【ルーシーとの別れ①(goodbye to lucy)】
パリの事件が終わってからしばらく経った頃、カーリングラードのオフィスで本部から届いた書類を見ていると、人事欄にルーシーの中央アフリカ支部転属の発表があった。
メェナードさんは中東支部所属のままなので、本部が把握している限りメェナードさんは秘密裏に何某らの活動を続けているという事なのだろう。
他にはハイファの施設で同期のダニエルがアシスタントマネージャーとして、オーストラリア支部から南米支部に移動していた。
ダニエルは一番年下で一番生意気な私をイジメたけれど、ルーシーのおかげで私はそのイジメを乗り越えることが出来たし、結局はダニエルも私に手や口も出さなくなった。
“孤児院から通う白人の女の子”と言う差別の目で終始見られていたイラクでの小学校生活とは違い、学校や集団生活を楽しむことが出来たのも同じ寮に居たルーシーや、たまに私を心配して見に来てくれるメェナードさんが居てくれたから。
コミュニケーション能力を高めるために、みんなでキャンプもしたし、旅行にも行った。
“学生時代か”
「はぁ~……」
仕事に追われて、すっかり忘れていた。
「エロいですね」
「!?」
急に声を掛けられて、驚いた。
いつの間にか私の執務室に人が入っていたとは。
執務室に入るためには、前室の秘書室を通る必要がある。
来客や社員が用事でこの中に入るには、秘書から私に連絡があり、私が承諾しなければ入れないはず。
なのに何の連絡もなく、部屋の中に入ってきていると言うことは、“侵入者”に違いない。
私は咄嗟にワルサーPPKを取り出そうと、引き出しを開けた。
「ちょっと待ってくださいよ。俺です!オレ」
声の主を見ると、カールがドアの所に立っていた。
「どうして、中に入れた!?」
「今はお昼の休憩時間ですぜ」
「休憩時間と言っても、交代の秘書は居るはず」
「昼休憩くらいタマにはノビノビと休憩させてやろうと思って、俺が交代してやったのさ偉いでしょう?」
「……勝手なことを」
たしかにカールの言うことも一理ある。
部長の部屋の番をするために、1人はいつも他の社員と休憩時間をずらさなければならないのは可哀そうだとは私も思うが、これは社の決まりだ。
それにしてもこのカールと言う男、元殺し屋のくせにもう私の秘書たちを手懐けたのか。
「ところでエロいとは、いったいなんだ!?」
私は体型的には“ヤセギス”の部類に入る。
骨盤は広いが、お尻自体には左程肉が付いていないし、巨乳でもない。
“スタイルが良い”とか、“モデルみたい”とかは良く言われるが、“エロい”なんて事はコノ男以外からは言われたことが無い。
普段なら、そいうところには引っ掛からない私だが、コイツに言われると妙に気になってしまう。
「今の、タメ息」
「タメ息など漏らした覚えはない!」
漏れたのかと思ったが、下手に出るとこの男は直ぐに付け上がるので否定した。
「なるほど。と、言う事はサラはアノ時、意識して声を出す方じゃないって事か……」
アノ時?
「でも、元の声が少しハスキーで男の子っぽいから、余計少し高めの声でタメ息を出されると色っぽく感じますよ。いや絶対に色っぽい!」
「ハスキー……なのか?」
「少しね。その少しが好いんでさあ。アノ最中に、あんな声を聞かされたら、相手もさぞハッスルすることでしょうなっ」
なるほど、いままで自分で意識したことはなかったが、たしかにローランドは私が声を漏らした時に直ぐに反応してハッスルしてくれた。
「ところで、最近は?」
「ない‼」
「お相手、しましょうか?」
「お断りだ‼ そんなことを言うために部屋に入って来たのなら、クビにするぞ。用件はなんだ?」
カールは私が思う以上にコミュニケーション能力が高いから、これまでの会話は本題に入りやすいようにヤツが仕向けた落語で言うところのマクラの部分。
その証拠に、本題をヤツから切り出さずに、まんまと私の方から催促させてニヤッと口角を上げやがった。
「来週の金曜日に、ルーシーの送別会をしようと思っているんですが、出席しますよね」
来週の金曜日はアルメニアで打ち合わせがあるから駄目だ。と言おうとしてパソコンのスケジュール表を見たときに、その予定が前日に移動していた。
「お前、いったい何をした‼?」
「なーに、前日にはアゼルバイジャンとジョージアで打ち合わせがあるから、そっちにずらせるか秘書に注文を付けたところ、先方から承諾を得られました」
「バカ! アルメニアとアゼルバイジャンは国境で紛争を起こして緊張状態にあるんだぞ。その配慮もあってワザワザ日にちをずらしたのだゾ!勝手なことをするな‼」
「アルメニアは先の紛争でロシアから見捨てられたと不信感を抱いています。アゼルバイジャンの方もカスピ海油田に関してはロシアに安く買い叩かれるのに辟易して最近じゃあ欧米よりの政策をとっていますから、既に欧米よりの政策を推し進めているジョージアと一緒に繋ぎ役として行った方がより良い話が出来るのと違いますか?」
なるほど、一理ある。
気を使っていたのでは、腹を割った話は出来ないと言う訳か……コイツ、ナカナカ知恵が働く。




