【ルーシーとの永遠の別れ(Eternal goodbye to Lucy)】
クラウディ―とカール、それに秘書の3人にコンゴのフランス大使館とニョーラ付近から発信される無線を厳重に監視するように伝えて私は仕事に没頭した。
仕事を急ピッチで進めて、何とかコンゴに行く時間を作りたかったから。
コンゴの情勢は悪化する一方。
一旦は民兵軍の先鋒を見事に撃退したフランス外人部隊だが、2日後には民兵軍の本体と対峙しなければならない状況。
しかもここにきて判明したのは、ニョーラに展開していた約300のコンゴ軍精鋭部隊は副司令官のンガビ大尉の裏切りにより機能していないどころか、外人部隊の司令部員を拘束したばかりか、その先に居るムポフィーの部隊にも民兵軍に協力して自分の方に寝返るように要請している。
ムポフィーの部隊が寝返れば、外人部隊は前進も後退も出来ない状況に陥ってしまう。
次の日の夜、何とか仕事を切り詰めて行き明後日に36時間だけ時間を開ける事ができたのも束の間、コンゴの事件は私の予想もつかない状態になっていた。
外人部隊から味方の司令部を救出するためにニョーラに向かった数人が、司令部の解放だけでなくンガビ大尉を拘束し、捉えられていた元の司令官をも救出した。
ニョーラがコンゴ政府に従う以上、ムポフィーが今更裏切って民兵側に着く必要などない。
そしてニョーラ、ムポフィー、フランス外人部隊を合わせた兵力は700に上り、越境してきた民兵軍と互角以上。
そしてそのことをワザと平電でスワヒリ語で敵にも分かるように伝えた。
「子供兵?」
「いいえ、声紋鑑定の結果10代後半から20代前半の女性と出ていました」
「名前は?」
「フランス外人部隊としか名乗っていませんでした」
「……」
そしてその直ぐあと、衝撃的な知らせが入った。
それはコンゴの首都キンシャサでは時を同じくしてバギ大統領暗殺未遂事件が起こっていたのだ。
犯人グループはフランス外人部隊のペイランド少佐や大使館員を招いて行われた大統領主催の晩餐会会場を襲った。
首謀者は、この晩餐会のセッティングを受け持っていた内務省筆頭官僚のヌング氏。
そして暗殺の実行犯は、キャディアバと言う男。
それにキャディアバが逃走を企てて射殺されたときに、身元不明の女性が一人巻き添えになっていたことが速報で伝えられた。
キャディアバと言う名前がコンゴにおいて多いのか少ないのかは分からないが、首謀者がヌング氏と言うことであれば、死亡したキャディアバと言う男はルーシーの婚約者のキャディアバであるとみて先ず間違いないだろう。
気になるのは、一緒に死んだ女性……。
「終わっちゃいましたね。休み、どうするんです? のんびりしますか」
急な展開に、拍子抜けしたようにカールが言った。
「いや、行く」
「何のために? もう戦争も事件も終わっちゃいましたぜ!」
「カール、お前も着いて来い」
「日帰りですか?キツイなぁ……」
「私は、その日に帰るが、カールは現地に1ヶ月ほど滞在してもらう」
「えぇ~~~~~~~!? い、一カ月も!??」
直ぐに支度をしてプライベートジェットに乗り込み、途中燃料補給のためにチュニス-カルタゴ国際空港に立ち寄ってからコンゴのキンシャサ国際空港に向かった。
空港を降り立つと、POCの現地支部長ら管理職の面々が出迎えに来てくれていたので用意された車に乗り込み急いで警察の死体安置所に向かった。
警察の玄関前で車を降りると、現地支部長たちも車を降りて来たので断って帰るように命じた。
死んだ女性がもしもルーシーであった場合、国家の防衛戦略に関わる仕事を受け持っているPOCの部員が、たとえ退職していたとしても関わっていたと言う事実があってはならない。
おそらく頭の良いルーシーの事だから、そのためにPOCを退職し、身元が特定されないように携帯なども処分したのだろう。
だがそれは、死んだ女がルーシーだとした場合のこと。
警察の正面玄関を入る。
待合の席から一人の背の高い黒人女性が立ち上がる。
“サラ、キャディアバが死んじゃったよ!”
泣き顔のルーシーが、そんな言葉を私に掛けてくれないだろうかと願っていたが、立ち上がった黒人女性は全くの別人だった。
係員に言って遺体の確認を行うため死体安置室に案内された。
「お入りください」
私に続いてカールも中に入ろうとしたので止めた。
「お前は、ここで待て」
「はい」
カールは悪人だが人は良い。
もしも死体がルーシーであれば、情にもろいカールは泣き出してしまうだろう。
だから入れなかった。
「この人物ですが……」
フタが開けられて、見慣れた女性の顔が目の前に飛び込んで来た。
既に司法解剖が行われたらしく、私服ではなく綺麗な手術着を着ていた。
頬の辺りに擦り傷があり、首に蹴られたようなアザがあった。
逃亡途中に射殺されたと聞いているから、首のアザは射殺後に蹴られたモノだろう。
「お知合いで間違いありませんか?」
「いいえ、このような女性は我が社では見たこともない。……人違いでした」
「そうですか、コイツだけ全然身元が分からないもので、どうも遠路はるばるお手数でした」
「いえ……しかし見ず知らずの女性とは言え、こうやって遥々来たのも何かの縁。この人に香水の付いたハンカチを手向けたいと思うのですが構いませんか?」
「かまいませんよ」
私は水で濡らしたハンカチで彼女の顔を拭いてあげたあとそれをポケットに仕舞い、代わりに南アフリカ産のオードパルファムを数滴たらした花柄のハンカチを使って彼女の首を拭き、そのハンカチを胸の上で組まれたルーシーの手に握らせた。
「この方の処遇は?」
「さあ現場が混乱していまして、犯人の連れなのか、それとも逃亡する際の人質に取られて巻き沿いを食らったのかさえハッキリしないありさまで……」
「そうですか」
そう言って、私は素っ気なく部屋を出た。
カールが私の顔を見る。
連れてきた以上、私はカールに死体がルーシーであったかどうか、話す必要がある。
しかし彼は何も聞いてこない。
「長くなるから、支局の人たちは帰ってもらいました」
「そうか」
「待っている間、直ぐそこのホテルを取っておきました」
「私は直ぐに帰るぞ」
「いえ、俺が泊まるホテルです」
「そうか……」
「さっきパイロットに連絡したら、機体の整備と燃料補給に少々時間が掛かると言うことでしたので、その間ホテルの部屋を使って下さい」
「お前と、2人でか?」
「いいえ、俺は忘れ物をしちゃって、チョッと買い出しに出ないといけませんから、1~2時間は戻れないと思います。その間、ご自由に使って下さい」
「ありがとう」
「いえ……じゃあ!」
カールは、そのまま駆けて行った。
ホテルは警察署の直ぐ向かい。
カールにしては安宿じゃなく、チャンとしたホテル。
フロントでカギを受け取り部屋に入る。
窓辺に向かい、さっきまで居た警察署を見下ろす。
「……ルーシー」
死体安置所で言えなかった、ルーシーの名前を呼ぶと走馬灯のようにルーシーの笑顔が、そして元気のいい声が心の中に溢れ出て来た。
そのあとから、涙が止めどなく溢れ、私は窓の冊子にしがみつく様に泣き崩れた。




