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田舎の城からの生き残りハーレム増築戦略  作者: 風親
第3章 最後のお妃編

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這うスライム

間違えてアップしたので修正しました。

 和睦の交渉は、特に紛糾することもなく順調に進んでいた。


 仲介人によって予め条件が詰められていたこともあるが、現状では、もう勝てないことが分かりきっているニビーロ王家はとにかく低姿勢で交渉に応じている。処刑されたりはしないこと、できればこの城には居続けたいという点だけを守ろうとしていた。


 その点に関しての必死さがタモンや南ヒイロ帝国にも伝わってきてしまったので、それ以外の交渉材料に関してはほぼタモンや南ヒイロ帝国の要求通りに合意していった。


(仲介した魔法使いヴァレリアは、この席にはいないのだな……)


 タモンはもうこの交渉には興味もなさそうにただ座っていた。この間の魔法使いが実際には、この国王たちも操っているのではないかと推測していただけに、やや肩透かしをくらったところがある。


「いやー。細かいところはまた詰めるとして、大筋は合意でよろしいのではないでしょうか。ははは」


 早く身の安全だけは確約したいニビーロ国王は、引きつった笑顔で周囲を見回して大きな声で同意を求めていた。何なら今すぐにでも立ち上がってタモンやリュポフと握手を交わしたいと腰を浮かしていた。


「……」


 ただ、タモンたちからは少し離れて座っているエミリエンヌの方は見ようとしない。


 ニビーロ国王とその夫人格の両名とも目を合わせるのが怖いかのようだった。先程、タモンたちを案内した娘のカトリーヌだけが心配そうに時々、視線を送っているだけだった。


「よろしいでしょうか?」


 ニビーロ国王は、終始、物わかりの良い国王で民のために講和に応じているかのような態度で、この会談を締めようと思っていたところだった。


 今まで無言だったエミリエンヌが椅子に腰掛けたままで静かに手を上げた。


 ニビーロ国王の顔が、面白いくらいに引きつりトレードマークである口ひげも冷や汗で濡れていた。


「あ、な、なんだね。エミリエンヌ……殿。発言を……どうぞ」


 言葉遣いもどうしていいのか分からないようだった。

 少し前まではエミリエンヌ側から希望して面会をするのには面倒な許可が必要で、高圧的に命令されるばかりだった立場の人間が、今はニビーロ王家の命運を握っているのだった。


「ヒイロ帝国との和睦については、もう大体まとまったようですし、その点に関しては私から何か言うことはありません」


 すっと立ち上がり、静かな口調でそう言った。

 何も派手なことはしていないし、言ってもいないのだが、すらりと長身で美しい機能美溢れた肉体は、王城の中であっても注目を集めて見るものは息を呑んだ。


 タモンの後ろに控えているカトリーヌ王女も今更ながらに見とれたように見上げていた。


「ですが、私が兵をあげてまで問いただしたかったことがあります」


 南北のヒイロ帝国との戦争とは別の話と前置きしつつ、ニビーロ国王に向けて鋭い視線を向けていた。


「三ヶ月前、我が先代の領主を呼び出し、裁判もほとんど行われずに処刑をしている」 


 エミリエンヌのその言葉に、ニビーロ国王は分かりやすくびくりと肩が動き、怯えたような表情になっている。


「あ、あれは仕方がなかったのだ。そなたが殺されたのだと思ったジュヌヴィエーヴが我が国を焦土にしてでも反乱を起こそうとしたのでやむを得ず」


 やっとエミリエンヌの方を向いたニビーロ国王は、顔中に汗を流しながら支離滅裂になりながら必死で説明をしていた。


「そんな兵力が我が領にいるとは思えませんが……」


 不満を隠さない顔で、エミリエンヌは答える。


 自分の子どもが、異国でニビーロ軍には置いていかれたことに対して猛烈に抗議をしたのは本当だろう。ただ、もう引退した先代の地方領主に反乱軍を組織する力があるとも思えない。


「いやいや、本当にジュヌヴィエーヴは農民までも脅して連れ去り、兵を集めていたのだ」


「いえ、北ヒイロの方に調査に協力していただきましたが、連れ去り事件が起きているのは先代が処刑されてからです」


 用意してあった言い訳をするニビーロ国王に、エミリエンヌは綿密に調査をしていた答えを返す。数枚の調査報告が書かれた紙を会議のテーブルの上へと広げると細かく各地の状況についての説明をする。


