正妻争い
少なくとも表面上は、エトラ家での朝食は和やかな雰囲気の中で行われていた。
タモンがふらりとエトラ家の後宮に出向くと、黒く塗られた机と椅子に卵を中心とした料理とご飯とお吸い物が用意されていた。
「来ていただいてありがとうございます」
エレナも従者も温かい笑顔を向けて出迎えてくれる。
「朝早くから申し訳ありません。このまま、もしかしたら今日もお館様とゆっくりお話もできないのではと、お嬢様が不安になっていたものですから」
エトラ家の従者のフミは、背筋を伸ばして凛々しくいかにも仕事ができそうな人物あった。感謝を示しつつも嫌味にはならない程度にタモンに釘を刺してくる。
「フミ。そんなこと言わなくてもいいでしょう」
斜め後ろで立っている従者のフミに対して、エレナは振り返り、ちょっと照れた顔で抗議をした。
「どうぞ。だ、旦那様」
静かに一礼をしたあとで席につくとエレナ自らがお吸い物やご飯をよそってタモンに手渡してくれる。
タモンのことをなんて呼ぶか少し悩んだ仕草も可愛らしかった。
タモンからすれば、全部、アピールするための作戦なのだろうなとは思ったけれど、手慣れた感じで動ける動作は噓ではなくエトラ家のフットワークの軽さを感じていた。
「料理とか、建物とか、何となく僕の故郷と似ているんですよね」
ちょっと安心したのか、ご飯を食べながらタモンは、そんな感想がぽろりと漏れてしまった。前の世界のことは、普段はあまり話さないようにしているだけに自分でもちょっと油断したと反省した。
箸ではなく木さじで食べるのと、ちょっと変わったお吸い物の匂いには慣れなかったけれど、タモンは日本での朝ご飯によく似ていると改めて思っていた。
「エトラ家のご先祖は男性で、その方がこのような料理を作ってくれたと伝え聞いております」
今ではすっかり地元での名物料理になっていますとエトラ家の従者たちも口を揃える。
「もしかして、我が家のご先祖と旦那さまは同じ地方のご出身なのかもしれませんね」
「なるほど、それならこの部屋の居心地がいいのはそのおかげかもしれませんね」」
共通点があって嬉しそうにエレナはアピールする。多分、あらかじめ調べてあったのだと思いながらも、タモンとしても料理の話で会話が弾むのは嬉しいことなので、そのまま話にはのっておいた。
「これもちょっと変わっていますけど、美味しいですね」
ドライフルーツとシリアルのようなものが甘く煮込んであった。朝食っぽくはないなとタモンは思いながら木さじですくったけれど、とても美味しくて元気がでる気がした。
「そちらは、ビャグン地方の料理がベースの料理ですね。私も好きなのです」
「ビャグン……は、キト家がある地方ですよね」
タモンからすればわざわざ話題にするのがちょっと意外な気がした。
「はい。私の母は元々は、ビャグンの方の出身ですので私も慣れております」
「そうなのですね」
タモンは自分の妻と、上辺だけにこやかな会話を続けていた。
(キト家とも仲良くできますよというアピールなのかな)
(でも、そうか、別にキト家に行かなくても料理はここで全て味わえますよということか)
そう察しはしたけれど、難しく考えすぎても仕方がないので、タモンは素直に料理を楽しむことにした。
「ごちそうさまです」
可愛らしい女性と懐かしさを感じる美味しい料理に、タモンは素直に感謝しながらお礼を言った。会話にぎこちなさがないわけではないけれど、楽しい一時にこれからも良好な関係を築けそうな気がした。
「では、また旦那様の好みそうな料理をご用意いたしますね」
さりげなく次回のアポイントメントも忘れない。タモンは素直に感心しながら、曖昧にぼかした返答をする。
タモンにはそれで今朝の会食は終わりのはずだった。だったのだけれど、どうしても今回の話で気になって仕方がないことができてしまっていた。
「ところで、エトラ家のご先祖の男性はどんな生涯を送ったのでしょう?」
「え?」
「エトラ家のご先祖は男性で、エトラ家を金持ちにしたあとで帝国にさらわれてしまったらしい」
朝の会食を終えて、仕事部屋に戻ったタモンは、会食で聞いてきた知識をエリシアに話した。
「はい。ご存知ありませんでしたか?」
エリシアはすっかりいつもの仕事モードだった。昨晩のベッドの中でのことなど何もなかったかのように、文官の正装に身を包んで、あくまでも事務的にタモンの言葉に返事をしていた。
「知っていたの? 僕からすれば割と重要な話なんだけれど」
事務的なエリシアの態度に、ちょっとタモンは寂しいものを感じていたけれど、照れた顔とかになるのを避けるためにあえて目をあわせないようにしているのだと気がついて、微笑ましい気分でエリシアを眺めていた。
「『男王』と呼ばれる以前に亡くなったり、さらわれたりした男性の話は各地に残っています。エトラ家は有名ですね」
「へえ」
そう言われると、逃亡している際に魔法使いに睨まれる可能性があるのに匿ってくれたのはそういう歴史があったからなのかもしれないとタモンは、一年前のことを思い出していた。
「今の大きな帝国はみんな先祖は男性なんだよね」
