封印の塔
「え? 何これ?」
「こんなところに地下への入り口が……」
フカヒの街の真ん中にそびえ立つ古い塔。フカヒの街のシンボルではあるが、何のために作られたのかを知る人はいなかった。
「普段は厳重に守られているから、私も一度くらいしか入ったことがないのよね」
フカヒの街で生まれ育ったエレナも壁を触りながら驚いていた。
エレナは、先祖たちは塔の上に何かあるのだろうと探索してみたが、雰囲気のある装飾品には特にそれ以上の価値がなかったということを聞いていた。
しかし、今、マイによってただの物置みたいな場所から地下への階段が開かれた。
しっかりした階段だったけれど、かなりの角度のあってかなりの長さもあった。ちょっと秘密の地下室へというレベルの潜り方ではないことは分かりながら、タモンとマジョリー、エレナ、コトヒの四人は浮かんでいるマイに従って階段をひたすら下っていた。
「じゃあ、エレナちゃん、マジョリーちゃん、コトヒちゃんでここに手をついてね」
やっと部屋らしいところまでたどり着くと、光る水晶玉のような灯りが部屋の真ん中に飾られていた。地上にあった装飾品とあまり変わらない見た目ではあるけれど、明らかに何らかの魔力で動いているのは魔法に詳しくないタモンたち四人でも分かるくらいだった。
「え? 私たちが?」
その怪しげな光る玉に、触れるように促されてエレナ、マジョリー、コトヒの三人は全く同じような反応で戸惑っていた。
「私はたいした魔法も使えませんけれど……」
マジョリーが一歩前にでて、疑問に思ったことを聞いていた。怖い魔法の儀式なのではないかとどうしても彼女たちからすれば思わずにはいられなかった。
「心配しなくても大丈夫よ。その奥の扉を開くための鍵ってだけだから」
マイも、怯えられているのは伝わってきていたので、本当に心配することないと精一杯説明する。
「この北ヒイロの三家の人間が、協力するような事態が起きた時にだけ開くようになっている扉なのよ」
親しみやすく語ってくれたマイに対して、三人は少し心を許してもいいかなという態度に軟化していた。ただ、今の言葉についてもあまり理解できてはいなかったので、困ったあげく三人とも同じようなタイミングで、タモンに視線をじっと向けた。
「怖くはないと思うから、大丈夫。手伝ってあげてくれる?」
タモンは『僕に聞かれても』という感じのひきつった笑顔をしながらも、先輩のことは信用して大丈夫だと協力を求めていた。
「分かりました。そ、それじゃあ。いきます」
コトヒがまずは率先して動き、残りの二人の夫人がコトヒの様子見て安全そうと確認してから真似していった。
「まあ、実際は、長く続いている家の娘なら誰でもいいと思うんだけどね」
マイは、空中に浮かびながらタモンの耳元でそう囁いた。
「三家に協力させた方が都合がいいでしょ?」
「さすが、先輩。分かっていらっしゃる」
目と目が重なり合いそうな距離でマイはウィンクすると、タモンとマイは目を合わせて納得した笑みを浮かべていた。
「えっ、わあ」
マジョリーたちが手を触れた光る玉は、輝きをまし奥の壁ごと横にスライドしはじめた。地下への階段と同じような仕組みだったけれど、かなり大きさが違う。部屋の一面が丸ごと動き出して完全に開くと、広大な空間が姿を見せはじめた。
「ここは何?」
「伝説の巨大地下迷宮みたいなものでしょうか?」
エレナとマジョリーも、怖いという気持ちよりもこの広くて綺麗な空間への好奇心の方が勝ったようで、何も促されることなく自分から足を踏み入れていた。
マイも止めることはなさそうだったので、タモンたちもあとに続いていく。
(ファンタジーな世界から、いきなりSFな世界になったみたい)
タモンだけが、そう思いながら周囲を見回しながら奥へと歩いていた。コトヒたちは、金属ばかりの壁が珍しいのでまるで観光名所のようにキョロキョロと見回しながら歩いていた。
「ここだね」
マイは先行して、広間を二段くらい降りた一角で目印のように浮かんでタモンたちを手招きしていた。
「もっと培養カプセルみたいものに裸の先輩が入っているのを期待していたのに」
「タモン君も言うようになったね」
本当にただの金属の壁にマス目が入っているだけに見える無機質な風景に、タモンは降りていく途中でちょっとがっかりして思わず愚痴をこぼしてしまう。その愚痴が、マイには伝わってしまったので嫌味を返されてしまった。
「でも、タモン君にとっては良いことなんだねきっと」
マイは後ろの夫人たちに視線を向けたあと、笑顔でタモンたちが来るのを待っていた。
「あの……。それで、ここはいったい」
「ボクたちまだ必要なの?」
マジョリーとコトヒは、大人しくついてきてはいたけれど、綺麗すぎる金属の壁に恐怖を感じて戻りたいという雰囲気をだしていた。
「そうだね。もう君たちだけで戻ってもいいけどね」
マイは特に脅すようなつもりもなく今気がついたという返事だった。ただ、マジョリーたちもここまで降りてきてしまった以上、振り返ってまた上まで登って、またあの階段を一人ないしは二人で戻る気にはなれなかったので、怯えながらも離れないようについてくる。
「ここに魔法使いさんの体が眠っているんですか? どうしてですか?」
エレナだけは、代々この塔を管理していた責任を感じているのかマイに近づきながら質問をしてきていた。
