかった。
「うん。タモンには、この孫を二人とも嫁にもらってくれないかと思ってねえ」
ヒナモリは、お茶をすすったあと世間話でもするかのような調子でそう話したので、三人とも話の内容は理解できたけれど反応するまでに少しの間があった。
「え?」
「二人とも?」
コトヨとコトヒは、同じタイミングで、同じような顔で驚いていた。
「ヨム家はどうするのですか?」
タモンが、姉妹が聞きたいことを代わりに聞いてくれていた。
「ヨム家ごとタモンにあげるよ。直轄地として運営してもらえばいい」
ヒナモリはあっさりと落ち着いた様子でそう答える。
「どうしてです!」
祖母のその言葉と態度に、姉妹は少し身を乗り出して抗議した。
「ボクが出ていくから、お姉さまが跡を継げばいいんじゃない?」
「私が嫁にいきますから、ヨム家はコトヒに任せればいいのではないでしょうか?」
姉妹は、それぞれが同時にそう言ったあとでお互いに顔を見合わせた。いつも仲の良く喧嘩なんてほとんどしたことのないこの姉妹に間に、わずかばかり気まずそうな沈黙があった。
「残念ながら、今回の件で二人とも領主としての器量はないことが本人たちにもよく分かっただろう」
ヒナモリはお茶をすすりながらそう言った。姉妹双方ともその指摘にはぐうの音もでなかった。さっきの言葉にも自信がないので自分ではやりたくないという気持ちがどこかに表われていた。
「そんなわけで、タモンからすれば面倒だろうけれど、二人とも可愛がっておくれよ」
「面倒などということはありませんが……」
本当にいいのだろうかという気持ちで、タモンとしては困っていた。
「土地もつけるし、ウリルもいっぱいいるからね」
(ウリルってなんだっけ……あの羊の子孫みたいなやつか……)
おまけをいっぱいつけるから、契約してよという調子で孫二人を押し付けようというヒナモリにタモンは少し笑ってしまった。
「ですが……二人ともいかなくともいいのではないですか?」
祖母の側から二人とも離れてしまうことを、コトヨは心配していた。
「老人のことなど心配しなくてもええ。大した距離でもないだろう」
孫の方に向かいあって、元気に宣言する。
「二人とも前からタモンにべた惚れだったし、ちょうどええやろ」
「ボ、ボクは別にタモン君に惚れてなんか」
コトヒは手を振って否定するけれど、コトヨはその様子を珍しく冷ややかな目で見ていた。
「大丈夫ですよ。そんな私に気をつかって隠さなくても……」
コトヨの言葉に、ちょっとコトヒは戸惑っていた。生まれてからずっと優しくて、何でも妹の頼みは聞いてくれていた姉が今日に限っては冷たい気がしてしまう。
「そもそも、お前たち、一人であの綺麗なキト家やエトラ家の夫人に勝てるつもりなのかい?」
「か、勝つ? ボクはともかくお姉さまは、決してあの二人にも負けてないです」
そう言いながら、コトヒは自分でもどちらがタモンの嫁に行きたいのか分からなくなってきて混乱していた。
「無理だと思います……」
コトヨの方は弱気な発言だった。
「だから、二人がかりで飽きられないように、この男に寵愛を受けられるように頑張れ」
(目の前で、そんなことを言われても……)
タモンはちょっと困ったように頭をかいていた。
「ヨム家が、終わるわけじゃない。お前たちの子孫が新しいヨム家になるんだよ。これも生き残るための戦いだ」
祖母の言葉に、コトヨは目を閉じてしばらく考えていたけれど、納得したのか目を開けると固い決意に満ちた表情で顔をあげた。
「分かりました……。それでは、タモン様。ふつつかものですが、姉妹ともども嫁がせていただきます。よろしくお願いします」
「えっ? あ、うん」
急な展開だったけれど、タモンとしてはコトヨに真剣に頼まれると断れる気がしなかった。
コトヒの方はまだ気持ちの整理がついてなかったのか、姉がお願いするのをみたあとで、自分も慌ててお願いをしていた。
「分かった。じゃあ、タモン君。ボクもお世話になるからよろしくね」
まるで、ちょっと週末に泊まりに行くくらいの言葉ではあったけれど、コトヒの顔はもう限界になるくらいに紅潮していた。
「こ、こちらこそよろしくお願いします」
タモンの方もいつの間にか姉妹がそろって嫁にくることになったことに困惑しつつも受け入れていた。




