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田舎の城からの生き残りハーレム増築戦略  作者: 風親
第1章 建国編

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数日前の出来事

「どうして、こんなことに……」


 キト家のルナは馬上で顔を伏せてため息をついた。

 もう一度現実を確認するために顔を上げて周囲を見渡すと、視界は綺麗な鎧や武器で装備したキト家の兵の姿ばかりで埋め尽くされている。


 キト家の騎兵と歩兵からなる精鋭五千が、彼女の周りを取り囲むように付き従ってきているのだった。

 軍人でもないルナからすれば、これだけの兵と一緒に動くこと自体が初めての経験で、見渡す眺めは震えるほどに壮観なものだった。


(自分が率いているのでなければ、これは感動できる眺めなのでしょうけれど……)


 今は重なり合い響く鎧の音や、地面を揺らす馬蹄の音さえもルナの胃を締め付けて気分を悪くさせる。ルナは、若い頃に練習はしたけれど馬に乗る機会する少ないのでかなり慎重に慎重に馬に機嫌を損ねないように走らせるのがやっとだった。


 ルナ自身は、軍人でもなければ政治家でもなく、あくまでもマジョリーお嬢様の教育係だった。それなりの貴族であった親からは、お嬢様にとりいってキト家と懇意になりたいという意味合いもあって教育係に推されたのだけれど、マジョリーお嬢様は美しすぎたこともあり、早々に跡継ぎ候補ではなくなりどこかの名家に嫁ぐ花嫁候補として箱入りで育てられた。


 ルナはそんな権力の中枢からは遠くなったお嬢様の世話と教育をしているうちに、いつの間にか侍女たちを束ねる立場になっていた。


 それはそれで楽しく充実した日々だったけれど、マジョリーお嬢様の嫁入りの話があがったところで、ルナ自身にも少し欲がでてきた。


『どうやら、キト家の本家はマジョリーお嬢様と『男』の子どもを跡取りにしたいらしい』


 情報を集めて、その噂がどうやら本気だとルナは確信した。まだ生まれてもいないけれど、『跡取りの教育係ともなればかなり安定した地位が見込めるのではないか』と年取った両親のためにも、少し頑張ってみようと両家の橋渡しに奔走した。


(ただ、ちょっと……この間のは……やり過ぎだったか……)


 『男王』をキト家に留めておきたいというのは、領主からの命令でそれに従っただけだった。ただ、慎重に行動することもなくむしろ煽ってしまって、危うく両家の仲を険悪にしてしまうところだった。


(男王たちの一派は、さすがに修羅場をくぐり抜けてきている……甘くない)


 そう反省して、モントの城に戻ったのが数日前の出来事だった。


 数日前、別荘にタモンを留めておこうと画策したけれど失敗したルナは、平伏しながらマジョリーの元へと帰参した。


「お館様が、あとでお部屋に来て欲しいそうです」


 迎えたマジョリーは何故か笑顔だった。


「お館様の部屋?」


「そう、これはおそらく……お館様によるお仕置きエッチね」


 人差し指を立てながら、マジョリーお嬢様は訳知り顔でそう言った。


「は?」


 一応は仕える主人であるマジョリーに対して、ルナは心の底から馬鹿にしたような目つきと声で応じていた。


「え? やっぱり『男王』に対して、反抗したあとで降参した時の儀式といえばアン皇帝の時代からお仕置きエッチでしょ」


 歴史の本に書かれた『男王』の過激なエピソードに、性的な芽生えを感じてしまう乙女は少なくはない。歴代の『男王』には、反抗した豪族に対して、処刑する代わりに夜の相手をさせて許してあげる。そんな逸話が確かにいくつも残っている。しかし、嫁にまで送り出した自分の主人がこんな女学生みたいなことに紅潮して力を込めていることにルナは頭が痛かった。


「私が反抗したというわけではありませんし……」


 そう言いながら、ルナも流石にそれはちょっと言い訳がましいと思ったのか小声になる。


「私も呼ばれているのよね。……もしかして私も 部下の不始末でお仕置きされてしまうのかしら。ちょっと乱暴にされてしまって……快楽の虜でお館様に服従するまで……」


 人の話など聞かずに、明らかに期待して興奮している自分の主人を見て『育て方を間違ったかな』と思うルナだった。









(嫌な面子ね……)


