【エージェントを見つけ出せ!③(Find an agent)】
6時間の時間を縮めるために、精一杯頑張って運転をした。
なんとか夕方前にはニョーラの手前の街ワリカレに到着し、宿を探す前に車にガソリンを入れたところまでは覚えているが、そのあとに記憶が途絶えてしまった。
再び目が開いて脳が動き出したとき、俺は車の中で寝ていた。
もう日は登っていて、全身汗だく。
起きたのは直ぐ傍を通る車がクラクションを鳴らしながら通ったから。
おそらくこの車がクラクションを鳴らさなければ、俺はこのまま寝続けて熱中症で死んでいた事だろう。
通ってくれた車に、そしてクラクションに感謝だ。
キンシャサを出る時に大量に買っておいた飲料の瓶を開け、ゴクゴクと体温よりもやや熱くなった“タンガヴィシ(Tangawisi:ショウガとレモンに砂糖を加えたジンジャエール)”で喉を潤した。
飲みながら、追い越して行くその車を見ていると、なんだかどこかで見たような気がする。
いったい、どこの誰の車?
白い……SUV……あの長身巨乳エージェントが乗っていた車だ!
“やっと追いついた‼”
神さまから戴いた千載一遇のチャンス!
絶対に見逃さない!
俺は直ぐに車のギアを入れ、アクセルを踏み込み白のSUVの後を追った。
車の窓ガラスは後ろ側にフィルムが貼られていて、中に何人乗っているかを直接見ることは出来ないが、車体の沈み具合やデコボコ道でのサスペンションの動きで定員に近い人数が乗っていることは直ぐに分かった。
問題は、あのエージェント以外に何者がこの車に乗っているのかだが、やっと現地に到着したペイランド少佐たちが、部隊に到着した途端に現場を離れるはずはない。
もし乗っているとしたら外人部隊に紛れ込み、状況を探りフランスのDGSE本部に居たあのエージェントを呼び寄せたもう一人のエージェント。
目的は、そのエージェントの回収と帰国。
車はゴーマ方面に向かっているようなので、まず俺の勘は当たっているはず。
おそらくそのもう1人のエージェントと言うのは、身元がバレないように負傷兵を装ってフランス政府が用意した航空機であのエマと言うエージェントと共に秘密裏にコンゴを離れてフランスに帰国するつもりだろう。
つまりこのチャンスを俺は絶対に逃がすわけにはいかない。
瞬きをする都度に、瞼が再び元の目を開いた状態に戻るのか不安になる。
特にアクビをした後は尚更。
呼吸器系はアクビ以外には特に問題はなさそうだが、いつ止まってしまうか分からないくらい心臓はドクドクと激しく脈打っている。
眼はもう周りの景色に対する反応を失い、目の前にあるターゲットを見つめる事しかできない。
鼻は既に通常の空気清浄機能を失ったのか、鼻水は出っ放し。
体の感覚の殆どが麻痺していて、意識して体を動かしているという感覚は全くなくなって、自分でも何故体が動いているのか不思議なくらいだ。
何かに反応して反射的に動いているのだろうが、その何かを考えるための脳はすでに死んでいて、どのように運転しているのかさえ分からない。
それでも何故か前を行く白のSUVに着いていけているから不思議だ。
ゴーマ市内に入ると、奴らは真直ぐに空港には向かわず、食事をとるために店に入って止まった。
車から降りてきたのは5人。
思った通りその中にはエマの他に2人の男女と負傷兵が2人いた。
負傷兵の2人のうちの一人か?
無線の声はたしか女の声だったからあの女か?
それともスマートだがガタイのいいあの男?
