『お二人の曜日を決めたい』
エトラ家のエレナは紅茶が入っているカップを手にとりながら、マジョリーに向かってにこやかに挨拶をした。
エレナの方も微妙に引きつった笑いだったのだけれど、マジョリーはそんなことに気がつく余裕はなかった。
「あ、あれ? こ、これはどのような?」
「ええと、あの今日は二人とまず話したくて」
よろめくマジョリーを支えるようにタモンは説明をしようとする。その際に、タモンは明るい部屋の中で真正面からマジョリーに向き合ってしまった。
「あ」
タモンはマジョリーの扇情的な姿を見て、悪いことをしてしまったかのように、顔を背けた。
「な。い、いえ」
マジョリーは一瞬、怒ろうとしたけれど、こんな格好をしてきたのは自分なのだと思い出し、上着をきつく引っ張って下着が透ける姿を見せないように腕を交差させる。
(まあ、でも、私の姿を見てあのように照れてくれるなんて可愛いですね)
ちょっと不機嫌な態度を取りながらも、マジョリーはそんなことを思っていたので表情は緩んでいた。ただ、顔を少し上げた瞬間にエレナと目が合ってしまいばつが悪い思いのままちょっと表情を引き締めた。
「それで、今日二人に来てもらったのは、ちゃんと話をしておこうと思って」
軽く咳払いをするように仕切り直して、タモンは二人の嫁を椅子に座らせると、二人の目の前でくるりと回ったあと宣言する。
「二人とも僕の正妻になってもらいたいのです」
明るく爽やかに、まるで町に遊びに行きましょうくらいの調子で言われて二人の嫁は理解できずに目をぱちくりさせていた。
(何を言っているんだろうこの人……)
マジョリーは、もっと口汚い罵倒の言葉が浮かんだけれど、名門のお嬢様の言う言葉ではないと思い何とか抑え込んだ。
「正妻……?」
「旦那さまの考える『正妻』とはどんな存在なのですか?」
マジョリーが疑問に思いながらも、どう聞こうか悩んでいる間に、エレナにぐいっと割り込まれてマジョリーはちょっと下がってしまった。
「今もこれからもずっと僕にとって特別な存在です」
「それが私たち二人ということですか?」
「はい。そうです」
エレナが身を乗り出しながら聞いた質問に、タモンは穏やかな笑顔で簡潔な言葉を返した。
「うーん。つまり……。私たち二人の間には差をつけないということですね」
エレナは体を少しひねると、マジョリーの方を向いて手を広げた。『私たち』を明らかにしながら、質問を続けた。
「例えば、この後、他の領主……。例えば、ヨム家から娘さんが来たらどうなされるのですか?」
「正妻は二人だけで、変わりません」
「ふむふむ。なるほど」
タモンが言い切ったことにエレナはちょっと考え込んでいた。いかにも商家の娘らしい計算を今していますという態度だったけれど、満足そうな表情を浮かべながら不意にマジョリーへと顔をぐいっと近づけた。
「悪い話ではないと思いますが、キト家としてはいかがですか? マジョリー様」
「え? あ、あの。そうね」
まだ二人の間で交わされた会話の意味が理解できていないのに、いきなり聞かれてしまいマジョリーは答えに詰まっていた。
「……エトラ家やキト家ということではなく、僕は二人を大事にしたい。二人と一緒に歩んでいきたいと思っています」
マジョリーの答えに割り込むように、タモンは真っ直ぐな姿勢で胸に手を当てながら二人に向かってそう言った。
(ええと、どういう意味なのかしら。私を大事にしてくれるということでいいのかしら……。でも、誠実そうな言葉だけれど堂々とした二股宣言よね……。問題はエトラ家と同格ってことよね。本来であれば、『エトラ家なんかと同じ扱いなんて!』と憤慨するところだけれど……)
「分かりました」
よく分かっていないままに、マジョリーはうなずいていた。タモンの言葉を何となく信じてもいいという直感が彼女を動かしていた。
「『私たち二人』を正妻としてくださることに、同意いたします」
マジョリーは、タモンに対して片膝をついて名家に仕える騎士がするように片手を差し出した。裾を摑むほどのスカートもないので、それらしい忠誠の儀式を真似してみただけなのだけれど、隣にいたエレナも含めて驚きを与えていた。
「もちろん、わたくしも喜んでお受けいたします」
エレナはマジョリーの隣で騎士のような儀式の真似をした。片膝をつき、片手を差し出した。
タモンは左手でマジョリーの手を、右手でエレナの手をそれぞれ握って、手の甲に軽く口付けをした。
「ふふふ」
変な儀式に三人は終わったあとで、顔を見合わせて笑っていた。特にエレナは楽しそうに声を出して笑っていた。
「それで、お二人の曜日を決めたいと思います」
「曜日ですか?」
