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田舎の城からの生き残りハーレム増築戦略  作者: 風親
第3章 最後のお妃編

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「そうです。私が『男王』様の嫁になればいいのです」

「あの化け物が何なのか、僕もよく分かりません」


 タモンは、じっと惨劇のあった部屋の中央を見つめながらそう言った。


 惨劇と言っても、血が吹き出ていたり体の一部が飛んでいったりということもない。部屋も机と椅子がいくつか倒れ転がっているだけだったので、今ここで悲惨な事件が起きたという実感はこの場にいる誰もがあまり持てないでいた。


 ニビーロ国王夫妻は動かなくなり硬直した皮膚は血が通っているとは思えず、まるで石になってしまったかのようだった。元々そこにあった彫刻だと言われれば納得してしまいそうになる。


「そのわりには……完璧な対処だったじゃないか」


 帝国の前線での指揮官であるリュポフは、そう言いながら謎の生物が焼けた残骸が転がる床を撫でていた。


 少なくとも剣が効かないこと、火に弱いことをタモンは予め知っていた。


「体が覚えていました」


「ほう」


 タモンの説明を、リュポフは疑った視線と声で返していた。その説明では疑われて当然だろうとリュポフでなくともこの場にいる全員が思っていた。


 ただ、そうは言ってもタモンが味方に対して、あの化け物のことを誤魔化す意味があるとも思えないのでリュポフもそれ以上は問いただすことはしなかった。


「あれは、治らないのか?」


 リュポフは、固まったニビーロ国王夫妻に視線を向ける。ニビーロ夫妻には、治癒魔法が得意な魔法使いが何人か回復しようとしているが、何も効果はないようだった。


「おそらくは、魔力が完全に吸い取られているので……もう蘇生はできないでしょう」


「ふうん。でも、別にニビーロ国王夫妻は、別に魔法使いじゃないだろう?」


 魔力があるのか。仮になくなったとしても特に困らないんじゃないかとリュポフは言う。


「いえ、すべての人に魔力はあります。無くなればこの世界の人間は動くことができなくなります」


「ふむ、そういうものか……」


 やっぱりタモンが何か知っているのではという疑いは、リュポフの頭には浮かんでいた。ただリュポフも魔法には詳しくはないのでそれ以上聞いても意味のないことだろうと一旦は諦めることにした。


「しかし、これはだな。実際のところを言ったところで……世間は、信じてはくれないな」


「そうですね。我々が気に入らないニビーロ国王夫妻を、無理やり処刑したという噂が流れてしまうでしょうね」


 リュポフもタモンも腰に手を当ててながら部屋の様子を再度見回し、深くため息をついた。

 否定し、事実を明らかにし、デマを抑え込もうとしてもこればかりは民衆が勝手にこうに違いないと思い描くストーリーの方がどうしても強くなってしまう。


「トキワナ帝国との和睦交渉が面倒なことになりそうですね」


 タモンが帝国同士の交渉に直接関わることはないとは思うのだが、どうしてもその点が不安になる。あと一回くらい帝都付近の戦いで勝利を得られれば、そのままかなり有利な条件で和睦の交渉に応じてくれる可能性はかなり高かっただろうと思う。しかし、これで交渉のテーブルについてくれるかどうかもかなり怪しくなってしまった。


「とりあえずは、このお嬢さんを跡継ぎにしてニビーロも落ち着いてもらわないとな」


 リュポフはとりあえずの方針を打ち出していた。


 タモンと南ヒイロ帝国に対して反抗するような勢力は残っていないが、あまりにも混乱した状態が続くと補給にも差し支えるし、トキワナ帝国に付け込まれて利用されてしまうかもしれない。


