【ルーシーとの別れ⑤(goodbye to lucy)】
中央アフリカ支部に移動したルーシーは、そこで予てからお付き合いのあったキャディアバ氏と婚約をして1年後には結婚するのだと言う。
「婚約おめでとう!」
「結婚式には、いけ好かない同級生だろうけれど、俺も呼んでくれよ!」
「あー、プレゼントにもよるわ。何持って来てくれる?」
「大麻は、どう? 白くてウェディングドレスのように綺麗な花を咲かせるぜ」
「いーよ、だいいち犯罪でしょ。それに大麻なんて持ち込む前に掴まってしまうわよ」
「大丈夫さ、俺は外交官特権も使える身分なんだぜ」
「大麻には関心がないし、くれるならエメラルドでしょう。コロンビアはエメラルドの産出量は世界一なんだから、なるべく大きいのを頼むわ!」
「高いな……」
「嘘よ、コーヒー豆で勘弁してあげる」
「サラからは、何を分捕るつもりなんだ?」
「サラは来てくれるだけで良いの」
「酷ぇな」
「研修所時代の事を思い出せば、自業自得よ」
「まっ、確かになっ」
「そう言えばキャディアバ氏は元気?」
「ええ、今では内務省第一官僚の筆頭秘書官を務めているの」
「凄い出世だな」
「だって彼、優秀だもの」
ルーシーの婚約者であるキャディアバ氏は、貧困層の出身故に働きながら夜学の高校を優秀な成績で卒業して大学に進学すると、ここでも働きながら優秀な成績を維持し続け私たちの通っていたテクニオンへの留学を勝ち取った。
とても勤勉で苦労人であることは誰もが認める上に、性格も優しく穏やかで何一つ欠点がない好青年だった。
しかし私は不安を抱いている。
それは、彼をそこまで動かせている原動力が“何か?”と言うことに。
テクニオンで会った時は、そこまで不安はなかったが、この短期間で第一官僚の筆頭秘書官まで勤めている現状を考えると不安でたまらない。
タイプ的には、勉強が好きなものと思っていたが、そう言ったタイプは社会人になると伸び悩む。
社会に出た場合、多少馬鹿でも要領がよく出世欲が強い人間の方が伸びる。
なぜ多少馬鹿でも良いのかと言うと、そう言うヤツは状況に応じて常に“踏み台”にできる人間を物色しているから。
大統領に優秀なブレーンが付くのと同じ。
トップに立とうとする人間に必要なのは己の知識ではなく、カリスマ性。
だがキャディアバには、そう言うところはない。
彼は、紳士だ。
紳士が我武者羅を隠したまま紳士であり続けている場合は、何か政治的な改革を望んでいてそれを自ら実行しようとしている場合が多い。
研修所に通っている時、ルーシーに、なぜPOCに入ったのか聞いた事がある。
私の質問に対して彼女は“アフリカを変えたい”と胸を張って答えた。
ひょっとしたら、ルーシーとキャディアバが惹き合ったのは、共通の夢を抱いていたからではないのだろうか。
しかしアフリカの抱える問題は一筋縄ではいかない。
人種、部族、利権、食料、人口、資源、インフラ、格差、自然……。
地球上で最後まで残っていた野生動物の楽園を多く抱えるが故に、制限されることも多く。
この制限を各国の首脳たちは駆け引きの材料として利用してきた。
それ故に、誰が大統領や首相になろうとも、何も変わらない状態を現在に至るまで継続してきた。
唯一の例外は、ルーシーが生まれ育ってきた南アフリカだけ。
この国はアフリカで唯一の白人至上主義社会を築いてきたが、1990年にその象徴になるアパルトヘイト(人種隔離と差別の制度)を撤廃して、国民の自由と平等が実現した。
南アフリカで育ったルーシーは、その他のアフリカの現状を甘く見たとしてもおかしくはなく、もしもキャディアバが私の心配する“貧困層から改革の執念だけで上り詰めて来た”人物であれば、理想が先走って易々とは変えられない現状を正しく認識出来ていないはず。
「どうしたのサラ、疲れた?」
「そりゃあそうだろう。だいいち東欧支部の部長なんだから1日開けるために俺たちみたいに呑気に“有給休暇”って訳にも行かんだろう」
「ゴメンね。サラ」
「いや、大丈夫だ。それより……」
私の気持ちをどうやってルーシーに伝えれば良いのか分からないまま話かけてしまったとき、離れたところでワー‼っと大歓声が上がった。
声につられて振り向くと、カールがさっきとは違う給仕係の女の子とビールの一気飲み競争をしている所だった。
給仕係の女の子は、かなりポッチャリさんだけど、その分胸も凄い。
ルーシーの幸せを壊すような事は言えない。
だから私は逃げるようにルーシーの傍を離れ、そのウサを晴らすようにカールの尻を蹴飛ばし大声を上げてしまった。
「運転手のくせに調子に乗るな‼ お酒が抜けるまで外の車で待機していなさい!」
カールは渋々素直に従い、ホテルの外に出て行った。
“なんてこと……人間として失格ね”
私の中で複数の自己嫌悪感だけが残った。