無線の声は女の声だったが、ボイスチェンジャーを使用すれば声は変えられるから当てにはならねえ。
とりあえず判断はサラに任せて、俺はスマートフォンとカメラを使って写真と撮りまくった。
「――」
車を降りた奴らが店内に入り、見えなくなった。
俺も店の中に入って奴らの話を盗み聞きしなければならないのだが、尻がシートにくっついて離れない。
ドアを開けて無理やり体を横に倒してワザとバランスを崩して車外に倒れ込むように落ちる事で、ようやく車から降りることが出来たが情けねえことに立つことが出来ねえ。
這いながら行けば目立ちすぎるので、何とか気力を絞って開けたドアにすがるように掴まってようやく立つことが出来たが、今度は貧血で目の前が真っ暗になってしまった。
ドアに掴まっているから何とか立てて居られるが、一歩も動くことが出来ない。
更に悪いことは重なり、酷い耳鳴りまで襲って来た。
脳に血が上がってくれるまで待つしかない。
しばらくそうしているうちに、ようやく脳に血が上がって来て徐々に視界が明るくなり耳鳴りも治まって来たのでフラフラしながらだが何とか歩いて店内に入ることが出来た。
他の椅子の背もたれに掴まりながら、何とか奴らの会話が聞こえる位置まで辿り着き、椅子に座り込む。
注文は珈琲だけ。
本当は腹も減っていたが、今食べると折角頭に上ってくれた血液が消化のために再び下がってしまうので我慢した。
奴らの話は他愛のない雑談だったが、名前だけは分かった。
スマートだがガタイのいい賢そうなイケメンは、どうやら外人部隊の小隊長のような存在で、名前はハンス。
足を怪我している背の低いイタリア人はトーニで、腕を怪我している背の高い黒人はブラーム、そして報道官なのか女性にしては背の高い女の名はナトー。
“ナトー……”
なんか、どこかで聞いた事にあるような気がしたが、今はそれを思い出せない。
奴らは本当に軍人なのかと疑ってしまうように、今の若者たちのように和気あいあいと楽しそうに話していて、聞いているコッチも耳に心地よく“夕方にはフランスに着く”と言うキーワードも隠すことなく大声で話していた。
食事を終えた奴らが店を出る。
俺も続いて出ようとしたが、上手く立つことが出来ずに転んでしまい、店の人たちの手を借りて車に乗ることが出来た。
白のSUVは見失ったが、行先がゴーマ空港だということは分かっているので車を飛ばして後を追った。
空港に辿り着いたものの、やはりフラフラしてまともに立っていられないので空港備え付けの車椅子を借りて奴らを追ったが、見失ってしまった。
プライベートジェットなら、搭乗口も搭乗時間も分からない。
仕方なしに屋上の展望デッキに出て、それらしい飛行機を探すことにした。
飛行機は直ぐに分かった。
奴らが乗るのは、白い双発ビジネスジェット『ダッソーファルコン2000LXS』
展望デッキから双眼鏡で覗いていると、その飛行機に向かって行く3人の人影が見えた。
一人はエマというエージェント。
あとの2人は負傷していたトーニとブラーム……あとの2人は、どこに行った!??
レンズの向こうに居る3人が、俺に笑顔を向けて手を振っている。
“まさか、そんなわけはない!”
双眼鏡から目を離すと直ぐ近くに、あの報道官風のナトーと言う若い女と、細マッチョのイケメンが居た。
この2人が残っているということは、あのイタリア人か黒人のどちらかがエージェントと言うことなのか。
再び双眼鏡を覗いてイタリア人たちを見なくてはならないはずなのに、何故かあの若い女から目が離せないでいた。
それは、ナトーが飛び立つ3人に向かってデッキの手すりから身を乗り出し、足が宙に浮くほど身を乗り出して思いっきり大きく手を振りだしていたから。
大きく弓なりになった体から突き出した胸は、幼そうな顔とは正反対に大きく膨らんでいた。
“隠れ巨乳!?”
いや、隠し巨乳だ!
巨乳好きの俺様が、こんなことも見逃してしまうとは……。
しかし、この驚きはマダ序の口に過ぎなかった。
ナトーと言う若い女は、その張りのある透き通った声を張り上げて飛行に乗った3人の名前を大声で叫びながら、柵を乗り越える様に身を乗り出して大きく手を振っていた。
まるで夏休みに実家に遊びに来た親戚の従妹が狩る時に、別れを惜しむ子供の様。
“人間は、こんなにも素直な心のまま大人になれるものなのか……“
大きく手を振るたびに揺れる巨乳も、それを支えるために反対方向に動くプリップリの尻も今の俺には何の誘惑にもなりはしなかった。
ただ、その純真な心に胸を打たれてしまった。




