トキワナ皇帝奪還作戦
「世界の半分をという話はおいておくとして……」
意外な出来事に慣れているタモンであっても、いきなり登場した人物たちの突飛な話になかなか頭が追いついていかずに頭を抱えていた。
東国にいる『男王』とおそらくその『男王』を支える大魔法使いピアの存在は予測はしていたが、今ここでトキワナに現れるのは想定外であり、動機が謎だった。
「とりあえず一緒に戦ってくれるということでいいのかな?」
顔をあげたタモンの言葉に、ピアと名乗った無表情な少女はわずかにうなずいたように見えた。
「ええ、まずはトキワナの皇帝陛下周辺にいる魔導協会の輩を取り除かねばなりません」
冷たい態度で返事をされて、本当は手を取り合いたくなどないのかと思ったが、少し話しているうちにこれはこの少女が単に会話に緊張していて、頑張ってこれでも友好的な会話をしようとしてくれているのだとタモンは察した。
なんとか怖がらせないようにこちらも慎重に会話をしようと思ったけれど、タモンを抱えているクリスティアネの方はもうタモンを放り出しそうな勢いでピアに顔を近づけていた。
「大魔法使いさまが手を貸していただけるのですね」
「は、はい。……お、お任せください」
怯えながらも、何とか表情に出さないように頑張っているピアを見てなんとなく微笑ましいと思うタモンだった。
「しかし、なぜあのような軍勢が必要なのですか?」
「ま、魔導協会の人間を逃さないためです。逃がしてしまうと、このあと面倒なことになってしまいそうですので」
言葉は曖昧だったが、ピアははっきりとした声で答えていた。そこは『男王』に言われたことではなく、自分の考えなのだろうということが伝わってきた。
「分かりました。悠長に悩んでいる場合でもありませんし、ここは手を取り合いましょう」
タモンは手を差し出した。ショウエが『東の男王』と組むと判断した時点でもう選択肢はないのだが、確認をしないわけにもいかなかった。
「は、はい。よろしくお願いします。お父様」
目を伏せながらも笑顔でピアはタモンの手を握った。タモンには『お父様』と呼ばれる覚えはなく他人のはずなのだが、この人見知りっぽい感じが妙に心配になってしまう。
「それでは、早速、皇帝陛下の元へ向かいましょう」
しかし、任務に取り掛かるときのピアはとても優秀そうに見えた。キリッとした顔立ちに戻りあらかじめ調べていた場所へと先導して飛んでいく。クリスティアネはタモンを抱きかかえたままで、あとに続いていった。
「一応、姿を消しておこうか」
帝都マツリナの上空を滑るように飛んでいる中でタモンはそう言って呪文を唱える。
「こんな魔法が使えるんですね。タモンお兄ちゃん」
「す、すごいですね。お父様」
ピアとクリスティアネは、タモンの予想以上に驚いているようだった。
そうは言っても言っても、近くにいても二人の姿はもう薄っすらとしか見えなくなっていたので表情は良くわからないままだった。
タモンは、師匠であるレイラおばば様に教えてもらっただけなので、大魔法使いな二人にこれほど驚かれるとは思っていなかった。
意外に、直接的な攻撃魔法とかよりも見た目をごまかしてする魔法を使いこなせる人の方が希少なのだと教えてもらうのは後のことだった。
「まあ、優秀な魔法使いならすぐに分かってしまうと思うけれど……」
もう皇帝陛下がいる部屋の上まで来ていた。三人はそれぞれ奇襲のかけ方を考えながら、マツリナの城を見下ろしていた。
「この場合は数秒でも判断が遅れるのは致命的なはずだ」
タモンのその言葉に、二人の少女も同意する。
「では、参ります!」
ピアの掛け声とともに三人は急降下した。
最初は、皇帝陛下と護衛の魔法使いの他に臨戦態勢の近衛兵が廊下で護衛している部屋から離れた部屋の木窓を破壊した。
「何事か?」
素早く、しかし慎重に数名の近衛兵が、音のあった方へと確認のため走り寄っていった。
「ぐああ」
兵たちは、窓の外からの魔法で足元を凍らされると動きがとれずに苦しそうな声をあげていた。
「敵襲! 魔法使いだ」
素早く判断してトキワナの近衛兵たちは臨戦態勢にはいった。
その後も、窓の外かららしい魔法の攻撃は続いた。