「いずれの地域も、先代からの指示はありませんでした」


「そんなことは……聞いていた話と……違うぞ……」


 ニビーロ国王は、流れる汗を増やしながらテーブルに広げられた調査結果をじっくりと見ていた。


 全くの捏造だとは言わないのは、この調査結果が正しくて、何かを知っているからなのだろう。


「そもそも、同時期に、こんなに人を集めるための兵が我が領地にはおりません」


 正規兵は当時、エミリエンヌとともに北ヒイロに出兵していてまだ誰も帰ってきていない。農民を脅せるような兵がいるならそもそも苦労はしないと言いたかった。


「いや……これは、少し時期の勘違いが……」


「少し、派手にやり過ぎましたね」


 まだ、何とか言い逃れようとするニビーロ国王に、冷静に座ったままで紅茶など飲んでいた南ヒイロ帝国の前線司令官であるリュポフが遮った。


「我が帝国の諜報……いや、調査員からの報告でも、ニビーロ王家直属の兵が動いていることは明らかです。エミリエンヌ領の先代領主を逮捕に動くのと同じタイミングだ。明らかに早すぎる。おかしい」


 タモンから見るとまるでリュポフは優雅な推理を披露する名探偵のようだった。


「……」


 ニビーロ国王は、もはや顔面蒼白だった。少なくともこの会談の間は、しらを切っていればなんとでも誤魔化せると踏んでいたが、エミリエンヌからの綿密な調査結果に南ヒイロ帝国の裏付けがあると言われてしまうともはや何もいい返すことができずに焦っていた。


「わ、私は知らない」


(まったく……往生際が悪いですね)


 エミリエンヌは、逃げる判断さえ遅い元君主に呆れ果ててすぎて、いっそ同情さえしたい気になっていた。


「いえ、こちらの事件もこちらの事件もあなたの直属の部下で、あなたからの命令であることは全員がすでに証言しています」


「なんだと!」


(おそらく全員っていうのは嘘だよね……)


 自信ありげにニビーロ国王を追い詰めていくリュポフだったが、タモンはちょっと疑いながら横目でじっと見ていた。


 しかし、調査しているのは間違いがなさそうだったし、確実に追い詰めていっているのでタモンは何も言わずにリュポフ氏に任せることにして黙っている。


「連れ去った人たちはここ王城に運び込まれていることを確認しています」


 リュポフはさらに淡々と報告する。


 元々、ニビーロは反論できるような立場ではない。戦いに負けたことを認めつつ、なんとか領土は確保しつついつか南北ヒイロの影響力が少なくなる日を待つつもりだった。


(しかし、ニビーロ国内の事件に南ヒイロ帝国がこれほど真剣に調査をするとは……)


 ニビーロ国王は誤算だったと悔やむ。


 エミリエンヌと組んでいる『男王』はまだ国の体裁になってからも日が浅いので何とかなるだろうと思っていた。

 ただ、昔から戦うことも密接な期間も多い南ヒイロ帝国の情報網が本気を出せばこれくらいの情報は集めることができるだろうことは分かっていたが、ニビーロにそれほどの手間をかけることはないだろうと思っていた。


「問題は、その先です。ある程度はこの王都防衛用に無理やり兵隊に組み込んだのでしょう。だが、明らかに数がおかしい。そもそも、あまり兵に向いてない人たちも連れ去っている」


 エミリエンヌの調査結果が書かれた紙をひらつかせながら、ニビーロ国王を問いただしている。調査結果には、連れ去られた民の詳細が書いてあり、子どもやかなり年配な人も多かった。 


「この人たちは、どこへ行ったのです」


 それまでは、淡々と冷静に話をしていたリュポフだったが、この瞬間は怒気を含めた強い口調で問いただし、綺麗な顔をニビーロ国王に近づけていた。


「うっ」


 ニビーロ国王は言葉に詰まり、そして悩んでいた。隣の夫人は、何もできずにおろおろとしながら今にも倒れそうだった。


「帝国が……守ってくれるかね」


 しばらく悩んだのちにニビーロ国王が、ひねり出した言葉の真意をリュポフはすぐには理解できなかった。


「取り引きということですね」


 横からタモンは、身を乗り出して会話に参加した。

 はたから見れば、北と南ヒイロの偉い人がニビーロ国王に詰め寄っているようにしか見えないが、今、三人は三人ともそれぞれの思惑で視線を交わしつつ、ニヤリと笑いあっていた。


「『依頼主』の情報を話すから、帝国にニビーロ王家の身の安全を保障して欲しいというということですよね」


 タモンの再確認に、ニビーロ国王はただ何度も大きく縦に首を振っていた。もう開き直ったらしいニビーロ国王は、かなりテンションも高く嬉しそうだった。 


「なるほど……分かった」


 リュポフは、南ヒイロ帝国よりも実情にたどり着いていそうなタモンに油断ならない視線を送りながらもニビーロ国王から情報を聞き出せそうなことに安堵していた。南ヒイロ帝国の情報網を持ってしてもどうしても最後のところは掴めなかった。


