土曜日のコトヨとコトヒ とその代理
「おお。もうかなり大きいですね」
ショウエが絨毯に座っているコトヨのお腹を恐る恐る擦りながら、感激していた。
「すごい元気な子で、かなりお腹を蹴ってくるのよ」
コトヨは困っているといいながら、いい笑顔を浮かべていた。
「もうすぐなのですねえ」
コトヨはタモンとの間の子どもを身ごもっていた。
ショウエは、親の顔も知らず、姉や妹がいるのかも知らない。物心がついた時から孤児で、誰かの死を見てきたことはあっても新しい命が産まれるのを見たことがないだけに神秘的なものをみるような目でコトヨの体をじっと観察する。
コトヨの妊娠は戦争中に判明したので、コトヨはトキワナ帝国への大冒険にもついていかずに一人でヨム家の後宮に残っていた。
ショウエが戦争から凱旋してくるとその知らせを聞いて喜んだが、その後は慌ただしくあまり会いにくる機会もなく今日は久しぶりの対面だった。
「ショウエは、ここでくつろいでいていいの?」
姉の身の回りの世話をしているコトヒが、お妃自ら洗濯物を片付けつつ疑問に思って横から聞いてみた。
「ふふ、我は天才軍師ですので。平和な時は暇なのですよ」
明らかに苦しそうな言い訳だったが、コトヨは信じたのか『それはいいことね』と喜んでいた。
「でも、エリシアが探してたよ」
そう言いながら、コトヨの部屋に入ってきたのはタモンだった。
「ひっ、タモン陛下」
怯えながらショウエはコトヨの後ろに隠れるように逃げ込んでいた。
タモンはその様子を見て『いまさら隠れても意味がないよ』と笑っていた。
「エ、エリシア師匠にはご内密に……」
「別に、サボっていたなんて言いつけたりしないよ」
タモンは怯えるショウエを安心させつつ、床に座った。
ヨム家の後宮は他の夫人たちの後宮のように高くはない。ほぼ平屋な造りなので、タモンもふらっと入ってきて柔らかい床に直に座ると『畳みたいだ』と思いながらくつろいでいた。
「陛下。ようこそいらっしゃいました」
コトヨとコトヒが頭を下げて、タモンを出迎える。
この二人にそんなかしこまった挨拶をされてしまうと、タモンとしては寂しい気持ちにもなってしまうのだが、挨拶のあとはすぐに国王などではなかった昔のように親しく会話ができて嬉しかった。
「も、もうじきかな」
「ええ。お医者さまもそのように言っておりました」
タモンもショウエと同じようにコトヨのお腹をさすりながら確認する。父親になるという実感もあまり持てないままで、ショウエ以上に怯えながら触れていた。
「そういえば、ショウエちゃんはタモン君に夜のお相手をしてもらう権利を得たのですよね」
コトヨはふと思い出したように、ショウエの方を見た。妙に優しい笑顔で何故かこの時ばかりは昔のように『タモン君』と呼んでいた。
「え、あ、はい。トキワナ帝国との戦いで戦功一番ということで、そのように言われましたけれど……」
ショウエは一瞬、タモンの方を見て『あの話は嘘ではないですよね』と確認する。
冗談交じりの話からでたことではあったが、ニビーロ国攻略の作戦指示、トキワナ帝国での帝都マツリナへ攻め入って皇帝の身柄確保などが認められてこの度の戦争での功績が認められたのは間違いない。
その際の褒美としてタモン陛下と一晩を一緒にする権利が与えられているのをタモンも軽くうなずいていた。
「その……コトヨ様としては良いのですか?」
もう領主としてのヨム家は存在しないのでショウエの今の主君はタモンではあるのだが、元々仕えていた家への忠義の気持ちは強かった。
コトヨが不満を持つのであれば、遠慮しておこうと思っていた。
「興味があるんでしょ?」
「え、あ、まあ、それはそうですが……」
コトヨが優しく言ってくれるのでショウエは正座をして素直にうなずいた。
そんなショウエに対してコトヨは座る場所を少し前にずらして顔を近づける。
「私が、お相手できないから代わりにお相手してもらいたいの」
「え、でも、コトヒさまもいらっしゃるのに……」
「コトヒだけだと、タモン君も満足してもらえないと思うのよね」
「それは確かに……」
声をひそめて話す二人だったが、コトヒもタモンもすぐ側にいるので会話は筒抜けだった。
「聞こえているわよ。二人とも」
コトヒは、腕を組んで不満そうに威圧していた。
「そういうところよ。コトヒちゃんは可愛げがなさすぎて、姉としては心配です」
コトヨは頬に手を当てて嘆き悲しんでいた。冗談だと思うのだけれど、目の前でこの寸劇を見ているタモンはどうしたらいいのか分からずに困ったように曖昧な笑みを浮かべていた。
「タモン君がヨム家に通ってもらえるように力を貸してもらえないかしら」
「え、あ……でも……」
コトヨは妹たちを気にせずにショウエに頼み込んでいたが、ショウエとしては後ろで腕を組んで不機嫌そうな顔をしているコトヒが気になってしまう。
「タモン君のお相手をするから仕方なくここに来てもらったって、エリシア宰相さまには私から言っておいてあげる」
いつも通りの優しい笑みでコトヨは言うのだが、細い目の奥に妙な圧も感じてしまう。
(つまり、断ったらエリシア師匠に言いつけるってことでしょうか……)
「わ、分かりました。お引き受けいたします」
天才軍師らしくなく考えが全くまとまらないまま、コトヨのいうことに従うことにした。
「タ、タモン陛下。よ、よろしくお願いします」
向きを変えるとタモンに対して真っ赤になりながら平伏する。
「うん、決まりね。では、マルサさん。よろしくお願いします」
「はい。お任せください」
コトヨが外に向かって呼びかけると、ずっと待機していたらしいマルサが部屋へとすぐに入ってきた。
このモントの城におけるみんなのお母さんであり、今や大陸中で大人気の服飾デザイナーでもあるマルサは、ショウエを羽交い締めにするとそのまま引きずるように連れ去っていった。
「え、え」
ヨム家の後宮に遊びにいくと伝えた時にはすでにこの計画を立てていたのだと分かり、ショウエはこの自分を見事に策にはめた元主人に感嘆しつつ引きずられていった。
一時間後。
ショウエはマルサに仕立て上げられるまま、まるで都会で育った知的な美少女のような雰囲気で部屋へと戻ってきた。しかし、騎乗で鍛えられた健康的な太ももを見せつけるかのように、スカートの裾は短く胸元も二の腕もかなり露出した動きやすそうな健康的な服装だった。
「おお、二人とも可愛らしい。まるで二人が美少女姉妹みたい」
コトヒもついでにというわけではないが、同じような格好にさせられていた。
タモンは、二人を同時に見て心を奪われたようだった。いかにも豪華だったり色っぽかったりする姿よりも、こうやって純朴な田舎の娘がちょっとおめかししつつも、健康的な夏の制服のような方が好みなのだと自分でも気がついてマルサに感謝していた。
「……すごい。可愛らしいですね。では、そのままタモン君のお相手をしてくださいね」
コトヨは自分で仕掛けたことにも関わらず、予想以上にタモンが嬉しそうなので少し不機嫌そうにそう言った。