もう一度、攻撃した時点で大魔法使いピアの姿は見えるようにはなっている。しかし、素早く空中を移動しながら魔法を打つこと自体が、一般の兵の常識を越えているのでなかなか現状がつかめずに混乱していた。
「只者ではない!」
「左右の塔にも兵を回せ! 自由に飛ばせるな!」
護衛の兵たちは未知の敵に恐怖しつつも、大魔法使いに慣れている国なので対処法もしっかりと考えられていた。
無敵なわけではないことも良く知っている。
多少は慌てふためきながらも空を飛ぶ魔法使いから被害を最小限に抑えて、疲弊させていく作戦を選び兵たちを投入していく。
「落ち着け! 陽動の可能性も高い! 皇帝陛下の護衛も忘れるな」
それまで奥の部屋に潜んでいた魔法使いらしい人たちが飛び出してきた。
大きく声をあげた人物にタモンは心当たりがあった。ニビーロで出会った魔導協会のヴァレリアと名乗る人物だった。
本来はここにいるはずもない人物なのだが、今や皇帝陛下の代わりとでもいうように近衛兵や魔法使いに指示を出している。そのことに疑問を持つもののもはやこの城にはいないようだった。
「むっ! そこにいるのは誰だ!」
ヴァレリアが振り返ると同じようにフードをかぶった魔法使い数名も一斉に部屋の片隅を振り返った。
その瞬間に、タモンからいくつもの花びらが舞い踊りヴァレリアたちの方へと向かい通り過ぎていった。
「くっ、睡眠か……!」
奇襲で大打撃を与えるほうがいいのだが、トキワナの皇帝陛下のいる部屋でいきなり火の玉をぶっ放すわけにもいかなかった。
思ったよりも陽動がうまくいったこともあり、ヴァレリアたち魔法使いの反応は遅れ、睡眠魔法は数名の魔法使いを昏睡させ、他の魔法使いも意識が多少朦朧とさせるのに成功していた。
しかし、ヴァレリアはローブの袖で口元も抑えるくらいで全く意識がはっきりしているようだった。
「敵だ!」
ヴァレリアの叫んだ声に、周囲に散っていた近衛兵たちも一斉に振り返り戻ってきた。
いかつい鎧の音を鳴らし部屋の入り口に密集してきた。
「嘘お。全然効いてない?」
ヴァレリアさえ動かなくなればおそらく勝ちだと思っていたが、狙いを定めたのに本人は効いていないかのように元気だった。
「ふっ、まさかタモン陛下。自らおいでとは……さすがに無謀ではないですか?」
フードが影を落としているせいもあるが、全く表情を変えないようにみえるヴァレリアもさすがにタモンの顔を見て、楽しそうに口元を緩ませていた。
「よく言われます」
王城の部屋の片隅で袋の鼠になりかけているタモンは、苦笑いのままじりじりと後ずさりした。
エリシアに無謀なことはしないと約束したような気がするが、今回は軍の前線にでるとかそんなレベルの話ではなく敵国のど真ん中に少人数で潜入するという作戦だった。
「無事に帰らないとうちの宰相に泣かれてしまいますので」
無謀なんてものではない現状で、何とか時間を稼ぐ必要があった。
右手に短剣を構え、左手には『静寂の玉』をちらつかせながら右へ右へと回りこむようにゆっくりと歩いていた。
『静寂の玉』は一定時間、呪文を唱えられないようにする道具だった。
しかし、昔と違い今のタモンは自らも魔法が切り札であるので使いどころが難しい。迂闊に使ってしまうと今度は、近衛兵たちから逃げることができなくなってしまう。
ヴァレリアたちと向かい合う時間がしばらく続いた。
「タモンさま! 皇帝陛下確保しました!」
突然あがったその声に、ヴァレリアも近衛兵も一斉にトキワナ皇帝陛下の玉座を振り返った。
姿を消していた皇女クリスティアネが母であるトキワナ皇帝を抱きしめて姿を現したことにヴァレリアは驚いていた。
「……三人だと?」
「お母様。私です。クリスティアネです。安心してください」
そう言いながらも、トキワナの皇帝陛下はタモンの魔法で淀んだ意識のままだったので好都合だと起こすこともなくそのままにしておいた。
「えっ、クリスティアネ皇女さま?」
一斉に不審者に掴みかかる勢いだった近衛兵たちは、フードを外し皇帝陛下を抱きかかえるクリスティアネの姿を確認して動きを止める。
「皇女クリスティアネである。この度、皇帝陛下からは軍の指揮権を預かっている。ほれこの通り。ですよね。お母様?」
