先輩との再会
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その日、東京には雪が降り積もっていた。
「寒いね」
「失敗しましたね」
数年ぶりにこんなに降る雪を見た気がすると、普段通りの学生服を着ていただけの加賀美舞と鶴見多聞は空を見ながらコートを捨ててしまったことを後悔した言葉をつぶやいていた。それどころではない現在の状況だったけれど、二人は大げさに寒そうな仕草をしながらお互いの顔を見て笑い合っていた。
「ここは僕が囮になります。先輩は、敵のボスを倒してください」
多聞の言葉に、加賀美舞は迷った。追ってきた敵は舞からすれば大したことはないが、普通の人間である多聞には倒す力はなく危険でしかなかった。
(でも、数分粘ってくれれば勝てる)
舞は、東京の危機を乗り切る方法を何とか見出そうと計算した。ただ、後で振り返ればそんな計算よりも、自分の力に酔っていたのだと思う。
(こんな能力を持った私はヒロインに違いない。そして多聞君は、その相棒だ)
きっとどんな困難だって、乗り越えて世界を救ってハッピーエンドにできる。そして、そのハッピーエンドの先に、多聞と一緒に過ごす時間があるのだろうと頭の中に浮かぶようになっていた。半年前まではただの学校の先輩、後輩の関係でしかなかったのにと思い出しながら、舞は口元だけを少し緩めていた。
「わかった。任せます。すぐに助けに戻るから、無茶はしないでね。多聞君」
舞は、力強く多聞を送り出した。
この時の決断を、彼女は長い長い年月の間、後悔することになる。
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「まったく……無茶ばかりするのは、変わらないのね」
ミハトを助けた魔法使いは、山頂のタモンの方を振り返りながら笑みを浮かべた。
「おおお、魔法使いさん。助かった。すごいな」
ミハトは目の前の光景に口をぽかんと開けて驚いていた。以前に出会った時は、ちょっと野良で放浪しているそこそこの魔法使いなのだろうと思っていた。ただ、今、目の前にいきなりそびえ立った氷の壁を目の当たりにすると、大魔法使いに匹敵する力を持っているのだと魔法に詳しくないミハトでも感動していた。
「おや? でも、お前さん……浮いている? というか透けているね」
ミハトは気合いを入れて立ち上がると、自分たちを助けてくれたすごい魔法使いに近よりながら改めてじっくりと見つめた。さっきの魔法のような派手さはないもののちょっと不可思議な光景に気がついてしまい頭が混乱していた。
「今の私は実体ではないからね」
「お、お化けみたいなものってことか?」
あんなに強いのに、今は近寄っていいものかと怖がっているように見えるミハトを見て、魔法使いマイは楽しそうに笑っていた。
「そうだね。お化けみたいなものだね」
「ほおー。よく分からないが……まあ兄者の味方なんだな。それならいいぜ」
ミハトは豪胆な一面なのか、あまり深くは考えないようにしたのか、とりあえず味方なのだと判断すると笑顔で親指を立てて歓迎してくれているようだった。
「でも、ちょっと話はあとだ。まずはこの勝機を逃さないようにしないとな」
それだけを言うとミハトは、予想外の防壁に驚いているランダ軍に攻勢をかけるために、すぐに部下たちをまとめあげて突撃の準備に取り掛かった。
「ちょ、ちょっと待て。どこへ行く気だ」
ランダは焦って大魔法使いを引き留めようとしていた。何とかもう一度、攻撃をして欲しいと普段の彼女からは想像もできないほど頭を下げて懇願する。
「すいませんが、一発だけという契約ですので~」
帝国お抱えの魔法使いは、緊迫感のない穏やかな表情のままでそう答えた。
「あんなの一日に一度しか打てませんし~」
軽く手を振りながら、勧められたお酒を断るくらいの調子で断ると何やら呪文を唱え始めた。呪文を唱え終わった次の瞬間には魔法使いの体が横に滑るように移動して兵士たちの間に入り込んだ。そのまま軍勢に紛れ込むとそのまま姿をくらました。
「さすがは大魔法使い……」
鮮やかな逃亡の手並みに感嘆している場合ではなかった。ランダは目の前に危機が迫っていることを思い知らされる。
「ミハトの部隊が突撃してきます!」
