三人目のお嬢様
「間違いありません。ヨム家の騎兵です!」
ロランは 止めた馬車の外に出たタモンにそう報告した。
元ヨム家の武官だったロランが言うのだったら間違いがないのだろうと、緊迫した空気が馬車の周りに張り詰めた。
ロランの指示の元、隊列を整えて迎え撃つ準備を整える。
「ははっ。いきなり、襲ってくるか?」
ミハトは楽しそうに笑いながら、やや離れた右側から前へとでる。もし、襲ってくるのなら、防御はロランに任せて、ぶつかってきた相手の側面から攻撃する構えを取る。ここ半年ですっかり洗練されたミハトとロランの部隊の連携した動きだった。
「どうせやるなら、エトラ家と合流される前がいいという考えかな?」
タモンは、ヨム家がわざわざこんな場所に出兵する意味が分からなくて首を捻る。
「それにしてはちょっと中途半端な兵力な気がします。速さを重視した騎兵隊なのかもしれませんが……」
タモンとロランは、じっと迫ってくる騎兵隊の動きを見極めていた。
「でも……もし、本当に旅行に行くつもりの護衛だったら危なかったんじゃないかな」
こちらの通る道を予想して、援軍がすぐには呼べない場所で仕掛けると考えればなかなかのやり手なのかもしれないとタモンは気を引き締める。
かなり大きく巻き上がる砂煙を見ながら、タモンも帯剣して馬を用意させた。かなり乱暴なやり口ではあるけれど、元山賊な自分たちには文句をいう機会もないのかもしれない。そう思いながら、隊列を整える。後方の部隊にもずらりと弓矢も構えさせて、迎え撃つ準備は万全に整えて相手の出方を窺っていた。
「おーい。待った。待った」
そんなタモンたちの部隊の動きを見たヨム家の騎兵隊は、ぴたりと一旦行軍を止めた。統率がとれた、そしてみんな馬の扱いに慣れた見事な行軍だった。
しばらくすると手を振りながら二騎だけが近づいてくる。軽装で丈の長い上着に身を包んだ遊牧民という格好の少女が、革製の鎧を着込んで大きな弓を抱えた護衛を従えてきていた。
「もしかして……コトヒちゃん?」
「そうですね。コトヒ様ですね」
迫ってくる馬上の人をじっと観察しながら、タモンとロランは見知った顔であることを確認して武器を握っていた手を離した。
ロランは、むしろ『どうして、こんなところにコトヒ様が?』としばらく考えを巡らせてぼーっとしていたが、慌てて後ろを振り返り、兵たちにも構えていた弓矢をおろすように指示を出した。
「やあ、タモン君。ロランも久しぶり!」
かなりの速さで近づいて馬上から一度挨拶をする。見事な馬の扱いで周囲のタモンの護衛兵たちにも称賛される中、馬は護衛に任せて小走りに駆け寄ってきた。
「遅いよ!」
コトヒと呼ばれた少女は、ゆっくりと拳を突き上げて、タモンの胸に押し当てると同時に頭はタモンのお腹に寄りかかっていた。本人からすれば、これはちょっとした抗議の頭突きのつもりだった。出会えて嬉しくて、ほっと一安心したという気持ちもとても大きかったのだけれど、そのまま素直に表現できなくて押し隠す意味もある態度だった。
タモンにもそれは伝わっていた。何が『遅い』のか、なぜ、抗議されているのかはもう一つ分かってはいなかったけれど、我がままなお嬢様の相手は慣れているので、そういうものだろうというくらいの気持ちで、頭突きしたあとお腹をぐりぐりと頭で押されてもちょっと困ったような表情は浮かべながらも笑顔で受け止めていた。
しかし、真後ろの馬車から見ていた夫人二人にはそうは見えなかった。
(誰でしょうか? あの女?)
