【バラク小隊⑤(Barack Platoon)】
残り時間2分を残して、無事にカルサイ達の救出に成功した。
遠くからヘリの音が近づいて来る。
仲間たちに連絡する。
全ての装備を外して街に散らばるようにと。
自動小銃や銃弾、拳銃やナイフは勿論のこと、何も持ち帰ってはならないことをバラクから皆に徹底するように命じた。
もし破れば、反逆者として神の裁きを受けると一言付け加えた。
皆、敬謙なイスラム教徒だから、この一言で正規の訓練は受けていなくても統制は取れる。
これが古来、宗教が軍事利用されてきた背景だ。
我々3人は途中イワンと別れて2人になり、そのままアジトへと戻る。
執務室に入るとバラクが日本茶を入れてくれ、ティータームとなった。
「どうして縄をかけたとき、抵抗しなかった? まだ短期間の付き合いだから、私を信用していたとも思えなかったのだが」
アメリカ兵の小隊長の所に連れて行くときに、バラクの手を縄で縛った時のことを聞いた。
「たしかにな。しかし敵の小隊長たちと僕たちとの距離は離れていたし、見通しも良かった。武器を使わないという前提であれば、僕を有効利用するほかはなかっただろう?」
「売られるとは思わなかったのか?」
「さあな……しかし、縄の結び方が変わっていたから従うことにした。まさか手首を左に捻るだけで、あんなに簡単に解けるとは思っていなかった」
「それにしても、命は大切にするものですよ」
「命か……」
バラクという人間はかなり賢いが、命には全く関心がないように思う。
だから私を部下に入れたのかも知れない。
「ところでBM、もう街中で単独行動するするときはニカブは無しでいいぞ」
「どうして?」
「190㎝近い大男だけでも目立つのに、今回の件でニカブの大男はアメリカ軍から指名手配されるに違いないからな。……それも奴らを殺さなかった理由の一つだろう?」
「さあな」
笑って、日本茶を飲んだ。
紅茶のような独特な味わいもない代わりに、まるで日本人のように素直に心と体を癒してくれる味。
この味こそが、日本から遠く離れた砂漠という厳しい環境の中東でも受け入れらているのだろう。
アパートの中や、ザリバンの構成員と会う場合のみニカブを着用する事になった。
これは白人という特徴を隠すため。
ザリバンにも白人は少数ながら居るが、イザというときに信用されないからバラクがこの黒覆面(BM)を信頼してくれることは重要な意味を持つ。
この日は用が無かったので夕方にイワンを連れて、久し振りにナトーを遠くから見るために赤十字難民キャンプに車で向かっていた。
もう直ぐ到着するというときに、1台の車とすれ違う。
車は日本製のランドクルーザー70系2H型ロングボディー。
もう30年以上前に発表されたモデルだが、日本以外では需要が多く今でも生産されているベストセラーモデルだが、この赤十字の車はかなり傷んでいるので年月の経った車両らしい。
車には興味がないわけではないが、それよりも運転していた人物に興味があったので途中でUターンして後を追うことにした。
「あれっ、難民キャンプに行くんじゃなかったのか?」
「チョッと野暮用を思い出してな……」
この野暮用はザリバンとは全く関係がないのでイワンには何も言わなかった。
運転しているのは赤十字のフランス人医師で、ナトーの世話をしているミランという男。
一体、こんな時間に何の用なんだ?
ミランを追跡していて、到着したのは砂漠にある民間の射撃場。
“医者のくせに、射撃が趣味なのか……”
「さて、じゃあイワン。今日は君の特訓と行こうか」
「特訓、なんの?」
「グリムリーパーが居なくなって後だから、君に後釜になってもらう」
「そ、そんなん無理に決まっているだろう! あの伝説の名狙撃手の後釜なんて」
「会ったことは、あるのか?」
「まさか、グリムリーパーの正体は誰も知らねえ」
「……そうか」
ザリバンに入れば、グリムリーパーの手がかりが少しは掴めると思っていたがそうでもなかった。
普通なら自分の上げた戦果を自慢したり英雄気どりになったりして自ら正体をバラしてしまうものだが、このグリムリーパーという人間は余程謙虚な人物なのだろう手がかりは一切つかめない。
仕方なくミランの方に目を向けると、珍しい銃を手に持っていた。
ミランが持っていたのは、フランス製のFR F2狙撃銃。
フランスは正規軍を多国籍軍として派遣していないから、これは拾い物ではなくてミラン自身の個人持ちと言う事なのか?
店員にFR F2があるかと聞くと、やはり無いと返事が返って来た。
ここにある小銃はAM-47やM-4、M-16に、ドラグノフとM107(バレットM82)
拳銃ならベレッタM9やSIGザウエルP320にH&K P8、それにロシアのマカロフ、トカレフ、スチェッキンAPSそれに中国製の各種模造品が並んでいた。
どれも戦場で拾って来たものだろう。中には、あからさまに銃撃による傷が入っている物もある。
これも生きるためにはやむを得ない。
戦争や紛争でそれまでの生活を奪われてしまった者は、正に拾った物ででも生計を立てるしか生きて行く術がない。
“そんな泥棒みたいな真似までして”と人は言うだろう。
しかし戦争により一旦崩れた経済基盤は、早々に回復することは無い。
「どれにする?」
銃を見ながら迷っていたイワンが聞いてきた。
「まあ、現実的に考えるとドラグノフだろうな」
ミランの持つFR F2狙撃銃と、ドラグノフ狙撃銃の性能は、ほぼ同じ。
どちらも7.62mm弾を使用して、有効射程距離も同じ800m。
さてさて素人のミランと、実戦経験のあるイワン。
どちらの射撃技術が上なのか、これは興味がある。