マジョリーお嬢様の悩み
「そ、それで、男の人相手っていったいどうすればいいのかしら……ね」
マジョリーお嬢様が悩みながら部屋の中でうろうろしているのを、従者の二人、ランとメイはまたかという表情で眺めながら身の回りのお世話をしていた。
「まあ、私たちも実際の男性は知りませんし」
「優しそうな方でしたし、ベッドの上でお任せしていいのではないでしょうか。伝え聞くノベ王やカド王のように乱暴なことはなさらないでしょう」
この数ヶ月の間、何度も同じような相談を受けてきたので、ランもメイもちょっと冷たい反応だった。それにタモンと実際に話してみて、乱暴な人ではなさそうと確信したので、『そんなに心配しなくて良さそう』と従者の二人は安心して主人の反応を楽しむことにしていた。
「べ、ベッド。そ、そこまではどうしたらいいのかしら……」
想像だけで顔を赤らめて体をくねらせる主人をちょっと可愛いと思いながらも、従者の二人はあえて突き放す。
「私は、そういった経験がありませんので……」
「格好いいお姉さまの場合と同じでいいのではありませんか? お嬢様なら慣れていらっしゃるでしょう」
「え? 経験ないの? 二人とも」
ちょっと小声で、困ったようにマジョリーはつぶやいていた。
従者二人にも聞こえてしまい少しイラッとする。
「ま、まあ、そうね。普段と同じように私の魅力であの男も愛の虜にすればいいってことね」
つい、持ち上げられると強気にでてしまう。マジョリーは自分でも悪い癖だと思いながら髪をかきあげて自信ありげにそう言った。
「そうですね。もうお嬢様を溺愛して、エトラ家になんて足が向かないようにいたしましょう」
メイの真っ直ぐな笑顔に、マジョリーは大きくうなずいていた。
(でも、実際のところ自分から誘った経験はないのよね……。いつも社交界では何もしなくて求愛してくる方がいっぱいいたし)
褒め称えられて、贈り物を贈られるのが普通すぎて、それ以上の誘いはいつも軽くあしらっていた。さらには、親も溺愛していたので、名門貴族にありがちな家同士で引き合わされる人もいなかった。
(そういう意味ではあの女は、手強そうですよね……)
適度に可愛らしく、恋愛経験もそれなりで、相手を誘惑するテクニックもありそうな女だと思った。もちろん、数回話しただけなので、マジョリーの勝手な思い込みでしかないのだけれど。
(まあ、でも、今まで通りにしていれば私の方になびいてくれるでしょ)
「そうね。実際、今夜のお誘いは私なわけですし」
マジョリーは自信をわずかに取り戻して、従者たちに強がってみせる。
「公の場では興味なさそうな素振りでも、やはり、お館さまもマジョリーお嬢様の美貌が気になって仕方がないのでしょう」
「わざわざ今日も何度も通ってくださいましたしね」
従者二人の言葉に、マジョリーも励まされた。マジョリーは、自信を取り戻した明るい笑顔で二人の従者に宣言した。
「そうね。私の魅力で旦那さまを虜にしてあげるわ。ラン、メイ。準備を手伝って!」
「ちょっと……これは大胆すぎではないかしら? 透けているわよね?」
従者二人が用意してくれたネグリジェは、高級で滑らかな手触りの高級品だったけれど、かなり薄い素材で明るい部屋の中では下着のラインもかなりはっきり見えてしまっていた。
恥ずかしいことになっていないかとマジョリーは左右に体を捻りながら、自分の体を確認する。じっくりと眺めた結果……。
「こ、これは恥ずかしいわ」
そんな結論になって従者二人に抗議する。
「どうせ。脱がされるわけですし、それくらいでいいのではないでしょうか」
ランは笑顔は崩さないまま、素っ気ない返事で主人をあしらっていた。
「ええ? ……で、でも、渡り廊下を渡るわけでしょう?」