(ずいぶんと親しげに抱きついて……旦那さまもしっかりと受け止めて……)
エレナとマジョリーは、思わず二人揃って馬車から降りていた。
「だ、旦那さま。そ、そのお方はどちらさまでしょうか?」
危うく『誰よ。その女?』とか言いながら飛び出して行ってしまいそうな気持ちを一回深呼吸をして、なんとか抑えて冷静さを取り戻し夫人としての威厳を保ちつつ尋ねた。
近づいてみると、どうやら抱き合っていたわけではなさそうで一回落ち着いてよかったと二人とも反省していた。
「え? ああ、こちらはヨム家のお嬢様のコトヒちゃん。……お嬢様でいいのかな?」
タモンは振り返りながら、紹介する。でも、お嬢様という響きが合ってないなとでも言いたそうに再度、コトヒの顔を覗き込んだ。
「なんだよ。お嬢様でしょ。まあ、そうは見えないのは自分でも分かっているけれど」
コトヒはちょっと拗ねたようにしながら、タモンの脇腹をちょっとつつくと楽しそうに笑っていた。
コトヒは、あまり長くはなさそうな髪をさらに布で巻いてとめている。きれいな顔立ちだけれど、その格好を見るとタモンよりも男の子っぽい感じを受けてしまう。
「あ、ああ。ヨム家の姉妹の……。どうぞよろしくお願いしますね」
エレナとマジョリーは戸惑いながらも笑顔で応対していた。ヨム家が、北の遊牧民とも繫がりが深く馬をたくさん保有しているのは有名だったけれど、一族のお嬢様が自分でこうも見事に馬を乗りこなすというのは、エレナやマジョリーからすれば信じられないことだった。
(お嬢様? どちらかと言えば跡継ぎ候補なのではないでしょうか? それでも私たちの旦那さまに無礼な感じです)
(そんなことより、私たちの旦那さまにべたべた触れすぎではないでしょうか?)
エレナとマジョリーは、二人で目配せで会話をしていた。馬車の中にいる侍女のランは、妙に意気投合している二人の夫人をどうしたらいいのか分からずに微妙な笑顔で見守るだけだった。
「あー。そちらは……」
コトヒは、まずは豪華な作りの馬車を確認してから、目の前にいる近い年頃の二人の少女に視線を向ける。派手というわけではないけれど、質の良さそうな服を見ながらこの二人は何者だろうと考えていた。
「タモン様の夫人のエレナです」
「お、同じく夫人のマジョリーです」
二人は自分から名乗った。『夫人』をほんのわずかに強調して、スカートの裾を持ち上げて作法に則った挨拶をする。
「旦那様がお世話になっていらっしゃったようですね。どうぞ、今後ともよろしくお願いしますわ」
「よろしくです。あー。そうかあれか、聞いたよ。タモン君。お嫁さんをもらったんだっけ」
コトヒはそのままそっけなくお辞儀をして返していた。摑むようなスカートもないズボン姿なので仕方がない面もあるのだが、あまり興味なさそうにすぐにタモンの方に向きなおして、腕に触れた姿に二人の夫人はムッとしていた。
「エトラ家とキト家のお嬢様だっけ。政略結婚ってやつだよね。大変だねー」
コトヒは、嫌味とか牽制ではなくエレナとマジョリーに振り返っては本当に同情した様子で語りかけていた。
「政略結婚などでは……」
マジョリーは、抗議をしたかったけれど『政略結婚』ではないとは言えなくて言葉に詰まってしまう。
「将来、男の子が生まれたら、それぞれの家で一人は確保したいんだよね? 何人か産まないといけないのは大変だよね。まあ、でもタモン君もエトラ家の経済力とかキト家の名声とかも頼れるしそれはいい感じなのかな?」
悪意はない。それは夫人二人にも伝わっているのだけれど、タモンに向かってまるで『お嫁さんを押し付けられてしまって大変だね』という態度で話しているのが心外でついコトヒの前に一歩出ていってしまっていた。
「結婚を望まれたのは、旦那さまからです。それにとても愛をもって可愛がってもらっています」
エレナの力強い宣言に、それまであまりエレナに関心のなさそうだったコトヒも、ちょっと怯むとともに顔を赤らめて照れてしまっていた。
「わ、私も情熱的に愛してもらっています。夜のベッドでも!」
マジョリーも慌てて大きな声で張り合った。
(何を張り合っているんですか、うちのお嬢様は……)
その言葉を聞いて、侍女のランは頭を抱えていた。
同時に周囲の兵隊たちの間では、タモンの部下とヨム家の兵の双方からお熱い夫婦を囃し立てるようにどよめいて、みんなに笑顔が溢れていた。
(結果的には、和んだ空気になっていますけれど……うう、恥ずかしい)
ランは顔を覆って馬車の中に引っ込んでしまう。
「やるねえ。タモン君」
コトヒは肘で何度も無表情になっているタモンの脇腹を突きながら、兵隊と同じように妻からの熱いラブコールについて囃し立てていた。
「まあ、でも、ボクは知っているよ」
つい、自分の目の前に対決するように、二人の美少女が立ちふさがっているのでコトヒはつい張り合うような気持ちになってしまっていた。腰に手を当てて胸をそらしながら断言する。
「タモン君が本当に愛しているのは、ボクのお姉さまだから」
タモンはさきほどからの二人の夫人の恥ずかしい攻撃に加えて、さらに面倒そうな攻撃を受けて完全に固まった表情になりながら聞くしかなかった。