「しかし、我が帝国にわざわざ守ってもらいたいというからには、やはりトキワナ帝国の魔法使いたちなのだな」


 リュポフは乗り出していた身を引くと、あとはゆったりと話を聞く姿勢になっていた。


「いえ、実際のところは魔導協会が……」


 それにつられてホッとした表情になったニビーロ国王だったが、その言葉を不用意に言ってしまったと左右を怯えたように見回していた。


「魔導協会の方なのか……。そんなに強力な魔法使いが多数いるわけではないと思うのだが……謎の多い組織だな」


 南ヒイロ帝国としても、『依頼者』の候補ではあったのだろうけれど、最後はトキワナ帝国が黒幕だろうと思っていただけに少し意外そうな顔をしていた。どちらかと言えば、相手が小物そうなので少しつまらないという顔つきだった。 


「いや、魔導協会は、不思議な技を使うので油断は禁物です。細かいことはまた後日ゆっくりとお話しますが……」


 タモンも周囲を見回してみたが、やはり先日のヴァレリアと名乗った魔法使いの姿は見当たらない。とりあえずこの場は安全だと思ったのか、ニビーロ国王も少し饒舌になっていった。 


「うっ、うお、これは!」 


「え?」


 タモンが声に驚いて視線を戻すと、ニビーロ国王の顔が透明なジェル状のものに覆われていた。一言だけうめき声をあげたあとは、完全に顔を覆われて声さえ上げることができなくなっていた。


「上から? 下から? それとも元々体の中にいたのか?」


 タモンは距離をとりながら、周囲の状況を確認する。


「リュポフ様。エミリエンヌ、そこから離れて!」


 すでに国王夫妻は透明なジェルの中にいた。すでに溺れているのと同じ状態なのを見て、タモンは救出を諦めていた。


「しかし!」


「あれは、剣も槍も効かない。離れるんだ!」


 立ち向かおうとするエミリエンヌを制止する。


「うわああ」


「いったい何が!」


 血がでているわけでもなく、部屋のどこかが破壊されたわけでもない。わずかなうめき声を発した後は、静かに国王は殺された。


 その部屋にいた兵たちでさえ、状況を理解することがなかなかできずに反応はかなり遅れてしまった。


「あ、あれは何なのですか?」


 エミリエンヌはまだ剣を抜いて、タモンを守るかのように最前線で立ちふさがっていた。


「スライムみたいなものだ」


「すらいむ?」


「この世界では知らないか……いいから、剣では斬れない。下がるんだ」


「そ、そうみたいですね」


 エミリエンヌはとりあえず何度か床に流れてきたスライムを切りつけてみたが、止まる様子はなかった。


 どんな戦場でも恐れることを知らないエミリエンヌでさえ、これはお手上げとタモンの方を振り返って苦笑いをしていた。


「きゃああ」


 逃げ遅れたカトリーヌ王女には、スライムが足に絡みつき足を這いずり回って上っていく。


 エミリエンヌは彼女の方に走っていくと剣を捨てて、抱きかかえて全力で飛んで逃げた。


「エミリエンヌ!」


 無茶をするなと言いたかったが何とか被害は最小限に留められたようでほっと胸を撫で下ろしていた。


「ま、まだ化け物が!」


 カトリーヌの太ももをスライムが這い回り、カトリーヌは混乱して泣き叫んでいた。


「落ち着いてカトリーヌ様。大丈夫ですから」


 エミリエンヌは根拠はないだろうが、カトリーヌにくっついているスライムはわずかな量なので安心させようとする。


「ちょっと熱いよ」


 タモンがカトリーヌの太ももに手をあてて呪文を唱えるとスライムは太ももから落ちるとまだ床をゆっくりと這い回っていた。


「あれ?」


 タモンは想定していた出力の半分もでていないことに首を傾げていた。


「火を持ってきて!」


 そういえば、魔法を使えないように自分たちで防御陣を作っていたのだとタモンは思い出すと、兵たちに廊下の篝火を持ってくるように命令する。


「盾を構えて並べ」


 兵たちもまだ何をする気なのか分からずに、怯えながらタモンの命令に従っていた。


「火で盾を熱しながら近づけ!」


 熱が盾を通して兵たちにも伝わってきて熱いのだが、すぐにスライムたちが萎縮し、近づき完全に熱せられると溶けていくのがすぐに分かった。


 小さい塊で試して成果がでたので、兵たちも勇気を持って他の大きなスライムの塊に向かっていくことができた。





「ふう。えらい目にあった」


 リュポフは、ニビーロ国王夫妻は失ったことを悔やんでいたが、それ以上の被害は食い止められたことに安堵して床に座り込んでいた。

 エミリエンヌも抱きかかえていたカトリーヌを下ろすと、さすがに疲れたように床に座り込んでいた。ただ、タモンだけがじっとニビーロ国王夫妻の方を見つめながら立ったままだった。


「なあ、『男』殿。あれは、前時代最後の厄災ってやつだ。そうだろう?」


 石になったニビーロ国王の姿を見ながらリュポフはタモンに呼びかける。

 タモンはただ無言で一度うなずいただけだった。

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