実家に挨拶にきてください
次の日の、キト家の朝食はカラフルに彩られていた。
マジョリーとタモンが二人で向かいあって食べるくらいのテーブルには朝食にしては豪華なお皿が次々と運ばれてくる。
(メインの料理自体は、エトラ家で食べたの……とあまり変わらないな)
タモンは目の前に並べられた鮮やかな食事を見ながら、昨日の朝食と比べていた。
穀物とお吸い物がメインだった。ただ、エトラ家の時よりもずいぶんとカラフルで赤い色が多く見える。その料理の周りにも黄色やオレンジの果物が添えつけていたりするので、色鮮やかな食卓だった。
「おめでとうございます。お嬢様」
メイが紅茶を注いだあとで、そっとマジョリーに囁いたのがタモンにも聞こえた。
(ああ、この食事は赤飯みたいなものなのかな……)
ちょっと恥ずかしそうな、あるいはメイに対して悔しそうにもみえる表情のマジョリーを見て、タモンは察した。
普段はパンとスープだけなのかもしれないなと、食卓に並ぶ料理を見比べて推測していた。
「お館様もどうぞ召し上がってください」
ランがタモンのカップにも紅茶を注ぎ終わると、そう言ってメイド服姿の侍女たちはテーブルから離れて壁際に並んで立っていた。
「え、ええと。それじゃ、これからマジョリーもみんなもよろしくね」
こんなに人に見られながら食事をするのがタモンには初めての経験だったので、思わずパーティか何かのつもりで周囲の侍女たちも含めて乾杯の挨拶をしてしまった。
「じゃあ、かんぱーい」
タモンは紅茶の入ったカップをちょっと上に出しながら、何か違うなと固まってしまう。
侍女たちは、突飛な行動と同時に自分たちにも声をかけられたことに驚いていた。いつもの朝食のように『何かあったらお申し付けください』という姿勢で待機していただけに、新しい男主人から声をかけてもらえたのは新鮮な出来事だった。驚きはしたけれど、侍女たちも嬉しいことなのは間違いないので一緒に拍手をしながら自分たちの主人と新しい男主人を讃えることにした。
「かんぱーい」
「おめでとうございます」
「ご結婚おめでとうございます」
キト家では、結婚してはじめての会食だから何も間違ってはいないとタモンは自分で自分を納得させていた。一瞬、ちょっと変な空気が流れたけれど、結果的にはキト家のみんなが祝福してくれているのでほっと胸を撫で下ろす。
「お嬢様もおめでとうございます」
「お嬢様。よかったですね」
ランとメイの他、マジョリーの後ろの侍女たちも祝福していた。普通に聞けば、結婚のお祝いに聞こえるのだろうけれど、ランやメイとの関係を知っていると、どうしても『まどろっこしかったですが、昨晩はうまくいったみたいでよかったです』と言っているようにしか聞こえなかった。
マジョリーは実際のところ、恥ずかしそうにしながら何とか冷静を保とうとしているようだった。
(面白い関係だよね)
タモンが最初に訪ねて来たときは、この名門貴族みたいな家はみんな冷たそうな人ばかりという印象だったのだけれど、ほんの数日ですっかり印象も変わってしまった。
(飛び込んでみてよかった)
タモンからすれば、この部屋にやってくる時は内心では不安だらけだった。胃が痛くなりながら廊下を渡ってきたけれど、今は安心してまだ照れている妻と一緒に朝食をいただけている。
「お館様。マジョリーお嬢様……もうお嬢様ではありませんね。マジョリー夫人」
朝食を食べ終わったところで、タモンはマジョリーの斜め後ろに立っている侍女に声をかけられた。
(誰だっけ……。ああ、そうかこの人がルナさんか)
昨晩は見かけなかったルナは、実質的にはこの後宮のキト家を仕切っている人だった。ランやメイと比べると落ち着いていて、いかにも有能そうな雰囲気はエリシアにどこか似ているとタモンは思っていた。
年は三十路くらいだと聞いていたけれど、髪を帽子に入れて、メイド服に身を包んでいる姿はランやメイと同じくらいに見える若々しさがあった。
「キト家のご領主から、連絡がありまして……。多忙でこちらには、なかなか来られず祝いの言葉もかけてあがることができないので、一度、我が領地に顔を見せに来てくれないかと」
「私、来たばかりなのに」
「お嬢様……いえ、夫人」
口を尖らせて不満を言うマジョリーをルナは上から睨みつけて黙らせていた。
(なるほど、これは育てのお母さんっぽい……)
「そうですね。ご挨拶はしないとと思っていましたし……近いうちにご挨拶に行きましょう」
タモンは即決していた。
「お館様。ありがとうございます」
深々とルナは礼をした。
「申し訳ありません。うちの親が来ればいいと思うのですが……」