「え? 私? 私ですか?」


 他に候補は誰にもいないのにも関わらずカトリーヌ嬢は何度も聞き返していた。


「でも、お嬢さんが国王の唯一の子どもなんだろう?」


「無理です。無理です。私が跡継ぎなんて」


 他に子どもがいないのにも関わらず全くその覚悟はないようだったので、聞いたリュポフの方が困ってしまっていた。


「そ、そうです。私が『男王』様の嫁になればいいのです。全部、『男王』様にお任せしますわ」


 カトリーヌ嬢は全く済まないと思う様子もなく、本気で妙案とでも言いたそうに目を輝かせてタモンににじり寄っていた。


「いえ、それはちょっと……」


「カトリーヌお嬢様! それはどうかと思います」


 タモンが興味なさそうに断るよりも前に、横からエミリエンヌが飛び込むように割って入ってきていた。


「え? あ、も、申し訳ありません」


 エミリエンヌは、タモンが断るとは思っていなかったので勢いで割り込んでしまっていた。


「断らない方がよかった?」


「い、いえ。そんなことはありません」


 ちょっと必死になっていたエミリエンヌをからかうようにタモンは表情をあまり出さずにわずかに微笑んでいた。


 つい嫉妬から飛び出してしまったように見えて、エミリエンヌは赤面していた。


「え、え、私、駄目ですか? 可愛がってはいただけませんか? あなたはそうしていればいいのよってお母様たちは言ってくれていたのに」


 カトリーヌ嬢は床にぺたりと座ると、小さな子どものように泣いていた。


「カトリーヌさま。国の代表ともなれば、そう簡単ではないのです」


 エミリエンヌはカトリーヌに向けてそう言った。


 周囲には、見慣れたニビーロの家臣の姿も見えるが明らかに先程からのカトリーヌの言動に落胆し、悲しそうな目でこちらを見ていた。


 家臣たちもこんな跡継ぎで本当に大丈夫なのか。どう身を振ったらいいのかと考えはじめているようだった。


「そんなこと言ったって、私は何も分からないわ」


「大丈夫です。みんながお支えいたします」


 みっともなく涙目のカトリーヌに対して、エミリエンヌはそう言って励ました。


 元々、こんな感じのお嬢様だったという記憶はあるのだが、目の前で親を失ったばかりで状況もあまり理解できていない若い娘を落ち着かせてあげたいと思う。


 励ましている背中越しに、すでにこの跡継ぎでは駄目だと見切りをつけている家臣たちの雰囲気がひしひしと伝わってきているがエミリエンヌとしても自らの領民のためにもここで見放して、内乱でも招いてしまうわけにもいかなかった。


「ほんと? じゃあ、エミリエンヌも助けてくれるのね?」


「え? あ、はい。私にできることでしたら……」


 少しエミリエンヌがためらったのは、もう自分の主人はタモンの方であるという意識があったからだった。主君の命に背いたりしない限りは、できる限りお助けしますとエミリエンヌらしくない小さな声で伝える。


「よかった! じゃあ、難しいことはエミリエンヌにお任せするわ」


 涙目ながらもようやく笑顔を浮かべたカトリーヌ嬢は、そう言いながらエミリエンヌの両手を握りしめた。


「え? あ、あの……」


 もうニビーロ王家に仕える気はないのだが、カトリーヌ嬢のすがるような眼差しにあまり強く拒否することもできないエミリエンヌだった。






 


「タモン様。ご無事で何よりです!」 


 事件の話を聞き、南ヒイロ帝国軍の重鎮であるラリーサが急ぎかけつけていた。


 タモンの軍師であるショウエを伴ってニビーロ王都まで夜通し馬を走らせてやってきたが、少なくとも見た目では怪我もなく元気そうに見えるタモンやリュポフを確認して一安心したようだった。


「う、ぐっ」


 ラリーサは思わずタモンを抱きしめる。


 平時であれば、タモンも嬉しい包容のはずなのだが、今は武装しているラリーサの特別な前方に突き出している胸部装甲に顔を押し付けられて苦しそうな声をあげていた。


「あ、あら。申し訳ありません」


 ラリーサは自らの失敗に気づき慌ててタモンから体を離したが、すでにタモンはふらふらとなり倒れそうになっていた。


 何気にタモンにとっては、事件よりも命の危機を感じていた。


「だ、大丈夫ですか。こちらにいらしてください」


 しばらくはパニックになったが、タモンもラリーサもお互いに少し休憩して何とか落ち着きを取り戻す。


 ショウエにリュポフやニビーロ王城内の一室に、案内して紅茶を用意してくれたのはエミリエンヌだった。


 凛々しく長身なエミリエンヌにはそんな給仕のような仕事は似合わないのだが、王城もあまり機能していないのでエミリエンヌが色々と駆けずり回っていた。


「ラリーサまで、こっちに来ても大丈夫なのかよ?」


 リュポフはあまり歓迎していなさそうにラリーサに言う。立場ではラリーサの方が上なのだが、皇族であるうえに元々の性格もあってリュポフはかなり尊大な態度でラリーサに話していた。


