【女の正体①(true identity of woman)】
「――」
しかし僕の言葉に返事を返したのは、通話が切れたことを知らせる電子音だけだった。
サラは気が付いた。
“嘘が嘘を呼ぶ”と言う話はよく耳にするが、隠し事もそれと似たようなもの。
隠し事は、新たな隠し事を呼び、その一つでも明るみに出てしまえばまるでドミノ倒しのように隠し事の全ては崩れ去る。
そしてそのあとに現れる物は真実ではなく、真実とは程遠い誤解や不信感。
隠し続けていた故に、真実さえも捻じ曲がってしまう。
不誠実だった自分を悔やむ。
だが16歳のサラに事実を伝えることは僕にはできなかった。
君の妹は、君の友人であるオビロン軍曹たちや恋人のローランドを殺害した可能性があるなんて。
この時点では、ナトーがグリムリーパーで有る証拠はないし、それは今も同じこと。
だがナトーがイラクにある赤十字難民キャンプに収容された時期と、その際に負っていた怪我の状況は明らかにサラが開発しグリムリーパー暗殺作戦で使用された精密砲弾“ゴッド・アロー”によるものとみるのが妥当だろう。
なにしろあの時期、砲弾を使った戦闘は行われていなかったのだから。
サラもそのことは直ぐに気付くはず。
あの時ナトーのことを話せなかったのは、サラを壊したくなかったから。
多感な思春期のサラにとって、極めて有害な情報だったから。
あれから8年経ったが、今のサラにも話せない。
ナトーがグリムリーパーで有るか否かを知るものは義父のヤザしか知らない。
グリムリーパーでなければ何も問題ないし、グリムリーパーだと判明してもそれはそれなりの対応が出来る。
中途半端な状態が一番困る。
そして何よりも厄介なのは、疑いを持つこと。
懐疑心は時に思わぬ妄想を作り出してしまう。
妄想は思わぬ惨劇を招きかねない。
「よう黒覆面、要塞はもう直ぐ完成だな」
サラのことで頭を悩ましていた時にヤザに声を掛けられた。
「ああ」
コイツさえ正直にグリムリーパーの正体を打ち明けてくれればサラに隠し続けることもなかったのに、何度聞いても“知らぬ存ぜぬ”を決め込んでいる。
「ところで地対空ミサイルの方はどうなった? いくら要塞が出来たとしても、我々には空軍なんて贅沢なものは無いから、空から武器や兵隊をジャンジャン運び込まれたら旧日本軍の硫黄島基地みてえに玉砕してしまうじゃねえか」
「そのことなんだが、我々を相手にリモートで高額で高性能な兵器は先方も出し渋る」
「ああ、知っているぜ。俺たちがいつも購入できるのは中古のAK47と型落ちのRPGだけだからな。しかし、そこを何とかするのがオメーの役目じゃなかったのか?」
「いつも通りRPGでは駄目なのか?」
「オイオイ今更勘弁してくれよ。貴様も知っての通り、なんとか要塞はアメリカ軍に気付かれないうちに完成した。その手腕は認めてやろう。だがココに兵隊を入れ、武器や弾薬それに食料に水などを入れ始めれば、必ず偵察機や偵察衛星に発見される。規模の大きい相手に対して奴らがノコノコとヘリでやって来るとでも思うのか?」
「いや」
「そうだ。奴らは大型の輸送機を飛ばして大人数の空挺部隊を降下させるに決まっている。そうなればパラシュートで降りてくる敵をイチイチ撃っていたって埒が明かねえ。だから地対空ミサイルで空挺部隊が降下を始める前の輸送機を撃ち落とさなければならねえ!」
「……わかった。だが少しだけ時間が欲しい」
「時間を使って、どうするつもりだ」
「知り合いに頼めば何とかなるかも知れないが、そのためには直接その人物と会う必要がある」
「逃げるつもりか?」
「逃げても無駄だろう?」
「良く分かっているな」
「行っても構わないか」
「ああ、だが裏切ったらどうなるか分かっているよな」
「ああ」
無理かもしれないと思っていたが、ヤザは外出を許してくれた。
理由は分からないが、僕にとってはラッキーな事だった。
もし断られればRPGと銃だけで押し寄せるアメリカ軍などと戦わなければならず、その場合直ぐに総崩れになってしまうから、目的の達成が難しくなってしまう。
5日間の猶予を与えられ、久し振りに僕はアフガニスタンから出た。
“サラ、サラなのか‼?”
私の名前を叫ぶメェナードさんの声を聞き、慌てて通話を切った。
少しでも話をしてしまうと、心が揺らいでしまうから。
……ルーシーは覚悟を決めていた。
守ってあげられなかったのは私のせい。
彼女がフィアンセのキャディアバの待つコンゴに転勤を決めたとき、私もルーシーについて行き、キャディアバと会って話をするべきだった。
会って話をすれば、きっと何かに気付けたはず。
テクニオンに通っていたとき、ルーシーから一度紹介された。
その時の印象から、好青年と勝手に決め込んでいた。
ルーシーに、お似合いだと。
人の恋路の邪魔もしたくなかったから彼氏のことも調べなかったが、貧しい村で育ったキャディアバが政府の資金でテクニオンに留学するまでに至った経緯を調べれば何かわかった可能性は高い。
キャディアバは、直観的にみても“好い人”には間違いなく、俗にいう天才と呼ばれるように性格の一部に難のある種類の人間でもない。
彼は類まれな努力家。
絶え間ない努力の先には、必ず何某らかの目標があるはず。
貧困からの脱出が目的であれば、賃金が安く支払いもいい加減なコンゴの公務員を目指すよりも、外資系企業に勤める方が何十倍も高い賃金が貰える。
まして婚約者のルーシーは、その外資系企業の中でもトップクラスの賃金を支払うPOC。
彼の能力であれば、ルーシーの伝手を利用して現地採用を狙う方がリッチな生活が送れるはず。
今にして思えば、貧乏だったからこそ、政府機関に入って社会を変えたいと思っていたに違いない。
そして政府転覆の野心を持っていたヌング氏と意気投合したに違いない。
起こるべくして起こった事件。
貧困国に革命はつきもの。
だから事件に気が付き、DGSEのエージェントを呼んだ女を特に恨む気持ちもなかった。
“なのに何故、メェナードさんは、その女のことを隠そうとしたのだろう……”




