【女の正体④(true identity of woman)】
翌朝、僕はもう一度ナトーを見たかったが、早く発つしかなかった。
なにしろココからミンスク迄。ズット下道を300㎞以上も走らなければならないから。
道路は空いているが、あまり飛ばして事故などしてしまうと、後悔だけでは済まないほど時間を浪費してしまうから。
ベラルーシには高速道路が2本しかない。
1本は首都ミンスクとロシアの首都モスクワを結ぶ30号線で、もう1本はロシア最大の港町サンクト・ペテルブルグからベラルーシ東部の町ビテプスクを経由して30号線に接続する95号線の2つ。
2つしかないのに何故1号線と2号線ではないのかと言うと、それはロシアが自国のために整備したからだ。
つまり西側諸国、特にポーランド国境付近を戦場と想定した場合の進軍路が30号線にあたり、補給路が95号線にあたる。
ベラルーシはとても貧しい国だから、主要交通網さえもロシアに依存しているのだ。
レオンポリを発って7時間、ようやく首都ミンスクに到着した。
ここからウクライナの首都キーウまで行くには、まだ500㎞以上も走らなければならないから車を置いて夜行列車で行くことにした。
現地に潜んでいるザリバンの諜報員に車を渡し、列車に乗るためにミンスク中央駅へと向かう。
ウーリツァ・キロヴァ通りを進むと、正面にガラス張りの立派な建物が見えて来た。
知っているから鉄道の駅だと分かるが、知らなければ空港か有名なデパートかと見間違えるほど近代的で洗練されたデザインを持っている駅舎。
道を挟んだ隣にはホテルがあり、ホテルとは駅舎の4階から伸びている空中通路で結ばれている。
駅舎の中に入ると、正面玄関はビルの4階の上にある三角屋根まで吹き抜けになっていて解放感が半端じゃなく、欧州の国内線の空港よりも設備やテナントも確りしていてそのうえ清潔感も素晴らしかった。
僕は3階にあるハンバーガーチェーン店に入り、ハンバーグとフライドポテトを買い、近くの公園に行き、植え込みのある大理石に腰掛けてメールのチェックをした。
メールはカールから、サラの言いつけで、謎の女の正体を探る様に指示されて奮闘中であることが書かれたものが1通着ていた。
これは公衆電話を経由した暗号電話だから決してサラには分からないようになっているが、遂にナトーの正体がバレルのも時間の問題であることを意味している。
もちろんカールは謎の女がナトーであることは決して報告しないが、サラもそのことは知っているはず。
そしてカールがそのことを決してバレないように、僕に伝えることも。
知りながらカールを泳がせているのは、彼の人間性を見るためと、おそらくは僕への警告だろう。
サラがナトーのことを知ったら……。
そう考えている時に、駅の方から歩いてくる人影が目に入った。
“マズい!”
ナトーは僕のことは知らないが、僕はナトーの戦死した部下に瓜二つだから目を付けられてしまう。
だから僕は、かじりかけのハンバーグを紙袋に戻して、咄嗟に木の影に隠れた。
リモートでは決して知ることは出来ない。
下手に無理を通そうとすれば、メェナードさんに手名付けられているヤツに嗅ぎ付けられて余計にガードは固くなるはず。
だから私は直接外人部隊に赴くことにした。
名目は導入した設備のメンテナンス。
もちろん東欧支部第一部長のサラとしてではなく、西欧支部のメンテナンス担当職員として少しだけ変装して外人部隊に赴いた。
「いやあ助かります。お宅のフランス支部が廃止になりメンテナンスはどうなる事かと気をもんでいたんです」
フランス支部が廃止になったことはジュジェイによるテロの手引きで、我社にとっては思い出したくもない失態。
直接そのことは言わなかったが、このテシューブと言う事務総長はメェナードさんの息が掛かっていないことは直ぐに分かった。
迂闊なヤツに秘密を託してしまえば、いつ何の拍子にポロっと秘密に関連する何かを口に出してしまう。
メェナードさんはバカじゃないから、このような人間に秘密は託さない。
事務室には沢山の職員が居たが、私がこの部屋に入ったときからズット私のことを観察するような目でチラチラと見ている男が居た。
小心者で用心深いヤツ。
決して悪い人間ではないが、常に出世のために上手く立ち回ろうとしている私の嫌いなタイプ。
「誰か、小1時間ばかりメンテナンス担当者さんを案内してくれないか」
テシューブ事務総長が仕事中の皆に大きな声を掛けると、さっきの男が手を上げた。
「じゃあ、メエキ頼んだぞ」
「はい」
メエキと呼ばれた男は、キーBOXから必要なキーを素早く取り出すと私に人懐っこい笑顔を見せて“行きましょう”と言った。
笑顔が良いということは、根は悪い人間ではないらしい。
だからこそメェナードさんは、この男を利用しているのだ。
私がメンテナンスする模擬市街戦ゾーンは、事務所から遠いので車で移動する。
だから車の中で聞いた。
模擬市街戦ゲームのインポッシブルクラスをクリアした隊員は居るのかと。
「ああ、居ますよ。1人は、おたくの会社の開発者の女性で、あとの2人はウチの隊員です」
「2人ともリマットの隊員ですか?」
「あー……、それは言えないんですよ」
「いいじゃないですか、私はペラペラ喋るジャーナリストではなく、守秘義務を最も重んじる武器商人なんですよ」
「でも……」
言い渋るメエキさんに余計な言葉は一切かけずに、話す事さえも打ち切る。
「この角を曲がれば、あと800メートルほどです」
メエキさんが何かを話しても、相槌も打たなければ、話した本人の顔も見ない。
この手のタイプは自分に対する人の気持ちに敏感なはず。
案の定彼は音を上げて、話を反らすことを止めた。
「勘弁してくださいよ、リマット絡みだと、その隊員の名前さえ部外者に明かすことは出来ないんですから」
「部外者!? こんなに協力しているのに?? それにリマットの隊員名なんて私たちの親会社筋からもうPOCには漏れていますわ」
「まさか、いくら親会社が国際的な銀行だからって。嘘を言っちゃイケナイ」
「元アメリカンフットボールのスター“モンタナ”、元キックボクシングのチャンピオン候補と言われた“ブラーム”、カジノ街の用心棒“フランソワ”にその子分の“ジェイソン”と“ボッシュ”隊長は……まだ言い足りませんか? なんなら全員言いましょうか?」
私は今のところ秘密の調査で分かっている5人の名前を出した。
「いいです。もう分かりました。インポッシブルクラスをクリアした2人のうち1人は、ご存じの通りリマットの隊長を務める元KSK将校だったハンス・シュナイザー中尉です。もう1人は記載事項ではN・E・Bとしか書かれて居ない人物です」
“ハンス・シュナイザー!?”
“元KSK!?”
グリムリーパーとの決戦で、ローランドが破れて死んだとき通信兵として的確な座標を知らしてきた弟のハンスが隊長。
こんな所にローランドの弟……それに記載事項でN・E・Bとしか書かれていない人物?




