第一夫人(自称)側の日常
タモンの部屋から自分の後宮に戻ってきたエレナは、昨晩あったことを興奮気味に詳細に手振りを交えながらフミに報告する。
「なるほど……。曜日を決められてしまったというわけですね……」
エトラ家の侍女たちを取りまとめるフミは、お茶を用意しながらため息まじりに要点をまとめていた。
「『いつの間にか朝食はエトラ家で食べるのが慣例になっていました』計画は失敗ね」
エレナお嬢様は、フミが渡してくれたお茶に口をつけたあとで残念そうにそう言った。
フミは、肩幅も広く侍女にしては背も高かった。護衛役も兼ねて採用されていると言われている彼女は、お茶を運んだあとは座っている主人の横に立って待機しながら会話を続けていた。
フミから見ると今の主人はあまり悔しそうに見えないのが不思議だった。いつもなら自分の計画が駄目になったりしたら、意外と感情を豊かにして怒ったり落ち込んだりするのが常だったからだ。
「まあ、美人と評判のキト家のお嬢様に毎晩通われて、こちらの部屋には全然通っていただけないことも覚悟しておりましたから、まだよかったのではないでしょうか」
「確かにマジョリー様は美人だったけれど、……フミの私に対する評価はひどくないかしら?」
辛辣なフミの言葉に、エレナはちょっと膨れて見せる。
「客観的な分析です」
主人が冷静な分析ができていることが分かっているので、フミとしても簡潔にそれだけ答えた。
「まあね。でも、体は負けていないと思うの。昨晩だって旦那様には喜んでもらえたと思うの。どうかしら?」
「私は殿方ではありませんので、そこはなんとも答えかねます」
豊満な胸をアピールしながら、同意を求めてくる主人に、あまりそういった経験のないフミはちょっと困ったような照れたような顔をしながらもそっけなく答えた。
「とりあえず第一夫人になったわけだし。悪くはないわよね」
「第一夫人って……くじ引きで順番が決まっただけですよね」
褒めて欲しそうに勝ち誇ったような笑顔をするエレナに、フミは困惑していた。
「でも、この順番、他でもこれでいくと思うのよね。そう考えると重要じゃない?」
「……そうかもしれませんね」
確かに対外的に紹介するときに一番なのは、これからを考えると重要かもしれない。それにタモンの言葉を信用するなら、エレナのその地位は今後も不動のままだ。
(タモン様の言葉を信じるのなら……ですが)
昔の『男王』の逸話でも、途中で若くて綺麗な女性に夢中になって正妻を蔑ろにしていくエピソードはいくつもある。フミとしても、タモンの言葉を鵜吞みにできるほど楽観的でもない。
「あとエトラ家ではなくて、私を大事にしたいと言っていたわ」
エレナはお茶を飲み干すと、楽しそうな表情で口角を上げながらそう言った。
「良いことですが……何かあれば、エトラ家との争いもためらわないということでもあるかもしれませんね」
「そういう意味でしょうね」
エレナは、フミの反応を眺めながら控えめに笑いながらそう言った。
「優しそうに見えるけれど、なかなか、怖い人のところに嫁いできてしまったかもしれないわね」
「エトラ家からすれば、笑い事ではないのですが……」
フミとしては、部屋で退屈している主人を見るよりは、喜ばしいことだったが、本当にわくわくしている主人の姿を見ると心配になってため息をついてしまう。
「まあ、一年の間、悪い魔法使いたちと戦ってこの城と土地を奪った人なわけだし。そんな優しいだけということはないわよね」
エトラ家の人間として一応、困った様なトーンで話してはいるが、明らかに楽しそうな目元だった。
「……ちなみにキト家のマジョリー様は、どのような反応だったのでしょうか?」
「うーん。受け入れていたけれど、あまり意味は分かっていないんじゃないかしら、『私の体が欲しいのね』くらいの理解でしかいないと思うわ」
エレナは人を見る目はなかなか確かだ。ここ数年の主従関係でフミとしても、その点は信頼していた。それだけにこの話は頭が痛い。
「マジョリー様。お馬鹿だけど可愛いかったわ。そして、今日は夜までエッチな気分で悶々としながら過ごしていると思うわ」