「お、おう。クリスティアネ。あとは頼むぞ」
クリスティアネは、皇家に伝わる剣を高々と掲げて反対側の腕は皇帝陛下を支えていた。腕の中の皇帝陛下は、確かにうなずきクリスティアネに全てを任せるような言葉を発したように周囲には見えた。
もちろん、実際には眠っている皇帝陛下を使ってクリスティアネとタモンが二人で言わせた言葉であった。
「どうしました? 皇女クリスティアネと知って、なお剣を向けるのですか?」
「はっ、失礼いたしました。いや、しかし、皇女さま……あ、あの者は敵方の『男王』なのでは?」
警備の兵は慌てて剣を下げつつも戸惑っている。色々な疑問が頭の中を渦巻いているものの親衛隊長は、とりあえず一番に目についた疑問について聞いた。
(ばれた)
軍服姿のタモンは、すぐには男だとばれないのではないだろうかと甘く見ていただけに、簡単に見抜かれてしまったことに冷や汗を流していた。
「そうです。北ヒイロの王です。この度、私の夫となる条件で講和が相成りました」
力強くクリスティアネは、宣言した。
(まだ、何も決まっていないのだけれど……ね)
意外と図太い神経のクリスティアネに、タモンはため息をつきながらも頼もしく見守っていた。
なんとなく、タモンはマツリナの街に婿入りでやってきそうな説明だったが、とりあえず嘘は言っていないのでこの場では黙っていることにした。
「おお」
「『男王』と婚姻?」
「和睦……?」
護衛の兵たちは動揺しつつも安心したかのような空気が流れていた。
近衛兵たちでも戦争が劣勢であることは理解していた。
ヒイロ帝国ごときに決して屈服したりはしないとは言いながらも、内心では帝都マツリナを巻き込んだ戦いは起きてほしくないと思っている兵がほとんどであった。
「大丈夫、私に任せて。皆の家族の住むこの街を戦場になんてしないわ。……そのためにも」
皇女クリスティアネは、横を向きヴァレリアの顔を睨みつけた。
「その者を捕まえなさい!」
指を差したその先の人物は、少し前まで皇帝陛下の片腕として働いていただけに、近衛兵たちも躊躇した。
「いや、だがこのヴァレリアと名乗る人物はそもそも何者だ?」
今まで考えることもなかったことだった。先祖代々皇帝陛下に仕えている重臣のように思い込んできたが、大臣でもなければ宮廷付き魔法使いでもない。
兵たちは徐々に意識がはっきりしてヴァレリアの方に一歩足を進め、取り囲もうとしていた。
しかし、部屋の奥にいた魔法使いからまばゆい光の矢が先頭の近衛兵に向かっていく。
「ぐっ」
「隊長! 大丈夫ですか? 隊長」
洗脳が解けてないのか、元々魔導協会の魔法使いなのかは分からないが、近衛兵たちの怒りの目は一斉にその魔法使いの方に向けられた。
「いけません。ヴァレリアを捕まえて!」
クリスティアネは叫ぶ。
ヴァレリアが呪文を唱えているのが見えてしまった。それは、クリスティアにも全く分からない謎の呪文だった。
「え?」
何も起きなかったのを見て、クリスティアネとタモンは不思議そうに部屋中を見回した。
いや、何も起きていなくはない。激高して魔法使いに襲いかかろうとしていた近衛兵も足を止めている。
「あ、これは……もしかして……」
「洗脳されなおされてしまったみたいだね」
クリスティアネとタモンは、淀んだ目をした近衛兵や一部の魔法使いを見てそう認識した。
落ち着いたやり取りのようにも見えるが、あまりも絶望的な状況に二人は困り果てているのだった。
「さあ、私の声は皇帝陛下の声だ。いや、私が皇帝だ」
ヴァレリアはそう高らかに声をあげる。
本物の皇帝陛下を抱きかかえているクリスティアネに対して、近衛兵たちは敵としてもう何も疑問に思わないようだった。
一度、魔法で洗脳したものは再度洗脳しやすいとは聞いたことがあったが、これだけの人数に全く疑問を持たせずに言うことを聞かせるのはタモンたちにとっても驚きだった。
派手な戦いはないが、再度、部屋の片隅で追い詰められていく中で、タモンはこの個人的な戦いに完敗したことを悟った。
自らの策が甘く、こうも完全に逆転されるのは初めての経験だった。
いまだにフードを深くかぶり表情がはっきりとは分からないヴァレリアのことを、鋭い目でにらみつつ対峙していた。




