戦いの終わり
「生きてる?」
タモンたちは、気がついた時には塔の外、フカヒの街に投げ出されていた。
「タモン君。よかった」
「ええ、私たちはなんともありません」
エレナ、マジョリー、コトヒも無事なようだった。
むしろ、意識を失って倒れていたのはタモンだけのようで、三人は心配そうに覗き込んでいる。
痛みも特になくタモンは起き上がった。
運良く無事だったのか、マイが守ってくれたのかも分からない
さっきまで潜っていた塔の横には大きな穴が空いていた。どうやらあそこから外に飛ばされたことを理解する。
タモンは、フカヒの街に空いた大きな穴を見つめる。
「地下道か……もしかして、列車が動くのか」
タモンは、マイの体が保存されている巨大な棺ごと持ちされれてしまったことを理解した。
どんな予想であっても、今から追いかけてもとても追いつけるものでないと落胆する。
トキワナ帝国の魔法使いというなら、行き先ははっきりしている。
ただ、今の自分たちではとても敵わない相手であることもはっきりしている。
タモンは苦悶の表情を浮かべながら、ツーキの街へ向かう宣言をするしかなかった。
「兄上、お久しぶりです」
ツーキの街へと向かうタモンたち一行を出迎えたのは、すらりとした長身の凛々しい武官だった。
馬車の中にいたタモンたちに挨拶をするために、馬を下りたのだが、その時には腰までの長い髪がまるで操っているかのようにふわりと浮かんでから、また綺麗にまとまった。その一連の動きにタモンの後ろにいた二人の夫人も思わず見とれてしまっていた。
「お二人が、兄上のご夫人ですね。はじめまして、私はカンナと申します」
流れるような仕草で、膝をついて挨拶をしながら爽やかな笑顔をエレナとマジョリーの双方に向けた。
「タモン様とは、勝手ながら盃を交わして妹分としてさせていただいております」
「は、はじめまして」
「お、お噂はかねがね伺っております」
タモン配下の二人の化け物。カンナとミハトの名前は、嫁入りする前から有名だった。
そして今、予想以上に、格好良すぎる外見と作法にエレナとマジョリーの方が慌てふためいてしまっていた。格好良いという噂は聞いていたけれど、元山賊というイメージだったのでミハトのように大雑把というか粗野という人間を想像していたのに名門の武官でもなかなかいないような落ち着いた態度に戸惑っていた。
「カンナ将軍ですね。どうぞこれからも旦那さまと一緒によろしくお願いいたします」
マジョリーは、何とか名家の意地を見せるかのように礼儀正しく笑顔を向けて挨拶を返した。お嬢様な彼女には、盃を交わすとか妹分という意味が未だによく分かっておらず内心ではどういう間柄なのかは疑問に思いながらではあった。
「将軍だなんて、大げさな肩書きです。ただ、田舎の砦を任されているだけです」
本気で照れたような顔で謙遜している姿は、夫人たちには好感を持って迎え入れられた。
「でも、今回、軍を率いてランダを打ち破って降伏させたらしいじゃない」
「おお、コトヒ様もご無事で」
「もう十分に将軍と言う肩書きもふさわしいんじゃない?」
横から現れたコトヒに、カンナはそれまでの硬い表情とは違う嬉しそうな笑顔で出迎えた。同じような言葉をかけようと思っていたエレナとマジョリーは、かける言葉とタイミングを失ってしまい『大義でした』『護衛をよろしくお願いいたします』と言った当たり障りのない言葉だけになってしまった。
「それにしても、前回、ツーキの街に来た時はボロボロになりながら逃げ込んだのにな」
ツーキの街を遠くに見ながら、タモンは感慨深そうに言った。
「本当です。大変でした」
「そうだよ。ボクが助けてあげなければ、野垂れ死んでいたかもしれないよね」
恩着せがましい態度で、コトヒは感謝してとアピールしていた。もちろん冗談だとは分かっているので、カンナも大げさな態度で感謝しながら笑っていた。
ツーキの街に入ったタモンたちは、街の人たちから盛大な歓迎を受けた。
一年前に匿ってあげた男とその手下が、今やヨム家の娘のコトヒを助けて、逆賊ランダの軍勢を打ち破り堂々の凱旋だと盛り上がり、街中の人が外に出て出迎えていた。エトラ家のフカヒやキト家のビャグンと言った街と比べれば遥かに人口は少ないはずなのだけれど、今はどの街よりも熱気に包まれていた。
「初めてこの街に来た時は、街の人たちも冷たかった気がするけどね」
「そうですね」
タモンが小さい声でつぶやいたのを、カンナだけが苦笑しながらうなずいていた。何故か豪華に飾られた馬に乗ることになったのだけれど、タモンだけだと馬を扱うだけで精一杯なので、タモンはカンナと一緒に二人乗りで子どものように前にただ座りながら、街の人たちに引きつった笑顔を浮かべて手を振っていた。
街の大広場で、多くの群衆に取り囲まれながら中心でヨム家の人間が待っている。
タモンは馬を下りて、顔なじみの二人がいるところまで歩いていく。一人は『大殿』ことヒナモリだった。もうかなり髪も真っ白くなっているこの老人は、隠居して穏やかに余生を過ごすつもりの時にタモンたちのことを何かと手助けしてくれた。ただ、今は跡取りの子を病気で失う悲劇があり、さらにはその権力の空白期間を狙ってクーデターを起こされて、自身も拘束されてしまっていたせいか、かなり弱々しくやつれてみえた。
