【ルーシーとの別れ③(goodbye to lucy)】
「いやあ!“花の都パリ”って言うのは本当ですな。こりゃあ結構な景色だ。それにしてもよくぞメヒアの企てたテロからこの街を守ってくれたものですな。感謝感謝」
昼間から飲めるビールにご満悦のカールが言った。
テラスから見えるパリの景色は美しい。
もしメヒアの企てたテロが成功していたら、このような景色は観ることは出来なかっただろう。
それにしても誰がジュジェイの作戦を見破ったのだろう?
それに、基地局を壊していったと聞いたが、相当な腕の狙撃手が揃っていないと出来ない芸当。
「ねえカール、アナタここから見える範囲の携帯基地局を20個潰すとしたら何分かかる?」
「基地局って、どれだ?」
「あの四角い箱に平たいアンテナが付いているやつよ」
「20個か……10分?」
「なんで、そんなに遅いの? それじゃあドローンはノートルダム寺院に到着してしまうわ」
「軍のスナイパーじゃねえんだからよー。俺は元殺し屋だから依頼された1人、つまり1発しか撃たねえからな」
「20個の的を2~3分で撃てるなんて言うのは、軍人か競技スナイパーくらいのモノさ」
「そうね……」
やはり軍隊が絡んでいる。
そんな能力の高いスナイパーが居るとすれば、軍の特殊部隊以外にはない。
ちょうどサミット期間中だったから、フランス陸軍の特殊部隊はサミットに駆り出されていた。
……と、いう事は外人部隊に新設されたLéMATが絡んでいるに違いない。
リビアに続いて、またしてもLéMATか……。
「おいおい、サラ。これからルーシーに会うって言うのに、また怖い顔になっているぞ」
「なによ!これは元々そう言う顔なの‼」
「そうかぁ? 俺は、サラはもっと可愛い女の子らしいタイプだと思っているんだけどな。やっぱりメェナードさんが居ないのが精神的に辛いのか それで、俺を連れて来たんだろう?」
「アンタなんかに、メェナードさんの代役なんて務まるわけないでしょう!」
「当たり前だろう、人にはそれぞれの役割っていう物があるんだからな」
「……っで、殺し屋を止めて私の傍に居るようにメェナードさんに雇われているアンタの役割ってなぁに?」
「お、俺か……俺の役割は、夜のお相手だ」
「却下よ!」
「えーっ‼‼ 処女じゃねえんだろう!? だったらタマには、男遊びもしねええと。特に大きなストレスを抱えているんだから……」
「大きなストレスを抱えているから、何よ!?」
なんでも言ってしまうカールが珍しく言い籠ったので気になって聞いた。
「いや、そりゃあ、一晩ヤッタだけでも気分的には爽快になるらしいぜ」
「バカ!」
聞き返した私の方がバカだった。
でも、カールの言ったことは当たっている。
イラクで妹のナトーを必死に探していたとき、いつ現れるか分からない目に見えない殺し屋“グリムリーパー”の影にいつも怯えていて大きなストレスを感じていた。
しかし、そんなときに出会ったドイツ軍最高のスナイパー、ローランド・シュナイザー中尉と出会い、セックスするようになって私はそのストレスから解放された。
たしかにセックスは嫌な事の何もかもから、私を解放してくれた。
だがそれは現実とは違う。
あれほど逞しく私を抱いてくれたローランドも、グリムリーパーの前では無力だった。
あの日、グリムリーパーと対決して敗れて死んだローランドの亡骸を見たとき、全てがわかった。
セックスは、一時の快楽。
セックスでは、何も解決しない。
ただし、気持ちをリラックスさせる麻薬のような効果はあることは間違いない。
あの頃の私はローランドを好きだと思っていたが、それは間違いだったのかも知れない。
グリムリーパーと言う大きなストレスを抱えていた私は、その現実から逃れるためにローランドにセックスによる快楽を求めていた。
ローランドの亡骸にしがみつき泣き崩れたのは、自らの不貞に気が付いたから。
ローランドは、その私の犠牲になったのだ。
私が本当に好きなのは、後にも先にもメェナードさん以外にはない。
セックスは本当の愛ではない……。
相手を思い、慈しむ心こそが、私における愛の定義なのだ。
ギャラリー・ラファイエットを後にして、送別会のあるホテル ラ ヴィラ サン ジェルマン デ プレに移動した。
シテ島を越えて徒歩なら500mほどの道のりを、倍以上の距離を走ってようやく到着した。
パリの街は、第2次世界大戦時にドイツ軍の統治下にあった。
ノルマンディーに上陸した連合軍がパリに到達することを防げないと見たドイツのヒトラーはパリを管理する将軍に街を徹底的に破壊するように命令した。
だがレジスタンスの地道な活動と連合軍の協力、それに中立国のスウェーデンによる仲介と、それに勇気をもって応じたドイツ軍の将軍などの活躍によりヒトラーの命令は無視され、事実上無血開城に近いかたちでパリの街は解放された。
そのため古い町並みはそのまま残り、芸術的に素晴らしい町並みを堪能できる代わりに、車のすれ違えない狭く入り組んだ路地が多く殆どの道は一方通行となっていて車には非常に不便な道路となっている。