「外に出るときはもちろん、もう一枚羽織りますので、大丈夫です。でも、部屋についたら即、脱いじゃってくださいね」
メイはやさしくフォローしてくれる。ただ、言葉の端々にはなんともいえない圧が感じられた。
(ま、まあ、それなら正面に立っている人以外には変には見えないかしらね……)
実際に上着を羽織ってみて、またくるりと回りながら、鏡を見てみる。正面からの姿はかなり扇情的ではあるけれど、それ以外は良い調和で可愛らしさと上品さを併せ持った雰囲気を漂わせていると、マジョリーも納得する。
「夜ですし、これなら大丈夫です。素敵ですお嬢様」
「きっと、お館様もメロメロですよ」
ランは左右から主人の姿を確認し、メイは真正面から下着をチェックしながら、大丈夫と認定していた。
「そ、そうかしら」
従者たちに褒められて、マジョリーも少し照れながらもお館様の寵愛を得られるだろうと自信を深めていった。
「では、まいりましょうか」
「ふえ、は、はい」
メイに手を取られて、タモンの部屋へと向かうためにマジョリーも立ち上がった。
(そ、それで、結局……男の人の相手ってどうすればいいのかしら)
肝心の部分の対応方針が決まっていなかったし、覚悟も決まっていない。従者二人を従えながら、渡り廊下を渡っているけれど、逃げ出さないように監視されながら護送されている気分だった。
「それでは、お嬢様。頑張ってきてくださいね」
「あ、うん。も、もちろんよ」
渡り廊下を渡ったところで、従者二人は立ち止まり主人を見送る姿勢になったけれど、逃げ出だしたりしないように何度も釘を刺してくる。
「怖じ気づいて何もせずに戻ってきたりしては駄目ですよ。キト家のためですから」
「分かっているわよ」
「最初はすごく痛いらしいですけど、お館様を突き飛ばしたりしては駄目ですよ。耐えてください」
「はいはい。って、え? 痛いの? そうなの?」
一気に不安になったけれど、二人の従者は渡り廊下を塞ぐように立ちながら手を振っていて、マジョリーにちょっと戻るような余地を与えていなかった。
「キト家のためです」
ランは繰り返して言った。
(お母様からも強く言われているのね……)
「行ってくるわ」
状況を理解したマジョリーは覚悟を固めて、城の中へと入っていった。
(守衛の兵隊さんのことを忘れていたわね)
タモンの寝室は渡り廊下からすぐのところなのだけれど、守衛の兵隊が何人か直立不動で立っている。
守衛の兵隊も、マジョリーが来ることは連絡を受けているのだろう。敬礼をされて、近づいて止められることはなかったけれど、マジョリーにとっては、ちょっと攻めすぎたこの服を見られてしまうのは恥ずかしくて顔が赤くなってしまう。
「いらっしゃい」
ドアをノックしようとしたその前に、ドアが開き中からこの城の主がにこやかに顔を出してきた。
「あ、は、はい。本日はお招きいただき……」
慌ててしまったマジョリーの姿を気にかけることなくタモンはマジョリーの手を引いて部屋の中へと入れた。
(ちょ、ちょっと強引じゃないですか? そ、そんなに私の体が欲しいのでしょうか。こ、これが獣欲というものですね。獣欲と!)
憤慨しているのか、興奮しているのか自分でもよく分からないままにマジョリーはタモンの部屋の中へと足を踏み入れた。この後どうなるかを想像をして、体中が熱くなり頭が真っ白になってしまう。それでも逃げ出すわけにはいかないと顔を上げて自分の夫となったタモンをしっかりと見た。
ただ、タモンの背後に、部屋の中にすでに誰かが座って待っていることに気がついてしまう。
「え?」
「ごきげんよう。マジョリー様」
宿敵エトラ家のエレナがすでにタモンの部屋の中にいた。