その声が届いた時には、もうミハトの部隊がはっきりと見えるくらいまでの距離に迫っていた。大魔法による攻撃をした際に一時的に山に近い軍勢が避難したために、山とランダの本陣との間に道ができてしまっていた。その道が埋まらない間にミハトは、ものすごい速さでランダの本陣めがけて強襲をかけていた。
「一旦引いて陣形を立てなおせ!」
ランダは、大慌てで逃げながらも優秀な指揮官としての能力も見せる。細かく指示を出しながら、後退しながら軍をまとめていく。
散々、ミハトに陣内をかき回されながらも何とか下がりながら立て直すことができた。
「ちっ、ランダのやつは逃したか」
ミハトは、十倍以上の戦力があるのにも関わらず小動物を仕留めそこなった狩人のような余裕の態度で残念がっていた。ただ、さすがに潮時と思ったのか、そのまま深入りはせずに悠々と山へと引き返していった。
ここの戦場だけを見れば、まだまだ圧倒的な戦力差で山を取り囲んで何も変わっていないように見える。
ただ、この日の総攻撃の失敗はランダ軍の士気に大きな影響を与える致命傷になった。
タモンを倒すこともできないまま、ランダは攻められている各地に対応するため奔走するはめに陥ることになる。
「兄者。もうあいつらはただ囲んでいるだけだな。攻める気力もなさそうだ」
ミハトは愛用の戦斧を肩に抱えて、タモンの元に勝利の報告に向かった。高笑いしつつ、後ろについてきているであろう魔法使いのことを振り返る。
「あー。こちらは助けてくれた魔法使いさん。温泉で出会った人だよな。見えていたと思うけれど、すごかったぜ」
興奮した様子で拳を握りしめながら、タモンや他のみんなに紹介した。そのミハトの横をすーっとすり抜けて魔法使いは前へと出た。
静かにタモンと魔法使いは向かいあった。タモンの後ろに控えているロランは、主人に危害を加えることがないか少し警戒して剣に手をかけつつ一歩前へと踏み出した。タモンはその音に、『大丈夫だよ』という表情で振り返ってロランを制止した。
タモンも一歩前に出てはっきりと顔が見える距離まで近づくと、少し姿勢を低くして帽子に隠れた顔を覗き込んだ。
「……先輩?」
「うん」
確信していたはずなのに、いざ目の前にすると自信がなくて確かめた。その言葉に魔法使いマイは、にっこりと笑って答えてくれた。
「先輩!」
思わず感極まって抱きしめようとしたタモンの両腕は、マイの体を通り抜けた。
「わ、わわ」
「あ、兄者。だ、大丈夫か」
そのまま地面に倒れてしまいそうだったタモンをミハトは片腕で支えていた。
「あー。ごめん。今は実体じゃないんだよね」
透き通っているマイは、笑っていた。ただ、少し寂しそうにも感じる笑顔だった。
「あー。分かっています。本当の体は……おそらくフカヒの街の地下に眠っているんですよね」
「お、そこまで分かっていながら、思わず抱きしめようとするとは……可愛いね」
魔法使いマイは楽しそうに笑っていた。
「そうだ。そこのお嬢さん。ちょっといいかな?」
「え? ボ、ボク?」
タモンの後ろに控えていたコトヒに目をつける。指名されたコトヒの方はわけも分からずに自分を指差しながら困っていた。
周囲のタモンの部下たちは、いきなり現れたこの親しそうな態度を取る魔法使いに対してどう向き合ったらいいのか分からずに先程からじっと見ているだけだった。
「大丈夫。ちょっとの間、取り憑くだけだから」
魔法使いマイはいつの間にかコトヒに触れそうなくらいに目の前まで移動すると、いたずらっぽい笑みを浮かべながらそう言った。
「え? 憑く? だ、駄目じゃない? それって」
「大丈夫、大丈夫。悪いようにはしないから」
「え、ちょ、ちょっと怖いんだけど」
コトヒは阻止しようと手を突き出したけれど、その手もマイの体をすり抜ける。
「うわ。いや、ちょっとやめて」
涙目になっているコトヒに構わずに、マイは体を重ねていく。
「よし、乗っ取り完了」
怖い発言を聞いた気がするけれど、周囲の人間は何もできずにちょっと遠巻きになって見ているだけだった。
コトヒの中に入り込み終わるとコトヒの顔でにっこりと笑いながら大きく足を踏み出して、タモンの元へと飛びついた。
「タモン君」
しっかりと受け止めて抱きしめたタモンに対して、コトヒの体を借りたマイは両手をタモンの首の後ろに回しながら幸せそうな笑顔を浮かべていた。
「先輩」
「改めまして、久しぶりだね。……そうだね、一万年ぶりくらいかな」




