【栗林の言葉①(Clibayashi's words)】
男の名はガモウ。
肩書は会長室主任研究員。
ガモウの後について会議室に入ると、そこにはロビーに居た屈強そうな男たちが先回りして私を待っていた。
「私を試すつもり?」
「何の事でっか?」
「以前会長に会いに来た外国人に、この男たちを襲わせたでしょう?」
疑問文のジャブの打ち合いは思ったより長くは続かず、ガモウは直ぐにメェナードさんの事を話し始めた。
「アノお方は、たいそう強かったですな。それで彼から話を聞いてココに来はったっちゅう訳でっか?」
「いいえ、あの人は、私には何も言いませんでした」
「そうでっか……」
ガモウは暫く考えてから部屋に居た屈強な男たちに外に出るように命じ、どうしてココに辿り着いたのかを私に聞いた。
私は正直に全てを話す。
ナトーの事も、そしてナトーを保護してくれた柏木サオリの事も。
妹に会いたい一心で幼い頃からずっと探していた事や母ナオミの事、そして自分が栗林会長の孫娘である事も。
ガモウは私が話している間、まるでカウセリングの医師のように真摯に話を聞いていてくれ、最後に「恨んだでしょうな、孫娘がこうして会いに来るまで放っておいた栗林会長の事を」と言った。
私は正直に恨んだ事を伝えたあと、でもそれは私のために仕方ない結果だったのではないかと付け加えると、ガモウはいきなり立ち上がって言った。
「さすがやね。なんでも調べて、知ってはる。それだけ知ってはったら何も会長に会って話をするようなこともないでしょう」とドアの方に向けて手を広げた。
つまりガモウは私に“帰れ”と言っているのだ。
なるほど、最初から栗林会長は私になど会う気もなかったと言う事なのか。
「分かりました。残念ですが、帰りましょう。ところで栗林会長は、私の妹にはもう会ったのでしょうね」
潔くドアの方に向かいながらガモウに話しかけると、彼は取り付く島もないように「さあ」とだけ答えて、その醜い顔を更に歪ますように口角を上げて笑った。
ドアを開け、手を振るガモウに向かって言った。
「つまり妹がグリムリーパーであるのなら合わないと言うことかしら、残念ね。それでは家族とは言えないわ。SISCONと言うたいそうなお題目を掲げても、何もできない老人ならコッチから願い下げよ。私は妹がたとえグリムリーパーだったとしても、会うことは出来る。だって家族ですもの。そう哀れな御老人にお伝えください」
ハッタリだった。
私自身、妹があの残虐なグリムリーパーだったとして恋人や友人を容赦なく殺した罪を許す自信など今は持ち合わせてはいなかった。
むしろ私自身の手で殺したいほど。
でも今の段階では彼女がグリムリーパーだった確証はない。
だからこそメェナードさんは私に内緒で、その調査をしているに違いない。
部屋を出てドアを閉め、ロビーに向かう。
ロビーには来たときと同じように何人かの営業マンが打ち合わせ時間を待ってソファーに座っていた。
もしかして、この中に栗林会長が潜んでいるの……そう思ったけれど、それらしい人物は見当たらずに、とうとう東亜東洋商事の玄関を出てしまった。
太陽が眩しい。
何もかも無駄に終わった挫折感を嘲笑うように、太陽の日差しが私を刺す。
玄関の階段を降りると、客待ちのタクシーが1台歩道に乗り上げるように止まっていた。
日本にしてはマナーが悪い。
こんなマナーの悪いタクシーなんか、死んだって持ってやるものか。
そう思ってタクシーを通り過ぎようとしたとき、不意に呼び止められて振り向くと、後部座席の窓越しに一人の老人が見えた。
“栗林会長……”
栗林会長はタクシーから降りるでもなく、私に乗るように伝えると座席を開けるためか直ぐに姿が見えなくなった。
その態度はまるで私が誘いに応じて、タクシーに乗る事が当たり前のようでもあり、また乗らなくても別に気にしないといったようにも思えた。
癪に障るから乗らずにそのまま通り過ぎようか思ったけれど、それだとなんだか戦う間から負けが決まったような気がして余計に癪に障るから乗ってやった。
「月島3丁目の西河岸通りに行ってくれ」
栗林がタクシーの運転手に行先を告げる。
タクシーは都心を抜け、勝鬨橋を渡り、月島に入った。
車が細い路地に入り、止まる。
私たちは車を降りて土手を越え、河沿いに整備された遊歩道を歩く。
決して広いとは言えないが、狭くもない河沿いに東京のビル群が広がっていた。
地震が多いお国柄だからか大都会のわりにはニューヨークのような高層ビルが立ち並ぶでもなく、どこかのどかな景色が広がっていて真夏の日差しを癒すように時折吹く風が心地いい。
青い空と、その青さを写す水面、立ち並ぶビル群。
今は行きかう船もなく、小波の音と2人の靴の音だけが心の耳に響く。
お互いに何を話すでもなく、ただ歩く。
佃大橋の下を抜けると、その先に桟橋が見えた。
桟橋の手前には柵がしてあるので、遊歩道はここで終わりなのだろう。
終点は少しだけ広くなっていて、そこにはベンチが幾つかあった。
ホンの少しだけ一緒に歩くだけで、この面会は終わるのかと思ったが、それが無駄だとは思えない。
前を歩く栗林の小さな背中がどこか寂しそうに見えるだけで私には十分ここに来て、彼と出会えて良かったと思えるほどの時間だった。
なにより部下には合わないと伝えておきながら、コッソリ私を待ち伏せしていたところが可愛い。
「まだ時間はありますか?」
不意に振り向いた栗林に声を掛けられた。