「そうだねえ。危険だから……それから、いざという時のため保存のため?」
マイは自分で答えながらも自信がなさそうに首をかしげていた。
「私とタモン君は、昔の人類なの」
「はい」
エレナは特に何の感情もなくマイのその言葉を聞いた。
この世界に、ちゃんとした昔の世界の記録は残っていない。ただ、昔の世界は男女が半々の数がいて繁殖していたらしいことは理解している。
「でも、ある日、人類は不気味な敵のせいで滅んじゃった」
「え?」
何となく徐々に男性が生まれにくくなって今の世界になったのだろうくらいに思っていたので、エレナたちもその話には少し驚いていた。
「わずかな希望として、特殊な能力が使える人類がいたの。それが、今でいう『魔法』ね」
「昔の人間は魔法が使えなかった……」
想像していたのとは違っていたので驚きはしたけれど、エレナたちにとっては歴史の本に書いてあることよりずっと前の話だ。特に自分とは関係のない話としてを聞いていた。
「最後の手段として、人類は特殊な能力を持った人を増やすことにしたの。あっ、タモン君。そのパネルを押してくれない?」
マイは話しながら金属の壁に向かって何か作業をしていた。タモンだけが意味を理解しているようで、エレナたちはよくわからないけれど魔法の儀式みたいなものだろうと思いながら遠巻きに眺めていた。
「ふ、増やした?」
その話に一番反応したのはタモンの方だった。
「あー、知らなかったんだっけ?」
マイは、意外そうに顎に指を当てて悩んでいた。
「違うか……。記憶が無いのか……。もしくは自分で消して?」
寂しげにぼそりとつぶやいていた。独り言のつもりだったのだろうけれど、タモンにも聞こえてしまい。どういう意味かと聞こうと振り返ろうとしたら、マイからは大きな声で制止されてしまった。
「まあ、とにかく! つまり君たちは遡ればだいたい『私』へとたどり着く。みんな私の子孫なんだよ」
マイの宣言に、今度はエレナたちもちょっとは自分たちに関係のある言葉として受け止めてうなずいていた。ただ、ちょっとスケールが大きすぎてどう反応していいか分からないようだった。
「細かいことはいいわ。封印された私の体を復活させれば、元祖魔法使いの私が力を取り戻す。それだけよ」
少し大げさで余計なことまで喋りすぎたと思ったのか、マイは話を終わらせて自分の体を取り戻すことに集中する。
「その後のことは、タモン君に任せるわ」
タモンの耳元で浮かびながら、マイはそう言った。どういう意味かも分からないまま、言われるままに操作を続けていた。
「よし、そっち押して!」
これで終わりらしいと決定ボタンを押す勢いでタモンは、金属に埋め込まれたパネルを力いっぱい押した。
「ええ」
「おお」
封印の塔ごと、揺れるような振動があった。これは、映画とかでみた伝説の遺跡とか竜が復活するかのような儀式なのかもしれないとタモンは妄想していたけれど、マイの様子を見ているとどうやら想定外の何かが起きているようだった。
「な、何? これは」
浮かんでいるので、振動の影響を直接受けはしないマイは異変の原因を探ろうとして背後にいる人影に気がついた。
「誰!」
タモンたちは、歩けないくらいの振動の中でしゃがみながら振り返った。エレナとマジョリーは全く見知らぬ人だったけれど、タモンとコトヒとはそのいかにも魔法使いらしい格好に見覚えがあった。
「ヨハンナか!」
マイは忌々しそうに叫んだ。
「あ、あのランダの軍にいた帝国の魔法使い」
コトヒは、名前は知らなかったけれどどこで出会ったのか明確に思い出していた。数日前に巨大な火の玉をぶつけようとした大魔法使いの姿がそこにあった。
「封印の扉を開けっ放しにしてしまうなんて、大失敗ですね~」
緊張感のない声だったけれど、迫力は十分だった。もう呪文の詠唱は終わって、大魔道士ヨハンナは余裕の表情でタモンたちの方を眺めていた。
「させない! 体さえ取り戻せばあとはどうなろうと」
マイは、振動の原因を抑えようと魔法の詠唱を開始する。ただ、そのことをヨハンナは予測していた。
「はじめまして~。パパ」
ヨハンナは、タモンに向かってお辞儀をしたあとで軽くステップしながら飛んできていた。
「パパ?」
「そして、死んでくださいね~」
ヨハンナは、笑顔のまま空中で杖を振りかざした。杖に予め仕込んであった魔法の火の玉がタモンへと降り注いだ。
「うわ」
「きゃあ」
タモンは必死にエレナたちだけでも無事でいられるようにと三人を突き放して自分だけが魔法をくらうようにしようとした。
「先輩!」
タモンが見上げると空中で、マイが割り込んで魔法を防ごうとしようとする姿が目に飛び込んできた。マイにも以前のように防御の壁を作ったりするような余裕はなかったようで、本当にただ、両手を広げて霊体で魔法を食い止めようとするだけだった。
「だ、だいじょうぶ」
「先輩!」
激しい爆発は、マイのおかげでタモンたちには直接当たることはなかった。熱くなった空気と煙の
中でマイの体は少しずつ少しずつ透明になっていく、タモンが伸ばした手にマイも応じて、手を伸ばしてくれた。ただ、元々触れることはできない体だったので、二人の手が握られることはなかった。そのまま、マイはタモンの目の前から消滅した。




