【要塞の建設(Construction of fortress)】
人間の感情の中で嫌いなものが3つある。
それは、欲望と妬みと復讐心だ。
どれも強烈に固着してしまうと、周囲が見えなくなるばかりか、自分自身をどんどん悪い方向に追い込んでいってしまう。
僕の後任にバラクの下に着いたレイラもそうだが、このヤザもまた復讐心に捉えられている。
最愛の妻を多国籍軍の誤爆で失い、血の繋がりは無いとはいえ妻から託され可愛がって育てていたナトーを生きるためとはいえ戦場に連れて行かなければならない生活を強いられたのだから無理もない。
だが、そうなったのもまた復讐心があったから。
妻を亡くしたとき感情が復讐心ではなく悲しみに支配されていたなら、誰かが救いの手を差し出すことで癒える場合もあるだろうが、復讐心はその対象を排除するまでどうにもならない。
対象は、おそらくアメリカ軍。
僕が元アメリカ軍だと明かしたせいで、ヤザは大人げなくあからさまに意固地な態度をとるようになった。
「いいか、俺の前ではいつ何時であろうとも、その覆面を外すな!」
「それは、何故だ?」
「殺してしまいたくなるからだ」
と、まあ、こんな具合に。
3日掛けてアフガニスタン北部にあるザリバンの本部がある村に到着した。
村と言っても何だか新しくて綺麗なところ、町と言った方が良いのかも知れない。
全体的にゆったりしていて、とてもあの凶悪なザリバンの本拠地があるなんて思えない。
村には小さいけれどホテルが1軒あり、そこがザリバンの仮本部。
仮と言うのは訳があって、現在直線距離で50㎞北にある渓谷を越えた高原地帯に本部となる要塞を築く予定があるそうだ。
「よう!黒覆面。長旅ご苦労様じゃったのう」
仮本部に着くと、真っ先に僕たちを出迎えてくれたのは年老いた田舎の爺さん。
ではなく、ザリバンの首領アサム・シン・レウエル。
海兵隊に居たときに彼の暗殺計画があり僕もその部隊の一員として選ばれた時期があり、それでアサムの古い写真を見たことがあるがこんな好々爺ではなく、もっと復讐に取り付かれた頑固そうな爺さんだった気がする。
と、言うことは、もしかして。
考えが途中で止まる。
いや自ら止めたのではないから、止められた。
原因はアサムの隣に現れた女のせい。
「ターニャ……」
「ほぉー、知り合いか?」
「いえ」
「ならいいが、女だと思って軽々しく手を出すではないぞ。この女は小柄だが格闘技の達人じゃからのっ」
「しょ、承知しました」
既に、なめてかかって大失態をしていたのでアサムの言葉に慌てた。
ターニャはニカブで覆われているから、その瞳すらも確認できないのに、その彼女が僕を見て笑った気がしたので余計慌ててしまう。
次の日、さっそく要塞の建築予定地に赴くことになった。
直線距離で50㎞離れた山岳地帯なので、どんなに頑張っても徒歩で1日では着かない。
途中の森の中で1泊して、2日目の夜にようやく現地に到着した。
標高が高い割には、切り立った山は少なく比較的平坦な高原。
その高原の岩場の多い山が要塞機能を持つ本部となる予定だとか幹部たちが教えてくれた。
「あの山が、そうか?」
僕の問いに、幹部たちが誇らしげに、そうだと答える。
なるほど岩場が多く隠れるところは沢山ある。
幹部の説明によると、この岩場の下に洞窟を掘って要塞を築くと言うことだった。
「これだけ大きな岩があれば堅牢でしょうけど、この大きな岩を退けてトンネルを掘ると言うのは大変な作業ですね。当然表面にこれだけ大きな岩がゴロゴロしていれば中だって同じでしょう。クレーンや作業用の特殊車両がかなり必要だと思いますが大丈夫ですか?」
「トラックとユンボなら、西の村から続く道から運べる」
「クレーンは?」
「クレーン……」
おそらく簡単に洞窟が造れると思っていたのだろう。
まあいい。そんなことよりももっと重要なことがあるので、それを先に話すことにした。
「水の確保は、どうするのですか?」
「ここから車で20分行って、そこから徒歩で40分ほど歩くと川がある。水はそこから運ぶ」
「貯めることは出来るのか?」
「なにを?」
「水だ」
そう言って持っていた水筒の水を地面に零すと、乾いた砂の上に落ちた水は瞬く間に地面に吸収され跡形もなくなった。
「ここは堅牢だが、直ぐ目の前には高原が広がっている。敵はこの高原にヘリでやって来るだろう。そうなれば近くの村から応援が到着するまで持久戦を強いられることになる。要塞を構築するとなれば持久戦能力は必ずいる」
ここで数日間周囲の調査をして、結局この岩場を越え、森の向こうにある窪地に持久戦が出来る場所を見つけた。
土も柔らかく、洞窟を掘るには最適。
それに洞窟を支えるための木々は直ぐそこに沢山ある。
この場所なら直ぐ近くにヘリが降りられる場所はなく、万が一のときにも崖伝いに隠れながら渓谷に向かうルートも確保できる。
問題なのは東に滑走路が造れそうな平坦な台地があると言うことくらいだが、東側からの攻撃なら深い森の中でゲリラ戦法を使えば食い止めることは可能。
ただし、敵が戦車を持っていなければの話しだが、その戦車でさえ木々に覆われたこの場所ならRPGで防ぐことは出来るだろう。
結局2週間ほど周辺の調査をして、ここに要塞機能を持った本部を置くことに決まった。
ここなら大人数でも歩兵なら食い止めることは幾らでも出来る。
「ナカナカやるな」
山を下りるとき、ヤザに声を掛けられた。
復讐心に取り付かれている人間は、その復讐心が満たされる場合のみ笑顔を見せる。
今のヤザが、まさにその通り。
「ところで、要塞を守るためには優秀な狙撃兵が必要になるが、グリムリーパーと言う伝説の狙撃兵は伊奈も健在なのか?」
「ああ」
ヤザはその一言だけ、俺に返した。




