【ルーシーの秘密(Lucy's secret)】
シミ一つない真白なテーブルクロスに、白くて内側だけが赤いお皿が1人1人の正面に並べられていた。
そしてミネラルウォーターが配られるタイミングで、このお皿は役目を終えて片付けられる。
ルーシーとカールの2人が、驚いた顔をして片付けられるお皿を目で追っていた。
「なんだったの? 間違いだったの??」
「このお店は、いつも、こうなのよ」
「なんで?」
「2人は、どう思ったの?」
「私は、このお皿にどんな素敵なお料理が載せられるのだろうって思っていたわ」
「アミューズ(突き出し)用の皿にしてはデカイから、俺はアミューズの方に気を取られていたぜ」
「ふ~ん」
「「サラ!答えは!?」」
「食後にね」
直ぐに運ばれてきたアミューズは、赤カブとオリーブのお寿司。
真白な更にカブの赤い色がとても鮮やかなうえに、オリーブの爽やかな香りが食欲をそそらせる。
「実は私、婚約したの」
ルーシーが、ようやく秘密を話し始めた。
「お相手は?」
「キャド、覚えている?」
「うん。テクニオンに居たときに、コンゴから留学に来ていた人だろう」
キャドとは、キャディアバのことで、彼はコンゴの貧困層出身で苦労人。
「彼は、今パリに居るの?」
「いいえ、コンゴで国務省に勤めているわ」
「公務員?」
「そうだけど、国務省の高官の秘書のような仕事をしているの」
「エライのね」
実際に偉いと思う。
いくら公務員とは言え、高官の秘書官になるのは至難の業だ。
親が政治家や一流企業の社長と言うのであれば、どこのどんな仕事にもコネで簡単に勤めさせてもらえるが、コネのない一般人……特に貧困層出身のキャドには、かなりハードルが高いはず。
それをクリアしたなんて本当に立派だと思う。
「じゃあ、パリ支局から南アフリカ支局に転勤するの?」
「いいえ、中央アフリカ支部に転勤するつもりよ」
「中央アフリカ支部!?」
たしかにコンゴは中央アフリカ支部の管轄だが、ルーシーは予てから実家のある南アフリカ支部への栄転を願っていたはず。
しかも彼女の家は裕福で、政治的なコネも利くからキャドのような優秀な人間であれば、そのコネを利用して何処にでも就職させることが出来るはず。
しかもGDP(国内総生産)の1人当たりの数値は、南アフリカの6700ドルに対してコンゴ民主共和国はたった650ドルしかない。
(※ちなみに1人当たりのGDP主な国のランクは、1位ルクセンブルク127,579ドル、7位アメリカ76,348ドル、30位の日本33,821ドルでG7加盟国の中で最下位となっています)
「どうして、南アフリカ支部に転勤してキャドを呼び寄せないの?」
「それは彼の意志を尊重しての事よ」
私の突っ込みに、一瞬慌てると思っていたルーシーが、たじろぎもせずに私の目を捕らえて言ったその目は自信に溢れていた。
「いったい何をするつもりなの」
「キャドと一緒にアフリカを変えたいの。いやアフリカは変えなくてはならないの」
「……」
「サラが心配して言ってくれた通り、私の祖国南アフリカに対してコンゴだけでなく殆どのアフリカ諸国のGDPは10分の1以下よ。年間収入がたった500ドル前後だなんて想像できる? もちろんその分、物価も安いけれど文化的な生活を営めるレベルには程遠いわ」
たしかに、その通り。
自国内で生産して消費される農業製品なら左程問題もないだろうが、国外で加工された製品を買うことは難しくなるのは間違いない。
例えば車。
年収500ドルしかない人が、その年収の20倍以上もする自動車を手に入れる事が出来るだろうか?
車は我慢するにしても、安物のクーラーだって500ドル以上はするだろう。
しかし、問題なのはモノの値段だけではない。
本当の問題は、現在爆発的に起きている人口の増加だ。
先進諸国の1世帯当たりの出生率が2人を僅かに下回っている問題、いわゆる少子化問題に対して、アフリカの特に貧しい中央アフリカ諸国では1世帯当たり6人前後となっている。
殆どのアフリカ諸国はGDPが異常な程少ないため、食料を海外から輸入することが出来にくい。
そのために、今までは食料が行き届かずに飢えで死ぬ子供が多かったので出生率がそのまま人口の増加に繋がることは少なかった。
しかし現在はWHO(世界保健機関)や、WFP(国連世界食糧計画)により必要な医療や食料が供給されるようになり、爆発的に人口が増えている。
アフリカ諸国の主な輸出産業は鉱物や石油、それにカカオやコーヒー豆といったもので、主食が余っているものではない。
そこに人口増加の波が押し寄せれば、必然的に少量不足が起きる。
その時にWHOやWFPだけでなく、WWF(世界自然保護基金)は農地として開拓されてしまうジャングルやサバンナに住む動物たちを守ることが出来るのだろうか?




