第二夫人の寝室
「お館様!」
キト家に仕える二人のメイド服姿の侍女は、渡り廊下を歩くタモンの姿を見るなり一人が駆け寄り出迎えてくれた。
「お待ちしておりました」
侍女は少し息を整えながらタモンが特に荷物などを持っていないことを確かめると、そのまま一礼してすぐ斜め後ろを歩きながら付き添ってくる。
「今日は、歓迎してくれるんだね」
先日の冷たい対応から打って変わって、歓迎ムードなのでタモンは少し訝しく思いながらも素直に喜んでいた。
「嫌ですわ。お館様のことはいつだって歓迎しておりますよ」
駆け寄ってきた侍女のメイは、にっこりと笑い昨日のことなど無かったかのように振る舞っていた。タモンはちょっと首を傾げながらも何も反論しないことにする。
「お館様。ようこそおいでくださいました」
扉の前ではもう一人の侍女のランが待っていて、静かにお辞儀をして出迎えてくれた。
「こんばんは。ランちゃん。そんなに堅苦しくしなくていいですよ。もう同じ家なのだから」
頭を上げたランは、少し驚いた目でタモンを見つめていた。ランからすれば、タモンが名前を覚えていたのが意外で驚きで久しぶりに自分の主人の目をしっかりと見つめていた。
(あっているよね……。こっちの酷いことをするけれど、いつもニコニコ笑っているのがメイ。あまり大きく表情は変えないけれど、辛辣な一言で圧が強いのがラン)
少し自信がなかったけれどあっていたようなので、タモンは内心ではほっとしていた。キト家の侍女たちは皆同じメイド服に身を包み、髪型も肩までで揃えた髪をレースのカチューシャでまとめている。特にメイとランは同じ様な背格好で、シルエットは良く似ていた。
(あと、身の回りのお世話ではなくて、護衛の人などをまとめているのがルナさんだったよね)
ルナもメイド服を着ていたりするので、タモンからすればキト家の人は分かりにくくて仕方がない。
(わざと分かりにくくしているのだろうか……まあ、女性ばかりの世界だとそんな規律になるのかなあ)
「そう言っていただけると助かります」
タモンの考えていることなどお構いなしに、メイは後ろからタモンの腕にぴたりと寄り添ってくる。遠慮なく甘えてお願いごとをすることにしたようだった。
「お願いがございます。今晩は、もうこのまま我が主人の寝室にすぐに行っていただけないでしょうか」
「酒宴の席などを開いておもてなしするのが、役目だとは思うのですが……」
メイに加えて、目の前のランも加わって二人の侍女が前後から頼み事をしてくる。
「別にお酒を飲みたいってわけじゃないけれど……どうしたの?」
タモンからすれば、普段は冷たい対応の侍女たちに懇願されてしまい困惑してしまう。まだ酒は早いようで好きにはなれなかったからいいのだけれど、お腹は少しすいてきたので、そこだけは素直に体が残念がっていた。
「いえ、もう今朝、お館様の部屋から戻ってからずっと今晩のことを想像しているのかずっとそわそわしていらして……」
メイは、そう言いながら困ったように頬に手を当てていた。タモンからすれば、心無しか楽しんでいるように見えてしまう。
「もう見ているこちらが恥ずかしくなってきてしまいますので、もう今晩はいきなり寝室で押し倒していただければと思います」
(もう少し、言い方はないのだろうか……)
タモンからすればそう思うのだけれど、女性ばかりの世界ではタモンの生きた世界とちょっと貞操の観念は違うのだろうとこの一年の冒険で感じてはいたので、突っ込むことは諦めてしまった。
「分かりました。では、寝室に行きましょう」
仕方なくうなずくと二人の侍女は、手をあわせて喜んでいた。
「それにしても、どの様なテクニックでお嬢様をあんなにエッチな気分にさせたのですか?」
ランは本気で疑問に思っていたようで、多少声は抑えめながらもストレートに聞いてきた。タモンは苦笑いしながら『秘密です』と答えるだけにしておいた。
(勝手に、泊まっていって、興奮しているだけなんだと思うんだけどね……)
苦笑いしながら、部屋へと足を踏み入れる。
「いらっしゃいませ。旦那様」
広い部屋の真ん中で、マジョリーは頭を下げて出迎えてくれた。左右にはメイとランではない侍女たちがメイド服姿で並んでいて同じように同じ様な角度で頭を下げてタモンを出迎えてくれている。
マジョリーは昨日のようないかにも寝間着という感じではなく、派手さはないけれどドレス姿だった。周囲の様子からもまずは晩酌しながら、晩御飯を食べてもらいもてなそうというつもりなのは明らかだった。だったのだが……。
「お嬢様。お舘様にお話はつけておきました」
そんな雰囲気を壊すように、メイは一歩前にでてマジョリーの手をとった。
「え? 何を?」
「もう、いきなり寝室に行ってもいいと承諾してくださいました」
「え?」
マジョリーは最初は本当に面食らった様子だったけれど、すぐに意味は分かったようで真っ赤になりながらメイの手を振りほどき、慌てたように両手を胸の前で広げて拒否するような姿勢を見せた。
