【謎のホテルマン②(mysterious hotel man)】
足は確認できたが、なんとそこから上はブルカを着ていて容姿も顔も分からない。
イラクではシェイラ(スカーフを軽く頭にかぶせ肩に流す。少々髪が見えても構わない)でも大丈夫なことが、隣のイランに入るとヒジャーブ(布で頭を包み込み、首を露出させないように首で巻く)となり、このアフガニスタンではブルカ(全身をスッポリ布で覆い、目の部分だけメッシュを入れて着ている本人から景色が見えるようにしてある服)となるのか。
「なんの用ですか?」
後ろから声をかける格好になってしまったが、仕方がない。
ところがブルカの女は、僕が思っても居なかった行動に出た。
彼女が振り向いたとき、強い風を感じて一瞬身を引いた。
頬が焼けるように熱い。
手で触ると、生暖かい液体が付いた。
照明の消された部屋で色は確認できないが、それが自らの血であることは分かった。
女は半回転すると、今度は違うほうの足で蹴って来た。
部屋の隅でしかも壁を背にしていた僕には逃げ場に余裕がない。
だが逆にドア方向に向かって、そのドアを盾にして相手の蹴りを避けた。
ドンと言う、音が響く。
身長は僕よりかなり低く、おそらく160㎝有るか無いかくらいで体重も軽いはず。
なのにドアに当たった時は、よく体重の乗った良い音が鳴っていた。
“コイツは侮れない!”
女性と戦うことは滅多にない。
しかもブルカの女性とは。
ブカブカのポンチョのような衣服で足首まで覆われているので、手の動きや足の動きが分かりにくいばかりでなく、目の動きさえ見えない。
向こうは向こうでブカブカの衣装が動きを鈍くさせているのだとは思うが、身の軽いこの女にとってそれは左程ハンデにならず、相手の初動を見極めきれない僕へのプレゼントになっている。
もしこの女がブルカを纏っていなければ、僕は最初の蹴りを避けることが出来ずに倒れていただろう。
とにかくコイツは半端なく手強い。
女性相手に武器を使うのは男として情けないが、初動が見極められない以上僕には何らかの対抗手段が必要だ。
カラン。
女のパンチを避けた拍子に、何かが腰に当たった。
手を後ろに伸ばすと、それは竹でできた長さ50㎝ほどの靴ベラだった。
こりゃあ好い。
酷い女を懲らしめるには丁度いい武器だ。
次に襲って来た女の回し蹴りを避けた後、手を伸ばしてまるで鞭のように靴ベラを振ると、女の太ももに当たりパチンと好い音が鳴った。
蹴ったり殴ったりするわけではないので、攻撃力は弱いが50㎝とは言え射程距離は長くなる。
ただでさえ189㎝の僕と160㎝未満のこの女との身長差は30㎝以上あるから、その分僕の方がリーチも長く射程距離は長くなるから、彼女の攻撃を避けた後でもこうして十分に間に合う。
逆に彼女の方は、攻撃後直ぐに僕のこの射程圏内から逃げなくてならず、余計な体力を奪われるという訳だ。
そして逃げることが怠慢になれば、僕の体重の乗った重いキックかパンチを受ける羽目になる。
可哀そうだけど彼女の体重は僕の半分程度しかないから、その攻撃はピンポイントで急所に入らない限り僕にダメージを負わすことは出来ない。
しかし僕の攻撃は、何処に当たろうとも一撃で彼女を吹っ飛ばすほどの破壊力を持っている。
残念だったね。
僕は彼女のスピードを奪うために、攻撃を避けては太ももの同じ位置に正確に靴ベラの鞭を打ち込む。
これであとは時間の問題。
僕はリスクを冒すことなく、時が来るのを待っていた。
不幸か幸いなのか分からないが、この騒ぎでも誰も通報するどころか止めにもやって来ない。
しばらくすると待っていた時が訪れた。
攻撃を避けて靴ベラで打った後、彼女の体が一瞬グラっと崩れた。
直ぐに立て直したものの、この時間のロスは僕に格好の攻撃のチャンスを与えてくれた。
ボディーへの攻撃は相手に地獄苦しみを与えるので、僕は彼女の側頭部にミドルキックをお見舞いする。
これでThe End.
のはずだったが、現実はそう旨くはいかなかった。
側頭部を捉えるはずの足は彼女の肩に阻まれたうえに、その肩と側頭部それに反対の手で足を掴まれた状態から、もう一方の手で膝を曲がらない方向に抑えられた。
激しい痛みが走り、足を折られては堪らないので自ら身を崩してうつ伏せに倒れた。
“合気道!?”
相手の動きの変化にそう感じ、腕関節を取られては逃げられないと思い咄嗟に腕を折りたたみ寝ころんだまま横に回転して逃げる。
女性の前で男が見せる格好じゃないのは分かっているが、下手に起き上がろうとすればその瞬間を狙われるから致し方ない。
さて無事に起き上がることは出来たが、ココからどうする?
問題は、この女が他の格闘技に精通しているかどうか。
合気道以外知らないのであれば、ムエタイの至近距離からの膝蹴りや、柔道のカニ挟み
などで簡単に勝つことが出来る。
とりあえず先ずは空手で相手を誘い出してみることにした。
先ずは正拳突き。
見事に手首を取られ、肘を返されてドアの外まで投げ飛ばされた。
次に回し蹴り。
パーンと言う良い音で、裁かれた。
次は掌底による連続突き。
これまた見事に投げ返されて、吹き抜けの廊下から1階ロビーにある机まで、投げ落とされた。
ここで初めて、あのカウンターのホテルマンと目が合った。
2階から降って来た僕の姿に驚いていると言うより、直ぐに起き上がった僕のタフさに驚いている様子。
“さすが、やるぅ♪”
やはり思った通り。
空手も合気道と同じ国の打撃系武術なので、研究されつくされている。
俄然面白くなってきたが、僕は負けない。
勢いよく階段を駆け上がろうとする僕を、階段の上からブルカの女がキックの雨を降らす。




