月曜日のエミリエンヌ
「やっぱりエミリエンヌのところが一番、落ち着くな」
エミリエンヌの後宮に来たタモンは、そう言ってくつろいでいたが、部屋着のエミリエンヌの方は冷ややかな反応だった。
「ふふ、他のお妃の後宮を訪ねた時にも、同じことを言っていらっしゃるのでしょう?」
完全には否定できないので、タモンは少し気まずそうな顔をしたけれど、それでも落ち着くのは事実だと語っていた。
頼れる年上のお姉さんでもあり、何より堅苦しくなくていい。
「料理とかは美味しいけれど、綺羅びやかな部屋でたくさんの侍女にかしずかれて食べる食事はどうしても緊張してしまうんだよね」
その点ここは砦での暮らしを思い出すかのような外見の後宮に、中の部屋は質素堅実な板張りの部屋だった。
テーブルや椅子はもちろん綺麗で、テーブルの上にはニビーロ遠征で食べたのと同じような鶏肉の料理が並べられている。美味しそうに焼き色のついた肉を頬張りながらこれでいいんだ、十分だと思っていた。
素直にそう伝えると、エミリエンヌは嬉しそうな笑みを浮かべた。戦場での凛々しさとはほど遠い弟を見るような優しい表情だった。
「ですが……」
タモンに喜んでもらえたのは狙い通りで嬉しかったのだろうけれど、その後に少し何と言っていいか悩んでいるようにしばらく無言になっていた。
「正直、私は北ヒイロの民衆にも石を投げられるかと思っていました。……ですが、先日のパレードも意外なほど温かく迎えていただきました」
「うん」
何かに悩んでいたのであろうことだけは分かったタモンだったが、どうやら今は解決しているらしく穏やかな口調で話を続けたので大人しく話の続きを待つことにした。
「目立たないように、質素にお城の隅っこに住んでいようと思っていたのですが……」
「クリスティアネさまは『私たちはもう戦利品だから、豪華で強そうな方が、モントの町の人たちも我らがタモン様はこんな人たちを屈服させてすごいって喜んでくれるものよ』って言っておりました」
この間のパレードの時は、実際そうだったとクリスティアネは振り返る。
「さすが、生まれた時から皇女さまな人は違いますね」
十歳年下の少女に教えられたとでもいうようにしみじみと振り返ると、そのままタモンをじっと見つめて意味ありげな笑みを浮かべていた。
「ですので、これからは質素ばかりではなく、少し豪華に着飾ってみたりしたいかと思います」
「う、うん。いいんじゃない」
そう言われても、エミリエンヌが税金を使って贅沢しまくるということも考えにくかったので、タモンとしては素直にうなずいていた。
「ですので、今日もこのようにちょっと贅沢を……」
エミリエンヌはそう言いながら、部屋着の胸元のボタンを二つ外して開いて見せた。部屋着の中には、確かにエミリエンヌらしくない透明で可愛らしくフリルがたくさんついたネグリジェがちらりと姿を見せていた。
「うっ、これは見事な攻撃ですね」
「ふふ、タモン陛下の弱点も分かってきましたから」
タモンは本気で照れていた。
スタイルのいい長身で普段は凛々しい感じのお姉さんが見せる可愛らしくも色っぽい姿に、食欲を満たしたばかりのタモンは完全に心を射抜かれていた。
珍しく高ぶったタモンは、もう一刻も早く寝室へと向かいたいという思いを強くして、エミリエンヌの手を乱暴に握り引っ張ろうとした。そんな瞬間、侍女でもなく警備の兵でもなく部屋の奥からじっとこちらを見ている人物に気がついた。
「……ところで、あそこにいるのは……」
「え、ああ、ニビーロのカトリーヌ王女さまです。その……もう、ニビーロにはいたくないとおっしゃっておりまして……着いてきてしまいました」
「……ずっといるけれど、ニビーロはいいのかな」
タモンも当面はお飾りでしかないだろうと思ってはいた。ただ、そうは言ってもニビーロ国の一番上に立つはずのカトリーヌが隣国の後宮に引き凝っているのはさすがに問題だろうと頭が痛くなった。
「新しい大臣たちが、滞りなく政務は行っております。ただ、仕方がありませんので、私がカトリーヌさまを連れて半年に一度くらい戻りたいかと思います」
ですので時々、ここから離れたいと思いますと頭を下げた。
タモンは一瞬で計算して、『まあ、ニビーロ国の実権をエミリエンヌが握ることになるのならいいのかな』という結論になったので笑顔で応じていた。
「寂しくなるけれど、分かった。ニビーロを頼むよ」
その話題はもう終わりというように、エミリエンヌの手を引いた。
(恋愛感情というわけじゃなくて、保護してくれる人がどこか連れていかれないか不安という感じかな)
カトリーヌのそんな視線を感じて横切りながら、タモンは寝室へと照れるエミリエンヌを引っ張っていった。