「そんな……おもてなしもしないなんてキト家としてあり得ないわ。し、失礼と思うのよね。初めて私たちの部屋に来ていただいたようなものですし……いきなりとか……」
「お嬢様」
「な、なによ」
「私たちは、お嬢様のことを小さい頃から良く知っております」
「まあ、そうね。それで? どうしたの?」
真剣な表情で迫る侍女のメイとその後ろにいるランに、マジョリーはちょっと怯んだように半歩ほど下がった。
「私たちには分かります。お戻りになってから、ずっと悶々としておられるお嬢様は、このままお食事をしても気の利いた接待や会話もできないまま。興奮をごまかすように今まで飲んだこともないお酒などを飲むのです。……その結果。酔いつぶれてしまい。お館様は帰ってしまう……そんな未来が手にとるように見えます」
「の、飲まないわよ。飲まなければいいんでしょ」
自分でもやりそうと思ったのかマジョリーは、少し慌てていた。周囲の侍女たちも表情にはなるべく出さないようにしながらも、わずかにうなずいてランの説を肯定していた。
「お酒じゃなくても、同じ様な失敗をするのは分かりきっています。さあ、もうお館様には納得していただきましたので寝室へ」
メイは、そう言うと寝室を指差して他の侍女たちに促した。
他の侍女はそれまで並んでいた列を綺麗に並び直すと、寝室までの道を作り出していた。メイとランはそれぞれマジョリーとタモンの背中を押して寝室へと無理矢理に押し込んでいった。
「も、申し訳ありません。慌ただしくて……失礼で……」
寝室で二人きりになったマジョリーは、タモンに申し訳無さそうに頭を下げていた。
「まあ、僕もあんなにメイドさんがいたら、どう誘っていいか分からなかったと思いますし……助かりました」
タモンが『僕』と言いながら、優しい表情で照れている姿にマジョリーは今までにない親しみを覚えて、笑顔になっていた。
「おお、すごい。大きくて可愛らしいベッドですね」
タモンはまさにお姫様が寝ていそうなベッドに驚いて近づいた。天蓋から降りてきているピンク色のカーテンをわずかによけて、新しくした自分の部屋のベッドよりさらに広いベッドに腰かけた瞬間にベッドがものすごく沈み込んで、思わず笑ってしまうほどだった。
(こ、ここはあれよね。お隣に座るべきよね……)
マジョリーの脳内では昨日から、何百通りも頭の中でした予行演習が蘇る。
(でも、ベッドでいきなり隣に座るなんて……はしたなくないかしら……)
一瞬、そんなことを思ってためらったけれど、ついさっきにメイに言われた言葉を思い出して躊躇して機会を逃すわけにはいかないとタモンの隣に腰掛ける。
「わっ」
二人で座ったことがなかったので、想像できなかったけれど、とても弾力のあるこのベッドで隣に腰掛けると深く沈み込んだ結果、ほとんどタモンに密着するように寄り添う体勢になってしまった。
(怯んじゃだめ)
マジョリーは、そのまま突き飛ばしてしまいそうになるのを何とかこらえて、腕にしがみつくように寄り添った。
「随分と、メイドさんたちの立場が強いんですね」
「え? まあ、メイとランは小さい時から私に仕えてくれている、姉のような存在ですので……」
「いいですね。そういうの……」
タモンは先程のやりとりを思い出しながら、微笑んでいた。
(そういえば、旦那様はご家族といらっしゃらないのでしょうか……)
口に出しかけて、『男王』にはこの手の話題は禁物だといういくつかのエピソードを思い出してやめた。
「ルナのことは、母のように思っているんです。こういうと、ルナは怒るんですけどね」
「ははは」
ルナとタモンはまだあまり話をしたことがなかったので、マジョリーは伝わるのか心配だったけれど、笑ってくれて安心した。
「僕もあなたと家族になりたいと思っています」
「は、はい」
いつの間にか腰に手を回されていた。引き寄せられると、もうマジョリーは高鳴る自分の心臓の音以外は何も聞こえない。
「これから長くずっと付き合っていただければと思います」
「よ、喜んで」
マジョリーはやっとのことで返事をしたけれど、最後の言葉あたりのときにはもう口を重ねられていた。
(わっ、あっ)
まだ、今夜も何か邪魔が入るんじゃないかと思っていたマジョリーも、タモンのぬくもりを感じてやっと実感を持てるようになった。
口を吸われて、腰にまわされた手とは別の手が今度は前の方から撫でてくる。身を任せる覚悟はしたけれど、下腹部から濡れた音が部屋中に響いてしまい恥ずかしくて死にそうになってしまう。
「あっ」
気がつけば、いつの間にか寝室は暗くなっていた。
(メイたちね。助かるわ)
夫婦の寝室の様子を窺わないで欲しいとは思いながらも、あまりにも今の興奮して淫らな顔を旦那様にも見せたくないと思ったので、気の利く姉たちに感謝をしながら、タモンにしっかりと抱きついた。