「はい。それは有名ですね。それ以外にも名家の先祖は男性だったという言い伝えが多いですね」
その言葉に、タモンは腕を組んで首を捻りながら何やら考えこんでいた。
「思ったより多いな……魔法使いが召喚……召喚ということにしておこう。定期的に……なのか……。だとすれば……」
何やらぶつぶつ言いながら、タモンは部屋をぐるぐる歩きながら回っていた。エリシアは、珍しいことだと思いながらもじっと見ていたけれど、伝えるべきことがあったことを思い出して、タモンを呼び止める。
「お館さま。そう言えば、さきほどキト家から使いのものが来ておりました」
「……ああ、何か言っていた?」
「『エトラ家で朝食中のため不在です』と伝えましたら、不機嫌そうにまた後で来ますと言って帰っていかれました」
わざわざ煽ったことをエリシアはわずかに笑みを浮かべて報告してきた。
「まあ、昼食とかのお誘いかな。ちょっと様子を見に後で行ってみるかな」
エトラ家と比べて、強引さがないのは名門だからなのかだろうかと、ちょっとタモンとしても悩んだけれど、自分から出向くことにした。
キト家の雰囲気は最悪だった。
「いきなりこられても、準備がございます」
ふらりと足を運んだ結果、後宮の入り口でキト家の従者に、冷たい反応であしらわれてしまった。
「あ、はい。では、また後で……」
自分の城にも関わらず一度門前払いをくらったあとでタモンは再度午後のお茶会に足を運ぶことになった。
今度は従者の二人は、丁寧にタモンを出迎えて主人の部屋まで案内をしてくれた。
「昨晩は部下の方とお楽しみだったとか、お元気で何よりです」
「朝はエトラ家に行っていらっしゃったとか」
ただ、棘のある言い方で昨日からのタモンの行動を確認しながら責めるようにして廊下を進んでいく。わずか数メートルの距離にも関わらず左右から浴びせられる言葉は丁寧だけれど、ずっと辛辣だった。
「いらっしゃいませ。わざわざ私の部屋まで足を運んでくれてありがとうございます」
マジョリーお嬢様は、さすがにいきなり嫌味な言葉を浴びせたりはしなかった。静かにお辞儀をしながらタモンを出迎える。昨日のようなドレス姿ではなかったけれど、白いブラウスとスカートはタモンからすれば十分きらびやかで、高級そうな素材に見える。
(触ったらなめらかそう。触ってみたい)
タモンはマジョリーの眩しい姿を眺めながら割と本気で、そんなことを考えていた。
(お嫁さんなのだから、抱きしめながら服ごと触ってもいいのか。いいんじゃないかな)
一瞬悩んだけれど、マジョリーは穏やかな表情の中でも目が笑っておらず明らかに不機嫌そうな雰囲気を漂わせていたのでタモンとしても馬鹿な発言はできなかった。
「キト家のご先祖さまは、初代『男王』皇帝のアン様なのですよね?」
このままだと嫌味を言われるだけのお茶会になってしまいそうと思ったタモンは、ついでに聞いておきたかったことをクッキーを口に運びながら確かめることにする。
「はい。初代皇帝アン陛下の十三男キト様が、この北ヒイロ地方を任されたのがはじまりと言われております」
自慢の歴史なのか、マジョリーは嬉しそうに解説してくれた。周囲の従者たちも、『良い質問ね』とでもいうように各自うなずいていた。結果的にちょっといい雰囲気になったけれど、そのままキト家の歴史について延々と説明されることになってしまった。
「つまり、フカヒもツーキの土地も元々は我がキト家のものなのです」
(フカヒとツーキって何だっけ。ああ、エトラ家やヨム家の領地か……)
マジョリーは高らかに普段からキト家では思っていることを宣言した。でも、お茶会の場所でそんな主張ばかりしても良くないと思ったのか、その後は落ち着いた様子で、表面上はにこやかに談笑した。
「おっと、すっかり長居してしまいましたね。美味しかったです」
「あ、いえ。そんな……もう他人ではないのですから」
立ち上がったタモンに、マジョリーは声をかける。マジョリーは自分でそんなことを言いながらも、自分自身が他人行儀だなと感じていた。
(もうちょっと、何か。今日もお近づきに……)
立ち上がり部屋の入り口まで見送ろうと思いドアまで近づくと、タモンは振り返った。
「ああ、そう。今晩、私の部屋に来ていただけないでしょうか?」
「え」
マジョリーが悩んでいる間に、タモンの方から声をかけられた。意外でもなんでもなく、当然の話でむしろこのお茶会もそのための準備だったはずだった。でも、マジョリーは驚いてしまった。
(さっきまで、全然、そんな雰囲気もなかったものだから……)
混乱した中で、ついタモンを責めるようなことまで考えてしまう。
「お嫌ですか?」
「い、いえ。そんなことはありません。結婚したのですから、喜んで!」
元気に食いつくようにマジョリーは承諾した。必死過ぎて、夜の生活が楽しみそうに聞こえてしまった気がして、マジョリーはちょっと赤くなり、タモンから離れた。
(やりましたね。お嬢様)
(でも、主導権を握られてそうだけれど大丈夫かしら……)
従者たちは、そんな主人の様子を周囲で聞き耳を立てながら満足そうな笑みを浮かべていた。