二人の妻は同じように不思議そうな目をしながら、首を傾ける。
「一週間のうち、必ずお二人の相手をする日を決めようと思います」
タモンはにこりと笑ったあと、二本の紐を手に握って二人の前に差し出した。
「くじ引きということですね」
エレナはタモンの握りしめた手と紐に顔を近づけて、真剣な表情で見つめていた。まさかこんな取り決めになるとは、そして、こんな順番の決め方をするとは想像していなかったので、戸惑いながらどうしたものかと熟考しながら、ちらりとライバルの方を向いた。『別に何曜日でもいいじゃない』とマジョリーはちょっと引いた態度だったので、エレナはそのまま覚悟を決めて、片方の紐を引っ張ることにした。
「月曜日。……今日ということですね」
エレナは満足そうに紐の先についていた紙の文字を読んでいた。
「では、私は……火曜ということですね」
マジョリーはゆっくりと、残った紐を調べて読み上げた。この時は、特に何曜日だろうと構わないと思っていたので何の感情もなくただ事実を受け止めるだけだった。
「で、では、本日は私と過ごしていただけるということでよろしいでしょうか?」
エレナはタモンの腕にそっと手を触れて身を寄せていた。
「あ、うん。いいかな」
タモンはちらりとマジョリーの方を見て、マジョリーはうなずいていた。
「いいのではないでしょうか。それでは、私はまた明日に……」
マジョリーは静かに立ち上がって今夜は部屋から出ていこうとする。照れたように見えるタモンのことを保護したくなるような微笑ましい気持ちと、そのタモンに抱かれるであろうエレナに対する若干の嫉妬は混ざっていたけれど、決まったことに抗議をするつもりもなかった。
「あ、あ……」
ドアノブに手をかけたところで、マジョリーはふと固まってしまった。このまま自分の部屋に帰った場面を想像してしまう。ちょっと虚勢を張って、侍女たちに送り出されたのにも関わらず、ずいぶんと早いお帰りになってしまった彼女を失望して従者たちは迎えるだろう。
「あ、あの。やっぱり、今夜、もう少しこの部屋においていただくわけにはいきませんでしょうか?」
慌ててマジョリーは振り返った。
侍女のランから蔑まれた目で見られて、一晩中、ため息をつかれるのは明白だった。そして、それはそのまま両親へと報告されてしまうことは、マジョリーにとってはとても恐ろしいことだった。恥も顧みずに、タモンとエレナに奇妙なお願いをするはめになった。
「え?」
タモンは目をぱちくりして困惑の表情が隠しきれていなかった。
「ああ。今夜は、旦那様の寵愛を受けるのだと思って送り出されてきたからですね」
エレナがタモンに解説をしてくれる。残念ながら、今のマジョリーの気持ちや立場をもっとも理解するのはこのライバルだった。
「え? ああ」
タモンはやっと意味が分かったようでちょっと照れたように気まずそうに鼻をかいていた。
(本当に意味が分かってなかったのね。大丈夫かしらこの人)
マジョリーは、内心ではちょっと文句をいいながらもお願いをした。
「窓際の椅子とかで大人しくしていますので、明け方までいさせていただけますか?」
「そういうわけには……」
「でも、旦那様が悪いんですよ。夜にいきなり呼び出されたら、そういうことかと期待してしまいます」
ためらうタモンに、エレナはささやいた。エレナは余裕の態度で楽しんでいるようだった。
「じゃあ、今夜は三人で寝ましょうか」
タモンはまるで純粋な子どものような笑顔でそう提案していた。
「えっ、そんな」
「ベッドも広いですし、三人仲良く過ごしましょう」
生まれてからベッドしか寝たことのないマジョリーお嬢様にはこの誘惑には勝てなかったようで、遠慮しながらもタモンの提案を受け入れていた。
「で、では。お願いします。エレナ様もよろしくおねがいします」
「そ、そうですね。そうしましょう。旦那様が悪いんですし」
エレナは、ちょっと不機嫌そうにタモンにあたっていた。
高みの見物でマジョリーがどんなお願いをするのかを楽しむつもりだったのに、意外とあっさり決着してしまい、しかも、確保したはずのタモンとの時間が妨害されてしまうものだった。
(まあ、でも、旦那様もマジョリー様とも楽しそうな方でよかった)
エレナはちょっと下がりながら二人を見て穏やかな気持ちになっていた。
(……でも、いつかは、マジョリー様と醜い争いをしたり、私が寵愛を失って後宮から追い出される日がきたりするのでしょうか)
この城に来るまでの不安がまた頭の中をよぎった。でも、今は同時にさっきのタモンの言葉も思い出していた。
(ああ、そうか。そういう不安を持たせないための二人の正妻宣言なのですね……)