「大丈夫です。オリガ様の部隊も到着されましたし、帝都付近までは問題なく進撃できるでしょう」


 ラリーサの方も、あまりリュポフに真正面から向き合わないように冷静に受け流している感じだった。


「ほう。大姉さんも到着したのか。じゃあ、大丈夫か」


 リュポフも、総大将でありかなり年上の姉であるオリガには頭が上がらない。信頼もしているのでそれ以上は何も文句は口からでてはこなかった。


「大変な事件でしたが、ご無事で何よりです。ニビーロ国王は残念でしたが、大勢に影響はありませんし、よかったです」


 ラリーサは、改めてタモンに向かい合うと両手を包み込むように握りながらそう言った。

 ふくよかなラリーサの姿を見てタモンは、鼻の下を伸ばして嬉しそうにしているように周囲には見えてしまう。

 恋愛感情があるわけではないが中性的でスラリとした体型のリュポフは、面白くなさそうにタモンの横顔を見ていた。

 同じような体型のエミリエンヌや幼児体形のショウエも当然、それ以上に険しい目つきで自分の主人をじっとりと見つめていた。


 おっとりとした雰囲気のラリーサだが、今の発言はかなりドライな発言だと周囲のものにはどきりとして聞こえてしまう。


「ですが、やはりトキワナ帝国との戦いには影響がでてしまうかと思います。申し訳ありません」


 そう言ったのは、先程から侍女のように立ったままで待機しているエミリエンヌだった。


 この場にいるのが南ヒイロ帝国でも屈指の地位と実力を持つ二人と北ヒイロの王だったので、普段はあまり物怖じしないショウエも少し離れたところで小さくなっていた。


「どうして? 気にしなくてよろしいですのに」


 ラリーサは優しく包容力のある笑顔で答えていた。まるでニビーロを代表して謝っているかのようなエミリエンヌに対してそんなことはないよと許しているかのようだった。


「トキワナが和睦になかなか応じてくれないだろうって話さ」


 世間の噂について、リュポフは補足する。


「なるほど……。ですが、どのみち一度はトキワナの本隊を叩き潰しておかないと有利な条件を引き出せませんから、気にしなくていいでしょう」


 優しそうな笑顔と声で、結構過激なことを言うラリーサに、他の面々はやや引きつった笑顔を浮かべて応じていた。


「では、提案があります! よろしいでしょうか?」


 ショウエは皇帝陛下に意見をする時よりも緊張しているのではないかという声で、ラリーサに意見を述べようと手を上げていた。


「あ、はい。どうぞ?」


 ラリーサは、学校の先生のようにショウエに発言を許していた。


「ラリーサ様には、こちらの戦線に参加していただけますでしょうか?」


「こちらの戦線?」


 もうニビーロとの戦いは終わった認識だったので、ラリーサは首を傾げていた。


「ニビーロから帝都に攻め込みたいと思います」


「つまり、ここからこの間、占領したルドワイヤンの街を経由して、帝都マツリナに攻め込むのではなく……」


「はい。もっと奥地から攻め込むということです」


 その説明だけですぐに理解をしてくれたラリーサに対して、ショウエは嬉しそうに提案を続ける。


 ショウエの言葉に、ラリーサは頭に地図を思い浮かべながらさすがにちょっと無謀なのではとしばらく考え込んでいた。


 ただ、しばらく考えこんだのちに確かに面白そうだと笑みを浮かべていた。


「厳しそうですけれど、何か勝算があるのね。でも、なぜ私がいるの? タモン様でいいのではなくって?」


「後方で、指揮をしていただく方が必要なのです、我が陛下には、前線に出ていただきますので!」


 ショウエのその言葉に、ラリーサはこの小娘になんて言ったらいいのかしらとでも言いたそうに眉をひそめていた。


「自分の主君を囮に使うのは、国家存亡の時ならともかく攻めている時にするものではありませんよ」


「いえ、囮ではありません。今回は盾です」


 無邪気にそう言ったショウエに対して、ラリーサは今まで誰も見たことがないような怖い視線でショウエを睨んでいた。

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