昨晩、さきほどの一連の話以外にベッドの上で何があったのだろうと興味は持ちながらも、フミとしてはあまりそこには深く足を踏み入れたくはなかったので特に何も聞き返したりはしなかった。
「エトラ家は、強い方に従うわ。それは娘の私としても同じよ」
頼もしくエレナは胸に手を当てて言い切る。
「もちろん旦那様が弱みを見せれば、この城ごと全部乗っ取るわ」
エレナは不敵に笑った。エトラの家にふさわしく頼もしくも柔軟に育った自分の主人に感服していた。エトラの一族の教育方針は正しいと。
(この城を実質支配するか、あるいはエトラ家を滅ぼすか……。エトラ家を滅ぼすとしてもこの人が自分から止めを刺しにいきそう)
フミからすれば悩みの種は尽きない。努めて表情には出さないが、胃が痛くなる思いで自分の主人を見つめていた。
「まあ、キト家は動かないといけなくなったと思うから、ちょっと様子を見させてもらいましょうね」
それだけを言うと、フミへの報告は終わりという感じで立ち上がった。
「そういうわけだから……兵の手配だけはしておいてね」
他の人には聞こえないように、フミの耳元でそれだけを命令した。
「はい……かしこまりました」
フミは主人に一礼をした。
(ここの城にいる兵だけでは歯も立たないから、本家にこの城に近いどこかに兵隊を集める連絡を……。中から手を貸せば一気に落とせる可能性はある。ただ、まだ何も決まったわけではない。この城の主には知られないように連絡と準備を……)
意外と綱渡りな命令にフミは深刻な表情で、思案を巡らせていた。
「お、お嬢様。フミお姉さまとのお話はもう終わりましたか?」
まだ年の若い割烹着姿の侍女たちが、部屋の外から数名二人の様子を窺っていた。
「はい。終わったわよ。何か用かしら?」
エレナは気楽に侍女たちに応じてくれる。
「ど、どうでしたか? 男の人は?」
「聞きたい。聞きたいです」
三人の侍女がエレナを取り囲んで、興味本位な雑談をはじめていた。
「ちょ、ちょっとお前たち。お嬢様は疲れているのだから休ませてあげなさい」
フミは、騒いで仕事をしない侍女たちと主人の間に割って入ろうとした。
「すっごかったわよ」
能天気に侍女たちに混ざって話すエレナに、フミは止めるタイミングを失ってしまった。
「す、すごいとは……」
前のめりの姿勢になり期待に満ちた眼差しで、侍女たち三人はエレナお嬢様を見つめていた。
「普段はそうでもないのだけれど……あの時はすごく固くなるの。そして大きくなっていたわ」
「きゃー」
これくらいと両手で形を作って見せるエレナお嬢様に、侍女たちは悲鳴をあげて、卒倒しそうなものもいた。
「ちょ、ちょっとお前たち。お嬢様も……」
昼間から卑猥な話になってしまっているのを止めようとするけれど、若い女の子たちのパワーの前にフミはたじろいで押され気味だった。
「そ、それで最後までなさったのですか?」
さすがの若い侍女たちも大きな声で話すことではないと思ったのか、声をひそめてお嬢様と顔を近づけて聞いていた。
「ちょっと、邪魔がいたんだけど……」
(え、結局マジョリー様も一緒にいたの?)
フミも少し屈んで、主人と侍女たちの会話を聞こうとした。
「なに? やっぱりフミも聞きたい?」
にやりと笑いながらエレナは、顔を上げてフミを見据えた。
「いえ、別に体験談が聞きたいわけではないのですが……」
いたずら好きな主人の罠に嵌まったことを自覚しながらも、キト家の事情を知っておきたくて年下の女の子たちに混ざってエレナの話を聞くことにした。
「すっごい。きつかったわ」
「きゃー」
「うわー」
(え、なにが?)
「もうね。ごりごり削られていくような感じ」
「そ、そうなんですね」
フミは、真っ赤に茹で上がった顔で主人のいやらしい体験談を聞いて高揚している若い侍女たちを叱りたかったけれど、フミ自身が真っ赤になっていやらしい気持ちになってしまっているのが自分でもはっきり分かるので何も言えなかった。
その後は、お昼までひたすら主人の猥談を聞かされるだけの時間となった。