その横に立っているのは、ヒナモリの孫でコトヒの姉にあたるコトヨだった。姿格好は妹のコトヨととても良く似ていて、スマートな体型で短めの髪は少年ぽい雰囲気もあるけれど、コトヒのように髪を布でまとめていたりせずに、ワンピース姿で静かに立っている姿は、物腰柔らかそうな女性に見える。
タモンがこの街に滞在していた時には、毎日のように面倒を見てくれて親しく交流のある人物で、タモンからすればいつも優しくて笑顔の絶えない姿しか思い浮かばなかった。ただ、コトヨも今は軟禁されていた影響だからなのか、少し痩せて顔色も良くは無いようだった。
そんな少し幸薄そうな姿が、街の人たちからは同情を誘ってはさらに憧れを増していた。
「タモンく……様」
コトヨは、近づいてくるタモンの姿を見て、感極まった表情になり一歩前へと踏み出した。こんな大勢の人に見られている場所でなければ、駆け寄ってくだけた言葉で積もる話をしたいという気持ちを抑えて、街の代表として少し前で出迎えるだけに留めた。
「私たちも、コトヒも助けていただいて感謝しかありません。ヨム家を……ツーキの街を代表してお礼を申し上げます」
「いえ。どういたしまして……当然のことをしただけです」
よく知っている親しいお姉さんから、こんな改まった挨拶をされてしまうと思っていなかったタモンは挙動不審になりながら答えていた。
(素敵)
(感動の再会なのね)
広場に集まっている群衆は、コトヨお嬢様の一挙手一投足を見つめていた。
『魔法使いに狙われている伝説の男』を周囲が反対するにもかからず匿ったコトヨ様。いつしか二人はお互いに恋心を抱くようになったが、魔法使いの襲撃に巻き込んでいけないと、自らこの街を出ていくことをコトヨ様に告げるタモン。ランダの内乱に、かつて再会を誓いあったタモンは全てを賭けてコトヨ様を助けるために軍勢を起こす。圧倒的な戦力のランダに対して、二人の愛は奇跡を起こした。
そんな吟遊詩人が歌う話がツーキの街の人たちには広まっていた。全く間違っているというわけではないけれど、当のタモンたちからすれば、ちょっと大げさすぎる気はしていた。
(何かキスでもしないと納得してくれなさそう……)
タモンは、この雰囲気に困っていた。今や群衆は固唾を吞んで見守っている。きっと今後もずっと伝説として語り継がれそうな離れ離れになった恋人たちの再会の瞬間を見逃すまいとしているようだった。
向かいあったコトヨの方も、予想もしていなかった周囲の期待に困惑しているようだった。『どうしましょうか?』という表情でタモンを見ていた。
(仕方ない)
タモンは諦めて、流れに身を任せることにした。
片膝をついて、コトヨの手をとると、その甲にキスをする。
「やっとお迎えにくることができました。コトヨ様」
ちょっとわざとらしいかもしれないと思ったけれど、映画で良くみたプロポーズのようなシーンを真似しながらそう言った。その瞬間に周囲は声を抑えながらざわついていた。助けてもらったのはヨム家の方なのに、タモンの方がヨム家のために……いやコトヨ様のために万難を排して駆けつけてコトヨ様の手を取っているその光景に、ツーキの街の人たちはとても美しいものを見せてもらったとでもいうように感動していた。
「あ、ありがとう……ございます。まさか、来てくれるとは思っていなかったから……嬉しいです」
コトヨの方は、手の甲に口づけをされた瞬間に頭が真っ白になっていたけれど、何とか威厳を保ちながら返事をした。コトヨの方は、心の底から思っていたことをそのまま口にしていた。もう自分のことなんて忘れているのではないかと思っていたことも含めて、少し目をうるませながらそう答えた。
「おめでとうございます!」
「コトヨ様、タモン様にかんぱーい!」
群衆はもうプロポーズを受けたのを見届けたかのような空気で、喜びを爆発させていた。もう予め準備してあったのか、酒と食べ物が振る舞われて広場からはじまり、街中がもう大きな歓迎ムードの宴会になっていった。
「え? 別に私、何もしていない……」
コトヨは、大騒ぎする周囲を振り返っては困り果てていた。みんなが自分のことを慕ってくれているのは嬉しいけれど今回も捕まっただけで自分の無力さを実感しただけだったのに、こんなにも良いことをしたかのようにもてはやされるのは、逆に悪いことをしているような気持ちになってしまう。
「まあ、いいんじゃない?」
周囲の馬鹿騒ぎに、もう自分の声は群衆には聞こえないと思ったのかタモンは立ち上がると以前のように友だちとして軽い調子の言葉でコトヨに笑いかけた。
「そうですね」
コトヨも笑顔で応じていた。
「ねえ。エレナお姉さま」
「何でしょう。マジョリー様」
「私たち、忘れ去られてないですか?」
二人の夫人は、馬車を降りたところでどうしていいのか分からずにただ、タモンが他の女といい雰囲気なのと周りが祝福ムードで大騒ぎになっているのを手持ち無沙汰で眺めていた。
「やっぱり、あの人が一番のライバルじゃないですか?」
「強敵ですけど……どちらかと言えば、妹さんの方が手強いと私は思っています」
どちらにしても、二人の嫉妬にまみれた視線が背中に突き刺さっているのを感じたのでタモンは後ろを振り返ることができなかった。




