【ルーシーとの別れ⑥(goodbye to Lucy)】
ホテルを貸し切った1次会が過ぎ、ルーシーとパリ支局の若い子たちと2次会に行き、それが終わってダニエルと3人で3次会をした。
話した内容はハイファの研修施設でのことや、テクニオンに通っていたこと。
嫌な思い出もあったけれど、それもまた楽しかったと感じられるのは私自身が成長した証なのだろう。
「サラ、古い話で申し訳ないけれど、研修所で実弾射撃をしたときの事を聞いてもいいか?」
「いいよ」
「ダニエル、アンタ、サラに変な事を言ったら、どうなるか分かっているんでしょうね!」
すかさずルーシーが服の袖を捲り上げ、ゲンコツを見せてダニエルを脅す。
ルーシーがあの頃と同じように、私を守ってくれて嬉しい。
「分かっているって。ルーシーが腕をまくらなくても、サラが俺から受けた無礼の数々を本部に伝えるだけで、俺は地獄の中国支部に移転だ」
(※中国支部:POCの中国支部は中国の“スパイ防止法”だけでなく、司法が行政府と一体となっていて“いわれのない罪”に陥れられ監禁される状況等の“人権侵害”を恐れ、殆ど何の活動もしてない。それでも彼らは常に命の恐怖を感じているという、恐ろしい派遣先なのだ)
「あのとき皆が初めての実弾射撃に不安を感じていた中で、サラだけが何となく余裕しゃくしゃくに見えたんだけど、アレは何か意味があったのか?」
ダニエルが私に言ってきた事は、22口径のライフル銃を使った、皆にとっては初めての実弾訓練。
私はその前のイラクからイスラエルに向かう道すがら、待ち伏せ攻撃を受けて苦戦していたアメリカ軍に加担して、負傷した兵士が路上に置き去りにしていたスコープ付きのM-16を使った経験があった。
しかもその距離は研修所の射撃訓練場に比べても優に10倍は超える300メートルの距離から、3人のザリバン兵を倒したことを自惚れていたが、結果は最下位だった。
「前に一度、銃を使ったことがあったから」
「なるほど……でも、あの時の余裕のあるサラの目を見たときに俺、ひょっとしたら今イラクで暴れ回っている“グリムリーパー”ってヤツの正体は、ひょっとしたらサラではないだろうかって本気で思ってしまったんだ」
「っで、そのあとで思いついたのが、あの仇名かよ! ダニエルさん中国支部行き決定‼」
「オイオイ勘弁してくれよ」
“グリムリーパー”
ヤツはローランドとの一騎打ち以降姿を晦ましたまま。
死体は見つかっていないが、ローランドを射殺したあと、私のゴッドアローによって彼もまた再起不能に陥ったのか……。
ルーシーとの楽しい時間はあっと言う間に過ぎてしまい、3次会が終わって1台のタクシーを拾い先ずルーシーをアパートに送り、そのあとでダニエルが私をホテルに送ってくれた。
「ありがとう。随分紳士になったのね」
先に車を降りてドアを開けてくれたダニエルに礼を言う。
「とんでもない。今日は本当に来てよかった」
「ルーシーも楽しそうだったね」
「ゴメン。ルーシーも大切だけど……実は」
「実は?」
「俺、サラに合って、あの頃のことを謝りたかった」
「いいのよ。別にあの頃のことを恨んで、中国になんか飛ばさないから」
「いや、そうじゃなくて……」
「なに?」
「勘違い……いや、変に思わないで欲しいんだけど……」
「勿体ぶらないで、サッサと言いなさい」
「実は、俺……あの頃から君の事が好きだった!ゴメンッ‼」
言い終わると、ダニエルはあっという間に車に乗り込んだ。
そして車が動き出したあと、窓を開けて続きを話した。
「でも好きな子の気を引きたくて意地悪なことをしてしまって、本当にスマナイ」
「いいよ」
私の声がダニエルに聞こえたかどうかは分からない。
意地悪されていたことが、好きの裏返しだと分かると、何だかあの頃のことの見方も変わってくるのが自分でも不思議。
部屋でシャワーを浴びて、鼻歌を歌いながら髪を乾かしている自分に気付く。
私にとってダニエルは恋人の対象ではない。
だけど人から好意を持たれることは、決して悪くはない。
“あ~……メェナードさん、早く戻って来てくれないかなぁ”
ベッドに入ってライトを消す時、何か忘れ物をしてきた気がしたが、どうせ大したものでもないだろうと気にせずに寝た。
コンコンと車の窓ガラスを叩く音で目が覚めたカール。
時計を見ると、もう4時を回っていて、東の空が紫色に変わり始めていた。
「サラ、遅かったな。楽しんだか?」
そう言って振り向くと、窓の外に居たのは綺麗なサラの顔では無くて、汚れた服を着た清掃員の顔。
“あれ!?サラは??”
「すみません、清掃作業をするので車を退けてもらえますか?」
バックミラーを見ると、清掃作業車がこの車の直ぐ後ろに着けて、この車が退くのを待っていた。
“サラは、どこ??”