 タモンの私室に入った瞬間にルナは眉間にしわを寄せる。


 タモンとエリシア宰相がいて、エトラ家からはエレナ夫人とそのお付きのフミだった。

 自分の後ろで興奮しながらついてきているマジョリーとすでに部屋の窓際で座っているエレナの二人の妻は、後ろで話を聞いておいて欲しいという程度のおまけでしかないだろうとルナは推測した。


 そのことをエレナの方は理解しているのか、窓際の席でちょっと距離をおいてぽつんと一人で座っていた。


「マジョリー様もあちらに……」


 ルナは、エレナの隣の席にマジョリーを誘導した。


「え?」


 マジョリーは、ちょっとエレナの隣は嫌そうという表情で一瞬ためらった。

 ルナは、どうしても昔のように『お嬢様』と呼んで叱ってしまいたくなるのをぐっとこらえていると、しっかりとした足取りでエレナの方に向かっていったので安心して見送ることができた。


「ごきげんよう。マジョリー様」


「ごきげんよう。エレナ様」


 近くの椅子に遠慮がちに座ったマジョリーに対して、エレナは体ごとぐいっと距離を縮めてくる。


「マジョリー様。よかったら、お召し上がりになりませんか?」


 そっと紙に載せた焼き菓子を目の前に差し出した。マジョリーはしばらくじっとその菓子を見つめていた。


「大丈夫です。毒など入っていませんよ。ミド王の正妻のようなことはしません」


 エレナはにこりと笑う。後宮で他の陣営が差し出した料理を食べて、毒殺されたり毒殺の疑いをかけられたりというのは昔からよく聞く話なのでマジョリーも注意するように言われてきた。


「いえ、そのようなことは……。ただ、お館様たちが真剣に話している横でくつろいでいいものかと思いまして……」


「難しいことは、私たちには分かりませんから、呼ばれるまで歓談しながら待つことにいたしました」


(これは、私を信頼して欲しいということよね) 


 和やかな雰囲気の中だったけれど、エレナの決意も感じ取れた。本人が手渡したお菓子で、もし毒などが入っていれば……いや、実際には何もなくても体が悪くなった演技をしたら……とマジョリーは想像してしまう。


「そうですね。では、いただきます」


 断るのは失礼という気持ちもあったけれど、このエレナのアタックから逃げたくないと思ってマジョリーは菓子に手を伸ばした。


「美味しいです」


「ふふ、ありがとうございます。朝から作ったかいがありました」


「ご自分でお作りになったのですか?」


 マジョリーは全く料理などもしないので、ちょっと驚きの声をあげてしまった。


「別に私はそんなに高貴な家柄とかではないですから、自分でも色々やりますよ」


 またエレナは、にこりと笑った。マジョリーからすれば何もできない自分に対して、格好良いと思いながらその笑顔を眩しく見ていた。


「何となく懐かしい味がします」


「私の祖母は、ビャグンの出身ですから子どもの頃によく作っていただいたお菓子なのです」


「まあ、そうだったのですね」


 マジョリーは、ちょっと自分でもわざとらしいと思うくらいに喜んでみせた。演技ではあるけれど、エレナに対して『普通のお嬢様なのね』と思う気持ちと一緒に少し心の距離が縮まった気はしていた。


「それで、私たちの旦那さまは何を話されているのでしょうか?」


 マジョリーはお菓子を手にとってすっかりくつろぎながらエレナにそう聞いた。

 部屋の奥では、タモンやルナたちが顔を突き合わせて何やらぶつぶつと話しあっている。


「この地方の危機らしいです」


 天気の話題でもするかのようにあっさりとエレナはそう答えた。


「危機……ですか?」


「このままだと侵略されて、私たちの実家もなくなってしまうかもしれません。それくらいの危機です」

 エレナは興奮したりせずに、でもはっきりと言うものだからマジョリーとしてはどれくらい本気にしていいか分からずに困惑していた。


「その危機を……どうにかしようとしている……ということでしょうか」


 ルナの背中を心配そうに見つめながら、そうつぶやいた。


「ええ。ですから、今は一緒に旦那さまを支えましょう」


 エレナは微笑しながらマジョリーのお菓子を持っていない方の手に手を重ねた。『今は』を強調していたようにマジョリーには聞こえた。


「分かりました。でも、今だけではなくて……私たちこれからもずっと仲良くいたしましょう」


 満面の笑みで、エレナの手を握った。マジョリーからの思いがけない反撃に、エレナの方はちょっと照れたように驚きながらもうなずいていた。


「きっと旦那さまが、この地方の本当の『王』になって助けてくださいます」


「はい」


 マジョリーはまだ結局何が起きようとしているのかよく分かってはいないけれど、この城のことはエレナも含めて愛すべき存在だった。この地方を守りたいという気持ちは変わらないとエレナの手を強く握っていた。


