三人の夜
(さすがに三人はちょっと不安定よね)
生まれてから、大きなベッドでしか寝たことのないマジョリーはちょっと落ち着かずに毛布の中でもぞもぞと足の位置を調整しながらタモンとエレナと並んでいた。
「子どもの頃、両親と寝ていた時みたいでちょっと楽しいです」
エレナはタモンを挟んでマジョリーの反対側で、楽しそうな声ではしゃいでいるのが聞こえる。
(計算づくの演技でしょう。まったくこの女は……)
マジョリーは、親と寝た記憶もあまりなかった。愛情がないわけではなく、むしろ一人娘に対する愛は深いのだと感じているし、早くから大きな個室を与えられて侍女たちが世話をしてくれていた。『伝統だから』と言われて疑問に思わず子どもの頃は過ごしてきたけれど、今、エレナの話していることが聞こえてくるとちょっと寂しかった気がしてしまう。
(それはそれとしては、こんな時どうするのがいいのかしら)
頼れる侍女たちは今はいない。それに、最近は、どうでもいい小さな悩みには侍女たちは突き放してくるので、自分で考えるしかなかった。
(旦那様の方を向く。……正しい気がするけれど、今日はエレナ様の日だし、厚かましいわよね……。かと言って反対側を向くのも……旦那様のことを嫌がっているみたいだし……)
悩みに悩んだ結果というか、結果がでなかったため、マジョリーはわずかな灯りだけがついた暗い部屋のベッドで真っ直ぐ上の天井を見つめて微動だにしない時間が続いた。
「だんなさま。……触ってもよろしいですか?」
横からとてもエレナの小さい耳元で囁いた可愛らしい声が聞こえた。
(え、な、なんてはしたない女でしょう)
そんな言葉が一瞬頭の中に浮かんだけれど、すぐに思い直した。
(『夫婦』なんだから別にいいのよね……)
そう考えれば、マジョリーにも同じようにする権利がある気がした。タモンに対して愛している独占したいという強い感情が、あるわけではないけれど……。
(触ってみたい!)
実際の男性の体には興味津津だった。
「わっ、固いですね。すごい」
エレナのささやくような声が、タモンの横をすり抜けてマジョリーの耳にも届いてきて、もう葛藤さえどこかに吹き飛んでしまっていた。
「わ、私も触ってよろしいですか?」
タモンと目が合ったら恥ずかしくて死んでしまいそうなので、ほんのわずかタモンたちの方に顔を傾けて聞いてみた。
「ええ、どうぞ」
タモンは照れながらあっさりとそう返事をした。ただ、マジョリーは薄暗い寝室の中でタモンの方をはっきりと見ることができなかったので、あくまでもそう感じただけだった。エレナは不機嫌そうな雰囲気を漂わせているけれど、その顔を見ることもできなかった。
(あっさり許してくれるのね。そうね。これくらいは慣れているのでしょう)
マジョリーは自分で納得すると、姿勢は変えないままに布団の中で、腰のあたりにあった手をそっとタモンの下腹部の方へと這い寄らせていく。
(こ、これでしょうか。違いますね)
手探りのまま撫で回すようにタモンの下腹部を触って、ついにその場所を探し当てて掴んだ。
(こ、これですね。お、大きくなりました。)
「わっ」
タモンはちょっと驚きの声をあげた。
痛くしてしまったのだろうかとマジョリーはタモンの方を向いて確認しようとする。
(すごく困った顔をされているような……それに、なぜ、今、大きくなったのでしょう)
握った手を離した方がいいのか分からないまま、優しく撫でるように動かしていた。
「ああ、だ、大丈夫。そんないきなりだなんて思ってなかったから……」
「え?」
マジョリーは、狼狽えているタモンをじっと観察する。反対側のエレナはこちらの方を向きながら、手をタモンの胸の上にそっと載せていた。
「あ、あ、固いって胸とか腕とかそういうこと……ですか」
「ふふ、マジョリー様ってば、直接的ですね。いやらしいですねー」
薄暗い部屋の中でも、反対側のエレナが蔑んでいるようで楽しそうな笑顔を浮かべているのがマジョリーにもはっきりと見えた。
「し、失礼しました」
マジョリーは慌てて手を離してベッドの隅っこの方へ移動すると、反対側を向いて毛布をかぶって真っ赤になった表情を覆い隠した。
(は、恥ずかしい)
「気にしてないですよ」
タモンは優しい言葉をかけてくれる。ただ、それと同時に宿敵からの余計な声も聞こえてしまう。
「そうですよ。これからは、何度も触ることになるわけですし」
エレナの言葉は、間違ってはいないのだろうけれど、マジョリーの恥ずかしい感情を更に増すだけでしかなかった。
「う、うう。おやすみなさいませ」
マジョリーはかろうじて半分くらい顔を出したけれど、ベッドの隅っこの方から動く気にもなれなかった。そのままの姿勢で微動だにせず寝ようとする。
数分かもしれないし、数時間経ったのかもしれない。
マジョリーはせっかく眠りについていたのに、不意に目が覚めてしまった。部屋の中を見ても、窓から差し込む光もなくまだ薄暗いままだった。もし、明け方だったら挨拶もしないでこっそり抜け出して部屋に帰ってしまってもいいと思っていたけれど、残念ながらまだそんな時間ではなさそうだった。
仕方ないので、もう一度目を瞑ってまた眠りに落ちるのを待つことにする。……つもりだった。
「あ、旦那さま……」
静かにしていたら、甘いささやきが耳に入ってきてしまった。
マジョリーとタモンの間には、同じベッドの上とはいえわずかに距離がある。肩が見えて、タモンはエレナの方を向いているのが分かる。
はっきりとタモンとエレナの方を向いて、確かめるのはためらわれた。でも、なぜちょっとベッドの外側を向いて寝てしまっているのと後悔した。
(落ち着きましょう。振り返って覗きみたいのはよくないわ。それに、さっきのような私の恥ずかしい妄想の勘違いもあるんじゃないかしら……)
同じ恥ずかしい思いは、二度とできない。そんな思いもあって、思い込みを捨てて冷静に寝たふりを続けることにする。
(それに今日はエレナ様の日ですし……もし、そうだったとしても邪魔する権利はないわよね)
そう思っていたけれど、わずかな音にも今のマジョリーは敏感に反応してしまう。濡れた何かが絡み合う音がエレナの方から聞こえてきた。
「ふあ、ああ」
(もしかして、口づけをしたのでしょうか。し、しかも、舌を吸い合って!)
さっきの反省はもうどこかに吹き飛んでいて、耳をすましてエレナの方から聞こえてくる音に全神経を集中していた。
(衣擦れの音が聞こえます。これは、エレナ様の服を脱がしているのでは……。いえいえ、私の勝手な妄想はよくありません。きっとこれは毛布がずれているだけの音……)
「あ、そこは……だめ」
(妄想……じゃない! やっぱり脱がしている音よね。そして、今、直接体に触れているのね)
「いえ……気持ちいいです」
(いいの? そして、どこをどんなふうに触られているのかしら……)
妄想で、頭が熱くなる。瞑ったままの目を逆に力を込めて閉じておかないと覗き見てしまいそうな気がしてしまう。
「ふあン」
吐息がマジョリーまでかかった気がした後は、ただぴちゃぴちゃと濡れた何かに触れる音だけが、静かな部屋の中で聞こえていた。
「あっ。うっ、あ、あ」
(わ、わ。こ、これは……。うわー)
控えめにだけど、明らかにベッドは揺れていた。マジョリーはもう興奮しすぎて何も考えられずにそのままの姿勢で眠れない夜を過ごした。