マジョリーはちょっと展開が理解できていないまま、タモンに対して顔を近づけてささやくように謝っていた。ルナに聞こえないようにという姿勢なのだけれど、もちろんすぐ後ろにいるので筒抜けだった。周囲の侍女たちはずいぶん打ち解けて仲良くなったように見えるそんなマジョリーのことを微笑ましく眺めていた。ルナを除いては。
「まあ、一緒に旅行だと思えば楽しみです。マジョリーは里帰りだから退屈かもしれませんが」
タモンも少し打ち解けた妻を見て嬉しそうにそう答えた。
「一緒に旅行……。そうですね。楽しみです」
色々想像したのか、マジョリーはぱあっと明るい顔になって嬉しそうだった。
そんなマジョリーの様子を見て、周囲の侍女たちは我がことのように更に喜んでいたけれど、ルナだけは渋い顔で頭が痛そうにしていた。
「おはようございます。後宮からご出勤ですか。大変ですね」
いつもの仕事部屋までやってくると、中で待っていたエリシアはあまり表情を変えずに皮肉を交えた挨拶をしてくれる。これもいつもどおりの風景だった。
「おはよう。エリシアってば、そんな嫉妬しなくても」
「嫉妬なんて、しておりません」
タモンが冗談っぽく返すと、エリシアは本気で不機嫌そうに睨みつけていた。
「あ、うん。冗談。冗談だから」
「いえ、わ、分かっております」
タモンとしたらいつもどおりのエリシアとの軽い会話のつもりだったので、地雷を踏んでしまったかと慌ててしまう。エリシアはエリシアで、なんでこんなに本気で怒ってしまったのか自分がよく分からなくなって戸惑っていた。
「……あ、ええと。キト家での話なんだけれど」
「はい」
お互いにちょっと気まずくなった空気を変えるように笑顔を作って、タモンからはいつもどおりに昨晩からの報告をはじめる。
「……というわけでキト家に来て欲しいという話になったよ」
「やはり、今回一緒についてこなかったのは、結婚を祝う式典を自分たちの領地で行いたかったから……ということでしょうか」
「そうだね。今だとちょっと断れないよね」
「それ自体は予想していたことですが、今だとそれ以上のこともあるかもしれません。特にヨム家の動きによっては……」
ちょっとエリシアから深刻そうな雰囲気になったところで、タモンは報告はおしまいという感じで伸びをして窓際へと歩きだしてしまう。
「んー。まあ、そうだけど。備えはしつつ、行ってみるよ」
振り返りつつ、ボソリと独り言のように続けていた。
「どちらの家にしても、仕えている魔法使いに一度話を聞きたいと思っていたしね……」
(魔法使い? まあ、前の城主だった魔法使いのこととかを聞きたいのでしょうか……)
エリシアはその事は当面の情勢には関わらなさそうなので、特に触れずにおいた。それよりも聞きたいことはあるので、自分も追うように窓際に近づいていく。
「訓練している女の子を眺めていないでください。お仕事はいっぱいあるんですから」
「ちょっと疲れたから、のんびりさせて~」
「もう、少しだけですよ」
エリシアは、自分には甘えた表情を見せるこの主人のことが好きだったので、ちょっと寛容になってしまう。いや、今、聞きたいのはそんなことではないと自分に言い聞かせて、タモンに問いかける。
「お疲れなのでしょうけど……ま、マジョリー様とは昨晩どうだったのですか?」
(これは、別に……主人の交際関係を知りたいのではなく、キト家と今後うまくやっていけるかという点で重要だから聞いているだけです)
表情にもそんな思いを込めて、タモンに正面から聞いてみた。
「え、ああ、うん。まあ、仲良くなれたと思うよ」
「そ、そうですか。それはキト家との関係もうまくいきそうでよかったです」
自分から聞いているのに、まっすぐ見つめられて返されるとエリシアはちょっと恥ずかしそうに目を逸してしまった。
「どうでしたか? 噂の美人さんは」
(それは、政治には関わりのないことなのでは……いえ、主人の好みを聞いておくことも今の我が国には重要……)
「え、え。うん。美人だったよ。スタイルもすごく良くって」
タモンとしては、さっきの気まずい空気を思い出し、さらには目の前で何やらぶつぶつ言っているエリシアの表情を見て困惑したけれど、素直に答えることにした。
「無事に最後までできたのでしたら何よりです。マジョリー様は、ちょっと気位の高そうな方でしたから、心配しておりました」
エリシアは、やっと普段の冷静さを取り戻していた。目をあわせないように伏し目がちだったけれど、主人を労っていた。
「ああ、うん。ベッドの中ではとても可愛らしかったよ」
「ベッド……中」
エリシアが、想像した結果、しばらくの間固まってしまった。また余計なことを言ってしまったかとタモンは、慌ててしまう。
「だ、大丈夫。エリシアもベッドの中では負けないくらい可愛かったから」
「そ、そんな話はしていません!」
懸命のフォローは、逆効果でエリシアは顔を真っ赤にして怒りながら部屋を出ていってしまった。