「でも、もし、旦那さまにそんな気概がなければ……見捨てましょう」


「え、あ、はい」


 さっきまでの盛り上がった気持ちはどこへいったのか、冷たく言い切ったエレナだった。タモンのことは信じている、半分冗談だということは伝わってきたけれど、マジョリーは作り笑いで答えるしかなかった。


(やっぱりエレナ様、ちょっと怖いかも……)

 

 後ろで夫人たちが、手を取り合い始めた中で、ルナはと言えば、与えられた情報の大きさに頭が追いつかずに困惑していた。


「つまり……。この地方をトキワナ帝国が狙っていると?」


 机に地図を広がっていた。エリシア宰相が不穏な事件のあった箇所に駒をおいて説明してくれた情報をルナは整理する。


「そうなります」


 エリシアはにこりともせずにうなずいていた。


「そんなこと……」


 わざわざ、ヒイロ帝国領をかすめて不興を買ってまで、この辺鄙な地方を目指すとは思えない。今までだったら、信じていなかっただろうとルナは思う。ただ、先日のキト家に足留めしようとして際に、この城の斥候や工作の重視した動きを見ているだけに今、地図上に並べられた情報が単なる噂話やデマだとも思えなかった。


「思っていた以上に、深刻そうですね。すぐにこの地方に大軍を送ることはないとしても……」  


 エトラ家のフミは、地図を凝視しながらそう言いながら、いくつかの拠点を確認する。


(この人、絶対、元軍人よね。いえ、今でも実際は軍人なのかも……)


 フミの様子をルナは普段から気にしていた。ルナと同様に我がままなお嬢様に振り回されながらお世話をしている立場に見えるけれど、今、エリシア宰相と意見を交わしているその姿は軍人のものだった。しかも、かなり優秀な軍人にしか思えなかった。お嬢様のお世話係という名目で、この城に送り込んできているのだろうという推測は今、確信に変わっていた。


「結束して対応する必要が……」


「狙われているのはキト家でしょう……」


「ヨム家を抑える必要があるよね。しかも短期決戦で」


 フミを見ながらそんなことを考えている間に、フミとエリシア、そしてタモンの議論は白熱しつつ一定の結論になっていたようだった。


「ルナ様」


「は、はい」


 会話の内容が理解しきれていなかったところで、エリシア宰相からいきなり声をかけられて驚いてしまう。


「お願いがあります。キト家に動くように説得していただけませんか?」


「え?」

 ルナには重すぎるお願いに戸惑ってしまう。最近でこそお嬢様を通して、領主夫妻にとりいってそれなりの信頼を得ているけれど、エリシアのように政治家でもなく軍人でもない。


「このままだと数カ月後にはキト家が攻められてしまいます。ビャグン地方を足場にされるわけにはいかないのです。個別で倒されないためにも兵を集めて……ヨム家を抑える必要があります」」


 タモンから真剣な表情でお願いされてしまう。

 普段は、優しげで大人しい感じの男だけに、こう深刻そうにお願いされると大げさな出来事とは思えない。そして、先日の引け目もあってルナは断りにくい雰囲気になってしまっていた。


「ご安心ください。私もついていきますから」


 エリシア宰相が自分の胸に手を当てて頼もしそうに後押しをしてきた。


「私もついてまいります」


 キト家のフミも、妙に爽やかで安心させる笑顔でそう提案する。


(いや、あなたは必要……なの?)


 ルナは確実に外堀を埋められて逃げられて無くなっていくのを感じていた。


「……まあ、領主様にお話を通すくらいなら」


 ルナは、気乗りはしないながらも了承する。今、説明されたことが本当なら、もう自分で判断していい内容とも思えなかった。


(まあ、私はエリシアたちを紹介するだけ……あの腰の重いキト家が信じて動くかは私の責任ではないし)


 ルナはちょっと冷静になって考える。取り次ぐくらいはしてあげるべきだろうと動くことにした。


 まさか、この数日後にキト家の精鋭五千を自分が率いることになるとは、この時はまだ想像すらしていなかった。

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